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169話

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ジョウキside

俺はイギリスから帰ってからアナの事を話さないようにした。

自分の中に閉じ込めるように。 

アナの名を呼んでしまうと会いたくて胸がうずき、今すぐイギリスに行ってしまいそうになるから。

ただ、それと同時にアナにとっての俺はどれだけの存在になれていたのかっという不安にも毎日襲われた。

俺がアナに別れを告げた時、あんなにも平然としていた。

泣くわけでもなく取り乱すわけでもない…ただ静かに俺の言葉を受け止めていた。

俺は泣いてアナに縋り付いて欲しかったのだろうか…?

嫌だと離れたくないと喚くアナの姿をみて自分の心を安心させたかったのだろうか…?

離れた距離は不安と心配を募らせるばかりで、俺の心は知らぬ間にぼろぼろになっていた。

俺だってそこまで強くはない。

愛する人が死の局面を迎えてるというのに、側にれないという苦しみから心は弱り切り、なんとか持ち堪えさせてるだけで精一杯だった。

アナの名前を口にしなくなった代わりに、今まで仕事では身につけていなかったクマのキーホルダーをどんな時でも肌身離さず付けるようになった。

そうすればアナが俺のそばにいるようで安心できたから。

でも…それが間違いだった…。

とある番組の収録後

モデルのチナちゃんやメンバー、スタッフを含めた飲み会が開かれた。

マハロくんは用があるといい早々に帰った。

俺はいつも通りチェーンにクマのキーホルダーをぶら下げて酒を飲む。

アナ何してんのかな…?

手術まだなのかな…?

俺のことまだ憶えてるかな…?

ホントは早く会いたいよ…

俺は心の中でそう思いながらみんなと少し離れたカウンターで酒を飲んでいた。

すると、横に座ったチナちゃんがわざとらしい笑顔で俺に近寄ってきた。

きつい香水の匂いに耳の奥に響く猫なで声…

はぁ…めんどくさ…

俺は心の中でそう呟いていた。

チナ「ジョウキさんってぇ~彼女さんとかいるんですかぁ~?」

俺はこういう甘ったるい話し方の女が1番嫌いだ。

正直、目も合わせたくないしできる事なら関わりたくない。

でも、仕事上そういう訳にもいかない俺は愛想笑いをする。

J「彼女?あぁ~いるかな?」

チナ「へぇ!?じゃぁ~あ!そのクマちゃんのCってぇ~もしかして~彼女さんの名前とかぁ~?」

やたら俺のプライベートを詮索してくるチナが鬱陶しい。

J「冗談だよ。彼女なんていないよ。これはたまたまだよ。」

俺は面倒な事になりそうだったのでそう笑って誤魔化した。

チナ「あぁ~!良かったぁ~!チナ、ジョウキさんのファンなんですよぉ~だから~彼女に立候補しちゃおっかなぁ~!」

そう言ってチナちゃんは俺の腕に寄り添ってきた。

J「いやいやごめん、こういうの困るから…」

俺がすぐさまチナの肩を押して距離を取ると、チナちゃんは甘えたような拗ねた顔でこう言った。

チナ「ちぇ~残念~。ねぇねぇ、ジョウキさん♪その可愛いキーホルダー外して見せてくださぁい!お願~いお願~い!お願い!ねぇ?」

俺は見せるのが嫌でずっと拒んでいたが、チナは俺がうんというまで言い続けるつもりなのか何度も同じことを繰り返す。

そのやりとりにうんざりした俺が仕方なく折れた。

J「………分かった…これ大切なものだからすぐ返してね。」

俺は嫌々クマのキーホルダーを外してチナちゃんに渡した。

すると、ソファに座るノアくんが俺のスマホが鳴ってると呼ばれ、俺は少しその場を離れてスマホを取りに行った。

スマホを持ってカウンターに戻るとそこにはもう…チナの姿はそこにはない。

もちろんチナに渡したクマのキーホルダーもなくて俺は混乱する。

俺は慌ててチナの姿を店内のあらゆる所を回って探したがいない。

たまたま入口辺りにいたスタッフ聞くとスタッフにこう言われた。

※「チナちゃんっすか?あぁ~なんか急な打ち合わせが入ったかなんかで慌てて帰りましたよ?」

それを聞いた俺は全てを察する。

これやられたな…って。

チナから目を離してしまった自分自身にイラつき言葉が出ず、そのイラつきを酒で発散させる。

浴びるほどに飲んだ酒は俺の体を麻痺させてちょうど時計の針が1時を指す頃…飲み会は解散となりベロベロになった俺はスタッフに家まで送ってもらった。

すると、部屋に入ってすぐ俺のスマホが鳴り響いた。

そのディスプレイには登録されていない見慣れない番号が映し出されていたが、どんなに酔っていても俺の勘は鋭い。 

その電話の主が誰なのか薄々気づきながら俺はその着信を取った。

J「もしもし…」

「もしも~し!チナです♪ジョウキさんビックリしましたぁ~?」

俺の予想通りの相手で俺の酔いが冷めていく。

J「なんでこの番号知ってるわけ?」

チナ「えへへ~プロデューサーさんにおねだりして教えてもらっちゃいました~!」

今の時代、個人情報を簡単に教えるあのプロデューサーはどういうつもりだ?

俺は苛立ちを覚えながら本題に入る。

J「丁度よかったよ。あのクマのキーホルダー持ったままだよね?返して?」

チナ「えぇ!?チナにくれたんじゃないんですかぁ~?プレゼントだと思ってましたぁ~チナのイニシャルと同じだったんでぇ~!」

そんな大切な物をあんな女にあげるはずがないし、俺はひと言もそんな事を言っていないのにあの女は都合の良い言葉を並べていく。

J「そんなわけないだろ?それ大切な物だから返してね?事務所に直接送ってくれたらいいから!」

俺が優しく諭すように言うとスマホの向こう側であの女は少し無言になり…こう言った。

チナ「じゃ~今から取りに来てくれたら返します~。そうじゃないと返しませ~ん。〇〇にあるBARで待ってますね~!」

そう言って電話は一方的に切れた。

完全に嵌められた。

そんな事を思いながらも俺はフラつく足とフラつく頭で立ち上がり壁伝いにマンションを降りた。 

すると、たまたま同じマンションの住人が降りたばかりのタクシーが目の前に停車しており、俺は何とかそのタクシーに乗り込んだ。

J「〇〇のBARまでお願いします」

一瞬、あの女からの電話で冷めたはずの酔いはタクシーに乗っている間にまた、回りはじめてるのが分かった。

視点を見失った俺は目的地に着いても、財布からお金を出すことすら上手くできないほどにまでなっていた。

なんとか支払いを済ませ…俺は足元をフラつかせながら店の中へと入って行く。

あれだけの酒を飲まなければ、ここには絶対に1人で行かない方がいいと判断できたはずなのに、この時の俺は酒に溺れてそんな冷静な判断すら出来ずにいたんだ。


つづく
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