1 / 2
1
しおりを挟む
おそらく僕は世界で一番寂しいクリスマスを迎えることだろう。
実際のところは、食糧難で空腹に悶えているわけでもなければ戦火に追われているわけでもない。
マッチに火をつけて幻想を見た後、生き絶えるといったようなこともなさそうだ。
実家を出て半年が過ぎるところだが両親も相変わらず可もなく不可もなくといった平凡な生活を送っていることだろう。
ただ自分をどこか世界の片隅に取り残
された悲劇の主人公に仕立て上げたいだけなのである。
安月給でコツコツ貯めていた貯金も残すとこあと300円となっていた。東京の生活に耐えきれず西へ西へ、あてもなく旅を続け沖縄のとある田舎町に辿り着いた。
なんてベタな失踪劇だ。
しかし悲劇の主人公になる瞬間が目の前に訪れてる自分はそんな事考えもしなかった。
平日は老人の社交場としか意味をなさないこの街唯一のファーストフード店の窓側カウンター席の右隅。100円のホットコーヒーで現在3時間粘り続けているところだ。
まだお金に多少余裕があった頃に古本屋で購入した小説本を開き、ただ文章を眺めるという時間だけが続いた。
眺めている小説本
(幼馴染の男女が出会いと別れを繰り返しらなんやかんやあって最終的には結ばれるというベタにベタを塗り重ねてもそれでも足りないほどベタな物語)
がナンセンスだという事は後になって気付く。
東京は例年より少し早めの梅雨に差し掛かるところだった。
連日の雨に魔が差した僕は職場へ向かう方向とは逆の電車に乗っていた。
職場は中目黒にある従業員が10人もいない小さなアパレル会社であったが業界ではそこそこ名の通った会社だった。少数精鋭で毎日が激務だった。
平均睡眠時間はおよそ3時間ほどだろう。1週間に1度6時間寝れる日があるかないかといった具合だった。
それはまさに"東京"の仕事だった。
特に行き先などなかったがその電車は片瀬江ノ島へ向かう事は知っていた。
寝ては起きてを繰り返し各駅停車は40分かけて終点の片瀬江ノ島に辿り着いた。その時雨はすでに止んでいた。
お決まりのように座席の端にかけたコンビニのビニール傘の存在はすっかり忘れ電車から降り、僕は改札を抜けた。
駅前に架かる橋を渡りその先に見える透明とは程遠い海は見慣れた景色だった。
昔から何かと江ノ島には訪れた。
日々の仕事に疲れた時(サボってまでくるのは初めてだったが)
大学で好きになった女の子に彼氏ができた時、
高校生活最後の部活動の大会で負けた時、
初めてのデートから初めてのキスまで。
あらゆる思い出の風景に僕は江ノ島の海を選択してきた。
そして数年経って同じ海を遠くに眺め、思い出たちを蘇らせて感傷にひたっている自分がなにより好きだった。
海岸へ続く段差になってに腰掛け、近くのコンビニで買った缶ビールを軽快に空け一口飲み、赤マル(マールボロ12mg)にジッポーで勢いよく火をつけた。苦い煙を曇った海に向かって吐きだすと忽ち世界にたった独りの悲劇の主人公になれた。
季節外れの江ノ島の海は自分の他に誰もいなかった。
「あの地平線の先には何があるんだろう」と、
あたかも物語の主人公が幼少期に口にしそうな事を呟いてみたり、
自分と同じように感傷に浸りに来たヒロインと二人きりの海岸で恋が始まっていく、といったこれまた有りがちな展開を想像しながらはタバコに火をつけては消してを繰り返した。
心地の良い時間もスマーフォンの着信によって一瞬で現実に引き戻された。
もちろん職場からの着信だった。
迂闊だった。
会社をサボれば電話が来る、そんなことぐらい猿でもわかる事を海を目の前に気が大きくなっていたのか全く想像できていなかった。
すぐさまマナーモードに設定したが瞬く間に着信履歴は職場の先輩や同僚の名前で埋め尽くされた。
少人数の会社で一人欠けることがどれほどの事か十二分に理解していた。そんな罪悪感と光続けるスマーフォンが何かに追われているのではないかと恐怖心に変わり、雨で硬くなった砂浜に少しずつ身体が埋もれていく気がして早くも心が折れそうだった。
無論、このままノコノコと会社に戻れるほど自分に根性があるとも思っていなかった。
怯えながら光続けるスマーフォンをチラチラ確認しながら海を眺めていると職場の人間で一辺倒だった着信画面に変化があった。
母親からだった。
職場の人間は自分が実家暮らしなのは知っているが自宅や母親の電話番号まで知っているとは思わなかった。しかし母親が別の要件で電話かけてくるには余りにもタイミングが良すぎた。
着信履歴は見た事もない夥しい数になっていた。マナーモードの筈なのに着信の度、スマーフォンが鳴ってそれが先輩の怒鳴り声もしくは同僚の蔑む声に聞こえ耐えきれず等々スマーフォンの電源を落とした。母親に心配をかけるのは心苦しかったがそうする他なかった。
電源を落とされたスマーフォンが再び光を放つ事はないとその時すでに思った。
いつか観た映画の主人公はスマーフォンを川に投げて旅に出るのだが、そこまでの思い切りの良さはなく、物語の中の主人公にはなれないのだと感じながら
スマーフォンをそっとジーンズの左ポケットにしまった。
実際のところは、食糧難で空腹に悶えているわけでもなければ戦火に追われているわけでもない。
マッチに火をつけて幻想を見た後、生き絶えるといったようなこともなさそうだ。
実家を出て半年が過ぎるところだが両親も相変わらず可もなく不可もなくといった平凡な生活を送っていることだろう。
ただ自分をどこか世界の片隅に取り残
された悲劇の主人公に仕立て上げたいだけなのである。
安月給でコツコツ貯めていた貯金も残すとこあと300円となっていた。東京の生活に耐えきれず西へ西へ、あてもなく旅を続け沖縄のとある田舎町に辿り着いた。
なんてベタな失踪劇だ。
しかし悲劇の主人公になる瞬間が目の前に訪れてる自分はそんな事考えもしなかった。
平日は老人の社交場としか意味をなさないこの街唯一のファーストフード店の窓側カウンター席の右隅。100円のホットコーヒーで現在3時間粘り続けているところだ。
まだお金に多少余裕があった頃に古本屋で購入した小説本を開き、ただ文章を眺めるという時間だけが続いた。
眺めている小説本
(幼馴染の男女が出会いと別れを繰り返しらなんやかんやあって最終的には結ばれるというベタにベタを塗り重ねてもそれでも足りないほどベタな物語)
がナンセンスだという事は後になって気付く。
東京は例年より少し早めの梅雨に差し掛かるところだった。
連日の雨に魔が差した僕は職場へ向かう方向とは逆の電車に乗っていた。
職場は中目黒にある従業員が10人もいない小さなアパレル会社であったが業界ではそこそこ名の通った会社だった。少数精鋭で毎日が激務だった。
平均睡眠時間はおよそ3時間ほどだろう。1週間に1度6時間寝れる日があるかないかといった具合だった。
それはまさに"東京"の仕事だった。
特に行き先などなかったがその電車は片瀬江ノ島へ向かう事は知っていた。
寝ては起きてを繰り返し各駅停車は40分かけて終点の片瀬江ノ島に辿り着いた。その時雨はすでに止んでいた。
お決まりのように座席の端にかけたコンビニのビニール傘の存在はすっかり忘れ電車から降り、僕は改札を抜けた。
駅前に架かる橋を渡りその先に見える透明とは程遠い海は見慣れた景色だった。
昔から何かと江ノ島には訪れた。
日々の仕事に疲れた時(サボってまでくるのは初めてだったが)
大学で好きになった女の子に彼氏ができた時、
高校生活最後の部活動の大会で負けた時、
初めてのデートから初めてのキスまで。
あらゆる思い出の風景に僕は江ノ島の海を選択してきた。
そして数年経って同じ海を遠くに眺め、思い出たちを蘇らせて感傷にひたっている自分がなにより好きだった。
海岸へ続く段差になってに腰掛け、近くのコンビニで買った缶ビールを軽快に空け一口飲み、赤マル(マールボロ12mg)にジッポーで勢いよく火をつけた。苦い煙を曇った海に向かって吐きだすと忽ち世界にたった独りの悲劇の主人公になれた。
季節外れの江ノ島の海は自分の他に誰もいなかった。
「あの地平線の先には何があるんだろう」と、
あたかも物語の主人公が幼少期に口にしそうな事を呟いてみたり、
自分と同じように感傷に浸りに来たヒロインと二人きりの海岸で恋が始まっていく、といったこれまた有りがちな展開を想像しながらはタバコに火をつけては消してを繰り返した。
心地の良い時間もスマーフォンの着信によって一瞬で現実に引き戻された。
もちろん職場からの着信だった。
迂闊だった。
会社をサボれば電話が来る、そんなことぐらい猿でもわかる事を海を目の前に気が大きくなっていたのか全く想像できていなかった。
すぐさまマナーモードに設定したが瞬く間に着信履歴は職場の先輩や同僚の名前で埋め尽くされた。
少人数の会社で一人欠けることがどれほどの事か十二分に理解していた。そんな罪悪感と光続けるスマーフォンが何かに追われているのではないかと恐怖心に変わり、雨で硬くなった砂浜に少しずつ身体が埋もれていく気がして早くも心が折れそうだった。
無論、このままノコノコと会社に戻れるほど自分に根性があるとも思っていなかった。
怯えながら光続けるスマーフォンをチラチラ確認しながら海を眺めていると職場の人間で一辺倒だった着信画面に変化があった。
母親からだった。
職場の人間は自分が実家暮らしなのは知っているが自宅や母親の電話番号まで知っているとは思わなかった。しかし母親が別の要件で電話かけてくるには余りにもタイミングが良すぎた。
着信履歴は見た事もない夥しい数になっていた。マナーモードの筈なのに着信の度、スマーフォンが鳴ってそれが先輩の怒鳴り声もしくは同僚の蔑む声に聞こえ耐えきれず等々スマーフォンの電源を落とした。母親に心配をかけるのは心苦しかったがそうする他なかった。
電源を落とされたスマーフォンが再び光を放つ事はないとその時すでに思った。
いつか観た映画の主人公はスマーフォンを川に投げて旅に出るのだが、そこまでの思い切りの良さはなく、物語の中の主人公にはなれないのだと感じながら
スマーフォンをそっとジーンズの左ポケットにしまった。
0
あなたにおすすめの小説
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
友人の結婚式で友人兄嫁がスピーチしてくれたのだけど修羅場だった
海林檎
恋愛
え·····こんな時代錯誤の家まだあったんだ····?
友人の家はまさに嫁は義実家の家政婦と言った風潮の生きた化石でガチで引いた上での修羅場展開になった話を書きます·····(((((´°ω°`*))))))
【完結】狡い人
ジュレヌク
恋愛
双子のライラは、言う。
レイラは、狡い。
レイラの功績を盗み、賞を受賞し、母の愛も全て自分のものにしたくせに、事あるごとに、レイラを責める。
双子のライラに狡いと責められ、レイラは、黙る。
口に出して言いたいことは山ほどあるのに、おし黙る。
そこには、人それぞれの『狡さ』があった。
そんな二人の関係が、ある一つの出来事で大きく変わっていく。
恋を知り、大きく羽ばたくレイラと、地に落ちていくライラ。
2人の違いは、一体なんだったのか?
あっ、追放されちゃった…。
satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。
母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。
ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。
そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。
精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。
【完結】離縁されたので実家には戻らずに自由にさせて貰います!
山葵
恋愛
「キリア、俺と離縁してくれ。ライラの御腹には俺の子が居る。産まれてくる子を庶子としたくない。お前に子供が授からなかったのも悪いのだ。慰謝料は払うから、離婚届にサインをして出て行ってくれ!」
夫のカイロは、自分の横にライラさんを座らせ、向かいに座る私に離婚届を差し出した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる