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第2章 才と理、魔法への門出
第12話 公爵家の密会
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エルンスト邸の空気が、静かに、だが確実に変わっていた。
それは、“祝福の儀”でも、“記憶灯”の創造でもない。
先日の魔導学院による適性試問――
あれが、帝都にひとつの“波”を投げ込んだのだ。
表向きは何も起きていない。
だが、貴族たちの視線は明らかにこちらへと向き始めていた。
「――陛下のお言葉を預かっております。エルンスト公には、近くお召しがあるでしょう」
そう告げたのは、アグレイア帝国の象徴たる皇帝の使者だった。
午前の応接間。
ジークフリートとセシリアが、格式ある衣装に身を包み、穏やかに応対していた。
私は、その会談の場にいなかった。
だが、父の書斎の奥――魔素の流れが集中する“感応の間”で、空気の揺れを感じ取っていた。
騎士の魔素は直線的で、緊張が走っていると硬直する。
文官の魔素は波のようで、警戒すれば小刻みに震える。
そして、母の魔素は……どこか、柔らかく、それでいて鋭い。
私はその感覚を通じて、今、この屋敷に何が起きているかを知っていた。
__________
「“あのお方”のお噂は、すでに帝都でも随分と……」
皇帝の使者は、婉曲な言い回しで切り出した。
“あのお方”とは、言うまでもなくアルヴィス――私のことだった。
「噂など、風が運ぶものです。
実像を語るのは、いずれ本人が為すべきでしょう」
ジークフリートは短く、だが重みある声で応じる。
セシリアがその空気を和らげるように、微笑を添える。
「私どもとしては、あの子を“誇り”には思っておりますが、
“帝国の未来”などという大仰な言葉は、まだ早うございましょう」
使者は一瞬、言葉を失い、すぐに表情を整えた。
「……なるほど。中庸にして寡黙。まさに“均衡の要”にふさわしきお応え」
その言葉に、ジークフリートは何も返さず、ただ杯に口をつけた。
使用人棟では、クラリッサたちがひそひそと会話を交わしていた。
「今日もまた、使者が三組……明日は五組ですって」
「なんかもう、“坊ちゃま”がいるだけで帝国の勢力図が揺れるみたいねぇ」
「でも、坊ちゃまはまだ五歳ですよ? おやつのぶどうを先に食べちゃうような……」
「それが“恐ろしい”って話よ。何もせずとも、世が勝手に動いてしまう。
――だからこそ、この屋敷が、あの子の“盾”でなくちゃいけないのさ」
クラリッサのその言葉には、ただの誇りではなく、
“守る者”としての意志が宿っていた。
午後の密会は、帝都北方のリステール伯爵家の使者。
少し若い男で、口調も軽快だったが、その内側には“見定める目”があった。
「……率直に申します。次代の帝国を担う子息として、我が家は“関係”を築いておきたい」
「ふむ、関係とは?」
「たとえば、書簡のやり取り。幼年期からの“同盟”は、未来の礎となりましょう」
「ほう。子供同士にしては随分と政治的な“遊び”だな」
ジークフリートが目を細めた。
その声音には、明確な警告があった。
「……我が子は、まだ筆も覚えたて。
書くべきは“名前”であり、“関係”ではない」
使者は一瞬たじろぎ、やがて笑みを引っ込めて頭を下げた。
「ご無礼を……エルンスト公のご英断、肝に銘じます」
__________
その日の夜。
私は、母の部屋で静かに絵本をめくっていた。
ソフィアは既に眠り、私は一人、灯りの下で文字を追う。
セシリアが私のそばに来て、そっと髪を撫でた。
「……今日も、あなたのおかげで屋敷は平穏だったのよ」
「……僕は、何もしてないよ?」
「それでも、あなたが“ここにいる”というだけで……世の中は、いろんな顔を見せてくるの」
私は本を閉じ、母を見上げた。
「それって……面倒なこと?」
「面倒でもあるけど、幸せなことでもあるのよ。
あなたは“誰かの希望”になれる人。でも、それはときに“呪い”にもなる」
「呪い……?」
「あなたは、望まれる存在になった。
でもね、私は“あなたらしくある”ことを、何より望んでいるわ」
私は頷いた。
「……ありがとう、母上。じゃあ、僕は……明日も、僕でいるよ」
夜更け。書斎。
ジークフリートは、クラウスと共に一日の報告をまとめていた。
「どの家も、決して表では仕掛けてこない。だが、“踏み込み”は確実に強まっている」
「ええ。しかし、いずれ必ず“距離”を弁えるようになります。
あの方がただの天才で終わらないと知れば、誰も軽々しくは触れられません」
「……それを“証明する”のは、我が家の役目だ」
ジークはゆっくりと立ち上がった。
「子が祝福を受けたなら、家は“盾”にならねばならん。
その役目に、私情も躊躇も要らぬ」
__________
星のない夜。
私は、窓辺で空を見上げていた。
今日の空は、黒一色。
けれど、私はその奥に、確かに“灯り”を感じていた。
言葉では届かないもの。
数字では測れないもの。
――それこそが、“世界”の本当の形。
私はそっと、魔素を指先に浮かべる。
「……明日も、僕は僕であるように」
それは、誰に誓うでもない、小さな祈りだった。
◆◆◆
ここまで読んでいただきありがとうございました。
もし面白いと思ったら、評価とフォローをしてくれると、作者のモチベーションがとても上がります!!
感想やレビューなどもしてくれると嬉しいです。
それは、“祝福の儀”でも、“記憶灯”の創造でもない。
先日の魔導学院による適性試問――
あれが、帝都にひとつの“波”を投げ込んだのだ。
表向きは何も起きていない。
だが、貴族たちの視線は明らかにこちらへと向き始めていた。
「――陛下のお言葉を預かっております。エルンスト公には、近くお召しがあるでしょう」
そう告げたのは、アグレイア帝国の象徴たる皇帝の使者だった。
午前の応接間。
ジークフリートとセシリアが、格式ある衣装に身を包み、穏やかに応対していた。
私は、その会談の場にいなかった。
だが、父の書斎の奥――魔素の流れが集中する“感応の間”で、空気の揺れを感じ取っていた。
騎士の魔素は直線的で、緊張が走っていると硬直する。
文官の魔素は波のようで、警戒すれば小刻みに震える。
そして、母の魔素は……どこか、柔らかく、それでいて鋭い。
私はその感覚を通じて、今、この屋敷に何が起きているかを知っていた。
__________
「“あのお方”のお噂は、すでに帝都でも随分と……」
皇帝の使者は、婉曲な言い回しで切り出した。
“あのお方”とは、言うまでもなくアルヴィス――私のことだった。
「噂など、風が運ぶものです。
実像を語るのは、いずれ本人が為すべきでしょう」
ジークフリートは短く、だが重みある声で応じる。
セシリアがその空気を和らげるように、微笑を添える。
「私どもとしては、あの子を“誇り”には思っておりますが、
“帝国の未来”などという大仰な言葉は、まだ早うございましょう」
使者は一瞬、言葉を失い、すぐに表情を整えた。
「……なるほど。中庸にして寡黙。まさに“均衡の要”にふさわしきお応え」
その言葉に、ジークフリートは何も返さず、ただ杯に口をつけた。
使用人棟では、クラリッサたちがひそひそと会話を交わしていた。
「今日もまた、使者が三組……明日は五組ですって」
「なんかもう、“坊ちゃま”がいるだけで帝国の勢力図が揺れるみたいねぇ」
「でも、坊ちゃまはまだ五歳ですよ? おやつのぶどうを先に食べちゃうような……」
「それが“恐ろしい”って話よ。何もせずとも、世が勝手に動いてしまう。
――だからこそ、この屋敷が、あの子の“盾”でなくちゃいけないのさ」
クラリッサのその言葉には、ただの誇りではなく、
“守る者”としての意志が宿っていた。
午後の密会は、帝都北方のリステール伯爵家の使者。
少し若い男で、口調も軽快だったが、その内側には“見定める目”があった。
「……率直に申します。次代の帝国を担う子息として、我が家は“関係”を築いておきたい」
「ふむ、関係とは?」
「たとえば、書簡のやり取り。幼年期からの“同盟”は、未来の礎となりましょう」
「ほう。子供同士にしては随分と政治的な“遊び”だな」
ジークフリートが目を細めた。
その声音には、明確な警告があった。
「……我が子は、まだ筆も覚えたて。
書くべきは“名前”であり、“関係”ではない」
使者は一瞬たじろぎ、やがて笑みを引っ込めて頭を下げた。
「ご無礼を……エルンスト公のご英断、肝に銘じます」
__________
その日の夜。
私は、母の部屋で静かに絵本をめくっていた。
ソフィアは既に眠り、私は一人、灯りの下で文字を追う。
セシリアが私のそばに来て、そっと髪を撫でた。
「……今日も、あなたのおかげで屋敷は平穏だったのよ」
「……僕は、何もしてないよ?」
「それでも、あなたが“ここにいる”というだけで……世の中は、いろんな顔を見せてくるの」
私は本を閉じ、母を見上げた。
「それって……面倒なこと?」
「面倒でもあるけど、幸せなことでもあるのよ。
あなたは“誰かの希望”になれる人。でも、それはときに“呪い”にもなる」
「呪い……?」
「あなたは、望まれる存在になった。
でもね、私は“あなたらしくある”ことを、何より望んでいるわ」
私は頷いた。
「……ありがとう、母上。じゃあ、僕は……明日も、僕でいるよ」
夜更け。書斎。
ジークフリートは、クラウスと共に一日の報告をまとめていた。
「どの家も、決して表では仕掛けてこない。だが、“踏み込み”は確実に強まっている」
「ええ。しかし、いずれ必ず“距離”を弁えるようになります。
あの方がただの天才で終わらないと知れば、誰も軽々しくは触れられません」
「……それを“証明する”のは、我が家の役目だ」
ジークはゆっくりと立ち上がった。
「子が祝福を受けたなら、家は“盾”にならねばならん。
その役目に、私情も躊躇も要らぬ」
__________
星のない夜。
私は、窓辺で空を見上げていた。
今日の空は、黒一色。
けれど、私はその奥に、確かに“灯り”を感じていた。
言葉では届かないもの。
数字では測れないもの。
――それこそが、“世界”の本当の形。
私はそっと、魔素を指先に浮かべる。
「……明日も、僕は僕であるように」
それは、誰に誓うでもない、小さな祈りだった。
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