廻れマワれ

大山 たろう

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1-6:物語の勇者みたいに

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 結局、夢はあるのかと考えこんだきり、夕食の時間となってしまった。
 ただ空を見上げていたら、青かった空は朱に染まり、端から紺が侵食するように闇を広げていた。
 季節が季節とはいえ、まぁまぁな時間が経ってしまっていることだけは分かる。
 昼食を食べていない分、余計にお腹が減った気もする。から、少し早めに食堂へ向かう。

 そこには、少し豪華な食事の数々。
 今日は一応最年少、火の人が成人、ということになっている。誕生日会だ。
 鳴るお腹を押さえて、私は席へと着いた。

「……今日は……早いのね」
「私からしたらあなたが遅すぎるのよ」

 端の席に座っていたのは闇の人。彼女が生活リズム乱れに乱れている、夜行性の人。
 活動時間が私とは正反対なので、交流が一番少ないのもきっと彼女だ。とはいえ、十数年一緒に暮らしているから、結構話したりもする。
 朝食と夕食はいるのだけど、昼食は必ずと言って良いほど居ない。夜は夜で音とかの問題で活動しにくそうだけど、大丈夫なんだろうか。

 私が少し考え込んでいると、闇の人は珍しく、自分から口を開いた。

「今日は……せわしなく、動いてる」

 闇の人は、外を眺めては少し睨むように、じっと見つめる。
「人が、よねー、やっぱり今日なのかなー」
「何か……心当たりがあるの」
「まぁ……ね。まぁ、今日じゃなかったら闇の人にも共有するよ、ちゃんと」
「そう……なら良いの」

 そう言うと、闇の人は後ろを向いてしまった。
 私の予感だと、今晩、発表な気がするけど。
 そんな不安は、抱いたところでどうにもできなかった。
 
「それでは、夕食をいただきましょう……と、その前に」

 私の予感は、良く当たる。
 なんて、当たったところで行動を起こせないなら無駄以外の何物でもない。

 はぁ、とため息をついた。
 氷の人と土の人を見てみるとやはり、という反応で、風の人は先に知っている優越感に浸っていた。

「皆さんを、魔王に対する戦力、勇者として公表したいと思います」

 顔色一つ変えずに、教皇様はそれを私たちに告げた。
 顔色を変えていたのは、噂を聞いていた人以外の皆だった。

 まぁ、確かに
 それが、こんな急に、敷かれたレールの上を走るように組まれているとも思っていなかったけれど。

「な、何を考えてるんだよ」
「ちょうど、火の勇者様も成人したことですし、頃合いだと思ったまでですよ」

 確かに、今日は火の人の誕生日とされている。けれど、頃合い、という言葉は単に成人という壁を越えた意味だけではないような気がしてならなかった。
 けれど、そんなことを考えても、仕方のないことだった。

「まぁ、そう気負うことはないですよ。数か月、一人ひとりがリーダーとなって仲間と共に、戦いに行くだけですから」

 明るい声で話す教皇様。けれど、いくら外界から遮断しようとしても、私たちに少しの情報は入ってきている。例えば、十五歳になれば戦わなければならない、なんてルールがこの国には存在しないこととか。

「皆、これくらいの年になれば戦いに行く、補助をするとか、そう言ったことをしているのですよ」

 ――やはり。
 私は確信した、教皇様は不都合なことを私たちに隠していることを。
 それはきっと、ほかの人も気づいている。

「それで、勇者なんて大層な名前をどうして私たちに」

 すかさず、氷の人はそこを詰める。
 そういえば、さっきから口数がやけに少ない火は……とそっちを見てみると、案の定、念に抑えられていた。
 こういう時に先手を打てる念の人はやっぱり皆のお姉ちゃんだ。

 教皇様は口を開いた。貼り付けたような笑みを浮かべながら。

「実は皆さんには、我々普通の人間の数十倍から数百倍の力が宿っているのです。それに、この年になれば戦いに行ってもらうのは、国の定めなのですよ」

 何を言っているのか、訳が分からなかった。
 確かに私たちは強いほうだろうと、そう思っていたけど、まさかそれほどだとは。

 ――いや、もしかすれば嘘かもしれない。
 その想像が頭をよぎる。けれど、そこも疑い始めてしまえばもはやどれも嘘にしか聞こえなくて理解できない。
 一体、教皇様は私たちに何を望んでいるんだろう。

「それで、パーティーを組んで勇者として国を出て、敵を倒すの?」
「その通りです。そしてその敵は魔族と呼ばれる、恐ろしい見た目をした生物。海を越え、私たちの国を攻めているのが、その魔族です」

 国を攻められている。
 私は今初めて聞いたその想定外の言葉に、周りと同じように驚いてしまった。
 隔絶されていたとはいえ、国がそのような状況にあるだなんて一切思っていなかった。
 風の人が意図的に遮断していたのか、それとも……。
 風の人を見ようとした時、

「どうか、私たちを助けてください、勇者様方」

 教皇様は、頭を下げた。
 様子を見る暇すらくれないのか、と少しため息
 その後、隙間なく声が聞こえた。

「私たち、家族でしょう?」

 初めて、そこで念の人が話した。

「申し訳ない……頼む」
「えぇ。異議のある人は」

 そこで声を上げる人はいなかった。
 火の人はにやりと、氷の人はいつものように無表情に、土の人は隠せないほどにおろおろと。そして念の人は――堂々と、胸を張っていた。

「それでは、冷めないうちにいただきましょう」

 いつも騒がしい食事も、今日は誰も話さなかった。



「本当だったね」
「裏付けは取れてたけど、今日だったらそんなに変わらないかなって。ごめんね、土の人」
「いいよ、どうせ聞いても変わらないし。それよりも」

 土の人は、氷の人へと視線を送った。
 きっと、彼女も同じことを考えているんだろう。

「これからどうするか、そっちの方が重要で、不確定」
「そうだね。確か、パーティーを組むって言ってたけど、どんな風になるんだろう」

 これからどんな世界に放り込まれるのか、想像こそしていたけどいざとなると分からないことだらけ。

「私が知っているのは本で読んだ勇者の物語」

 そんな中、氷の人はその中の一文を思いだすように語り始める。

「――魔王を倒す剣である勇者、勇者の目になる斥候、勇者と共に戦う剣士や魔法士、勇者を守る盾」
「大体四か五人みたい」と土の人。

 確かに、どの物語もそれくらいの役回りで、それくらいの人数でやっている気がする。
 私は今まで読んだ本を思いだし、そして例外がないことを確認した。

「誰が来るかとか、そんなことは後でってことだね」
「そうだと思うよ」

 その後、これ以上話してもあまり収穫はない、と結論が出た所で、私たちは解散、就寝準備に入った。

 各々が、違う感情を抱いて。
 共に育った私たちは、勇者として戦いに出る。
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