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第三話
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戦闘が始まったのは、銀河標準時刻によるところの午前九時三七分だった。ゾフィーの率いる片翼の鷲獅子本隊が大胆に接近する中、標的とされたミハイロ商会の商船団は砲撃の始まる七分前までその存在に気付かなかったのである。
横合いを取られたミハイロ船団は臨戦態勢を取るのに充分な時間を与えられず、片翼の鷲獅子の猛攻(と彼らは信じているが)にさらされた。
戦況を注視していたゾフィーは司令官席に身体を沈めたまま、背後に控えるプランツにため息交じりに不服を鳴らした。
「先に喧嘩を売ってきておいて彼らは何? ピクニックでもしているつもりだったのかしら。しかも味方の半数の相手に好きにやられるだなんて本当に悪党なの」
「まあ、なんだかんだ姫様を未だに嘗めている連中は相当数存在するようで……」
そう指摘をされてゾフィーは一向に気を悪くした様子はなく、かえって満足そうにほくそ笑んだ。
「嘗めて……ふふ。まだまだ宇宙は広いってことね。素晴らしいことだわ」
「…………」
返答の必要のない主君の感想にプランツは口を噤んで応じる。
午前九時五二分、先方はようやく砲門を並べ終え応戦の体制を整えた。先手を取られたものの、数を見れば敵は自軍の半数ほど。初撃で一割ほどの艦が戦闘不能に陥ったが、それでも艦数比は三対二である。単純な計算ができれば焦るような状況ではない。
ミハイロ船団の司令官はそう考えたのだろう。無謀にも半数の船団で戦いを挑んできた命知らずに、正しく報いを与えてやろうと、きっと舌なめずりでもしたに違いない。そして反撃を開始しようとしたその瞬間だった。突如として後背から攻撃を受けたのである。
「ルチーナったら時間ぴったりね」
ゾフィーは跳ねるように立ち上がると、鳴らない指を弾いた。
高精細空中ディスプレイのレーダー上、ミハイロ船団後方に二〇超の光点が点灯したのである。そしてゾフィーの目の前でミハイロ船団は総崩れとなった。
それはこの挟撃を成立させるために別働させておいた、ルチーナ・リンド・フォン・リーデルの分隊の襲来によるものだった。
リーデル分隊の参戦に、ゾフィーははじめのうち喜色を浮かべていた。ところが時間の経過とともにその表情には曇りが広がっていく。後ろに控えるプランツも目の前で展開される戦況に言葉を詰まらせていた。
「姫様、これは少し……」
「ええ」
ミハイロ船団の後背を扼したリーデル分隊は、混乱の坩堝にいる敵兵を逃すまいと、素早い艦隊運動により半包囲の陣形を取った。自らを坩堝のボウル底に配置し、ゾフィー本隊を蓋に見立てた完全包囲の体勢である。
いまやその光景を前に、ゾフィーは貴族の子女らしからぬ表情で親指の爪を噛んでいた。効果的な砲撃がみるみるミハイロ船団の戦力を削ぎ落としていく。
「やりすぎね」
「このままでは続く作戦に支障が出ますな」
これでは出撃待機していたペトラたち宙戦隊も出番がないまま敵は全滅してしまうだろう。ゾフィーはプランツを振り返ると不本意そうな声を発した。
「リーデル分隊を少し下がらせて頂戴」
「敵に逃げ道を作ってやるのですな」
「そうよ。このまま圧し潰してしまっては結局連中を延命させてしまうもの」
「……御意」
艦橋のモニターにはビーム砲やレールガンの射線が美しく煌めいていた。猟犬たちの獲物と化した敵船団の生き残りは、半包囲された陣形の中でただただ逃げ惑っているだけである。
「同数ではまだ簡単に勝ててしまうのね……」
ぼんやりとした口調で言う主君にプランツは呆れたため息を漏らした。戦略的には、敵より有利な状況で戦うのが肝要であり、戦後に損害が出ないことに越したことはないのである。それをこの姫君は、難易度の高い方をわざわざ好むようなことを言う。
「姫様」
聞き咎められたことに気付いてゾフィーは肩をすくめた。冗談よ、と言って誤魔化した。
「……戻ったらルチーナには小言を言わなくてはね」
ディスプレイを眺めながらゾフィーが安堵したように言ったのは、半狂乱に陥った敵の一部が一点集中砲火を仕掛けてくるのに合わせてリーデル隊が退いたからである。敵の猛攻に辟易したかのように、包囲の一部が自然を装って開いていく。人為的に作られた隙間に吸い出されるように何個かの光点が戦場を脱した。
「うまく逃がせたようね」
「あの妙技はカシュニッツでしょうな」
いまや一桁にまで撃ち減らされた敵船団は、這々の体で戦場を離脱していった。自らの運と実力で逃げ切ったと誤認した残存部隊は、やがて安堵と油断を引きずって、死神の手下にその跡をつけさせてくれるのである。
横合いを取られたミハイロ船団は臨戦態勢を取るのに充分な時間を与えられず、片翼の鷲獅子の猛攻(と彼らは信じているが)にさらされた。
戦況を注視していたゾフィーは司令官席に身体を沈めたまま、背後に控えるプランツにため息交じりに不服を鳴らした。
「先に喧嘩を売ってきておいて彼らは何? ピクニックでもしているつもりだったのかしら。しかも味方の半数の相手に好きにやられるだなんて本当に悪党なの」
「まあ、なんだかんだ姫様を未だに嘗めている連中は相当数存在するようで……」
そう指摘をされてゾフィーは一向に気を悪くした様子はなく、かえって満足そうにほくそ笑んだ。
「嘗めて……ふふ。まだまだ宇宙は広いってことね。素晴らしいことだわ」
「…………」
返答の必要のない主君の感想にプランツは口を噤んで応じる。
午前九時五二分、先方はようやく砲門を並べ終え応戦の体制を整えた。先手を取られたものの、数を見れば敵は自軍の半数ほど。初撃で一割ほどの艦が戦闘不能に陥ったが、それでも艦数比は三対二である。単純な計算ができれば焦るような状況ではない。
ミハイロ船団の司令官はそう考えたのだろう。無謀にも半数の船団で戦いを挑んできた命知らずに、正しく報いを与えてやろうと、きっと舌なめずりでもしたに違いない。そして反撃を開始しようとしたその瞬間だった。突如として後背から攻撃を受けたのである。
「ルチーナったら時間ぴったりね」
ゾフィーは跳ねるように立ち上がると、鳴らない指を弾いた。
高精細空中ディスプレイのレーダー上、ミハイロ船団後方に二〇超の光点が点灯したのである。そしてゾフィーの目の前でミハイロ船団は総崩れとなった。
それはこの挟撃を成立させるために別働させておいた、ルチーナ・リンド・フォン・リーデルの分隊の襲来によるものだった。
リーデル分隊の参戦に、ゾフィーははじめのうち喜色を浮かべていた。ところが時間の経過とともにその表情には曇りが広がっていく。後ろに控えるプランツも目の前で展開される戦況に言葉を詰まらせていた。
「姫様、これは少し……」
「ええ」
ミハイロ船団の後背を扼したリーデル分隊は、混乱の坩堝にいる敵兵を逃すまいと、素早い艦隊運動により半包囲の陣形を取った。自らを坩堝のボウル底に配置し、ゾフィー本隊を蓋に見立てた完全包囲の体勢である。
いまやその光景を前に、ゾフィーは貴族の子女らしからぬ表情で親指の爪を噛んでいた。効果的な砲撃がみるみるミハイロ船団の戦力を削ぎ落としていく。
「やりすぎね」
「このままでは続く作戦に支障が出ますな」
これでは出撃待機していたペトラたち宙戦隊も出番がないまま敵は全滅してしまうだろう。ゾフィーはプランツを振り返ると不本意そうな声を発した。
「リーデル分隊を少し下がらせて頂戴」
「敵に逃げ道を作ってやるのですな」
「そうよ。このまま圧し潰してしまっては結局連中を延命させてしまうもの」
「……御意」
艦橋のモニターにはビーム砲やレールガンの射線が美しく煌めいていた。猟犬たちの獲物と化した敵船団の生き残りは、半包囲された陣形の中でただただ逃げ惑っているだけである。
「同数ではまだ簡単に勝ててしまうのね……」
ぼんやりとした口調で言う主君にプランツは呆れたため息を漏らした。戦略的には、敵より有利な状況で戦うのが肝要であり、戦後に損害が出ないことに越したことはないのである。それをこの姫君は、難易度の高い方をわざわざ好むようなことを言う。
「姫様」
聞き咎められたことに気付いてゾフィーは肩をすくめた。冗談よ、と言って誤魔化した。
「……戻ったらルチーナには小言を言わなくてはね」
ディスプレイを眺めながらゾフィーが安堵したように言ったのは、半狂乱に陥った敵の一部が一点集中砲火を仕掛けてくるのに合わせてリーデル隊が退いたからである。敵の猛攻に辟易したかのように、包囲の一部が自然を装って開いていく。人為的に作られた隙間に吸い出されるように何個かの光点が戦場を脱した。
「うまく逃がせたようね」
「あの妙技はカシュニッツでしょうな」
いまや一桁にまで撃ち減らされた敵船団は、這々の体で戦場を離脱していった。自らの運と実力で逃げ切ったと誤認した残存部隊は、やがて安堵と油断を引きずって、死神の手下にその跡をつけさせてくれるのである。
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