追憶の刃ーーかつて時空を飛ばされた殺人鬼は、記憶を失くし、200年後の世界で学生として生きるーー

ノリオ

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【第一章】三谷恭司

【第一話】記憶喪失 ②

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「あっ、でも、君のことは知らないけど、もしかしたら名前くらいは分かるかもしれないよ?」

「え…………?」


少女はそう言うと、一旦立ち上がって、ベッドのすぐ側の足下に手を伸ばした。

すぐにガチャッと音が鳴って、少女が何かを掴んだことだけが分かる。

男はそこに何かあるなど知らなかったが、どうやらベッドの側すぎて、男が見回した時には角度的に見えなかったらしかった。

少女は手に取ったそれを、男の前に突き出す。

途端、


「…………ッ!!!!」


男は少女の手に握られたそれを見ると、思わず頭に手を当てたくなるような衝動に駆り立てられた。

頭痛と吐き気が込み上がってくる。

体に力が入らないせいで実際に手を当てることはなかったものの、一気に気分が悪くなってきた。

しかし、

そんな弱った姿を見ず知らずの人間には見せられない。

男は気丈に振る舞い、それに改めて目を向ける。


(………………刀?)


少女が手に持ったのは正しくそう、刀だった。

いわゆる日本刀と呼ばれる代物だろう。

ずいぶんと長大な刀身で、鞘や柄には立派な装飾がなされている。

相場は分からないが、おそらくは高級品のように思えた。

だが、

そんな良い刀を見て、男が一番最初に頭に思い浮かばせた単語は、『不吉』だ。

高級な刀を不吉と見る伝承など男は知らないが、その刀はまるで死神の鎌のような印象を受ける。

何がどうとは言えないが、何か近寄りがたい…………。

まるで腹を空かした猛獣を前にしているかのような、そんなイメージが男の胸中を占めるのだ。


「コレ、君の腰に掛かっていた刀なんだけど…………この刀にね、確か名前が彫ってあったのよ。『灯竜丸』…………だったかな?もしかしてソレじゃない?君の名前」


少女は相変わらずのあっけらかんとした様子で、そう話した。

どうやら、少女はその刀に対して特に何か感じるものはなかったらしい。

男は息が荒くなりそうになるのを堪えながら、精一杯平静を装って返答を返す。


「いや…………刀に彫ってあったんなら、それは刀の名前だろう。刀に自分の名前を彫る奴はいないさ」

「…………そっか。まぁ、名前くらいそのうち思い出すでしょ。それより、今ご飯でも作って持ってくるよ。まだ何も食べてないでしょ?」


少女はそう言って、刀を速やかに元の場所に戻した。

もしかしたら、男の様子に気付いて気を遣ってくれたのかもしれない。

刀が再び見えなくなったおかげで、男の体調も少しはマシになった。

男は頷くと、少女はニコッと微笑む。

そして、

そのままドアを開けてこの部屋を出ていった。

一人、部屋の中に残された男は、フゥと一息つく。

体も頭も何も動かない中で、いきなり沢山のことが起こりすぎた。

よくよく考えてみればそれほど大したことは起きていないのかもしれないが、男の心中としてはいきなり崖から突き落とされたような気分だ。

自分の頭と体が動かないと分かった瞬間からの、初対面の少女の登場に、記憶喪失という異常事態ーー。

そして、

極め付けはあの刀だ。

不可解な点が多い上に、情報が少な過ぎる。

男は静かに目を瞑った。


(全部夢だったら楽なのにな…………)


男はそんなことを思いながら、今はとりあえず頭を休めることに終始することにした。

新しく入ってきた情報を今のうちに整理していき、不安を心の奥にしまい込む。

少女が戻ってきたら、またさらに新しい情報を入れなければならないのだ。

今は、混乱している場合でも怖じ気付いている場合でもない。

取り急ぎ、自分がこれからどうするべきかを決めなければならないのだ。

そのためには、自分の現在の状況をしっかりと認識し、これからやらなければならないことをリストアップしなければならない。


(まぁ…………その方針が決まるまで、この家の人間が待っていてくれればの話だが…………)


男は自嘲気味に笑う。

すると、

再び階段を駆け上がる音が聞こえてきた。


「お待たせー」


少女は手にトレイを持っていた。

その上には皿が一つ。

とても良い匂いがする。


「ご飯作ってきたの。レトルトだから、味は保証するよ?」


そう言って、少女はトレイを机に置いた。

皿の中には『カレーライス』が乗せられている。

『カレーライス』は分かるのだと、かなり小さい発見もあった。


「ありがとう…………。親切なんだな」


男は柔和な笑みを浮かべて礼を述べる。

気遣いに少し雑な所はあるが、この少女は男にとても良くしてくれているのだ。

自分のことに手一杯すぎて忘れていたが、礼の一つも述べるのは当然のことだった。


「いいよ、これくらい。君が空から落っこちてきた当日よりは随分マシだからねー。君の体、ホントにズッタズタのグッチャグチャだったから大変だったんだよ。家まで運ぶのもしんどかったし、その間も血がドバドバと流れ落ちてくるし、君の体けっこう重かったし…………。今は市販の回復魔法セットで何とかしてるけど、君、もう少しで死ぬ一歩手前だったんだからホント感謝してほしいよ」

「それはすまなかったな…………。てか、空から…………?」

「うん。上からヒューンてね。衝撃凄かったから体も動かないだろうけど、リハビリならそのうち私が付き合ってあげるから、ちゃんと大人しくしててね」


少女はそう言って、皿を手に取ると、スプーンでライスをすくって、男の口にまで持ってきた。

男は目を白黒させるが、少女の方は特に嫌がるでも恥ずかしがるでもなく、平静としている。


「いや…………今体動かせないでしょ?」


そう言われて、男は無理矢理体を動かそうと試みてみたが、確かに動かなかった。

熱はあっても外傷は無いのだから無理をすれば何とかなると考えていたが、どうやら予想よりも大きく疲弊しているらしい。


「何故だ…………」

「いやいや、だから言ったじゃん。君の体は本当に大変だったんだよ。手当も市販の魔法セットじゃ所詮そんなもんだよ。せめてあと1ヶ月は安静にしてないとね」

「い、1ヶ月も…………?」

「そう、1ヶ月も。はい、分かったらさっさと食べる。栄養つけないと、治るものも治らないよ」


そんなお母さんのようなことを言って、少女は男の口にカレーを順に突っ込んでいった。

本来ありそうな甘い空気は一切なく、「餌付け」や「栄養摂取」といった方が正しそうに思える光景だ。

ラブコメ的な展開にはならないらしい。

カレー一皿分全ての工程が終了すると、2人揃って一息つく。

男も少女も無表情だったが、男は気になったことを少しだけ尋ねてみた。


「どうして…………そんなにも親切にしてくれるんだ?」


少女が男に親切にして、特に得られるものは無い。

男は一文無しだし、記憶喪失なんて厄介な状況にも陥っている。

少女にメリットが見つけられないのだ。

しかし、

少女は少し困ったような顔をすると、


「別に…………。親に言われただけだよ」


と、それだけを言って、会話を無理矢理断ち切った。

怒った訳ではなさそうだが、どうやらそれについて詳しく話すつもりは無いらしい。

少女はカレーライスの入っていた皿をトレイに乗せると、それを持って再び部屋を出ていく。

男はまたしても、部屋に一人取り残された。
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