陽月公奇譚 -女装の俺が、他人のベッドで目覚める理由ー

弥湖 夕來

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序・月の輝く夜に

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「ちょっと待てよヴレィ」

 先ほどの町に程近い深い渓谷へ向かう男の後を追いながら、アースが不満そうな声をあげた。

「なに、か?」

 思いもかけない言葉とばかりに振り返り、ヴレィはアースの顔を見る。

「本当にこのまま行くつもりなのかよ?」

 早足で歩くヴレイに歩幅を合わせながらアースはあえぐ。

「もうくたばったのか? 」

 僅かに速度を落とし、追ってくるアースを茶化すようにヴレイは言いながらその顔を確認する。

「冗談じゃない。
 俺の身体、夕べは一睡もしてないんだからな。
 少しは休ませろよ。
 それに食事! せっかく用意してくれるっていってんのに食い損なったじゃないかよ」

「そうしてもいいんだが。
 街長の言っていた渓谷。
 この先三百ガイルだ。
 歩きで六時間、いや道が悪ければもっと掛かるか。
 様子を見て必要な処置をして、それから戻るにしろ隣町へ移動するにしろ夕方まで掛かるな」

「ゲッ、そんなに遠いのかよ? 
 街長の口ぶりじゃ、ちょっとそこまでみたいな感じだったぞ」

 アースはげんなりとした表情を浮かべる。

「お前、地図くらい把握しておけよ。
 でないとこの先野宿ばかりする羽目になるぞ」

 ヴレイはアースの浮かべた表情を涼しい顔でスルーする。

「私は連れがお前でもアイツでも構わないが…… 」

「わかったよ。
 アイツに好き勝手やらせるのが嫌なら頑張れって話だろ? 」

 これ見よがしのため息と共にアースは諦めの言葉を吐く。

 それを持ち出されてしまっては言葉がない。

 それっきり黙って足だけ進めるヴレイの背をアースは必死で追う。

 正直身体が重い。
 あえぐ息の下から出るのは生あくびばかりだ。
 気を許したら今にも視界が闇に覆われそうだ。
 これだから…… 
 頭の片隅で何度か抗議の言葉を繰り返してみるが、打つ手などない。
 


 ヴレイの言葉どおり、街を出て荷馬車の行き交う街道を過ぎその先の渓谷らしき場所に辿りついた時には、太陽は頭上近くに昇っていた。
 雲ひとつない晴れ渡った空から注ぐ陽光は、この季節にしては少しきつい。
 周囲の岩や木や叢が作る木陰が陽光に対比するかのように色濃い闇を浮かべる。

「これじゃあの街の人間が怯える訳だよな」

 そこここの物陰に転がる衣服らしい布切れの断片を目にアースが呟いた。

 一枚や二枚ではない無数の衣服の間からは、人間の骨らしきものも見え隠れしている。
 この惨状からも犠牲になった人間が両手の指の数では収まらないことは想像に難くない。

「たかがネズミの癖に何だってこんなに大喰らいなんだよ? 」

 思わずこみ上げてきた胸のむかつきに、アースは今朝から胃袋に何も入れていないことを感謝した。

「たかがネズミだからだろう。
 ひょんな事で長生きし僅かな妖力を手に入れたら、今度はその妖力と寿命を維持するのに膨大な餌が必要になったってところだ」

「それで人間様に手を出したってか? 」

「妖力の維持にはそれが手っ取り早くて確実だ。
 人間ほど寿命の長い動物はめったにいないしな。
 若い女子供ならさほど抵抗もされずに労なく手に入る」

「人間警戒心なさすぎなんじゃね? 」

「まあな」

 言葉を交わしながらヴレイはそこここの物陰を確認するかのように覗き込む。

「何、捜しているんだよ? 」

「街長が言っていただろう。
 もう一匹いると。
 できたら確認して必要な処置をしておくべきだろう? 」

「そこまでやるのかよ? 
 頼まれたのは結界だけだろ」

 げんなりとしながらアースは聞き返す。

「わかっているだろう? 
 結界は常に手を入れ続けなければすぐに綻ぶ。
 私は中途半端な仕事をしたと思われたくはないんだよ」

「そのポリシー止めろよな」

「アースに言われる筋合いはないと思うがな」

 余計なお世話だと言わんばかりに呟くと、ヴレイはアースに背を向けた。
 暫く歩き回った後、周囲を見渡せる場所を定めて立ち尽くしたままゆっくりと目を閉じる。
 程なくヴレイの口からは今朝方倒した男に向けられたのと同じ、妙な音韻の言葉がこぼれだす。
 太古の神々が使っていたという、既に一般の人々の間では完全に忘れ去られた言葉は、不思議な音韻を伴い周囲の空気に広がる。

「ギィ! ビイ、ビィ、ギー! 」

 途端に何処からともなく獣の鳴き声のような悲鳴があたりに響き、木々の枝を揺らす。

 アースの顔面直前を何かが横切った。

「なんだ? 」

 呆然と声にならない言葉がアースの口から飛び出す。

 気が付くと無意識に左腕を覆っていた。
 かすかな血の匂いが鼻先に漂う。
 代わりにヴレイの声が途切れた。

「でたぞ、アース! 」

「ああ、わかってる」

 僅かに痛みの走った腕を庇いながらアースは立ち上がると腰の剣を抜く。

 周囲を見渡すと、数歩先に今朝方切ったのと同じ大きさのネズミが一匹、紅い瞳をぎらつかせてこちらを睨みつけている。
 明らかに敵意を剥き出しにした低い唸り声が断続的にあがる。

「やれるか? 」

 視線を獲物に向けたまま、ヴレイが訊いてくる。

「もちろん」

 頷きながら場所を確認しようとヴレイの姿に視線を移した途端、アースの視界の端を鋭い鈎爪がかすめた。

「ちっ、顔は不味いんだよ」

 身体を翻しその場から飛びのくとアースは鈎爪の持ち主を睨み付ける。

「ってか、勘弁してくれよ。
 これ以上傷が増えたらアイツに何言われるか」

 いらだたしい思いを込めて呟くと握っていた剣の柄に力を込めた。

 構えた剣の放つ鉛色の光にも怯まずにその生き物は突進してくる。
 明らかに顔を狙っていると思われる爪を避けるべくアースは身体を翻す。

「だ、から、顔は駄目なんだってば。
 目立つところに傷なんかつけたら、ほんとに奴に何言われるか」

 相手が聞く耳など持っていないことは十分承知しながらもアースは繰り返す。

「お前、それ逆効果だぞ。
 狙ってくれって言っているようなものだろうが」

 面白がるようにヴレイが笑みを向けた。

「何でもいいから手伝ってくれよ」

「そのくらいの小物、お前一人で何とかなるだろう」

 高みの見物と決め込んだのかヴレイはアースと獣との間に距離を置き暢気に座り込むと、涼しい顔でその様子を見つめている。

「まぁ、やっていいっていうんなら遠慮はしないけどな」

 握り締めていた剣の柄をもう一度握りなおし、アースは腰を落とした。

 急所はわかっている。
 しかも変化していない実体そのものの魔物なら、何処を切りつければいいのか一目瞭然だ。

 僅かに目を細め、視点を定めると軽く息を整える。

 明らかに自分に向かってくる相手を手にした剣で一気になぎ払った。


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