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2・魔女と呼ばれたので、 -後-
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「もしかして初めてですか? 」
コルセットの紐を締めてくれながら少女が訊いて来た。
「うん、こういうのはね」
「じゃ、少しゆるめにしておきますね」
言いながら少女はわたしの背中の紐を引き絞る。
「ぐ…… 」
ゆるめにしてくれるって言ったのに、思わず息が止まる思いだ。
次いで指示どうりに三枚のペチコートをつけると、手を借りて一緒にあった豪華なドレスに潜り込む。
いやほんと、着ると言うよりも潜り込むと言った表現がぴったりなほどの床まで届く長さの大きなスカート。
素材は多分この光沢からして絹だ。
ルピナス色にふんだんに縫い付けられた白いレースが映える。
「お似合いですよ」
鏡に映ったわたしの姿を目に髪を整えてくれながら少女は言う。
とは言ってくれるけど、わたしから見たらこの豪華なドレスにこの髪は似合わないでしょ?
肩の位置でぷっつりと切られた髪はドレスが豪華なことが災いし貧相に見える。
こんなことなら先日切らなきゃ良かった。
なんて、こんなことになるなんてあの時予想なんかしてなかったもん。
こればっかりは諦めるしかない。
ドレスのデザインはわたしの知っているところのロココ風。
この建物とはおおよそ時代がかけ離れているような取り合わせに、空に昇っていた三つの月が改めてここが過去ではなく異世界なんだとわたしに思わせる。
「着替え、お済みになりましたか? 」
身支度が整うのを計っていたかのようにドアがノックされるとさっきの若い男が顔を出す。
「きてください。魔女殿。
先ほどから殿下がお待ちです」
言って狭い螺旋階段を先にたって下りてゆく。
「あの、殿下って? 」
突然身分の高そうな人の呼称を言われてわたしは少し緊張した。
そんな人に今まで知り合いなんてなかったから。
「このロンディリュウィナ王国の第一王位継承者プレシャス・コーラル殿下です」
「プレシャス・コーラルって、それ名前? 」
わたしは思わず息を飲む。
すっごい偶然っていうか、こんな偶然あるんだ。
「どうかなさいました? 」
「ううん、なんでもない」
わたしは慌てて首を横に振った。
「王位継承者ってことは王子様? 」
「その敬称で呼ばないで下さいね、殿下は至極嫌がりますから。
コーラル殿下、もしくは殿下とお呼びになってください。
あ、僕は殿下の従者でキューヴィックって言います。
キューヴと呼んでください」
そう言って人懐っこそうな笑顔を向けてくれる。
「わたしは、珊瑚」
「珊瑚様ですか?
不思議なお名前ですね」
名乗られて返した言葉にキューヴは少し首を傾げた。
「うん。あんまりない名前かな? 」
少なくとも今までわたしは同じ名前の人と直接であった事がない。
「……どうぞ、こちらです」
螺旋階段の途中にある一つのドアの前で足を止めると、言ってキューヴはドアを開ける。
通された広い部屋? 部屋と言っていいのか、部屋らしいドアの並ぶ壁に取り囲まれたホールで壁は黒い石でつんである。
そこに豪華なタペストリーが下げられているけどあまりに暗くて細部に何が描かれているのかは詳細不明。
やっぱり壁中のドアが開け放されそこから入ってくる光でかろうじて中が見える程度。
よくこんなところに人が住んでいるなってほどの効率の悪さ。
「ようこそ、魔女殿」
中央に置かれた長椅子から身体をおこしたのはあの時、湖のほとりに同時にいたもう一人の男。
着ていたフロックコートを脱ぎくつろいだ様子がなんとなく色っぽい。
……こんな状態でなければタイプなんだけどな。
ふと思うけど、今はそんなこと言ってられない。
「ああ、よく似合うな…… 」
男はわたしの姿を目に言う。
「ありがとうございます。
でも、いいんでしょうか? こんな高価なドレス」
男の言った言葉にわたしはとりあえずお礼を言う。
もう、本当にわたしのカットソーなんて何枚買えるかわからないほどの豪華な衣装に恐縮してしまう。
正直動きやすさの面からも、そっちの方が嬉しかったんだけど。
とりあえず何でもいいから着させてもらえて文句は言えない。
「かまうことはない。
お前にはこれから手を貸してもらうことが山ほどある。
いわば先行投資だと思ってくれればいい」
男はにっこりと微笑む。
「『先行投資』ってことは、つまりは貸しにしとくから後でなにかの対価を払えって奴でしょうか?
そうは言われても、何をすればいいの、かな? 」
わたしはこめかみを引きつらせながらつぶやく。
どう見ても電子レンジも洗濯機もなさそうなここじゃ、炊事洗濯さえもわたしの手に余りそうだ。
あとできることといったら、お妾さんとか言わないよねぇ?
いくら相手が好みのタイプでもいきなりそれは嫌だなぁ……
「まぁ、その話は追々……
魔女殿には状況に応じて手を貸してもらうことになる」
男は言う。
「『魔女』って何?
話の筋からどうもわたしのことを言われているみたいなんですけど」
さっきから出てくる気になる言葉。
「どうもこうもない。
お前のことだ」
「それって、何かの間違えじゃ…… 」
もしかして、わたし誰かと間違えられている?
考えられるのはそれしかない。
だってわたしごく普通の大学生で魔法どころか手品一つできない。
誰かと間違えられている以外に考えられない。
「いや、お前は確かに魔女の筈だが?
数年置きに同じ大きさの月が三つ東西に等間隔で並ぶ昼間の一定時間に、あの聖域の湖からこのロンディリュウィナ王国を守る魔女が現れる。
我がロンディリュウィナ王国ではそう言い伝えられている。
現に今までもずっとそうだったし、確かにお前はその条件のもとで姿を表した…… 」
男はじっとわたしを見詰めて言う。
……まるで言い聞かされて暗示を掛けられているよう。
「でも、わたしは魔法なんて使えないし、そもそも魔法なんて絵空事で存在しない世界で生きてきたのに! 」
わたしはその言葉を否定するように激しく首を横に振った。
「ふむ…… 」
男はわたしのまん前まで歩み寄ると、じっと顔を覗き込む。
「キューヴ? 」
「あ、はい。
おそらくですが、珊瑚様はまだ覚醒していないか、ご自分の能力が覚醒したことに気付いていないのではないかと」
男に振り返られ名前を呼ばれてキューヴは答える。
「珊瑚というのか? 」
男がつぶやく。
「祖母の話ですと、召還される魔女の中にはそれまで全く普通の人間だったものがこちらの世界に引き寄せられた代償のように魔力を発揮できるようになることもあると。
珊瑚様はそのケースでしょう」
「では? 」
「おそらく我々が考えているようにな魔術を使えるようになるまでには最低でも数日は掛かるかと…… 」
「そうか、では。それまで待つことにしよう。
どうせ、この先はずっと私に仕えてもらうことになるのだし。
時間はたっぷりあるからな」
は?
男の言葉にわたしは耳を疑う。
ずっととか、時間はたっぷりとか……
なんかすっごく聞きたくない言葉を聞いた気がする。
「あの。できれば、そのずっとと言うのはお断りしたいなぁ……
……なん、て? 」
おずおずと言ってみる。
数日くらいなら旅行にでも来たと思えば我慢できるんだけど、ずっとと言うのはちょっと都合が悪い。
何しろ何の準備も報告もしていないのだから、きっと大騒ぎになる。
男は言葉には答えずに、不意にわたしの二の腕をつかむ。
と思ったら、その顔が必要以上に近づく。
「……! 」
思わず逃げようとした暇さえなく、男の唇がわたしのそれに重なった。
その途端、ビクンと強めの静電気でも身体に走ったような衝撃に見舞われた。
気持ち的にじゃなく、明らかに物理的な感覚で、思わず身体が跳ね上がる。
キスは初めてじゃなかったけど、その時の甘い感じとは全く違う何か……
「な、何するんですか! 」
男の顔が離れると同時にわたしは叫ぶ。
「いや、契約はしておかないと。
せっかくの魔女を誰かに攫われてはわざわざ出迎えに行った苦労が台無しになる」
男は笑う。
「契約って、
いや、それは、
心の準備って物が……
大体、なんでキス? 」
頭の中がまたパニクる。
だけど、男の言ったようにそれが何かの儀式だったのは確かなようで……
男に最初に掴まれた二の腕には明らかに痺れが残り、それにつながる指先がうまく動かない。
「とにかく、帰して! 」
身の危険を感じてわたしは叫んだ。
ほんっとにこんなところにいたらどうなっちゃうんだか……
「残念ながらそういうわけには…… 」
キューヴが言う。
「う……… 」
もう一つおまけにすっごく聞きたくない言葉だ。
「でもね。わたし本っ当に魔法なんて、使えないし」
わたしは慌てて首を横に降る。
「では、こうしましょう。
珊瑚様には数日間ここに滞在していただきましょう。
その間に魔法が使えるようになるかも知れませんし、ね」
にっこりと、これ以上ないほどにっこりと、むしろ気持ち悪いほどにっこりとキューヴは浮かべた笑みをわたしに向けた。
「それにしてもキューヴって魔女のこと詳しいよね? 」
部屋に戻りながらわたしは訊いた。
古参の年寄りの使用人ならともかく、こんな若い人間が詳しいことの方が気になる。
「僕の祖母が第35代目の召還魔女だったんです」
何でもないことのようにキューヴは言う。
「は? 」
なんかまた別の聞きたくない言葉を聞いた気がする。
って、ことはキューヴのおばあちゃんも、どこかの異世界からここへ召還されて結局帰れなくて、誰かと結婚して孫ができたってこと?
って、ことはわたしも帰れないコース一直線ってこと?
……なんかやだなぁ、それ。
「ですから、珊瑚様は37代目の召還魔女と言うことになります」
「ね、それ確定? 」
往生際悪くわたしは更に食い下がる。
「確定ですよ。もう契約も済みましたし、キャンセルはなしですから…… 」
にっこりとキューヴは笑顔を向けた。
正直この笑みには絶対裏がある。
証拠はないけど、そんな気がする。
なんて思っていると、突然視界が傾いた。
「大丈夫ですか? 」
あと一息で螺旋階段をまっさかさまになりそうなところでキューヴの手がわたしの二の腕を掴んで引き寄せ支えてくれた。
「うん…… 」
驚きすぎてなんて言っていいのかわからずかろうじて頷く。
「足に何かが絡まって……
ありがとう」
体勢を立て直して一息つくとわたしは言う。
「気をつけてくださいね。ここの階段は急ですから。
階段を上るときにはドレスの裾、少し引き上げて歩くといいですよ」
やんわりと言ってくれる。
「……そうなんだ」
歩くたびにしゃらしゃらと音を立てる三重のペチコートにほとんど床を引きずるスカート。
こんなのどうやって扱えばいいってもので……
「それと……
ドレスのスカート、そんなに揺らして歩かないで下さいね。
下品に見えますから」
「はぁ…… 」
返事はしたものの、早速着慣れた膝上丈のスカートが恋しくなった。
見た目は綺麗だけど、こんな動きにくくて窮屈で重たいもの一度着られれば沢山だ。
その上マナーまで言われた日には速攻で脱ぎたくなる。
せっかく用意してもらった最上級の物に文句をつけたりしては申し訳ないけど……
わたしはこっそりとため息をついた。
コルセットの紐を締めてくれながら少女が訊いて来た。
「うん、こういうのはね」
「じゃ、少しゆるめにしておきますね」
言いながら少女はわたしの背中の紐を引き絞る。
「ぐ…… 」
ゆるめにしてくれるって言ったのに、思わず息が止まる思いだ。
次いで指示どうりに三枚のペチコートをつけると、手を借りて一緒にあった豪華なドレスに潜り込む。
いやほんと、着ると言うよりも潜り込むと言った表現がぴったりなほどの床まで届く長さの大きなスカート。
素材は多分この光沢からして絹だ。
ルピナス色にふんだんに縫い付けられた白いレースが映える。
「お似合いですよ」
鏡に映ったわたしの姿を目に髪を整えてくれながら少女は言う。
とは言ってくれるけど、わたしから見たらこの豪華なドレスにこの髪は似合わないでしょ?
肩の位置でぷっつりと切られた髪はドレスが豪華なことが災いし貧相に見える。
こんなことなら先日切らなきゃ良かった。
なんて、こんなことになるなんてあの時予想なんかしてなかったもん。
こればっかりは諦めるしかない。
ドレスのデザインはわたしの知っているところのロココ風。
この建物とはおおよそ時代がかけ離れているような取り合わせに、空に昇っていた三つの月が改めてここが過去ではなく異世界なんだとわたしに思わせる。
「着替え、お済みになりましたか? 」
身支度が整うのを計っていたかのようにドアがノックされるとさっきの若い男が顔を出す。
「きてください。魔女殿。
先ほどから殿下がお待ちです」
言って狭い螺旋階段を先にたって下りてゆく。
「あの、殿下って? 」
突然身分の高そうな人の呼称を言われてわたしは少し緊張した。
そんな人に今まで知り合いなんてなかったから。
「このロンディリュウィナ王国の第一王位継承者プレシャス・コーラル殿下です」
「プレシャス・コーラルって、それ名前? 」
わたしは思わず息を飲む。
すっごい偶然っていうか、こんな偶然あるんだ。
「どうかなさいました? 」
「ううん、なんでもない」
わたしは慌てて首を横に振った。
「王位継承者ってことは王子様? 」
「その敬称で呼ばないで下さいね、殿下は至極嫌がりますから。
コーラル殿下、もしくは殿下とお呼びになってください。
あ、僕は殿下の従者でキューヴィックって言います。
キューヴと呼んでください」
そう言って人懐っこそうな笑顔を向けてくれる。
「わたしは、珊瑚」
「珊瑚様ですか?
不思議なお名前ですね」
名乗られて返した言葉にキューヴは少し首を傾げた。
「うん。あんまりない名前かな? 」
少なくとも今までわたしは同じ名前の人と直接であった事がない。
「……どうぞ、こちらです」
螺旋階段の途中にある一つのドアの前で足を止めると、言ってキューヴはドアを開ける。
通された広い部屋? 部屋と言っていいのか、部屋らしいドアの並ぶ壁に取り囲まれたホールで壁は黒い石でつんである。
そこに豪華なタペストリーが下げられているけどあまりに暗くて細部に何が描かれているのかは詳細不明。
やっぱり壁中のドアが開け放されそこから入ってくる光でかろうじて中が見える程度。
よくこんなところに人が住んでいるなってほどの効率の悪さ。
「ようこそ、魔女殿」
中央に置かれた長椅子から身体をおこしたのはあの時、湖のほとりに同時にいたもう一人の男。
着ていたフロックコートを脱ぎくつろいだ様子がなんとなく色っぽい。
……こんな状態でなければタイプなんだけどな。
ふと思うけど、今はそんなこと言ってられない。
「ああ、よく似合うな…… 」
男はわたしの姿を目に言う。
「ありがとうございます。
でも、いいんでしょうか? こんな高価なドレス」
男の言った言葉にわたしはとりあえずお礼を言う。
もう、本当にわたしのカットソーなんて何枚買えるかわからないほどの豪華な衣装に恐縮してしまう。
正直動きやすさの面からも、そっちの方が嬉しかったんだけど。
とりあえず何でもいいから着させてもらえて文句は言えない。
「かまうことはない。
お前にはこれから手を貸してもらうことが山ほどある。
いわば先行投資だと思ってくれればいい」
男はにっこりと微笑む。
「『先行投資』ってことは、つまりは貸しにしとくから後でなにかの対価を払えって奴でしょうか?
そうは言われても、何をすればいいの、かな? 」
わたしはこめかみを引きつらせながらつぶやく。
どう見ても電子レンジも洗濯機もなさそうなここじゃ、炊事洗濯さえもわたしの手に余りそうだ。
あとできることといったら、お妾さんとか言わないよねぇ?
いくら相手が好みのタイプでもいきなりそれは嫌だなぁ……
「まぁ、その話は追々……
魔女殿には状況に応じて手を貸してもらうことになる」
男は言う。
「『魔女』って何?
話の筋からどうもわたしのことを言われているみたいなんですけど」
さっきから出てくる気になる言葉。
「どうもこうもない。
お前のことだ」
「それって、何かの間違えじゃ…… 」
もしかして、わたし誰かと間違えられている?
考えられるのはそれしかない。
だってわたしごく普通の大学生で魔法どころか手品一つできない。
誰かと間違えられている以外に考えられない。
「いや、お前は確かに魔女の筈だが?
数年置きに同じ大きさの月が三つ東西に等間隔で並ぶ昼間の一定時間に、あの聖域の湖からこのロンディリュウィナ王国を守る魔女が現れる。
我がロンディリュウィナ王国ではそう言い伝えられている。
現に今までもずっとそうだったし、確かにお前はその条件のもとで姿を表した…… 」
男はじっとわたしを見詰めて言う。
……まるで言い聞かされて暗示を掛けられているよう。
「でも、わたしは魔法なんて使えないし、そもそも魔法なんて絵空事で存在しない世界で生きてきたのに! 」
わたしはその言葉を否定するように激しく首を横に振った。
「ふむ…… 」
男はわたしのまん前まで歩み寄ると、じっと顔を覗き込む。
「キューヴ? 」
「あ、はい。
おそらくですが、珊瑚様はまだ覚醒していないか、ご自分の能力が覚醒したことに気付いていないのではないかと」
男に振り返られ名前を呼ばれてキューヴは答える。
「珊瑚というのか? 」
男がつぶやく。
「祖母の話ですと、召還される魔女の中にはそれまで全く普通の人間だったものがこちらの世界に引き寄せられた代償のように魔力を発揮できるようになることもあると。
珊瑚様はそのケースでしょう」
「では? 」
「おそらく我々が考えているようにな魔術を使えるようになるまでには最低でも数日は掛かるかと…… 」
「そうか、では。それまで待つことにしよう。
どうせ、この先はずっと私に仕えてもらうことになるのだし。
時間はたっぷりあるからな」
は?
男の言葉にわたしは耳を疑う。
ずっととか、時間はたっぷりとか……
なんかすっごく聞きたくない言葉を聞いた気がする。
「あの。できれば、そのずっとと言うのはお断りしたいなぁ……
……なん、て? 」
おずおずと言ってみる。
数日くらいなら旅行にでも来たと思えば我慢できるんだけど、ずっとと言うのはちょっと都合が悪い。
何しろ何の準備も報告もしていないのだから、きっと大騒ぎになる。
男は言葉には答えずに、不意にわたしの二の腕をつかむ。
と思ったら、その顔が必要以上に近づく。
「……! 」
思わず逃げようとした暇さえなく、男の唇がわたしのそれに重なった。
その途端、ビクンと強めの静電気でも身体に走ったような衝撃に見舞われた。
気持ち的にじゃなく、明らかに物理的な感覚で、思わず身体が跳ね上がる。
キスは初めてじゃなかったけど、その時の甘い感じとは全く違う何か……
「な、何するんですか! 」
男の顔が離れると同時にわたしは叫ぶ。
「いや、契約はしておかないと。
せっかくの魔女を誰かに攫われてはわざわざ出迎えに行った苦労が台無しになる」
男は笑う。
「契約って、
いや、それは、
心の準備って物が……
大体、なんでキス? 」
頭の中がまたパニクる。
だけど、男の言ったようにそれが何かの儀式だったのは確かなようで……
男に最初に掴まれた二の腕には明らかに痺れが残り、それにつながる指先がうまく動かない。
「とにかく、帰して! 」
身の危険を感じてわたしは叫んだ。
ほんっとにこんなところにいたらどうなっちゃうんだか……
「残念ながらそういうわけには…… 」
キューヴが言う。
「う……… 」
もう一つおまけにすっごく聞きたくない言葉だ。
「でもね。わたし本っ当に魔法なんて、使えないし」
わたしは慌てて首を横に降る。
「では、こうしましょう。
珊瑚様には数日間ここに滞在していただきましょう。
その間に魔法が使えるようになるかも知れませんし、ね」
にっこりと、これ以上ないほどにっこりと、むしろ気持ち悪いほどにっこりとキューヴは浮かべた笑みをわたしに向けた。
「それにしてもキューヴって魔女のこと詳しいよね? 」
部屋に戻りながらわたしは訊いた。
古参の年寄りの使用人ならともかく、こんな若い人間が詳しいことの方が気になる。
「僕の祖母が第35代目の召還魔女だったんです」
何でもないことのようにキューヴは言う。
「は? 」
なんかまた別の聞きたくない言葉を聞いた気がする。
って、ことはキューヴのおばあちゃんも、どこかの異世界からここへ召還されて結局帰れなくて、誰かと結婚して孫ができたってこと?
って、ことはわたしも帰れないコース一直線ってこと?
……なんかやだなぁ、それ。
「ですから、珊瑚様は37代目の召還魔女と言うことになります」
「ね、それ確定? 」
往生際悪くわたしは更に食い下がる。
「確定ですよ。もう契約も済みましたし、キャンセルはなしですから…… 」
にっこりとキューヴは笑顔を向けた。
正直この笑みには絶対裏がある。
証拠はないけど、そんな気がする。
なんて思っていると、突然視界が傾いた。
「大丈夫ですか? 」
あと一息で螺旋階段をまっさかさまになりそうなところでキューヴの手がわたしの二の腕を掴んで引き寄せ支えてくれた。
「うん…… 」
驚きすぎてなんて言っていいのかわからずかろうじて頷く。
「足に何かが絡まって……
ありがとう」
体勢を立て直して一息つくとわたしは言う。
「気をつけてくださいね。ここの階段は急ですから。
階段を上るときにはドレスの裾、少し引き上げて歩くといいですよ」
やんわりと言ってくれる。
「……そうなんだ」
歩くたびにしゃらしゃらと音を立てる三重のペチコートにほとんど床を引きずるスカート。
こんなのどうやって扱えばいいってもので……
「それと……
ドレスのスカート、そんなに揺らして歩かないで下さいね。
下品に見えますから」
「はぁ…… 」
返事はしたものの、早速着慣れた膝上丈のスカートが恋しくなった。
見た目は綺麗だけど、こんな動きにくくて窮屈で重たいもの一度着られれば沢山だ。
その上マナーまで言われた日には速攻で脱ぎたくなる。
せっかく用意してもらった最上級の物に文句をつけたりしては申し訳ないけど……
わたしはこっそりとため息をついた。
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