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17・妙な数字を見つけたので、 -後-
しおりを挟む「そうだ。これをお前に預ける」
思い出したように言って、殿下はテーブルの端に置いてあった物を手に取るとわたしに差し出した。
「何? 」
受け取ったのは複数の鍵がリングについた束。
「パントリーとバッテリー、それと倉庫の鍵だ」
「鍵は見ればわかるんだけど? 」
何のことだか解らなくてわたしは首を傾げる。
殿下、留守が多いから使用人に不便がないように、預かっていろってことなのかな?
「物資の管理は女主人の仕事だからな。
任せたぞ」
「はい? 」
わたしの声が裏返る。
「ちょっと待って、殿下。
わたし、そんな…… 」
倉庫の鍵を預けるってことは中に入っている物全部わたしの自由にしていいってことじゃないのかな?
……そんなに、信用しちゃっていいの?
「何をそんなに驚いている? 」
殿下がおかしそうに笑みを向ける。
「だって…… そんな大事な物……
どうやっていいのかよくわからないし……
それに女主人って…… 」
次第にわたしの声が小さくなる。
「ここの主人はお前以外に誰がいる?
それにお前に任せておけば大丈夫だと私が踏んだ。
なんの不満がある? 」
殿下は首を傾げる。
先日アゲートもそんなことを言っていた。
ここの主人はわたしなんだって。
殿下はそれを代行してくれているに過ぎないって。
その殿下がわたしに倉庫の鍵を預けてくれるってことは、よっぽど信頼してくれたってことなんだろうな。
だったら、その期待に少しでも応えたい。
「わかりました。お預かりします」
わたしは手の中の鍵を見つめる。
「頼んだぞ」
殿下の大きな手がわたしの頭を軽く撫でてくれた。
翌朝、殿下を送り出したわたしはその足でキッチンへ向かう。
教授達も帰り、殿下もいなくなってしまい、久しぶりにわたしは暇を持て余していた。
この間の、料理人のおばさんの妙に慌てた態度も気になる。
何か気に障ることでもしてしまったのなら謝っておかないと……
「あ、珊瑚ちゃん。
いいところに来てくれたね」
キッチンのドアを開けると一緒におばさんが息をついて言う。
「悪いんだけど、手が空いていたらパン生地を捏ねてくれるかね。
粉はここにあるから」
傍らにあったエプロンをわたしに手渡し次いで、小麦粉の大きな袋を指差した。
「うん」
二つ返事でキッチンの中へ足を踏み入れる。
良かった……
この間の違和感はきっとわたしの勘違いだ。
内心でほっと息を吐きながらわたしは言われたままにパン生地を捏ねるのに没頭した。
「珊瑚さま起きてください」
「ん…… 」
アゲートの声にわたしはうっすらと目を開ける。
窓の外からはいつもと違うざわめきが響いてくる。
どこか遠くから陽気な音楽まで聞こえてきた。
「わ、なぁに。アゲート。
おしゃれして。
すっごく可愛いんですけど…… 」
ベッドから起き上がりながらわたしは声をあげる。
傍らに立つアゲートの今日のドレスは見慣れたいつもの雀茶色ではなかった。
スカートはくるぶしまでの丈でビロードのような光沢を放つ黒。裾には赤や黄色、緑といった華やかな色で刺繍が施してある。上着の真っ白なブラウスにも同じ刺繍が施され、かけられた純白のエプロンには上品なレースが縫い付けられていた。
まるでどこかの国の民族衣装みたいでとにかく凄く可愛い。
「ありがとうございます」
わたしの言葉にアゲートは嬉しそうに顔をほころばせた。
「これ、母から子へと何代も受け渡していくこの地方の民族衣装なんですよ。
祭りの衣装なんです」
「お祭り用の衣装って…… 」
そういえば、この間から誰の口からも『収穫祭』と言う言葉が出ていた。
「もしかして収穫祭って今日? 」
ベッドを降りながらわたしは訊く。
「そうですよ。
村の麦の収穫が全部終わった後の最初の一つ満月の日が、毎年祭りの日なんです。
こちらをお召しになってくださいね」
満面の笑顔でアゲートがいつもとは違った衣類を差し出した。
「これ、わたし、の? 」
受け取ったブラウスを手にわたしはアゲートを見上げる。
真っ白なブラウスの前立てには白と銀の混ざった糸で丁寧に野の花が刺繍してある。
「はい。
キッチンのおばさんや皆と話したんです。
珊瑚さまももうこの村の一員ですから、お祭りの衣装を着ていただこうって」
次いで差し出されたスカートもアゲートとお揃いでビロード色の光沢を放つ黒にブラウスと同じ花が、こちらは色とりどりのはっきりした色で刺繍されている。
「このスカートもともとは真っ黒で、花の刺繍は代々受け継がれてゆく間に着た本人が毎年一輪ずつ刺繍して、少しずつ増やしていくものなんですが……
珊瑚さまのこちらは皆で一輪ずつ刺繍しました」
アゲートが言う。
「じゃ、もしかしてこの間からキッチンとかで皆が何かしていたのって? 」
「まぁ…… そんなところです」
「なんか、いいのかな、わたしが着させてもらって…… 」
口ではそう言ってみるけどもう、頭の中はわくわくで占められている。
「ちょっとじっとしていて下さいね」
アゲートはわたしを鏡の前に座らせると手際よく髪を三つ編みに編んでゆくとそれを器用に丸め頭にピンで留めつけてゆく。
「はい、終了です」
最後にレースのエプロンの紐を腰の後ろで結びアゲートはわたしの背中を軽く叩いた。
「ね、おかしくない? 」
鏡に向かい、くるぶし丈のスカートを軽く揺らし横の姿や後ろ姿を確認しながらわたしはアゲートに訊いた。
「よくお似合いです。
まるで生まれた時からここで育った娘さんみたい」
アゲートは満足そうに微笑んでくれた。
「ほんっとに、ありがと! 」
わたしは笑顔を返すとアゲートに抱きついた。
もう、嬉しくて嬉しくて仕方がない。
言葉だけじゃ何て言っていいかわからなくて、混乱してしまった。
「そこまで喜んでいただけると、わたしたちも用意したかいがあります。
今日は無礼講なんですよ。
楽しみましょうね」
そういうアゲートも嬉しくて仕方がないという表情をしている。
そういえば、祭りまでに帰るって言っていた殿下とキューヴの姿がまだないけど……
わたしはふと思う。
「どうされました? 」
アゲートが訊いてくる。
「ううん、なんでもない」
わたしは慌てて首を横に振った。
……口にしないほうがいいよね。
せっかくのお祭りなのに、水を差しちゃ申し訳ない。
それに、あの時キスしてもらった時に浮かんだ光景は何の問題もなかった。
心配しなくても大丈夫。
わたしは自分に言い聞かせる。
部屋を出ようとしたとき、ドアの脇に控えたアゲートのスカートの刺繍に目が止まる。
「アゲート、それは? 」
たくさんの花模様の中に一つだけ、ユニコーンの姿がある。
「これですか?
おばあちゃんが『聖なる乙女』を務めた年の刺繍なんですよ」
「聖なる乙女? 」
「祭りが終わってから次の祭りまでにユニコーンに出会えた娘が勤めるんですよ」
「ユニコーンって、想像上の生き物じゃないの? 」
「いいえ、確かに珍しい生き物ですけど、ここは聖域が近いからかたまには姿をみられるんです。
何故か若い女の子に限られるんですけど。
そうですね……
毎年二、三人はいますよ」
ゆっくりと螺旋階段を降りながらアゲートは説明してくれた。
中庭に出ると、みたことのない顔の人々が忙しそうに立ち働いていた。
だけど、どの顔も嬉しそうに綻んでいる。
城壁の中門の向こうからは更に大きなどよめきが上がっている。
「行きましょう、珊瑚様」
アゲートがわたしの手を引いた。
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