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29・恋敵ができたので、
しおりを挟む翌日馬まできらびやかに飾った四頭立ての馬車が砦の門を潜った。
殿下の手を借りて優美そのものの動作で馬車から降りてきたのは十四・五歳の少女だった。
それも見惚れるほどの美少女。
「あなたが殿下の召還魔女ですの? 」
少女はわたしの顔を見るなり、緑泥石色の瞳をしばたかせて言った。
「ああ、わたしの政治上のパートナーの珊瑚だ」
少女の問いに殿下は答える。
その姿はいつもの砕けた感じがなくて完璧で、暫くぶりに見るとまた惚れ直してしまいそう。
なんて言っている暇はない。
少女はじっーとわたしの顔をアナが空くほどにらんでいる。
「思ったほどちんけじゃありませんのね」
鼻を鳴らすような雰囲気で王女は言う。
「く…… 」
その言葉にわたしは内心肩をいからせた。
「ごめんなさい。異世界からの召還者だなんていうから、もっと小人みたいな人間離れした生物を想像していましたの」
言葉では謝っているけど、顎を上に上げ面白くなさそうな顔を隠そうともしない。
「珊瑚、彼女が話してあった隣国第一王女のセラフィナだ」
「珊瑚…… 」
いつも『お前』としか呼ばれないから、名前で呼ばれるとなんだか変。
甘い何かが身体を走って胸がきゅんてする。
「よろしくお願いしますね、王女様」
軽く膝を降りわたしは型どおりに挨拶をする。
「珊瑚って、それお名前ですの?
見た目はそれほどちんけじゃないと思いましたのに、やっぱり名前はちんけですのね。
どなたがお付けになったのかしら? センスを疑いますわね」
「な…… 」
……どこまで無礼なんだろう。
わたしは握り締めたこぶしに力を込める。
この名前は両親が「四大宝石ほどきらびやかでなくても、貴石のようにいつも凛としているように」って思いを込めてつけてくれたって聞いている。
それを…… よりによってチンケだなんて。
まぁ、そこまではかろうじて我慢できる、我慢します。
育ちが育ちだし、わたしなんかよりよっぽど高貴なんだから。
わたしの普通のサラリーマン家庭の庶民育ちを読み取ったんだろう。
仕方がないって言いたいところだけど……
けど。名づけてくれた人のセンスまで莫迦にするなんてあんまりだ。
いくら何でも面と向ってここまではっきり言うのは酷すぎるんじゃないかと思う。
とは言っても、緊張状態の国のお姫様とここでわたしがいざこざ起こすわけに行かないんだよね……
誰に言われなくてもそのくらいはわかってる。
「おいで、祖父に紹介しよう」
わたしのそんな表情を読み取ってか、殿下は王女の手を取ってその場から連れ去った。
「珊瑚さま、もう少ししたら怒っていいですよ」
二人の背中を見ながらアゲートが怒りを込めた口調でわたしにつぶやいた。
「いや、まだ怒らないほうがいいな」
ふと隣から聞いたことのない男の声がした。
「誰? 」
腹を立てていたことも手伝って、わたしは思いっきり不機嫌にこのいかにも怪しそうな男に向って言う。
「セラフィナ王女のコンパニオン、オプシディアンだ。
以後お見知りおきを、王太子付き魔女殿。
その並の容姿じゃ姫君に莫迦にされても仕方がないか…… 」
若い、キューヴと同じ年頃の男はそう名乗った。
さすが一国の王女様、話し相手まで連れてきているのかとわたしは感心する。
男が王女の後を追うように砦の中に消えてゆくと、その後を数人の使用人や警護の為の人が続く。
「今度こそ、怒っていいですよ」
アゲートが言った。
「ありがと、アゲート」
その言動にわたしは笑みをこぼす。
「何を笑っていらっしゃるんですか?
そこ、笑うところじゃないと思いますけど」
アゲートはわたしの顔を覗き込んだ。
「だってわたしの代わりにアゲートが怒ってくれているんだもの、それでいいかなって…… 」
言ってわたしは視線を落とす。
王女がわたしの目の前から去るのと同時にわたしの怒りは消えていた。
代わりにこみ上げてくる切なさ。
例えどんな相手だって、殿下が手を取る姿を見るのは苦しいよ……
わたしは言葉なく殿下の背中につぶやいていた。
王女を交えての気まずい食事を終え、部屋に戻るとわたしはため息をつく。
「お疲れみたいですね」
夜着を届けてくれたアゲートがわたしの顔を見て言う。
「……なんか、箸の上げ下ろしまでいちゃもんつける小姑ができたみたい」
小さく叫ぶように言いながらわたしはベッドに突っ伏す。
「なんですか、それ? 」
アゲートが首を傾げた。
「ううん、なんでもない」
説明するのも面倒になってわたしは首を横に振る。
「髪解いちゃいますね」
ベッドに入る着替えをしようと立ち上がるとアゲートがブラシを手にとる。
「珊瑚様、お疲れのところ申し訳ないのですが」
ドアの向こうから遠慮がちにキューヴの声がする。
「何? 」
ブラシを手にしたままアゲートがドアを開ける。
「殿下が、至急ホールへおいでくださいとのことです。
荘園主が火急の話があるとやってきたものですから」
言われるままにわたしは解き始めた身支度を整えなおすと階下のホールへ急いだ。
ホールに入るとすでに荘園主が話をはじめていた。
食事の間王女が座っていた殿下の隣の席があたりまえのように空けてある。
こういうときいつもわたしが座る席。
今夜は王女の姿はなかったけど、いつ戻ってくるかわからないからと、少し離れた椅子に歩み寄る。
「仕事だ。お前の席はここだろう」
少し怒ったように殿下が言った。
「……と、言うわけですので、このままでは若い小作人連中がいつ血気にはやってもみ合いになるか…… 」
荘園主は眉根を寄せた。
「それを治めるためにお前達をあの場に置いてあるはずなのだが…… 」
殿下は男を睨みつける。
「そうは申されましても、相手が悪いと言いますか…… 」
「わかった」
殿下はしぶしぶと言った感じで返事をする。
「では私はこれで…… 」
確約を取り付け、荘園主はホクホク顔で退出してゆく。
釣られるようにわたしも席を立った。
「夜分遅くにすまなかったな」
わたしの顔を見上げて殿下が言うと手が伸びてわたしの手を握り締める。
「ううん。平気」
その顔を見下ろしたわたしの胸が絞られるようにきゅんとした。
今夜はこのまま会話もできないで休むことになるんだろうって思っていたから、例え少しの間でも側にいられて、その声を聞くことができて嬉しかった。
「じゃ、おやすみなさい」
握り締められた殿下の手の力が緩むのを感じてわたしはそっと手を下げる。
狭い螺旋階段を上り、部屋へ向ってホールの中央を急いでいると誰かの影が目の前を塞いだ。
「飾り物ならいらなくてよ」
ゆらりと揺れた影が実態を持ちはっきりとわたしに言う。
王女の声だ。
「お話中、ただコーラル様の隣に座っているだけなんて、まるで、お人形ですわね」
王女は鼻で笑った。
確かにそのとおりだ。
そのとおりなんだけど、荘園の水分配に関するトラブルなんてわたしの出る幕じゃない。
魔女の能力なんか使わなくても明日殿下がいって話をつけてくればいいだけのこと。
もっとも殿下はこのお姫様の相手で忙しいから誰か代理が行くことになるんだろうけど。
だからもう少し役に立ちたくて、誰かに教えてもらえるようにとお願いした。
けれど、そんなのただの言い訳にしか聞いてもらえないかと思うと何もいえない。
わたしは口を閉ざす。
「まあいいわ。
でも、この先あなたがあの席に座るのは許さないわ。
制度だかなんだか知らないけれど、夫の隣に座すのは妻でなければいけないはずですもの」
言うと王女はドレスの裾を捌いて背を向ける。
……なんか、
すっごいこと言われた気がする。
その背中をわたしは茫然と見送りながらもなんとなく確信する。
わたしが何かしなくても、この王女様、殿下に惹かれている。
そのせいで敏感になっていて、簡単にわたしと殿下の間をかぎつけたってわかる。
明らかにわたしに向けられる敵意はそこからきているものだ。
現実の話からすればこれ以上ないほどの大手柄のはずなんだよね。
わたしがしっかり仕事をこなして、国王陛下の希望どおりの結果を出したことになるんだから。
それでわたしの、強いては殿下の評判も下がらないで済んだ。
本当ならもろ手を上げて喜びたいところなんだけど、ちっとも嬉しくはない。
むしろ切な過ぎて胸が苦しくなる。
部屋に戻り、ベッドに入ったけど、あまりに痛む胸のせいかわたしは暫く寝付くことができないでいた。
馬のいななきと犬の吼え声にわたしは目を覚ました。
窓から中庭をのぞくと鞍を据えられた馬が何頭か引き出されていた。
「おはようございます、珊瑚様」
わたしの視線に気がついてこちらを見上げたキューヴが言った。
「どうしたの? こんなに早くから。
殿下が視察にお出かけになるのですよ、夕べの件です。
珊瑚様もご一緒なさるのではありませんか? 」
「ううん、わたしは何も言われていないから」
言ってわたしは着替えを済ませると中庭に降りた。
「てっきり誰か代わりの人が行くと思ったんだけど」
キューヴに言いながら、わたしは遊んでくれとばかりに足元にじゃれ付くティヤの頭を撫でる。
「それが、昨日の荘園主も言うように相手が悪いんですよ。
それで、急遽今朝早くにと言うことになりまして…… 」
言っているうちに殿下が身支度を整えてキープから出てきた。
「どうしてですの? 」
その後を追うように背後から王女の声がする。
「今日は遠乗りに連れて行って下さるというお話でしたよね? 」
砦の踊り場に立ち、気に入らなさそうな視線をわたしに送りながら王女は言った。
「済まぬが、今日は…… 」
「でしたらわたくしがご一緒いたしますわ。
ただお隣に立っているだけでしたらわたくしにもできましてよ」
言いながら階段を駆け下りてくる。
「ね、よろしいでしょ?
ここは何もなくてとても退屈なのですもの。
こんなことなら王宮にいれば良かったわ」
わたしを睨みつけながら王女は殿下の腕にしがみつく。
「そうしてあげて。
今日はわたしがいっても何の役にも立たないみたいだし。
王女様にもたまには気晴らしも必要だろうから」
ため息混じりにいうとわたしは背を向けその場を離れた。
「いいんですか? 」
部屋の窓から、中庭を見下ろしアゲートが訊く。
並んで外に視線を送ると、中庭に通じる塀に造られた門を、猟犬を伴った数頭の馬が隊を組んで出てゆくところだった。
「いいも何も…… ね。
相手も状況も悪すぎるんだもの」
こぼれそうになる涙をこらえてわたしはつぶやく。
「なんか……
帰りたくなっちゃったかも? 」
「珊瑚さま、何を急に…… 」
アゲートが目を見開いた。
胸が締め付けられるほどに痛んだから……
こんな光景をずっと見せられるんなら、いっそ見ないで済む場所に行きたい。
出会う前の場所に戻って記憶を封印してしまいたい……
そしたらわたしは、いつものように笑っていられるもの。
応援ありがとうございます!
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