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新しい召喚者と国宝級魔術持ち
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「ごめんなさいね、お待たせして」
その後ジルさんはもう一度机を離れると、シャンタルさんに向き直った。
「それで?
マーサに訊くことって何? 」
「さっきの話の続きよ。
召還された『花嫁』の姿が召還前と変わっていた。
って、どういうことなの? 」
「マーサがそう言ったのよ。
あの、マイカラス神殿で見た、眠ったまま本来持ち合わせているべき魔力を欠片も持たない召還者。
あれがもともとのマーサだって。
だから、あの時人間に見せかけたマーサの姿があの容姿だったってことで、わたしは納得したんだけど…… 」
「じゃ、この猫はなんだっていうの? 」
首をかしげながらジルさんがわたしを抱き上げた。
「そこは、なんとも……
恐らくなんだけど、あの躯の様子じゃ、魂が抜け落ちているって感じだったから。
召還の途中で何かのアクシデントがあって、肉体と魂が別々になってしまって、行き場を失った魂の方が手近にあった猫に憑依した、とか?
確か、マーサが儀式を邪魔した時とあの抜け殻のような娘が召還された日って同じだって言っていたでしょう? 」
考えながらシャンタルさんが言う。
「にゃ? おん。(ね? シャンタルさん。
もしも、もしもなんだけど。
同じ場所から一度に二人、同時に召還されたらどうなるの? )」
アクシデントといえば……
嫌な予感がわたしの脳裏をよぎる。
「それは……
どうなのかしら?
普通は、ひとつの召還場所からは一人の召還者って言うのが今までの定番だったから……
そもそも、召還術自体が凄く難しくて、一人でも召還できれば快挙なのよ。
だから、その可能性をすこしでもあげるために、国中の神殿、神官総動員でそれぞれに儀式をするの」
もしも……
もしもその時に、同じ場所でくっついていた二つに、二つの召還先からの召還が掛かったら?
どうなるんだろう?
あの時わたしは猫を抱えていた。
その猫と一緒に召還されたことで、道の途中で魂と躯が一旦分離され、元に戻る際に魂が入れ替わったってことだよね、きっと。
そしてわたしは猫として召還され、いらぬものとして道端に放り出され、猫の方は……
眠り続けているっていうことは、猫の魂じゃ人間を動かせなかったのか、突然人間になったことに現実を受け入れられなくて、目覚めることを拒否しているんだよね、きっと。
なんか、このにゃんこに悪いことしちゃったよね。
「マーサ? 」
どうしてこうなったのか召還時の状況を思い出しながら考えていると、シャンタルさんが訊いてくる。
「……なぅぅ。(……じゃ、ないかなぁ、と)」
とりあえずかいつまんでシャンタルさんに説明してみる。
「なるほどね。
絶対、違うとは言い切れないわよね」
「にゃー(ただ少し違うのは、あの時わたしが抱いていたのは、まだ生まれたばかりみたいな子猫で、こんなに大きな猫じゃなかったんです)」
「なに言っているのよ、マリー。
あんた、あたしが保護した時には掌に乗るくらいに小さかったのよ。
あんまり小さくて、周囲に親もいなさそうだったからこのまま放置しておいたら絶対生きられないんじゃないかって思って、あたしが保護したんだから。
一年近くで随分大きくなっちゃったけどね」
シャンタルさんにわたしの言葉を通訳してもらって、ジルさんが言う。
やっぱり……
そうだったんだ。
わたしはがっくりと肩を落した。
「ねぇ(ねぇ、シャンタルさん。
どうしてこうなったか原因もわかったし、わたしの躯のありかもわかったし、元の躯に戻ることって出来ると思う? )」
「どうかしら?
そもそもこんなこと一度だってなかったことだし、どうしたら戻れるか知っている人間なんてどこにもいないんじゃないかしら? 」
ダメ元で訊いた問いの答えは絶望的なものだった。
「なにが、どうしたって? 」
思わず目の前が真っ黒になる気分に陥っていると、ギィさんが誰かを連れて入って来た。
誰だろ?
イケメン率の高いこの国だと、若干落ちるのが安心できる顔つきの三十過ぎくらいの男の人。
「あぁ、悪かったわね。
忙しいのに、呼び出したりして」
ジルさんがその男性に向き直る。
「全くだよ」
ギィさんが頷いている。
「あんたは呼んだ憶えないわよ」
ジルさんが苦い顔をした。
「そう言うなよ。
僕のところに丁度いた時に呼び出しが掛かったんだ。
何を聞きたいのか興味あるだろ? 」
「あんたのところにいたんなら、訊きたいことは一緒だと思うわよぉ。
ね、一年ほど前、あなた殿下の鷹狩にお供したでしょう?
その時に何かなかった? 」
「そ、それは、ですね…… 」
男の人の目が明らかに泳いでいる。
「隠さなくてもいいわよぉ。
おおよその見当はついているから呼び出したんだもの。
殿下に口止めされているのよね? 」
ジルさんに見据えられ、気の弱そうなその人は黙って頷いた。
いや、頷いちゃダメでしょ?
もう、口止めされているのから何かあったことまで全部認めて吐露したようなものじゃない。
「その…… 」
男の人は暫く黙っていたけど、やがて部屋の中に広がる静寂に居たたまれなくなったのか、それとも話さない限り帰してもらえないと思ったのか、しぶしぶ口を開いた。
「さっき、私のところで話したことをもう一度話せばいいだけの話だよ」
考えていたことは同じで、やっぱりギィさんはもう聞きだしていたみたいで、そう促す。
「その……
クララック卿のおっしゃるように一年ほど前になりますが。
鷹狩に行った途中で使われなくなって久しい古い神殿を見つけまして。
丁度、召還の儀式の行われる日だったことに気がついた殿下が悪戯心を起こしまして、わたくしに儀式をやって見せよとお命じになったんです。
気は進みませんでしたが、殿下の命でしたし、祭壇の準備もなく、魔力を持つ術者もわたくし一人だったものですから、どうせ成功するわけはないとたかを括って儀式の真似事をしたんです」
そこまで言って男の人は息をつく。
「そしたら、成功してしまったって言うわけ? 」
ジルさんがあからさまに大きなため息をついた。
「はい、面目ない、です。
まさか、あんな古びた神殿跡で、これといった準備もせず、人数も足りないあの状態で、召還がかなうなど、全く、予想外で…… 」
困り果てているのか、言葉が途切れ途切れになっている。
「本当は、すぐに報告するべきなのは、わかっておりました。
ですが殿下が、その娘を大変気に入り、暫く黙っておれと、時期になったら、ご自分の方から報告するからと、口止めをされまして。
国王陛下にすら、報告を上げることを許されませんでした」
神官さん、完全に萎縮している。
そりゃそうだよね。
国の存亡に関わる重大事項、いくら王子様の命令だからって、王子様より上の人にも黙っているなんて。
「それで黙っていたと言うのね? 」
「はい。
殿下が、おっしゃるのに、『召還されたその娘が、この世界に馴染んで、暮らしていけるようになるまで』とのことでしたので。
それくらいならと、私どもは口をつぐんだわけですが。
よもや、お子ができる事態になるなど…… 」
「子供ですってぇ!!!! 」
ジルさんの声が跳ね上がる。
「だだだ、誰と、誰のよぉ? 」
「ですから、殿下と、その女性との間にです」
「それって、何時の話? 」
ジルさんの顔が崩れて、なおかつ蒼白になっている。
こんなジルさんの顔初めて見た。
「何時でしたか……
そう、殿下がご幼少の頃からご婚約なさっていたご令嬢との婚約破棄を公表なさった頃でしょうか?
お相手の女性を傷物にしてしまった以上は、責任をとらなければならないとおっしゃいまして。
万が一生まれたお子が男の子であった場合は、次代のお世継ぎになるわけですし」
「……なんてこと」
ジルさんが頭を抱え込む。
なんか、よっぽどとんでもないことになっているのは確かだよね。
いや、わたしでもわかる。
さすが香帆。
召還されて早々に、自分の居場所を確保したってことだよね。
あの時の状況を考えれば不思議でもなんでもない。
「殿下は、次の召還が成功すれば問題ないと、申しておりましたが」
その召還ができなくなっているからジルさん達、困り果てていたって言うのに。
さすがに、この場にいた皆が黙り込んでしまった。
「えっと、以上ですが。
私の知っているのはここまでです」
その静寂に、男の人が少し困惑したように言う。
「……わかったわ。
もう、下がっていいわよ。
ご苦労様」
頭を抱え込んだままジルさんがうめくように言うと、その人は軽く会釈して下がっていった。
「と、言うことでね。
さっき私もきいて困り果てていたんだ。
治癒魔法を使える人間は限られているから、王族の外出の時にはほぼ例外なく供をするだろう?
何か知っているんじゃないかと思って呼び出したら、この始末だったって訳だ」
「要は殿下に一杯喰わされたって訳ね」
大きな溜息混じりにジルさんが吐き出した。
「そう、せっかくの召還者とは言っても、殿下の子を孕んでしまえば『花嫁』としては使えない。
私たちはその娘が召還者だと気がついても、もう一度召還の儀を行い『花嫁』を召還しなければならないというわけだ」
「だけど、もう道は閉じて……
当たり前よね。
気がつかなかっただけで、既に三人もの召還をしていたんですもの。
恐らく、今期はこれ以上の召還は無理でしょ。
あちこちで召還が済んでいたことに何にも気がつかなかったあたしのミスだわ」
ジルさんの言葉には悔しさが滲んでいた。
そのまま、顔を掌の中に埋めてしまい、言葉を無くす。
「なぅうん(シャンタルさん。
教えて欲しいことがあるんだけど…… )」
この状況、わからないことが山ほどありすぎてわたしにはまるっきり理解できない。
「いいわよ、なに? 」
シャンタルさんが腰を落としてわたしの顔を覗き込んでくれた。
「にゃー(その、ここじゃちょっと…… )」
言葉をなくして何かを必至に考えているジルさんの邪魔はしたくないし。
もしかしたら、ジルさんがわたしに聞かせたくない内容を聞かなくちゃならなくなるかもしれない。
「じゃ、わたしの家に行きましょうか?
一晩泊まって、ゆっくり話をして、明日帰ってくればいいでしょう? 」
その提案にわたしは頷いた。
「クララック卿、お取り込み中みたいだから、マーサは今夜預かるわ。
本人も、変化したと思った自分の躯が全く別の所にあったこととかに、混乱しているみたいだから、ゆっくり考えさせたいし。
わたしの使い魔としても心構えも、一度教えておきたいから。
いいわね? 」
ジルさんにそう言って、シャンタルさんはわたしを抱き上げる。
「え? あぁ…… 」
「大丈夫よ、このまま国境の家にまで連れて行かないから。
明日の朝には間違えなく送ってくるから」
それだけ言うと、ジルさんの明確な答えが出ないうちに、シャンタルさんは部屋を出た。
その後ジルさんはもう一度机を離れると、シャンタルさんに向き直った。
「それで?
マーサに訊くことって何? 」
「さっきの話の続きよ。
召還された『花嫁』の姿が召還前と変わっていた。
って、どういうことなの? 」
「マーサがそう言ったのよ。
あの、マイカラス神殿で見た、眠ったまま本来持ち合わせているべき魔力を欠片も持たない召還者。
あれがもともとのマーサだって。
だから、あの時人間に見せかけたマーサの姿があの容姿だったってことで、わたしは納得したんだけど…… 」
「じゃ、この猫はなんだっていうの? 」
首をかしげながらジルさんがわたしを抱き上げた。
「そこは、なんとも……
恐らくなんだけど、あの躯の様子じゃ、魂が抜け落ちているって感じだったから。
召還の途中で何かのアクシデントがあって、肉体と魂が別々になってしまって、行き場を失った魂の方が手近にあった猫に憑依した、とか?
確か、マーサが儀式を邪魔した時とあの抜け殻のような娘が召還された日って同じだって言っていたでしょう? 」
考えながらシャンタルさんが言う。
「にゃ? おん。(ね? シャンタルさん。
もしも、もしもなんだけど。
同じ場所から一度に二人、同時に召還されたらどうなるの? )」
アクシデントといえば……
嫌な予感がわたしの脳裏をよぎる。
「それは……
どうなのかしら?
普通は、ひとつの召還場所からは一人の召還者って言うのが今までの定番だったから……
そもそも、召還術自体が凄く難しくて、一人でも召還できれば快挙なのよ。
だから、その可能性をすこしでもあげるために、国中の神殿、神官総動員でそれぞれに儀式をするの」
もしも……
もしもその時に、同じ場所でくっついていた二つに、二つの召還先からの召還が掛かったら?
どうなるんだろう?
あの時わたしは猫を抱えていた。
その猫と一緒に召還されたことで、道の途中で魂と躯が一旦分離され、元に戻る際に魂が入れ替わったってことだよね、きっと。
そしてわたしは猫として召還され、いらぬものとして道端に放り出され、猫の方は……
眠り続けているっていうことは、猫の魂じゃ人間を動かせなかったのか、突然人間になったことに現実を受け入れられなくて、目覚めることを拒否しているんだよね、きっと。
なんか、このにゃんこに悪いことしちゃったよね。
「マーサ? 」
どうしてこうなったのか召還時の状況を思い出しながら考えていると、シャンタルさんが訊いてくる。
「……なぅぅ。(……じゃ、ないかなぁ、と)」
とりあえずかいつまんでシャンタルさんに説明してみる。
「なるほどね。
絶対、違うとは言い切れないわよね」
「にゃー(ただ少し違うのは、あの時わたしが抱いていたのは、まだ生まれたばかりみたいな子猫で、こんなに大きな猫じゃなかったんです)」
「なに言っているのよ、マリー。
あんた、あたしが保護した時には掌に乗るくらいに小さかったのよ。
あんまり小さくて、周囲に親もいなさそうだったからこのまま放置しておいたら絶対生きられないんじゃないかって思って、あたしが保護したんだから。
一年近くで随分大きくなっちゃったけどね」
シャンタルさんにわたしの言葉を通訳してもらって、ジルさんが言う。
やっぱり……
そうだったんだ。
わたしはがっくりと肩を落した。
「ねぇ(ねぇ、シャンタルさん。
どうしてこうなったか原因もわかったし、わたしの躯のありかもわかったし、元の躯に戻ることって出来ると思う? )」
「どうかしら?
そもそもこんなこと一度だってなかったことだし、どうしたら戻れるか知っている人間なんてどこにもいないんじゃないかしら? 」
ダメ元で訊いた問いの答えは絶望的なものだった。
「なにが、どうしたって? 」
思わず目の前が真っ黒になる気分に陥っていると、ギィさんが誰かを連れて入って来た。
誰だろ?
イケメン率の高いこの国だと、若干落ちるのが安心できる顔つきの三十過ぎくらいの男の人。
「あぁ、悪かったわね。
忙しいのに、呼び出したりして」
ジルさんがその男性に向き直る。
「全くだよ」
ギィさんが頷いている。
「あんたは呼んだ憶えないわよ」
ジルさんが苦い顔をした。
「そう言うなよ。
僕のところに丁度いた時に呼び出しが掛かったんだ。
何を聞きたいのか興味あるだろ? 」
「あんたのところにいたんなら、訊きたいことは一緒だと思うわよぉ。
ね、一年ほど前、あなた殿下の鷹狩にお供したでしょう?
その時に何かなかった? 」
「そ、それは、ですね…… 」
男の人の目が明らかに泳いでいる。
「隠さなくてもいいわよぉ。
おおよその見当はついているから呼び出したんだもの。
殿下に口止めされているのよね? 」
ジルさんに見据えられ、気の弱そうなその人は黙って頷いた。
いや、頷いちゃダメでしょ?
もう、口止めされているのから何かあったことまで全部認めて吐露したようなものじゃない。
「その…… 」
男の人は暫く黙っていたけど、やがて部屋の中に広がる静寂に居たたまれなくなったのか、それとも話さない限り帰してもらえないと思ったのか、しぶしぶ口を開いた。
「さっき、私のところで話したことをもう一度話せばいいだけの話だよ」
考えていたことは同じで、やっぱりギィさんはもう聞きだしていたみたいで、そう促す。
「その……
クララック卿のおっしゃるように一年ほど前になりますが。
鷹狩に行った途中で使われなくなって久しい古い神殿を見つけまして。
丁度、召還の儀式の行われる日だったことに気がついた殿下が悪戯心を起こしまして、わたくしに儀式をやって見せよとお命じになったんです。
気は進みませんでしたが、殿下の命でしたし、祭壇の準備もなく、魔力を持つ術者もわたくし一人だったものですから、どうせ成功するわけはないとたかを括って儀式の真似事をしたんです」
そこまで言って男の人は息をつく。
「そしたら、成功してしまったって言うわけ? 」
ジルさんがあからさまに大きなため息をついた。
「はい、面目ない、です。
まさか、あんな古びた神殿跡で、これといった準備もせず、人数も足りないあの状態で、召還がかなうなど、全く、予想外で…… 」
困り果てているのか、言葉が途切れ途切れになっている。
「本当は、すぐに報告するべきなのは、わかっておりました。
ですが殿下が、その娘を大変気に入り、暫く黙っておれと、時期になったら、ご自分の方から報告するからと、口止めをされまして。
国王陛下にすら、報告を上げることを許されませんでした」
神官さん、完全に萎縮している。
そりゃそうだよね。
国の存亡に関わる重大事項、いくら王子様の命令だからって、王子様より上の人にも黙っているなんて。
「それで黙っていたと言うのね? 」
「はい。
殿下が、おっしゃるのに、『召還されたその娘が、この世界に馴染んで、暮らしていけるようになるまで』とのことでしたので。
それくらいならと、私どもは口をつぐんだわけですが。
よもや、お子ができる事態になるなど…… 」
「子供ですってぇ!!!! 」
ジルさんの声が跳ね上がる。
「だだだ、誰と、誰のよぉ? 」
「ですから、殿下と、その女性との間にです」
「それって、何時の話? 」
ジルさんの顔が崩れて、なおかつ蒼白になっている。
こんなジルさんの顔初めて見た。
「何時でしたか……
そう、殿下がご幼少の頃からご婚約なさっていたご令嬢との婚約破棄を公表なさった頃でしょうか?
お相手の女性を傷物にしてしまった以上は、責任をとらなければならないとおっしゃいまして。
万が一生まれたお子が男の子であった場合は、次代のお世継ぎになるわけですし」
「……なんてこと」
ジルさんが頭を抱え込む。
なんか、よっぽどとんでもないことになっているのは確かだよね。
いや、わたしでもわかる。
さすが香帆。
召還されて早々に、自分の居場所を確保したってことだよね。
あの時の状況を考えれば不思議でもなんでもない。
「殿下は、次の召還が成功すれば問題ないと、申しておりましたが」
その召還ができなくなっているからジルさん達、困り果てていたって言うのに。
さすがに、この場にいた皆が黙り込んでしまった。
「えっと、以上ですが。
私の知っているのはここまでです」
その静寂に、男の人が少し困惑したように言う。
「……わかったわ。
もう、下がっていいわよ。
ご苦労様」
頭を抱え込んだままジルさんがうめくように言うと、その人は軽く会釈して下がっていった。
「と、言うことでね。
さっき私もきいて困り果てていたんだ。
治癒魔法を使える人間は限られているから、王族の外出の時にはほぼ例外なく供をするだろう?
何か知っているんじゃないかと思って呼び出したら、この始末だったって訳だ」
「要は殿下に一杯喰わされたって訳ね」
大きな溜息混じりにジルさんが吐き出した。
「そう、せっかくの召還者とは言っても、殿下の子を孕んでしまえば『花嫁』としては使えない。
私たちはその娘が召還者だと気がついても、もう一度召還の儀を行い『花嫁』を召還しなければならないというわけだ」
「だけど、もう道は閉じて……
当たり前よね。
気がつかなかっただけで、既に三人もの召還をしていたんですもの。
恐らく、今期はこれ以上の召還は無理でしょ。
あちこちで召還が済んでいたことに何にも気がつかなかったあたしのミスだわ」
ジルさんの言葉には悔しさが滲んでいた。
そのまま、顔を掌の中に埋めてしまい、言葉を無くす。
「なぅうん(シャンタルさん。
教えて欲しいことがあるんだけど…… )」
この状況、わからないことが山ほどありすぎてわたしにはまるっきり理解できない。
「いいわよ、なに? 」
シャンタルさんが腰を落としてわたしの顔を覗き込んでくれた。
「にゃー(その、ここじゃちょっと…… )」
言葉をなくして何かを必至に考えているジルさんの邪魔はしたくないし。
もしかしたら、ジルさんがわたしに聞かせたくない内容を聞かなくちゃならなくなるかもしれない。
「じゃ、わたしの家に行きましょうか?
一晩泊まって、ゆっくり話をして、明日帰ってくればいいでしょう? 」
その提案にわたしは頷いた。
「クララック卿、お取り込み中みたいだから、マーサは今夜預かるわ。
本人も、変化したと思った自分の躯が全く別の所にあったこととかに、混乱しているみたいだから、ゆっくり考えさせたいし。
わたしの使い魔としても心構えも、一度教えておきたいから。
いいわね? 」
ジルさんにそう言って、シャンタルさんはわたしを抱き上げる。
「え? あぁ…… 」
「大丈夫よ、このまま国境の家にまで連れて行かないから。
明日の朝には間違えなく送ってくるから」
それだけ言うと、ジルさんの明確な答えが出ないうちに、シャンタルさんは部屋を出た。
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