リーゼロッテの王子さま -婚約者候補に奥さんがいたらいけませんか?ー

弥湖 夕來

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「……それでね。
 ランプの聖霊は自由になったけど、王子の事がとても好きになってしまっていたので、生涯はなれずに、王子に仕えたんですって。
 おしまい」
「わぁっ! 」
 子供達の間から一斉に歓声があがる。
 子供の頃大好きで乳母に何度となく強請って聞かせてもらった御伽噺は、子供達には大好評だったようだ。
「ね、今度はゾウの出てくる話して! 」
 部屋の片隅に座っていた男の子が声をあげた。
 
「賑やかだな」
 不意に掛けられた声に顔を上げると、パーラーの入り口にヴェルナーの顔がある。
「まぁ、あなた! 
 お帰りに気付かなくて、申し訳ありません」
 傍らの椅子に座っていたアーデルベルトが声をあげると慌てて立ち上がる。
「気にするな。
 盛り上がっていたみたいだから、知らせを止めた」
 言いながらヴェルナーは抱きかかえていた小さな子供を床に下ろして立たせる。
「あなた? 」
 アーデルベルトは困惑気味の視線を男に向けた。
「先日話した、ホシミ通りの婦人の孫娘、イーダだ。
 また、よろしく頼むよ」
 そう言って柔らかな笑顔を夫人に向ける。
 
 リーゼロッテはその笑顔になんだか胸が絞られた。
 
 どうしてあの笑顔を向けられるのが自分じゃないんだろう? 
 
 そんなわかりきったことが湧き上がりとても切ない。
 
「ところで、姫君が何故ここに? 」
 不意にリーゼロッテの向き直った男の顔がかすかに不服そうに歪んだ。
「お国の珍しいお菓子を届けてくださったのよ」
 とりなすようにアーデルベルトが言う。
「あのね、姫様のお話、面白いんだよ。
 ランプの聖霊とか、空飛ぶ絨毯とか! 」
「お菓子もおいしかったぁ! 」
 子供達は立ち上がると一斉にヴェルナーを取り囲み口々に言う。
「そうか、良かったな」
 男は子供の頭を撫でる。
「済まなかったね。
 姫君にまさか乳母か子守りメイドのようなことをさせて」
 ヴェルナーは表情を一転させると大またにリーゼロッテに歩み寄る。
「いいえ。
 わたしも楽しかったわ。
 小さな子供の頃に返ったみたいで」
「それはいいが、そろそろ時間じゃないのか? 」
「え? 」
「晩餐会。忘れてるのか? 
 今日は確かお国の大使が来るはずだ」
「え? あ…… 
 きゃぁ! 」
 時計を見上げてリーゼロッテは軽い悲鳴をあげた。
 口うるさい乳母を強引に置いてきたのが仇になった。
 今頃気をもんでいるはずだ。
「わたし、行かなきゃ! 」
 慌てて立ち上がるとアーデルベルトに頭を下げた。
「姫様、もう行っちゃうの? 」
「泊まっていけばいいのに…… 」
 その足元に子供達が駆け寄るとスカートの裾を握り締められた。
「ごめんなさい。
 また今度ね」
 スカートの裾を握っている少女の手をそっと解きほぐすとリーゼロッテはその手を握り締めた。
「そうだよ。
 姫君は忙しいんだ。
 我儘言って困らせちゃいけないな」
 言いながらヴェルナーは少女を抱き上げた。
「じゃぁさ、姫様」
 もう一人男の子が足元に来てリーゼロッテの顔を見上げる。
「なぁに? 」
「僕達、こんどピクニックするんだ。
 一緒に行こうよ! 」
「ピクニック? 」
「そう! お外にお散歩に行ってそこでランチ食べるんだ。
 すっごく楽しいんだよ! 」
 男の子は目を輝かせる。
「楽しそうね。
 でもご迷惑じゃ、ない? 」
 リーゼロッテはヴェルナーとアーデルハイドの顔に交互に視線を向ける。
「いいえ、全然。
 もしお時間の都合がつくようでしたら、ぜひいらしてくださいね」
 アーデルハイドが笑いかけてくれた。
「約束だよ! 姫様」
 その言葉に少年が笑いかけてくれる。
「……じゃ、約束ね」
 リーゼロッテは腰を落として少年の顔を覗き込んだ。
 
 
 
「姫様、今迎えをやろうと思っていたところなんですよ」
 城の一角に与えられた部屋に戻ると、乳母がおろおろしながら待っていた。
「もうお時間がありませんから、お急ぎくださいまし」
 半ば強引に鏡の前に座らせると乳母は手早く髪を整えて行く。
 部屋のあちこちにはドレスをはじめパリュールや髪飾りなど、全てが整えられている。
「ごめんなさい、ニオベ。
 子供達にお話を聞かせていたら、時間の経ったのがわからなくて…… 」
 戻り次第すぐに身支度が整えられるようにと気を配ってくれていた乳母に申し訳なくて、リーゼロッテは口にする。
「そう思っていらっしゃるのなら、もう少し気をつけていただけると嬉しいのですが」
 言いながら乳母はコルセットの紐を引き絞った。
「あのね、ニオベ。
 今夜晩餐会よ? これじゃ締めすぎっ! 」
「我慢してくださいまし。
 それともお国の正装になさいますか? 」
「う…… いい」
 その言葉にリーゼロッテは抵抗を諦める。
 確かに自国の正装にすれば着付けも着心地も断然楽だ。
 しかし筒袖に肩から踝までのストレートの無地の貫胴衣と、頭から髪どころか表情まで隠すヴェールでの出席はさすがに気が乗らない。
 おまけに襞をたっぷりと取りクリノリンでこれ以上ないほど大きく広げたスカートにレースや花をちりばめた華やかなドレスを纏った婦人達の間に立つと随分見劣りしてしまう。
 それにきっと、国に戻ればまた晩餐会どころか公の場所に顔を出すことさえも許されないだろう。
 人の出入りの極端に少ない閉ざされた後宮で家庭教師相手に無駄な知識を叩き込み、数日置きにしか姿を現さない父王を待つだけの日々。
 相手が夫になってもそれは変わらない。
 それがリーゼロッテの育った世界だ。
 だったらせめてこの国に居る間だけでも、この国の令嬢と同じように装って同じように過してみたい。
 
「さ、できましたよ。姫様」
 ドレスを着せ付けられて行くのをぼんやりと眺めていると手際よく着付けを済ませた乳母が軽く肩を叩いた。
「あ、うん。
 ありがとう、
 じゃ、行って来るね」
 ドレスの裾を捌きリーゼロッテは部屋を後にする。
 瞳の色に合わせた矢車草色のドレスが翻った。
 剥き出しのデコルテに下がった巻き毛がくすぐったくて、リーゼロッテは無意識にそれを背中に跳ね上げた。
 
「いやぁ、それにしてもあの陛下が姫君の出国を許すとは、まさか夢にも思いませんでしたわい」
 晩餐会のテーブルを囲み、国を出る日に初めて顔を合わせ、以後久しぶりに会った自国の大使、アルゴスは杯を傾けながら声高に喋る。
 それがどのくらい特別な事かを周囲に知らしめようとしている事は一目瞭然だ。
「おまけにこのようなあられもない装いをされて」
 言いながらアルゴス大使はリーゼロッテの剥き出しの肩やデコルテに非難がましい視線を送る。
「せっかくこの国に滞在なさっておられるのですから。
 こちらの正式な文化を体験しておくのも勉強だと思いますよ」
 さりげなくヴェルナーの言葉が割って入った。
「もちろん、私も貴公のお国の文化を否定するつもりはありませんが。
 大事な女性なら尚更、こんな場所へ連れ出して不特定多数の男の目に晒すより、宝石箱に閉じ込めて自分だけで眺めて居たい衝動に駆られます」
「そうかな? 
 僕は連れ出したいけどな。
 自慢のパートナーなら着飾らせて世間様に自慢する。
 そのほうが優越感も味わえるしね」
 ヴィクトールがそれに続く。
「何の話? 」
 こそりとサカリアスが訊いてくる。
「いや、婦人はしまっとくのと公開するのとどっちがいいかって話。
 お前はどう思う? 」
「僕なら、そうですね…… 」
「私なら、やはりしまっておきたいですかな? 」
 別の国の大使がその話に加わり、意見を酌み交わす会話に傾くとリーゼロッテは一人会話の外に放り出された。
 本当はそのことに言いたい事はあったけど、ここで口を挟めばまた大使の興味が自分に戻る。
 それを察してリーゼロッテは口を閉ざした。
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