リーゼロッテの王子さま -婚約者候補に奥さんがいたらいけませんか?ー

弥湖 夕來

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「なんですか? これ」
 そのかわいらしさに思わず笑みをこぼすと、乳母が興味深そうにリーゼロッテの手元を覗き込んで呆れたように訊いてくる。
「見ての通りの招待状よ? 」
 乳母の顔を見上げてリーゼロッテはこたえた。
「一体どなたが、こんなふざけた…… 」
 あまりに稚拙な文字に乳母は深いそうに眉根を顰めた。
「ふざけてないわよ。
 これを下さった方々はね、きっと大まじめよ。
 わたしが出かけるのにニオベ、あなたの了解が得やすいようにちゃんと手配してくださったの」
「どういうことですか? 」
 乳母は言っている意味がわからないとばかりに首を傾げた。
「だから、言ったとおり。
 これはね、ヴェルナー様のお子様方からのピクニックへの正式なお誘いよ。
 以前お伺いした時に、お誘いいただいたの」
「ヴェルナー殿下ご本人ではなく、お子様方のですか? 」
 乳母はいかにも迷惑そうに眉を顰めた。
「もちろん行ってもいいわよね。
 小さな子供達がっかりさせたくないし、昼間少しの間だけですもの」
「姫様、一体いくつ外出のお約束をなさったのですか? 」
 少し咎めるように乳母の声が大きくなる。
「もうこれだけよ。
 そんなに会う人会う人とお約束していたら、躯が幾つあっても足りないもの。
 それに、お約束してもしなくても結局出ることになる夜会とかもあるんだもの。
 一応義務は果たしてるわ」
 リーゼロッテは不服な顔を乳母に向けた。
「……行き先次第ですよ。
 もし、人の多いところでしたらお断りさせていただきますからね」
 乳母はもう一度ため息をついて見せると釘を刺した。
 
 
 穏やかな光が降り注ぎ、きらきらと湖面を輝かせる。
「見て、姫様。
 大きな水鳥がきてるんだよ! 」
 小さな男の子がリーゼロッテの手を引いた。
 指差す湖面には首の長い大型の白い鳥が二羽、優雅に浮かんでいる。
 番だろうか? 
 どこか仲睦ましいその光景にリーゼロッテは目を細めた。
 かつては国王の狩場だったという広大な城の敷地の中には、大きな人工の池だけではなく湖まで存在していた。
 街一つ入りそうな面積だ。
 少し距離はあったけど、城の敷地の中ということもあり、乳母はしぶしぶ許可をくれた。
「お天気よくって、良かったね」
 男の子が手をつないだリーゼロッテの顔を見上げて言う。
「もし雨だったら、ピクニック中止だって、お母様に言われてたんだ」
 よほどそれが嬉しかったみたいで男の子は満面の笑みを浮かべた。
「さぁ、みんな、食事にしましょう! 」
 湖面の見渡せる場所に携帯用の華奢な組み立てテーブルを広げ、その隣からアーデルハイドが声を掛けてくれる。
「わぁ! 」
「行こう、姫様」
 少年がリーゼロッテの手を握り締めたまま、走り出す。
「駄目よ、エルマー。
 皇女様を走らせないで! 」
 その姿を目にアーデルハイドが慌てて叫んだ。
「お怪我でもさせたら困るでしょ? 」
「うん、ごめんなさい。お母様…… 」
 テーブルにつきながらエルマーは少ししょげた顔をした。
「じゃ、いただきましょうか? 」
 温かなお茶が配られ食事が始まる。
「お父様も来られたら良かったのにね」
 サンドウィッチを頬張りながら、小さな女の子が口にする。
「仕方がないでしょ。
 いつも言っているとおり、お父様はお忙しいのですもの。
 お仕事が早く終わったらいらっしゃると言ってましたよ」
 先日ヴェルナーが連れてきた小さな女の子を膝に乗せ、食事を養いながらアーデルハイドは言う。
 その姿は、どう見ても楽しい一家団欒だ。
 ただ一つアーデルハイドが子供達の年と比較して若いことを除けば。
「どうかした? 」
 そのアンバランスさに首を傾げていると、不意に頭上から声が降ってきた。
「早速ご機嫌取りかい? 」
 不意に掛けられた声に振り向くとヴィクトールの顔がある。
「なぁに、その言い方。
 そんなんじゃないわ。
 子供達本当に可愛いんだもの。
 わたしね、ずっと後宮にいたし、兄弟も居なかったから何人もの小さな子供に囲まれて過す時間って今までなかったから、すっごく新鮮なの」
「そうか、君後宮育ちだったんだよね。
 ここ、いいかな」
 返事を待たずにヴクトールはリーゼロッテとエルマーの間に割り込んで座り込む。
「ね? 姫様。
『後宮』ってどんなところ? 」
 フォークに挿した肉詰めを振りかざしながらエルマーが訊いてきた。
「えっと、その。
 ね…… 」
 小さな子供に改めて問われるとどうこたえていいのか戸惑ってしまう。
「皇帝の奥さんと子供達だけが暮らすところだよ」
 恐ろしくあっさりと男が言う。
 確かにそこまでなら嘘はない。
「ふぅん」
 エルマーは興味なさそうに頷いた。
「ほら、まだサンドイッチ残ってるぞ」
 まるで口を塞いでおきたいとでも言わんばかりの様子で、男はエルマーにサンドイッチの入った籠を押し付けた。
「言っとくけど、この子供達手懐けても君の得には何にもならないよ。
 ヴェルナーの実の子供じゃないんだし」
 さっきまでやんわりと笑っていたヴィクトールの表情がふと真顔になると、脅すように低い声で呟いた。
「だから、そんなんじゃないって…… 
 それ、養子だからって事? 」
 
 それなら大体想像はついていた。
 子供達は髪の色も顔つきもヴェルナー夫婦と似通ったところがない。
 ほとんどの子供がどう見てもアーデルハイドの子供と言うより少し年の離れた弟妹というほうが似つかわしい年齢だ。
 そのうえ、先日ヴェルナーがイーダを連れてきた時の事はまだ記憶に新しい。
 明らかに、どこかから引き取ってきた子供を妻に任せていた。
 
「その話は、俺がするよ」
 詳しく訊いていいものか戸惑っていると、また頭上から違う男の声が降ってくる。
「わぁ! お父様だ! 」
 突然現れたヴェルナーの姿はテーブルについていた子供達にあっという間に取り巻かれた。
「遅くなって悪かったね。
 皆、姫君に失礼はなかったかな? 」
 一番小さなイーダを抱き上げると、ヴェルナーは真っ先にアーデルハイドの間近に歩み寄る。
 そして妻の頬に軽く唇を寄せた。
 その光景にリーゼロッテはぼんやりと視線を向けていた。
「どうかした? 」
 すかさずヴィクトールが訊いてくる。
「いいなって、ああいうの」
 確か昔、やっぱり父帝が後宮に姿を現すと必ず母にもああしてた。
 そんな懐かしい光景が思い出される。
「だから、僕にしておけば、毎日でも一時間置きにでもしてあげるよ? 」
 悪戯っ子のようなからかい半分の笑みを浮かべてヴィクトールがリーゼロッテを覗き込んだ。
「だから、それは遠慮しときます。
 それとも、そんなに種馬になりたい? 」
「種馬って、そんな下賎な言葉何処で覚えたんだい? 」
 ヴィクトールは苦笑した。
「あら、お城のメイドが皆言ってるけど? 
 こちらの王子様方を種馬にするなんてウルティモの姫はなんて無礼なんだって」
「ったく、仕方ないな。口さがない連中ばかりで」
「あら? だって本当の事だもの。
 わたしきちんとお話したわよね。
 お父様が欲しがっているのは、わたしの産む皇子の父親で後継者じゃないって」
 これ以上この男の側に居たらうっかりペースに呑まれてしまいそうだ。
 それを避けたくて、リーゼロッテは立ち上がると席を離れた。
 
「もう、食事はいいのかな? 」
 そのリーゼロッテを慌てた様子でヴェルナーが追ってきた。
「ええ、ご馳走様でした。
 わたしこういうところで食事するのはじめてで、気持ちよすぎてなんだか食べ過ぎたみたい。
 少し歩いてきますね」
 言い置いて日傘を手に取り広げると、それをさしリーゼロッテは岸辺の方へ歩き出す。
「それなら、一緒に…… 」
 少し足を早めてリーゼロッテの隣に歩み寄ると、ヴェルナーはすっと肘を差し出してくれる。
「でもっ…… 」
 リーゼロッテはまだテーブルの前で子供達の世話に時間を費やしているアーデルハイドに視線を向けた。
「お客様をもてなすのは主催者の勤めだよ」
 気を使ったように言ってくれる。
 その会話を聞きつけたようにアーデルハイドが顔を上げるとリーゼロッテに向かって微笑んでくれた。
 
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