リーゼロッテの王子さま -婚約者候補に奥さんがいたらいけませんか?ー

弥湖 夕來

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「それで、異国からの婿か」
 事をようやく理解したかのようなヴェルナーの声。
 できることならば知られたくはなかった。
 リーゼロッテはそっと唇を噛み締める。
「はい、皇帝陛下は何とか姫君に帝位を譲れぬものかと画策されましたが叶わず。
 でしたら婿に迎える者は異国の者であるほうが安全だろうと言う結論をおだしになったようです」
「異国の男が配偶者なら、よもや帝位を狙って姫君を亡き者にしても国民は絶対に時期皇帝とは認めない。
 それで姫君の命は保証される。
 加えて姫君の夫がわが国の王族であれば、万が一帝位を狙った皇帝の親族の者に消されるようなことが起こった場合、わが国が黙っていない。
 戦になるのは間違えないと計算したわけか。
 婿に迎えられた者も、自分に一滴も皇帝に繋がる血が流れていなければ、廃されても黙るしかない。
 皇帝自身は己の血の引いた孫を確実に帝位に付けることができる。
 ……考えたものだな」
 ヴェルナーは納得したように息を吐いた。
「殿下方には大変ご無礼なお話でしょうが、お許しくださいませ」
「いや、この婚姻には我が国にも多大なメリットがある。
 大国ウルティモの後ろ盾があればこの小国でも近隣の国と肩を並べることができる。
 姫君を花嫁に迎えるのではなく、俺達の誰かが婿に入るとなれば尚更だ。
 父上はこの申し出に一もにもなく飛びついたよ…… 」
「わたくしは、このようなことになり動揺のあまり少し喋り過ぎました。
 このことはどうか内密に…… 」
 乳母がふと釘を刺すように声を低くして呟いた。
「……わかっている。
 だが、異国の婿との間にできた子が次期皇帝で国民は納得するのか? 
 その、姫君は…… 」
「その点は大丈夫です。
 姫様はあのようなお見かけですが、この国の血は八分の一ほどしか流れておりません。残りは全て帝国でも指折りの一族の血を引いていらっしゃいますから。
 その『先祖がえり』とでも申しましょうか? 
 何故か皇帝陛下や皇妃様には全く似ず、曾祖母のリーゼロッテ皇太后に生き写しで。
 それに殿下方にはそれ以下ではありますが、わが皇帝陛下に繋がる血が流れております」
「各国の王族など、一部を除いてそんなものだな。
 余計な戦を起こさぬためには避けては通れない」
 ヴェルナーはポツリと口にした。
 
 そのまま会話が途切れ、室内に静寂が広がるかと思われたその瞬間に大きな音と供にドアが開いた。
「これは父上…… 」
 その場にいたヴェルナーと乳母が慌てて居住まいを正す様子がきこえる。
「姫は…… 
 姫君の様態はっ? 」
 複数の人の足音に混じって聞えてきたのはオズワルド国王の声だ。
「はい、幸いにも傷は大きさの割に浅く、命に別状はないと…… 」
 とり急いだ乳母の声が様態を告げる。
「申し訳ない、このようなことになってしまって。
 ヴェルナー、そなた、姫君の側についておりながら何をしていた! 」
 乳母に向かってか、消え入りそうな声で謝罪の言葉を継げた国王は次いで掌を返したように声を荒げた。
「……ヴェルナー様を責めないで下さい」
 痛みを押してリーゼロッテは口にする。
「姫様? 
 お気が付かれましたか? 」
 言葉と共に乳母がかけより、そっと顔を覗き込んでくる。
「わたしが悪いの、男の持っていた剣から逃げようと思えば逃げられたのに…… 」
 できるだけそっと躯を動かしリーゼロッテは起き上がろうともがく。
 それだけのことで背中に激痛が走った。
「無理ですよ。
 動かないで下さいませ」
 痛みに顔を歪ませたリーゼロッテを目に乳母が慌ててそれを制した。
「よい、無理をするでない」
 オズワルドのその言葉にリーゼロッテはもう一度ベッドに身を沈めた。
「むしろ…… ヴェルナー様が居て、くださらなかったら…… この程度で済んでいたかどうか」
 言葉を発するだけでも一声一声が痛みを引き起こす。
 リーゼロッテの息は意図せずに乱れていた。
「確かにそのとおりでございます。
 あの時ヴェルナー殿下が飛び込んできて、男を抑えてくださらなかったらと思うと、わたくしも生きた心地がいたしません」
 これ以上主に喋らせては置けないと、乳母が進んで口を挟んだ。
「ですから、どうかお咎めにならないで…… 」
「うむ…… そうか。
 姫君がそう言うのであれば…… 」
 国王はその言葉を受けてヴェルナーへの口を閉ざした。
「医者は充分な治療をしたか? 
 城付きの医者で気に入らぬなら国中の医者を呼びつけるが」
 眉間に皺を寄せた顔をリーゼロッテに突きつけてオズワルドは訊いてくる。
「充分にしていただきました」
「なら、何か希望があればすぐに申し出るがいい。
 ゆっくりと休まれよ、姫君」
 そういうと国王は気ぜわしげにリーゼロッテのベッドから離れる。
「さて、余もこうしては居れぬ。
 大至急ウルティモに謝罪の使いを…… 」
 側につき従ったものに何かを言いつけながら足早に部屋を出て行った。
 
「ヴェルナー様、まだいらっしゃる? 」
 その足音が遠ざかるのを待って、リーゼロッテはもう一度口を開いた。
「ああ、ここに…… 」
 ふと人の近付く気配と共に温かな大きな手でリーゼロッテの手は握り締められた。
「良かった、目が覚めて…… 」
 搾り出すように言われる。
「心配させてしまってごめんなさい」
 リーゼロッテは何でもないことのように言う。
「でも平気よ。
 いつものことだもの」
「何を! 殺されかかったんだぞ。
 気丈に振舞うにも程がある」
「違うの、こんなのいつものことだから、本当に気になさらないで。
 それより、エルマーは? 」
「ああ、君のおかげでかすり傷一つ負っていないよ。
 ありがとう。礼を言う」
 握り締めた手に僅かに力が篭る。
「わたしの方こそ、怖い目にあわせてしまって…… 
 あのね、ヴェルナー様。
 わたしはもう大丈夫だからエルマーのところにいってあげて」
「いや、あれにはアーデルハイドが付いているし。
 それにさっきも言ったようにかすり傷一つないから」
 リーゼロッテの言葉に男は困惑気味の声をあげた。
「ううん、そういう問題じゃないの」
 握り締められた男の手から、そっと自分の手を抜き取りながらリーゼロッテは言う。
「躯に傷はなくても、きっとエルマーはものすごく怖い思いをしたと思うの。
 そんな時にね、一番信頼している人が側に居るだけで安心するの。
 だからお願い。
 エルマー今頃まだ怖くて震えていると思うから。
 安心させてあげて…… 」
 それだけ口にしてリーゼロッテはそっと目を閉じる。
 いつもそうだった。
 何者かに襲われて怪我を負わされる度に一人寝かされていた後宮の一室。
 そこへ束の間現れる父王の姿をどんなに求めたことだろう。
 忙しい父は時には姿を現さないこともあった。
 しかし例え僅かでも父が側に居てくれる時間が一番安心できた。
 傷のせいだろうか、それとも処方された薬のおかげか妙な眠気が痛みと共に躯を苛む。
「……そうなさってくださいまし。
 姫様も少しお休みになられませんといけませんし、殿下がお子様の所に行ってくださるほうが安心してお休みになれると思いますから」
 乳母が促すように言っている。
 その言葉を耳に、リーゼロッテは眠りに引き込まれていった。
 
 人の気配に目を開くと、部屋の中には闇が広がっていた。
 枕元の天蓋から下がる帳がかすかに揺れた。
「誰? 」
 乳母のものとも他の侍女のものとも違う人影にリーゼロッテは呼びかける。
「僕…… 」
 闇の中にかすれた声が響く。
「アベル? 」
 目を凝らすと窓から差し込む月の光に細身の影が浮かび上がった。
「いいよ、起きないで」
 起き上がろうとしたリーゼロッテをアベルは慌てて制した。
「エルマーを庇って怪我したんだって? 
 傷、痛む」
 アベルは労わるようにリーゼロッテの顔を覗き込んだ。
「うん。大丈夫。もう痛みはないのよ」
「強がらなくてもいいよ。
 これだけ大きな傷、いくら浅くても痛まないわけないじゃない」
「嘘じゃないわ。
 その香のおかげ」
 枕元に置かれた香炉にリーゼロッテは視線を移す。
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