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第一章 魔王様拾っちゃいました!
第一話 魔王様拾っちゃいました! #3
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『魔王』というのは人族の決戦存在である『勇者』と、真正面から戦えるだけの力を持っている。
ゴブリンなんていくら束になっても敵うはずがない。文字通り『格』が違う存在だ。
「どうした、どうした! 余と張り合うために数を集めたのであろう! 遠慮せずにかかってくるがよい!」
一方、アイカさんの方は絶好調といった具合だ。
逃げ惑うゴブリン達を追い回し、文字通り吹き飛ばして回っている。もはや砦は原型をとどめておらず、燃え盛る残骸の山と化していた。
ゴブリン達だって全員が逃げ惑うだけではなく必死の抵抗を試みる者もいる。
接近戦を挑む者、スリングで石ころをぶつけようとする者、弓で狙いをつける者。
だけど、そんなか細い抵抗なんてまったく無意味。
ナイフを振りかざして飛びかかっても一刀両断。弓で狙う者はわたしが射止める。
そして、投げられた石ころはアイカさんの近くまで届いた瞬間、見えない壁に当たって弾き返された。
(羨ましい話よねー)
アイカさん達が『魔族』と呼ばれるには所以がある。
魔族は人族と違って自分の体内に『魔力』を有している。
だから魔力結晶を利用せずとも魔法を行使することができちゃう。
その上、体内に魔力を循環させることで特に呪文や道具を用いずとも自分の周囲に魔法障壁を任意で張ることができ、持つだけで武器に魔力を込めることができたりする。
魔族の主力武器――美麗ではあるものの薄い金属で作られたそれほど強靭には見えない――『刀』が驚異的な破壊力を発揮できるのは、この特性のおかげだ。
故に彼女達は呼ばれている。魔力に愛された種族――『魔族』と。
なんというか――非常にズルい。
とはいえ体内魔力が魔法の限界である魔族から見れば、魔力結晶さえ用意していればどれだけでも魔法効果を得ることができる人族も大概ズルいと思われてるかも。
なにしろ魔族は魔力結晶と相性が悪く、魔力結晶を使おうとしても砕け散ってしまうから。
「ハッハッハッ!」
アイカさんは飛びかかってきたゴブリンを一刀両断に切り捨てる。
粗末な盾も鎧も一緒くたに真っ二つになる光景に、ホント昔の人は良く魔族と戦う気になったものだと場違いな感想が思い浮かぶ。
勇気があるというか、無謀というか……蛮族思考だったのは間違いない。
「この程度の砦で余を食い止めようとは、随分甘く見られたものよな!」
斬り裂くと同時に刃先から衝撃波が走り、直線上にいたゴブリンがまとめて吹き飛ばされる。
それを隙と見たのか、横合いからゴブリンが飛びかかってきたが、アイカさんにあっさり蹴飛ばされ肉塊になりながら吹き飛んでいった。
あのきれいなお美足と合わせ、なんという破壊力。
「ウォーターフォール!」
そんな馬鹿なことを考えつつも、わたしはわたしで水系魔法を連発するのに大わらわ。
よくよく考えてみて欲しい。
ゴブリンの砦は森の中にあり、当たり前に周囲は木や草が生え茂っている。
程度の差はあるけど、これらはすべて可燃物。
その中でアイカさんはこれでもかと盛大に火炎を吐く武器を遠慮なく振り回している。そりゃもう盛大に。
砦を焼き尽くそうとしている炎は、当然ながらその周囲に飛び火してしまう。
このまま放置すれば山火事に発展するのは必然で、そうなればわたしの評価と報酬も大惨事待ったなし。
ゴブリンを追い回すのに夢中なアイカさんは周囲の炎などお構いなしだし、となれば手の空いているわたしが火を消して回るしかない。
ただまぁ……わたしは水属性の魔術をある程度は使えるけれど、広域に雨を降らせるような便利な魔法は使えない。精々水系攻撃魔法をちまちまと消火に転用するだけ。
効率の悪いことこの上ないけれど、使えない物は使えないのだから仕方ない……。
「ギャッ! ウギャッ!!」
「さぁ! 踊れ踊れ! 余がリードしておるのだから、光栄に思うがよいぞ!!」
「ギャギャッ!」
幸いゴブリンは台風の如く暴れまわるアイカさんから逃げ回るだけで手一杯でわたしにかまっている余裕はないし、消火に使っている攻撃系水魔法にうっかり近づいたゴブリンは炎を消す水流に巻き込まれて大ダメージを受けている。
「アイカさん!」
とはいえそれほど用意していなかった魔力結晶の残りが厳しくなってきたので、そろそろ手加減してもらえると助かると言うか、そうして貰えないと手遅れになるというか。
「このままだと、ゴブリンだけじゃなくわたし達まで焼け出されてしまいますよ!」
「む。それは気が付かなんだ」
わたしの言葉にアイカさんの手がようやく止まる。
「ふむ……ゴブリン共も粗方片付いたし、そろそろ焔月を振るうのは大仰過ぎるか」
その言葉と同時に焔月と呼ばれる太刀が姿を消す。
なんとも便利な仕組みだけど、もしかしたらわたし達人族の間ではほぼ失伝魔法と呼ばれている空間収納魔法の一種なのかしら。
流石は魔王。なにもかもが規格外ってことね。
「であれば、後は一匹一匹潰して回るとするか」
一方で、アイカさんはなんとも物騒なセリフを口にしていた。
「いささか面倒ではあるが、別に苦労するほどの話でもないでな!」
言葉と同時に、今度は腰の打刀が抜き放たれる。
それはもはや戦闘ではなく虐殺としか表現できない一方的な暴力の具現化だった。
アイカさんが刀身を振るうごとに複数のゴブリンが文字通りバラバラになって飛び散り、障害物を盾にしてるゴブリンはその障害物ごと吹き飛ばされる。
あまりといえばあまりな光景に、少々かわいそうな気がしたけれど、こいつらだって数さえ揃えば人里を襲うのだからお互い様ってところだろう。
なお砦内のゴブリン達が一掃されるまでに掛かった時間は、三十分程だった。
「いやぁ、一仕事した後は実に気持ちよいな!」
最後の一匹に止めを刺した後、刀を鞘に戻しつつアイカさんは満足そうに言葉を続けた。
「余の臣民達に迷惑と損害を与えたゴブリン共も無事に成敗した故に、満足感もひとしおというものだ」
「ソウデスカ。ソレハヨカッタデスネ」
体力を限界まで使ったわたしの方はそれどころではない。
魔力結晶から魔力を引き出すのはそれなりに繊細な作業で、集中力と体力を思った以上に使ってしまう。
わたしの使える魔法の中では大技となるものを連続して使用したものだから、頭はガンガンするし目の奥もチカチカする。
一瞬でも気を抜けばこのまま意識を失ってしまいそうだ。
「にしても、お主。中々のやり手ではないか」
フラフラしているわたしの肩を、アイカさんがバンバンと叩く。
ダメージが出るほどじゃないけれど、実のところ結構痛かったり。
「あの見事な弓術といい、炎を消し止めた水魔法といい、只者だとは思えぬな」
まぁ、悪意がないことは瞭然だから苦情は口にしないことにする。
「さてはお主、実は名のある勇士だったりするのではないか?」
お褒めに頂き恐悦至極。過分な評価痛み入ります。
「とんでもない……わたしなんて下っ端中の下っ端ですよ……」
説明するのも面倒くさいし、もう思い切って地面に大の字になって寝っ転がりたい。
「それでもお役に立てたなら良かったです……」
あれだけのゴブリンを成敗した後だ。当面は危険な魔物も姿を見せることも無いだろう。
「なにはともあれ、今は少し休ませてください……」
流石にこれ以上立っていられない。
「ふむ。特別に余の膝を貸してやる故に、ゆっくり休むがよい」
そんなわたしの様子を見たアイカさんが、突然とんでもないこと言い出した。
「あ? いえ、でも……」
いや、いくらなんでも今日あったばかりの人に膝枕してもらうというのは気後れする。
というかなぜに膝枕?!
「遠慮などするな。これも礼の一部だと思って受け取るがよいぞ」
地面に腰を下ろし、早く来いと言わんばかりに自分の膝をポンポンと叩いているアイカさん。
あー、うん……柔らかそうでなんとも魅惑的なお美足を前にすると、理性が簡単に揺らいでしまいそう。
いやいや、ここは気持ちをしっかりと持って――。
「それでは、その……失礼して」
結局疲れと魅惑には逆らえず、わたしは大人しくアイカさんの膝を借りることにした。
あんなに綺麗な脚を前に理性的抵抗するなんて、異性はおろか同性にだって無理無理。
「よい。楽にせよ」
頭を乗せた瞬間どっと疲れが押し寄せ、瞬く間に意識が薄れてゆく。
我ながらなんとも不用心だとは思うけど、もう逆らい続けるのは無理だ。
「エリザ、余は決めたぞ。そなた――」
遠のく意識の片隅で、わたしはそんな言葉を耳にした……気がした。
* * *
「エリザ、目を醒ましてくれ」
ユサユサと身体を揺すられ、わたしの意識は急速に覚醒を始める。
「う、う~ん……」
「早く目覚めぬと、そうだな……大変なことになるぞ?」
ガバッ!
「なにかありましたか!?」
一瞬で眠気も疲れも吹き飛んだ。
「くっ……冗談ではあるが、その反応は流石にチト傷つくぞ……」
わたしの反応にアイカさんは一瞬不満そうな表情を浮かべたものの、すぐに切り替えて状況を説明してくれる。
「それなりの実力者であろう人族の気配が一つ、こちらに向かっておる」
「実力者……? って、まさか」
もしかして、ギルドが別の探索者を派遣してきたのかもしれない。
なにしろあれだけ派手に暴れまわったのだ。
辺り一帯に轟音は響いているし、派手に火炎も飛び交っている。
可能な限り消火したとはいうものの、黒煙は未だに立ち上っているし穴に溜まっている水からは湯気すら上がっていた。
近くの村人が何事かと驚き、ギルドに助けを求めたとしても当然だ。
これだけの騒ぎが報告がされればギルドとしても無視はできないし、であれば何事が起きたのか把握するために誰かを送り込んでくるだろう。
もともとゴブリンの巣なんて厄介なネタも抱え込んでいる場所だったのだから。
「敵意は感じぬしこちらを直接狙っているわけではなさそうだが……疲れているところ済まぬが、相手を頼めるか?」
言いたいことはなんとなくわかる。
「余は……まぁ、自ら対応したのでは面倒なことになりかねぬ故にな」
魔族に対する偏見や恐怖は薄れているとはいえゼロになっているわけでもなく、依然として魔族が厄介な隣人だと考える人は多いのだ。
これほどの騒ぎに魔族が関わっているとなると、なにかと面倒な誤解を招く可能性もゼロではない。
来訪者が人族である以上、確かにここはわたしが対応しておくべきだろう。
ましてや本人は元だと主張しているが、実際には魔王。正体がバレでもしたら、どんな騒ぎになるのかわかったものじゃない。
「わかりました」
騒ぎになるのはアイカさんだって望むところではない――ないよね?――だし、わたしとしても遠慮したい。
だから治まらない頭痛に顔を顰めつつも、わたしは軽くうなずく。
つまりここをうまく切り抜けられるかどうかは、わたしに掛かっているのだ。
その来訪者が視界内に入ったのは、それから五分後ほどのことだった。
「おいおい、なんだこの惨状はよ?」
くすんだ金属製の胸鎧を身に着け、背中に大剣を背負った中年の男が茂みを掻き分けつつ姿を現す。
「どでかいクレーターに焼け野原。それにゴブリン共の虐殺死体……よくもまぁ、面倒くさがらずにここまでやれたモンだ」
こちらに正体不明な何者かが居るのは分かっているだろうに、用心する様子も見せずお構いなしに近づいてくる。
「んで、そこのお二人さんは、この惨状についてなんぞ説明してくれるんだろうな?」
その人物に見覚えがあった。
ギルド・ガードの一人『面倒くさがり屋』ブラニット氏だ。
様子見に探索者が寄越されるのは予想内の話だったけど、それがまさか切り札とも言うべきギルド・ガードだなんて……。
「ふむ。予想以上の実力者であるな」
アイカさんが小声で呟く。
「気配を抑える術にも秀でておるとはな。一度手合わせしたいものだな」
ブラニット氏はあだ名と軽薄そうな表情とは裏腹に強者揃いなギルド・ガードの中でも指折りの実力者だ。その探索者ランクは『金』。
「いや、積極的に面倒を起こそうとするのはやめてください」
多分冗談で言っているだろうけれど……いや、この人の場合本気で言っている可能性も否定しきれない。
「森の方で戦争でもおっぱじまったかのような大騒動が起きたと聞いたが、お前達が関係していると見て間違いないな?」
言葉も態度も無造作だが、隙は一切存在しない。うっかり手出しでもしようものなら、即反撃を受けて制圧されてしまう。間違ってもわたしレベルの実力で立ち向かえる相手じゃない。
「どうなんだ、『エターナル・カッパー』?」
わたしのあだ名を口にしつつ、訝しげに隣のアイカさんに視線を向ける。
「ついでに、そちらの女性について紹介してくれると有り難いがな」
「ふむ、余の名前が知りたいとな!」
ここぞとばかりにアイカさんが胸を張る。
「問われたとあらば名乗るしか……んぐっ!」
とんでもないことを言い出す前に、慌ててアイカさんの口を押さえる。
「こ、この人はですね」
考えろ、わたし! ここで自然かつ怪しまれない華麗な言い訳を……。
「森の中、そう森の中でたまたま出会った旅行者さんです! ゴブリン達に出くわしたら危険なので、同行していました!」
うん。これならなんとか! いける! 押し切れる!
「あぁ、込み入った話なら紹介はいらんぞ」
ブラニット氏の口から無慈悲かつ決定的な言葉が漏れ出した。
うん。そうですよね。まったく、全然誤魔化せてない。わかってた。
いくら時間が無かったとは言え、もう少しマシな言い訳は思いつけなかったのか、わたし。
「仕事が増えるのは御免こうむる。これ以上問題さえ起こさないなら、首を突っ込むつもりはない」
ついでに言えば、この返事も薄々想像していた。『面倒くさがり屋』のあだ名に偽りなし。
腕利き『金』クラス・ギルド・ガードのブラニット氏は、ギルドマスターが頭を抱える問題児でもあるのだった。
その性格は先程の言葉『面倒が嫌い』の一言に集約されている。
頭の上に超がつくほどの面倒くさがり屋。
何をするにしても面倒くさいとしか言わず、不機嫌そうな表情を浮かべている所以外見たことがない。
面倒くさがりながらブツブツ不満を漏らしつつも数多くのギルド・クエストをこなし、気がつけば『金』まで上り詰めたという変わり種さん
「オレは面倒が嫌いなんだ」
で、そんな問題児──もとい変わり種さんがなぜギルド・ガードというギルド直轄の重職に就いているかと言えば、その面倒くさがりな性格が故だった。
ギルド・ガードとは要するに不届きな探索者がいれば取り締まり、不慣れな探索者がなにか問題を起こした時にその対処を行うのが主な仕事。
当然ながらその権限はかなり大きく、他の探索者はその指示に従う義務があったりする。
であれば当然そのおこぼれにあやかろうという不届き者が少なからず存在するわけで。
もちろんブラニット氏もその手の連中から不正を持ちかけられることはちょくちょくあるらしい。
これは伝聞だからホントかどうかは知らないけれど、彼の返事はいつも同じものらしい。
「は? 賄賂? 口裏合わせ? ギルドにバレたら面倒だろ」
そう。ブラニット氏はたとえ自分に利益がある話であっても、後々面倒になりそう・なると予想できることはすべて相手にしないらしい。
どれほど些細な口利きですら面倒くさがり、どれほど報酬を積まれても首を縦に振らない徹底ぶり。
不真面目な性格と言動が、逆にギルドへ安心感を与えているというのだから世の中わからない。
「あー、そうですね。状況を簡単に説明しますと……」
ブラニット氏の扱いは、ある意味とても楽だ。
ようするに話をできるだけ小さく纏め、決して大事になったり後から面倒になったりしないと感じさせればよいのだ。
「ゴブリンの大群が大きめの砦を築いてるのを発見し、緊急性も高いと思われたので焼き払いました……ここまで騒ぎが大きくなったのは、こちらとしても予想外で……」
「ほーん?」
わたしの体を上から下まで胡散臭そうに眺めながらブラニット氏が口を開く。
「お前さんの腕前は知っているが、これだけの馬鹿火力を発揮できるとは到底思えん」
そこまで言ってから、アイカさんの方に視線を向けた。
「となれば、本命はそちらの美人さんということになるのだが……」
「む?」
ブラニット氏に視線を向けられたアイカさんがピクッと反応する。
そのまま名乗りでも上げそうな勢いだったけれど、わたしが両手指先をワキワキしているのを見て不本意そうながらも口を閉じたままでいてくれた。
ホント、話がこれ以上こじれたら、わたしの心がもたない。
「だがプレートを身に着けてないってことは探索者じゃねぇし、格好からして領主軍や騎士隊のメンバーって風にも見えないが」
そこまで言ってからブラニット氏は背中の大剣の柄に手を掛けた。
「それ以前に、その見た目は魔族だな?」
その様子を見たアイカさんは眉を顰めたものの、張り合って刀の柄に手を掛けたりはしなかったので、わたしは心内で胸を撫で下ろした。
まだ短い時間の付き合いでしかないけれど、アイカさんは強敵に挑むのを好むというのは嫌というほど理解できる。
それを敢えて自重しているのは、多分わたしの顔を立ててのことなのだろう。
「このドラゴンでも暴れまくったような破壊の有様と合わせれば、この美人さんが意図的に被害を大きくした──そうあまり面白くない想像も成り立つワケだが?」
顔を立ててもらった以上は、こちらも微力をつくさないと。
「あくまでも正当防衛の話なので!」
ともかく弁解の言葉を口にする。
言えない事実がある以上、ここは徹底的にはぐらかすに限る。
「なにしろゴブリン達は数が多かったので、彼女にも、その、全力を尽くして貰ったというか!」
魔族が強い種族というのは周知の事実。同じ戦いでも人族のそれとは全然違う結果になっても不思議はない、はず!
だから、破壊そのものに重大な意味などない(実際にないと思うけど)って思わせれば……!
「ふん」
我ながら苦しい言い訳。
案の定、ブラニット氏の目はこちらを怪しむ色一色だ。
うん、まぁ。目の前に明らかに実力者な魔族がいるって事実の前には、何を言っても説得力が無いというか、非力すぎるというか。
「……まぁ、いいだろう」
ため息一つ漏らした後、ブラニット氏は言葉を続けた。
「この辺にとんでもない数のゴブリンがいたのは間違いないようだし、その巣をまるごと吹き飛ばすのも結局は遅いか早いかの問題でしかないからな」
今度はわたしの方にジロリと視線を向ける。
「ま、『エターナル・カッパー』が好き好んで問題を起こすとも思えんし、わざわざ面倒に首を突っ込む気もねぇ」
いかにもな結論を出すブラニット氏。
一応わたしにはそれなりの信用はあるみたいで、ホント、こういうときにこそ日頃の行いがものを言う。
「ギルドにはオレから話を通しておく。明日にでも顔を出して報奨と説教を受けてきな」
「……そうします」
確かに引き受けた仕事の内容的には問題なかっただろうが、流石に森を焼きそうになったのは色々まずい。
ギルドとしても本心はともかく、一言釘を刺さなければ面目が立たないだろう。
「さぁ、あとはオレの方でやっておく。邪魔する気がないならさっさと街に戻りな」
しっしっとまるでじゃれつく子犬でも追い払うような仕草を見せる。
言われるまでもない。今日は本当に疲れた。
(なぁ、あやつ。礼儀を叩き込むためにも一つお仕置きしてやりたいのだが)
その一方で、アイカさんの機嫌は悪くなる一方。小声でなんとも物騒なことを言ってきた。
わたしからみれば知人に対する冗談みたいなじゃれ合いだけど、魔族から見れば違う意味があるのかも知れない。
魔族って極端なまでに『名誉』にこだわるって話を聞いたことがあったような、ないような?
(お願いですから、ここは堪えてください。形は違うかも知れませんが、人族だってメンツやプライドの問題があるんです。洒落にならないレベルで問題になりますから)
喧嘩売って勝ったぐらいならともかく、万が一にでもブラニット氏に怪我を負わせようものなら……わたしの姿絵が全国デビューとなっちゃうだろう。賞金金額付きで!
……全然、ちっとも嬉しくない。
(む。まぁ、そなたが言うのであれば今回は見逃そう)
言葉とは違い明らかに不承不承な感情を表情に浮かべたままのアイカさん。
ちょっとだけ、ほんの少しだけ不安の残る言い様だけど、この際一切考えないことにする。
ゴブリンの大群やら魔族のお偉いさんやら、ホント、もう身体も精神もくったくた。
これ以上なにも考えたくないし、なにもしたくない!
さっさと街まで戻って、あとはゆっくり休むんだ。
ゴブリンなんていくら束になっても敵うはずがない。文字通り『格』が違う存在だ。
「どうした、どうした! 余と張り合うために数を集めたのであろう! 遠慮せずにかかってくるがよい!」
一方、アイカさんの方は絶好調といった具合だ。
逃げ惑うゴブリン達を追い回し、文字通り吹き飛ばして回っている。もはや砦は原型をとどめておらず、燃え盛る残骸の山と化していた。
ゴブリン達だって全員が逃げ惑うだけではなく必死の抵抗を試みる者もいる。
接近戦を挑む者、スリングで石ころをぶつけようとする者、弓で狙いをつける者。
だけど、そんなか細い抵抗なんてまったく無意味。
ナイフを振りかざして飛びかかっても一刀両断。弓で狙う者はわたしが射止める。
そして、投げられた石ころはアイカさんの近くまで届いた瞬間、見えない壁に当たって弾き返された。
(羨ましい話よねー)
アイカさん達が『魔族』と呼ばれるには所以がある。
魔族は人族と違って自分の体内に『魔力』を有している。
だから魔力結晶を利用せずとも魔法を行使することができちゃう。
その上、体内に魔力を循環させることで特に呪文や道具を用いずとも自分の周囲に魔法障壁を任意で張ることができ、持つだけで武器に魔力を込めることができたりする。
魔族の主力武器――美麗ではあるものの薄い金属で作られたそれほど強靭には見えない――『刀』が驚異的な破壊力を発揮できるのは、この特性のおかげだ。
故に彼女達は呼ばれている。魔力に愛された種族――『魔族』と。
なんというか――非常にズルい。
とはいえ体内魔力が魔法の限界である魔族から見れば、魔力結晶さえ用意していればどれだけでも魔法効果を得ることができる人族も大概ズルいと思われてるかも。
なにしろ魔族は魔力結晶と相性が悪く、魔力結晶を使おうとしても砕け散ってしまうから。
「ハッハッハッ!」
アイカさんは飛びかかってきたゴブリンを一刀両断に切り捨てる。
粗末な盾も鎧も一緒くたに真っ二つになる光景に、ホント昔の人は良く魔族と戦う気になったものだと場違いな感想が思い浮かぶ。
勇気があるというか、無謀というか……蛮族思考だったのは間違いない。
「この程度の砦で余を食い止めようとは、随分甘く見られたものよな!」
斬り裂くと同時に刃先から衝撃波が走り、直線上にいたゴブリンがまとめて吹き飛ばされる。
それを隙と見たのか、横合いからゴブリンが飛びかかってきたが、アイカさんにあっさり蹴飛ばされ肉塊になりながら吹き飛んでいった。
あのきれいなお美足と合わせ、なんという破壊力。
「ウォーターフォール!」
そんな馬鹿なことを考えつつも、わたしはわたしで水系魔法を連発するのに大わらわ。
よくよく考えてみて欲しい。
ゴブリンの砦は森の中にあり、当たり前に周囲は木や草が生え茂っている。
程度の差はあるけど、これらはすべて可燃物。
その中でアイカさんはこれでもかと盛大に火炎を吐く武器を遠慮なく振り回している。そりゃもう盛大に。
砦を焼き尽くそうとしている炎は、当然ながらその周囲に飛び火してしまう。
このまま放置すれば山火事に発展するのは必然で、そうなればわたしの評価と報酬も大惨事待ったなし。
ゴブリンを追い回すのに夢中なアイカさんは周囲の炎などお構いなしだし、となれば手の空いているわたしが火を消して回るしかない。
ただまぁ……わたしは水属性の魔術をある程度は使えるけれど、広域に雨を降らせるような便利な魔法は使えない。精々水系攻撃魔法をちまちまと消火に転用するだけ。
効率の悪いことこの上ないけれど、使えない物は使えないのだから仕方ない……。
「ギャッ! ウギャッ!!」
「さぁ! 踊れ踊れ! 余がリードしておるのだから、光栄に思うがよいぞ!!」
「ギャギャッ!」
幸いゴブリンは台風の如く暴れまわるアイカさんから逃げ回るだけで手一杯でわたしにかまっている余裕はないし、消火に使っている攻撃系水魔法にうっかり近づいたゴブリンは炎を消す水流に巻き込まれて大ダメージを受けている。
「アイカさん!」
とはいえそれほど用意していなかった魔力結晶の残りが厳しくなってきたので、そろそろ手加減してもらえると助かると言うか、そうして貰えないと手遅れになるというか。
「このままだと、ゴブリンだけじゃなくわたし達まで焼け出されてしまいますよ!」
「む。それは気が付かなんだ」
わたしの言葉にアイカさんの手がようやく止まる。
「ふむ……ゴブリン共も粗方片付いたし、そろそろ焔月を振るうのは大仰過ぎるか」
その言葉と同時に焔月と呼ばれる太刀が姿を消す。
なんとも便利な仕組みだけど、もしかしたらわたし達人族の間ではほぼ失伝魔法と呼ばれている空間収納魔法の一種なのかしら。
流石は魔王。なにもかもが規格外ってことね。
「であれば、後は一匹一匹潰して回るとするか」
一方で、アイカさんはなんとも物騒なセリフを口にしていた。
「いささか面倒ではあるが、別に苦労するほどの話でもないでな!」
言葉と同時に、今度は腰の打刀が抜き放たれる。
それはもはや戦闘ではなく虐殺としか表現できない一方的な暴力の具現化だった。
アイカさんが刀身を振るうごとに複数のゴブリンが文字通りバラバラになって飛び散り、障害物を盾にしてるゴブリンはその障害物ごと吹き飛ばされる。
あまりといえばあまりな光景に、少々かわいそうな気がしたけれど、こいつらだって数さえ揃えば人里を襲うのだからお互い様ってところだろう。
なお砦内のゴブリン達が一掃されるまでに掛かった時間は、三十分程だった。
「いやぁ、一仕事した後は実に気持ちよいな!」
最後の一匹に止めを刺した後、刀を鞘に戻しつつアイカさんは満足そうに言葉を続けた。
「余の臣民達に迷惑と損害を与えたゴブリン共も無事に成敗した故に、満足感もひとしおというものだ」
「ソウデスカ。ソレハヨカッタデスネ」
体力を限界まで使ったわたしの方はそれどころではない。
魔力結晶から魔力を引き出すのはそれなりに繊細な作業で、集中力と体力を思った以上に使ってしまう。
わたしの使える魔法の中では大技となるものを連続して使用したものだから、頭はガンガンするし目の奥もチカチカする。
一瞬でも気を抜けばこのまま意識を失ってしまいそうだ。
「にしても、お主。中々のやり手ではないか」
フラフラしているわたしの肩を、アイカさんがバンバンと叩く。
ダメージが出るほどじゃないけれど、実のところ結構痛かったり。
「あの見事な弓術といい、炎を消し止めた水魔法といい、只者だとは思えぬな」
まぁ、悪意がないことは瞭然だから苦情は口にしないことにする。
「さてはお主、実は名のある勇士だったりするのではないか?」
お褒めに頂き恐悦至極。過分な評価痛み入ります。
「とんでもない……わたしなんて下っ端中の下っ端ですよ……」
説明するのも面倒くさいし、もう思い切って地面に大の字になって寝っ転がりたい。
「それでもお役に立てたなら良かったです……」
あれだけのゴブリンを成敗した後だ。当面は危険な魔物も姿を見せることも無いだろう。
「なにはともあれ、今は少し休ませてください……」
流石にこれ以上立っていられない。
「ふむ。特別に余の膝を貸してやる故に、ゆっくり休むがよい」
そんなわたしの様子を見たアイカさんが、突然とんでもないこと言い出した。
「あ? いえ、でも……」
いや、いくらなんでも今日あったばかりの人に膝枕してもらうというのは気後れする。
というかなぜに膝枕?!
「遠慮などするな。これも礼の一部だと思って受け取るがよいぞ」
地面に腰を下ろし、早く来いと言わんばかりに自分の膝をポンポンと叩いているアイカさん。
あー、うん……柔らかそうでなんとも魅惑的なお美足を前にすると、理性が簡単に揺らいでしまいそう。
いやいや、ここは気持ちをしっかりと持って――。
「それでは、その……失礼して」
結局疲れと魅惑には逆らえず、わたしは大人しくアイカさんの膝を借りることにした。
あんなに綺麗な脚を前に理性的抵抗するなんて、異性はおろか同性にだって無理無理。
「よい。楽にせよ」
頭を乗せた瞬間どっと疲れが押し寄せ、瞬く間に意識が薄れてゆく。
我ながらなんとも不用心だとは思うけど、もう逆らい続けるのは無理だ。
「エリザ、余は決めたぞ。そなた――」
遠のく意識の片隅で、わたしはそんな言葉を耳にした……気がした。
* * *
「エリザ、目を醒ましてくれ」
ユサユサと身体を揺すられ、わたしの意識は急速に覚醒を始める。
「う、う~ん……」
「早く目覚めぬと、そうだな……大変なことになるぞ?」
ガバッ!
「なにかありましたか!?」
一瞬で眠気も疲れも吹き飛んだ。
「くっ……冗談ではあるが、その反応は流石にチト傷つくぞ……」
わたしの反応にアイカさんは一瞬不満そうな表情を浮かべたものの、すぐに切り替えて状況を説明してくれる。
「それなりの実力者であろう人族の気配が一つ、こちらに向かっておる」
「実力者……? って、まさか」
もしかして、ギルドが別の探索者を派遣してきたのかもしれない。
なにしろあれだけ派手に暴れまわったのだ。
辺り一帯に轟音は響いているし、派手に火炎も飛び交っている。
可能な限り消火したとはいうものの、黒煙は未だに立ち上っているし穴に溜まっている水からは湯気すら上がっていた。
近くの村人が何事かと驚き、ギルドに助けを求めたとしても当然だ。
これだけの騒ぎが報告がされればギルドとしても無視はできないし、であれば何事が起きたのか把握するために誰かを送り込んでくるだろう。
もともとゴブリンの巣なんて厄介なネタも抱え込んでいる場所だったのだから。
「敵意は感じぬしこちらを直接狙っているわけではなさそうだが……疲れているところ済まぬが、相手を頼めるか?」
言いたいことはなんとなくわかる。
「余は……まぁ、自ら対応したのでは面倒なことになりかねぬ故にな」
魔族に対する偏見や恐怖は薄れているとはいえゼロになっているわけでもなく、依然として魔族が厄介な隣人だと考える人は多いのだ。
これほどの騒ぎに魔族が関わっているとなると、なにかと面倒な誤解を招く可能性もゼロではない。
来訪者が人族である以上、確かにここはわたしが対応しておくべきだろう。
ましてや本人は元だと主張しているが、実際には魔王。正体がバレでもしたら、どんな騒ぎになるのかわかったものじゃない。
「わかりました」
騒ぎになるのはアイカさんだって望むところではない――ないよね?――だし、わたしとしても遠慮したい。
だから治まらない頭痛に顔を顰めつつも、わたしは軽くうなずく。
つまりここをうまく切り抜けられるかどうかは、わたしに掛かっているのだ。
その来訪者が視界内に入ったのは、それから五分後ほどのことだった。
「おいおい、なんだこの惨状はよ?」
くすんだ金属製の胸鎧を身に着け、背中に大剣を背負った中年の男が茂みを掻き分けつつ姿を現す。
「どでかいクレーターに焼け野原。それにゴブリン共の虐殺死体……よくもまぁ、面倒くさがらずにここまでやれたモンだ」
こちらに正体不明な何者かが居るのは分かっているだろうに、用心する様子も見せずお構いなしに近づいてくる。
「んで、そこのお二人さんは、この惨状についてなんぞ説明してくれるんだろうな?」
その人物に見覚えがあった。
ギルド・ガードの一人『面倒くさがり屋』ブラニット氏だ。
様子見に探索者が寄越されるのは予想内の話だったけど、それがまさか切り札とも言うべきギルド・ガードだなんて……。
「ふむ。予想以上の実力者であるな」
アイカさんが小声で呟く。
「気配を抑える術にも秀でておるとはな。一度手合わせしたいものだな」
ブラニット氏はあだ名と軽薄そうな表情とは裏腹に強者揃いなギルド・ガードの中でも指折りの実力者だ。その探索者ランクは『金』。
「いや、積極的に面倒を起こそうとするのはやめてください」
多分冗談で言っているだろうけれど……いや、この人の場合本気で言っている可能性も否定しきれない。
「森の方で戦争でもおっぱじまったかのような大騒動が起きたと聞いたが、お前達が関係していると見て間違いないな?」
言葉も態度も無造作だが、隙は一切存在しない。うっかり手出しでもしようものなら、即反撃を受けて制圧されてしまう。間違ってもわたしレベルの実力で立ち向かえる相手じゃない。
「どうなんだ、『エターナル・カッパー』?」
わたしのあだ名を口にしつつ、訝しげに隣のアイカさんに視線を向ける。
「ついでに、そちらの女性について紹介してくれると有り難いがな」
「ふむ、余の名前が知りたいとな!」
ここぞとばかりにアイカさんが胸を張る。
「問われたとあらば名乗るしか……んぐっ!」
とんでもないことを言い出す前に、慌ててアイカさんの口を押さえる。
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考えろ、わたし! ここで自然かつ怪しまれない華麗な言い訳を……。
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うん。これならなんとか! いける! 押し切れる!
「あぁ、込み入った話なら紹介はいらんぞ」
ブラニット氏の口から無慈悲かつ決定的な言葉が漏れ出した。
うん。そうですよね。まったく、全然誤魔化せてない。わかってた。
いくら時間が無かったとは言え、もう少しマシな言い訳は思いつけなかったのか、わたし。
「仕事が増えるのは御免こうむる。これ以上問題さえ起こさないなら、首を突っ込むつもりはない」
ついでに言えば、この返事も薄々想像していた。『面倒くさがり屋』のあだ名に偽りなし。
腕利き『金』クラス・ギルド・ガードのブラニット氏は、ギルドマスターが頭を抱える問題児でもあるのだった。
その性格は先程の言葉『面倒が嫌い』の一言に集約されている。
頭の上に超がつくほどの面倒くさがり屋。
何をするにしても面倒くさいとしか言わず、不機嫌そうな表情を浮かべている所以外見たことがない。
面倒くさがりながらブツブツ不満を漏らしつつも数多くのギルド・クエストをこなし、気がつけば『金』まで上り詰めたという変わり種さん
「オレは面倒が嫌いなんだ」
で、そんな問題児──もとい変わり種さんがなぜギルド・ガードというギルド直轄の重職に就いているかと言えば、その面倒くさがりな性格が故だった。
ギルド・ガードとは要するに不届きな探索者がいれば取り締まり、不慣れな探索者がなにか問題を起こした時にその対処を行うのが主な仕事。
当然ながらその権限はかなり大きく、他の探索者はその指示に従う義務があったりする。
であれば当然そのおこぼれにあやかろうという不届き者が少なからず存在するわけで。
もちろんブラニット氏もその手の連中から不正を持ちかけられることはちょくちょくあるらしい。
これは伝聞だからホントかどうかは知らないけれど、彼の返事はいつも同じものらしい。
「は? 賄賂? 口裏合わせ? ギルドにバレたら面倒だろ」
そう。ブラニット氏はたとえ自分に利益がある話であっても、後々面倒になりそう・なると予想できることはすべて相手にしないらしい。
どれほど些細な口利きですら面倒くさがり、どれほど報酬を積まれても首を縦に振らない徹底ぶり。
不真面目な性格と言動が、逆にギルドへ安心感を与えているというのだから世の中わからない。
「あー、そうですね。状況を簡単に説明しますと……」
ブラニット氏の扱いは、ある意味とても楽だ。
ようするに話をできるだけ小さく纏め、決して大事になったり後から面倒になったりしないと感じさせればよいのだ。
「ゴブリンの大群が大きめの砦を築いてるのを発見し、緊急性も高いと思われたので焼き払いました……ここまで騒ぎが大きくなったのは、こちらとしても予想外で……」
「ほーん?」
わたしの体を上から下まで胡散臭そうに眺めながらブラニット氏が口を開く。
「お前さんの腕前は知っているが、これだけの馬鹿火力を発揮できるとは到底思えん」
そこまで言ってから、アイカさんの方に視線を向けた。
「となれば、本命はそちらの美人さんということになるのだが……」
「む?」
ブラニット氏に視線を向けられたアイカさんがピクッと反応する。
そのまま名乗りでも上げそうな勢いだったけれど、わたしが両手指先をワキワキしているのを見て不本意そうながらも口を閉じたままでいてくれた。
ホント、話がこれ以上こじれたら、わたしの心がもたない。
「だがプレートを身に着けてないってことは探索者じゃねぇし、格好からして領主軍や騎士隊のメンバーって風にも見えないが」
そこまで言ってからブラニット氏は背中の大剣の柄に手を掛けた。
「それ以前に、その見た目は魔族だな?」
その様子を見たアイカさんは眉を顰めたものの、張り合って刀の柄に手を掛けたりはしなかったので、わたしは心内で胸を撫で下ろした。
まだ短い時間の付き合いでしかないけれど、アイカさんは強敵に挑むのを好むというのは嫌というほど理解できる。
それを敢えて自重しているのは、多分わたしの顔を立ててのことなのだろう。
「このドラゴンでも暴れまくったような破壊の有様と合わせれば、この美人さんが意図的に被害を大きくした──そうあまり面白くない想像も成り立つワケだが?」
顔を立ててもらった以上は、こちらも微力をつくさないと。
「あくまでも正当防衛の話なので!」
ともかく弁解の言葉を口にする。
言えない事実がある以上、ここは徹底的にはぐらかすに限る。
「なにしろゴブリン達は数が多かったので、彼女にも、その、全力を尽くして貰ったというか!」
魔族が強い種族というのは周知の事実。同じ戦いでも人族のそれとは全然違う結果になっても不思議はない、はず!
だから、破壊そのものに重大な意味などない(実際にないと思うけど)って思わせれば……!
「ふん」
我ながら苦しい言い訳。
案の定、ブラニット氏の目はこちらを怪しむ色一色だ。
うん、まぁ。目の前に明らかに実力者な魔族がいるって事実の前には、何を言っても説得力が無いというか、非力すぎるというか。
「……まぁ、いいだろう」
ため息一つ漏らした後、ブラニット氏は言葉を続けた。
「この辺にとんでもない数のゴブリンがいたのは間違いないようだし、その巣をまるごと吹き飛ばすのも結局は遅いか早いかの問題でしかないからな」
今度はわたしの方にジロリと視線を向ける。
「ま、『エターナル・カッパー』が好き好んで問題を起こすとも思えんし、わざわざ面倒に首を突っ込む気もねぇ」
いかにもな結論を出すブラニット氏。
一応わたしにはそれなりの信用はあるみたいで、ホント、こういうときにこそ日頃の行いがものを言う。
「ギルドにはオレから話を通しておく。明日にでも顔を出して報奨と説教を受けてきな」
「……そうします」
確かに引き受けた仕事の内容的には問題なかっただろうが、流石に森を焼きそうになったのは色々まずい。
ギルドとしても本心はともかく、一言釘を刺さなければ面目が立たないだろう。
「さぁ、あとはオレの方でやっておく。邪魔する気がないならさっさと街に戻りな」
しっしっとまるでじゃれつく子犬でも追い払うような仕草を見せる。
言われるまでもない。今日は本当に疲れた。
(なぁ、あやつ。礼儀を叩き込むためにも一つお仕置きしてやりたいのだが)
その一方で、アイカさんの機嫌は悪くなる一方。小声でなんとも物騒なことを言ってきた。
わたしからみれば知人に対する冗談みたいなじゃれ合いだけど、魔族から見れば違う意味があるのかも知れない。
魔族って極端なまでに『名誉』にこだわるって話を聞いたことがあったような、ないような?
(お願いですから、ここは堪えてください。形は違うかも知れませんが、人族だってメンツやプライドの問題があるんです。洒落にならないレベルで問題になりますから)
喧嘩売って勝ったぐらいならともかく、万が一にでもブラニット氏に怪我を負わせようものなら……わたしの姿絵が全国デビューとなっちゃうだろう。賞金金額付きで!
……全然、ちっとも嬉しくない。
(む。まぁ、そなたが言うのであれば今回は見逃そう)
言葉とは違い明らかに不承不承な感情を表情に浮かべたままのアイカさん。
ちょっとだけ、ほんの少しだけ不安の残る言い様だけど、この際一切考えないことにする。
ゴブリンの大群やら魔族のお偉いさんやら、ホント、もう身体も精神もくったくた。
これ以上なにも考えたくないし、なにもしたくない!
さっさと街まで戻って、あとはゆっくり休むんだ。
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