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第二章 お気楽極楽冒険生活
第一話 賢者ほど気楽な仕事はない#1
しおりを挟む「ん? お、ようやくお戻りか」
体力的にもさることながら精神的にも疲れ果てたレティシアが、足取りも重くギルドハウスの扉をくぐると同時に、カウンターで暇そうにしていたトーマスが口を開いた。
「お前さんのような実力者には退屈極まりない仕事だったかもしらんが、こちらとしては随分と助かった」
「私には能力と技術がある。それを活かすのは義務みたいなもの」
まだ痛む腰を後手でさすりながらレティシアが言葉を続ける。
「私個人としては退屈だったことを否定はしないけれど、大事件だったのは確か。アレは生半可な実力で対応できる事態じゃない」
今回の仕事は言ってしまえばギガント・アニマルの駆逐であり、それ自体は『鉄』級はもとより『銅』級の探索者でも充分こなせる内容だ。
ただ問題は常軌を逸した『数』だ。
数匹程度なら元はただの動物に過ぎないギガント・アニマルは大した敵ではない。耐久力や腕力は強くなるが頭が良くなるわけではなく、行動原理そのものは動物の時と大差無いままだ。
しかし熊や鹿、猪から果ては野犬までの多種多様な動物がギガント化し、しかも数えるのも困難ほど大量発生すれば、それはもうスタンピードにも匹敵する脅威だ。いや、過去に例が無いという点を考慮すればそれ以上の脅威だとさえ言える。
開拓団の屯田地程度の防衛力では手に負えないのも当然だ。
強力な魔法を自在に行使し、一対多数の戦闘をものともしないレティシアだからこそなんとか対応できたが、一般の探索者なら二桁のパーティーを投入する必要すらあっただろう。
そしてそのレティシアをもってしても、事態の解決には相当な時間が必要だったのだ。
「流石は『銀』級様ってところだな……ったく、あの怠け者共も少しは見習えってモンだな」
探索者ギルドはあくまでも仲介業に過ぎないから仕事を受けるも受けないも本人の勝手である。しかも酒場の利用は有料なのだからますますもって文句を付けられる謂れはないのだが、元が探索者であるところのトーマスにしてみれば、不甲斐ない同業者については一言物申さずにはいられないのだろう。
「あの人たちがたまにやっている仕事、それも領を維持するには重要な仕事。あまり小言は良くない」
「はぁぁぁぁぁぁ」
レティシアの言葉に、トーマスが更に深いため息を漏らす。
「まったく出来たお嬢さんだな……ホント、あいつらにお前さんの爪の垢でも煎じて飲ませてやりてぇモンだぜ」
それは普通に気持ち悪いのでやめて欲しい。とレティシアは思ったが、それを口にせず軽く頭を振るに留める。
トーマスのそれが単なる懐古による愚痴であるのは明らかだったし、正直おっさんの繰り言にいつまでも付き合っていられるほど暇人でも無かった。
「あっと、すまねぇな」
そんなレティシアの態度にトーマスが我に返ったように表情を改める。
「報酬については、仕事が予定よりも長引いたことを考慮して多めに用意した……ここでリーブラを積み上げても良いが、洒落にならない量になるから商会用銀行引換券で渡す。そろそろマスターのサインも終わってるだろう……取ってくるので少し待ってくれ」
そう言いつつ、トーマスは席を立って二階への階段へと向かう。
「ふぅ……」
トーマスの姿が完全に見えなくなったことを確認してからレティシアは大きくため息を漏らした。
悪い人物ではないということは理解していても、どうにも馬が合わない相手というのは必ずいる。レティシアにとってトーマスというのはそういう相手だった。
(基本的には善意の人なのだけど)
善人であるのは間違いない。だが彼は怠け者を嫌うという困った問題点がある。
(本人が優秀な人材であったことはわかる。だけど、それを他人に求めるのは筋が悪い)
自分が出来たのだから、他人だって出来る――世の中はそんなに簡単には出来ていないのだ。
腕利きであったとはいえトーマスも所詮は一探索者に過ぎず、結局は狭い世界の中で生きていたに過ぎない。 それは想像力を狭め、相手を自分の価値観でしか見ることができなくし、最終的にはその価値観を押し付けるにまで至る。
人と人の争いが根本的に無くなることがないのは、結局のところ、この相互理解の欠如によるものなのだから。
「………」
再び頭を振るレティシア。こんな場所でそんなことを考えていても仕方ない。ここはアカデミーじゃなく、今の自分は学徒でもないのだから。
「……ん?」
ぼんやりと視線を巡らせていると、少し離れたカウンターで二人の女性が別のギルド職員と会話しているのが目に入る。
当たり前の話だが、ギルドの受付はトーマス一人ではない。彼が忙しい時は違う職員が受付をしている。
こう言ってはなんだが、マトモに仕事をこなす探索者はカウンターで問題を起こすことはないし、小銭稼ぎの探索者は買い取り専門カウンターにしか用事はない。
そして買い取りカウンターで問題を起こせば買い取り拒否までありえるから、問題児も大人しくしている。
それでも問題を起こしそうな探索者のためにトーマスが一番目立つカウンター位置で睨みを効かせており、ギルド内の秩序はそれなりに守られているのであった。
(ダメダメ。少しでも気を抜くと無駄な考察を始めてしまう)
長いこと『賢者』としてアカデミーに在籍したせいか、なにかあればすぐに考察に走ってしまう。
そう、彼女は『賢者』と呼ばれる特別な存在だった。
・・・ ・・・ ・・・
人族の世界において、『賢者』という呼び名には特別な意味がある。
それは単に豊富な知識を持った知恵者を指す言葉ではない。かつて勇者とパーティーを組み、魔王と戦った魔法のエキスパート。それが『賢者』だ。
レティシアの祖先は最後の戦いとなった魔王戦において『賢者』として『勇者』に従い、その強力な魔法を行使して助けたという。
レティシアはその直系の子孫であり、先祖が持つその称号に恥じぬよう努力と修練に明け暮れた。
その結果、アカデミー史上最年少で入学するという快挙を成し遂げ、歴代最短で卒業証書を手にするという記録を打ち立てた。
そのため、歴代最優『賢者』であるとさえ言われている。
しかし、今の時代に、彼女の力を振るうための舞台は存在しない。
魔族との戦いは百年も前に集結し、今やお互いの存亡を賭けた大きな争いはおきていないし、この先起きることもないだろう。
魔物の脅威は未だあるものの、『賢者』がその力を行使せねばならぬほどではない。
先祖から受け継ぎ、彼女が長年掛けて鍛えあげたその力は、発揮するべき場所と方向を失っていたのだ。
歳を取るごとにそれはますますはっきりとした形を取り始め、レティシアの世界はどんどんと狭くなってゆく。
アカデミーは遠回しな言葉で彼女を追放し、王宮はそのあまりに巨大な力を恐れ彼女を遠ざけた。かと言って一般人として生きてゆくには能力も名声も高すぎる。
その意味において彼女は、まさに世界から弾き出されてしまった存在だった。
そのことに気がついた瞬間、彼女の世界から色が消える。
彼女の目に映るなにもかもがモノトーン調になり、誰の言葉も同じような音の波長にしか思えなくなる。
楽しかったはずのすべての行動が陰鬱となり、友人(と名乗っていた)達も皆同じマネキン人形のようにしか見えなくなった。
(きっと、私は壊れてしまったんだ)
不幸なことに、彼女はそれを自覚できるだけの知性と観察眼があった。
極めて理知的に自分が壊れてしまったことを認識したレティシアは、すべてから身を引き王都の家に引きこもった。
幸い今までに積み上げた成果はリーブラという具体的な形として還元されており、その気になれば一生引きこもってままでも生きてゆけるだけの蓄えはあった。それに一人だけいた中年女性の使用人も、嫌な顔一つせずレティシアの面倒を見てくれた。
勇者の時代は終わり、賢者などという存在も必要とされない世界。魔族との果てしない殺し合いも必要ない世界――それはきっと素晴らしい世界なのだろう。
だからレティシアこのまま静かに朽ち果ててしまおうと考えていた――唯一の使用人が馬車の事故で死んでしまうまでは。
さらなる虚無感に囚われたレティシアであったが、使用人が残したボロボロの本――辺境で活躍する探索者達の物語を記した冒険譚、それが彼女の救いとなる。
辺境にはいまだ未知の発見と大きな脅威が残されており、勇気ある探索者達は自らその危険に立ち向かう。
大きな脅威を退け、人知未踏の遺跡を踏破し、探索者達は富と名声を手にする。
探索者は王都には存在せず、辺境にしかいないために直接目にしたことはないが、そういう者達がいるということだけは知っていた。そして少なくない成果を上げているということも。
その知識と物語が一つに結びついた結果、レティシアは新しい道を見出した。
辺境であれば、探索者となれば、自分の力を発揮することができるかもしれない。
それは、レティシアに残された最後の蜘蛛の糸だった。
物語はしょせん物語であり、少しの事実を針小棒大に書きたてた娯楽に過ぎない。しかし、逆に言えばそこにはわずかであっても事実が混じっているのだ。
そのわずかな可能性に賭けてレティシアはコンコルディア・ロクスへと向かい、探索者となった。
その際に『賢者』の肩書は大いに役に立ち、異例の処置として『鉄』クラスして探索者を始めることとなる。規則にうるさいギルドマスターも、流石にその肩書と血筋を配慮しないわけにはゆかなかったのだ。
当初はその特例についてやっかむ者も多かったが、ベテラン『鉄』クラス探索者が組んで行うような仕事を一人で片付ける彼女の姿を見るにつれ、そのような声は減ってゆく。
一年も経つ頃には一流の探索者と目されるようになっており、彼女の名声は確固たるものになってゆく。
そして同時に、レティシアは大きな失望を覚えることにもなる。
探索者と言えども物語に歌われるような世界はほぼ存在せず、結局はせせこましい現実に追われ、その日その日を漫然と過ごす者が大半であるという事を。
(夢は所詮、夢……ね)
初期の新鮮さが失われれば、結局は王都に居た頃と似たような諦観の世界が戻ってくる。
ただそれでも王都に比べれば遥かに刺激の多い生活ではあるし、なによりこの場所であれば自分の力が必要とされることも多い。
その意味で、コンコルディア・ロクスでの生活は、彼女にとって全くの無駄ではないと言えた。
・・・ ・・・ ・・・
(そう言えば、彼女はどうなのだろう?)
目に入った二人組の女性を、暇つぶしも兼ねながらレティシアは慎重に観察する。背が低い方の一人はすぐにわかった。
『エターナル・カッパー』のあだ名で知られる女性探索者だ。
レティシア自身はすぐに『鉄』クラスで始めた関係で接点はほぼ無かったが、成り立ての探索者は彼女と組んで探索者の経験を積むことが多いと聞く。
もう一人、背の高い方は全く見覚えが無い。ただ、あの特徴的な見た目から魔族だということだけはわかった。うっすらと感じられるオーラから、相当の実力者であるということもわかる。
(レベルの上がらないベテラン、ね……)
『エターナル・カッパー』ことエリザの話は良く耳にしていた。様々なスキルを使いこなすベテランでありながらレベルが上がらぬため、いつまでも初級者のような扱いを受けている探索者。
最初の頃はその多彩なスキルに助けられ、彼女を頼る者も多いが、やがてレベルが上がれば皆彼女から離れてゆく。それを何度も何度も繰り返しているのがエリザという少女だった。
(………)
もし自分が同じような境遇に置かれたら、果たしてどうしていただろう?
世を儚む?
運命を呪う?
ままならぬ世界を憎む?
正直、どうしたかはわからない。
でも一つだけ確かなのは、少なくとも探索者を続けてはいなかっただろうということ。
報われぬ生活を続けるエリザという少女は、少なくとも心は自分よりも強いのではないだろうか?
(……ん?)
僅かな違和感を覚え、レティシアは更に注意深く二人を見つめる。
二人の相手をしているのはギルド所属の錬金術師、アルヘナ・ミスティトだった。人族の街では魔族以上に見かけるのは珍しいエルフ族の女性だ。
もっぱらギルドで販売している薬や魔道具の作成や鑑定を担当しており、表に出てくるのは相当に珍しい。
いや、それよりも珍しいのは……。
「『鉄』プレート……?」
思わず声が漏れ、レティシアは咄嗟に両手で口を塞ぐ。
『エターナル・カッパー』などと揶揄されている彼女の首元で輝いているのは、まだ新しい鉄製のプレートだった。
(……『鉄』クラスに昇格? 彼女が?)
レベルが上がらぬままずっとソロを続けていた彼女に、相棒らしき女性――それも魔族が――いるのも驚きであったが、それ以上に『鉄』クラスに昇格したという事実に衝撃を受けてしまう。
自分がこの街を空けていた間に、一体なにが起きたのか? トーマスが戻ってきたらそれとなく聞いてみようとレティシアが考えている間に、エリザともう一人はアルヘナとのやり取りを終えて、カウンターから離れて行った。
もう結構な時間になっているし、宿にでも引き返すのだろう。
「………!!」
視線を前に戻すと、なんだか二階が騒がしいのが感じ取れる。ギルドマスターとトーマスがなにか揉めているのかも知れない。
「ふふっ」
久しぶりにレティシアが笑みを漏らす。
普段なら無為な待ち時間など神経を苛つかせるだけだったけど、今日はその待ち時間のお陰で思わぬ収穫があった。思えば、無駄を嫌った自分の性格にも問題があったのかも知れない。
「なにか、ちょっとは楽しいことになりそう……」
ほんの一瞬。ほんの一瞬だけであったが、レティシアはもう思い出すこともできない『色彩』が視界に戻った、そんな気がした。
††† ††† †††
「職人街という奴は」
人混みの多い道を歩きながら、アイカさんはウキウキしたように口を開く。
「世の東西を問わず、なんとも心楽しくなる場所であるな!」
そのままスキップでも始めかねない勢い。気持ちは分からなくもないけれど、玩具を前にしたお子様じゃないんだから、歳相応の落ち着きを見せて欲しいと思ったり思わなかったり。
「ふふん」
そんな考えを見透かすかのような表情で、わたしの顔を覗き込んでくるアイカさん。
「なにやら失礼なことを考えておるようだが、そなたも普段に比べて随分と浮足立っておるように見えるがな」
「そそそ、そんなことないでででですすすよよよ?」
「挙動不審にも程というものがあるぞ……まずは、落ち着け」
う……そんなこと言われても、気持ちが昂ぶるのも仕方ない。
だって、ミスリルよ。ミスリル! 合金で芯だけだとは言え、あの貴重素材を使った弓!
材質の希少性が故にリーブラさえあれば手に入るってものじゃない。それなりの紹介者でもいなければ、商談にすら口には上らない。
一般人に手が出せるのは、せいぜい錬金術で作られた硬化銀を素材にしたアイテムぐらい。
この状態で気分が浮かれない人がいたら、それはもう神様に匹敵する精神性の持ち主に違いない。
「幾らなんでも言いすぎだし、神様もそこまで大したものではないぞ?」
……どうやら内心が口に出ていたみたい。呆れ顔のアイカさん。
「えーっと……コホン」
一つ咳払いしてから表情を改める。
「今更取り繕っても手遅れだぞ?」
アイカさんがジト目でこちらを見ているけど、敢えて聞こえないフリをする。
「ともかく、クーリッツさんから頂いた紹介状によると、この先を進んだところにある鍛冶屋らしいですが……」
そこまで言ってから、わたしはふと脚を止めた。
「どうした? 道でも間違えたか?」
動きを止めたわたしに、アイカさんが不審そうな表情を浮かべる。
「それともなんだ? 先に腹ごしらえでもした方が良いか?」
あー、うん。別にわたしは腹ペコキャラではないので、無理矢理変な属性を付け足すのはやめて欲しい。
いや、そんなことよりも。
「この先は、『はぐれもの町』って場所なんです」
はぐれもの町。
それは数数多いる職人達の中でも、異端技術に手を染めた者であったり詐欺まがいの商売をやった者だったりなど、様々な理由で表通りに店を開けない者達が集まったいわゆる裏町のこと。
スラム街ほどではないけれど治安はあまり良くないし、扱っている商品も出どころが怪しい物だったり、品質に問題があるような物だったりとろくなことはない。
(まさか、あの人……わたし達をハメるつもりでも?)
普段なら『はぐれもの町』なんて絶対に入ったりはしない。だけど、普段なら絶対に手に入らないアイテムで釣られたら? 怪しいと思いつつも、誘惑に耐えきれず踏み込んでしまうかもしれない。
それにクーリッツさんとわたし達の関係は、それほど深いものじゃない。マンドラゴラ騒ぎで知己を得て、ケイブ・オーガのオリジン・コアを売り払ったぐらいのことだ。
お互い損のない取り引きをしたという自負はあるけれど、深い付き合いがあるわけじゃない。
(だとしても、ちょっと狙いがわからないのよね……)
仮に何かたくらみがあったとして、わたしは金持ちでも有名人でもない。わざわざ狙ってなにか意味があるとは思えない。
一方アイカさんの方はある意味有名人だし、身分も高い。わたしを狙うよりは意味があると思う。だけど魔族領ならともかく人族の領域で、わざわざアイカさんを狙う危険を犯すだけの理由があるとは思えないし……。
「ふむ。確かにあまり良い雰囲気の場所ではないが、紹介状に書かれている場所がそこにあるのであれば、進むしかあるまい?」
わたしがなにを躊躇っているのか察したアイカさんが言葉を続ける。
「クーリッツは油断ならぬ男ではあるが、意味もなく嘘をついたり騙したりする者でもあるまいよ」
そう言われればそのとおりなのだけど、アイカさんほど気楽に考えられない。
「でも……」
「そもそもだ」
異論を口にしようとしたわたしの言葉の上に、アイカさんが言葉を重ねる。
「人族の身であって、わざわざ魔族の武器である『刀』を真面目に修練しようとする変わり者が、一般的な意味で普通である筈もないであろう」
それは……まぁ、確かに。人族に扱い難い『刀』に熱意を上げてる人物は、充分に変人の領域だ。
「これは想像に過ぎぬが、刀を中心に扱う人族の鍛冶師など異端者と言って良いであろうからな」
刀をメインに扱う鍛冶屋があったとして、その商売が非常に厳しいだろうというのはわかる。なにしろ売り物にならないのだから。
であれば当然売上はあまりよろしくないだろうし、そうなれば賃料が高い表通りに店を維持するのは難しい。
その結果として賃料の安い『はぐれもの町』に店を構えるということはありそう。
「それに、アレだ」
右腕をぐっと構えるアイカさん。
「仮に何かの企みがあったとしても、その時は力づくで払いのけるまでのことよ」
確かにアイカさんなら、素手でもその辺の相手に遅れを取ったりすることはないだろうなぁ。
パンチでギガント・ボアの頭蓋骨を叩き割るぐらいなんだから、ある意味武器を持ってくれていた方が安心まである。
「そしてあの男には、余を謀った罪を骨の髄まで叩き込んでやろう」
……クーリッツさんの身の安全の為にも、ぜひ余計なたくらみなんて無いことを祈ろう。
紹介状にあった鍛冶屋――いえ刀鍛冶屋は、はぐれもの町でも入り口に近い比較的治安の良い場所にあった。
傾いた古ぼけた木製の看板には『刀匠:イルズキ』と二種類の文字で書き込まれていた。下は人族の交易共通語だったから、読めない上の文字列は多分魔族語なんだろうと思う。
「銘品・刀匠、とな。人族の中にも、随分と大言壮語を吐く物好きがいたものだな!」
アイカさんが苦笑いを浮かべる。わたしに見えない文字が見えているワケではないだろうから、多分魔族語でそう書かれているのだろう。
中でなにか作業を──って、鍛冶に決まってるけど──しているのか、ハンマーで金属を叩く音が景気良く響いている。
「突っ立っておっても始まらぬ。こちらも用事があってここま来たのだから、さっさと中に入ろうではないか」
アイカさんから促されるように言われ、わたしは横開きという珍しい扉を開き店内へと足を踏み入れた。
中に入って一番最初に目についたのは、壁という壁に掛けられた大量の刀だった。あまりに数が多いせいか掛ける場所が足りず、壁に立て掛けてあったり、樽の中に纏めて放り込まれている刀まである。
いや、一体何本あるの、これ?!
「ふむ、どうやら言うだけのことはあるようだな」
手近の樽から刀を一本引っこ抜いたアイカさんが興味深そうに眺める。正直言えば刀の良し悪しなどわたしに分かるはずもないのだけど、確かに刀身に浮かんでいる波のような模様は惹かれるものがある。
「ちょっと、ちょっと!」
突然、部屋の奥から怒声が飛び込み、同時に大槌を持った女性が不機嫌そうな表情で入って来る。
見たところ三十代ぐらいの高身長な女性で、長そうな黒髪を後ろで丸めて纏めている。動き易そうにたすき掛けをしている衣装は明らかに魔族のものだけど、この人も魔族なのだろうか? それにしては瞳は人族特有の青色だったりするのだけど。
それなりに整った顔の持ち主なのに、険しい表情とこめかみのシワがそれを台無しにしていた。
「商売物ではないとはいえ、ウチの物に勝手に触らんどいてくれる?」
どうやら興味本位で店を覗かれたと思っているらしい。うん、まぁ、半分はあたりな気もするけど。
「どうせ刀なんてロクに扱えもせんのやろ! 冷やかしならお断りだ──」
そこまで言ってから女性は、アイカさんに気付いたのかポカンとした表情を浮かべる。
「ま、魔族……?」
「応とも。余は紛れもなく魔族であるぞ」
なんとも間抜けな女性の言葉に、アイカさんが笑いながら答える。
「普段使いの刀を一本所望しておってな。ここいらでまともな刀を手に入れるのは無理だと思っておったが」
「はぁ……」
呆気にとられている女性を横目に、さっき手にした刀を樽へとしまい今度は別の刀を手に取る。
「これらの刀……刀匠センゴ程ではないが、中々良い筋をしておるようだな……そなた、名はなんと言う?」
「イスズ。イスズ・イルズキだけど……アンタは……」
ようやく我に返ったらしい女性が名乗ると同時にアイカさんへとなにか訪ねようとする。
「ではイスズとやら」
もちろん、アイカさんはそんなことにはお構いなしとばかりに言葉を続けた。
「そなたの刀、中々に見どころがあるぞ。自信作があれば数本見せてみるが良い」
「いや、なんで初見の客にそこまで言われる謂れがあるんや……」
堂々たるアイカさんの失礼な態度に、イスズと名乗った女性が胡乱げな視線を向けるのも無理はない。
わたしは慣れてしまったけど、アイカさんの態度は初見の人にはあまり良いイメージを与えない。ギルドでも最初の頃はよく絡まれたものだ……って、そうじゃなくて!
「紹介状、そう紹介状です! えっと、ツヴァイヘルド商会のクーリッツ氏から紹介されまして!」
ここでわたしはクーリッツ氏からの紹介状を思い出し、慌ててそれをイスズさんに手渡した。
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ファンタジー
リーマンショックで会社が倒産し、コンビニのバイトでなんとか今まで生きながらえてきた俺。いつものように眠りについた俺が目覚めた場所は異世界だった。俺は中世時代の若き国王アルフレッドとして目が覚めたのだ。ここは斜陽国家のアルカナ王国。産業は衰退し、国家財政は火の車。国外では敵対国家による侵略の危機にさらされ、国内では政権転覆を企む貴族から命を狙われる。
目覚めてすぐに俺の目の前に現れたのは、金髪美少女の妹姫キャサリン。天使のような姿に反して、実はとんでもなく騒がしいS属性の妹だった。やがて脳筋女戦士のレイラ、エルフ、すけべなドワーフも登場。そんな連中とバカ騒ぎしつつも、俺は魔法を習得し、内政を立て直し、徐々に無双国家への道を突き進むのだった。
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