ガールズ・ハートビート! ~相棒は魔王様!? 引っ張り回され冒険ライフ~

十六夜@肉球

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第二章 お気楽極楽冒険生活

第一話 賢者ほど気楽な仕事はない#3

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「領軍の出動が認められない、とは一体どういうことですか!」
 昼食の後、いつものように職務に取り掛かろうとしていたレディ・エミリア・メディアの午後は、ドアをノックするや入室許可を得るよりも早く飛び込んできた女性の言葉によって大いに乱されることになった。
 女性にしては大柄な体格の持ち主で、魔獣の革で仕立てたブリガンダインの上から纏っている赤色のサーコートが実に印象的だ。腰に吊り下げているナイト・ソードと合わせ、彼女がそれなりの地位にある女性騎士だということを周囲に示している。
 そんな冷静沈着であるべき彼女が、興奮もそのままに声を荒げていた。
「すでに五つもの開拓村がオーク群の襲撃にあっており、そのうち二つについては復興の目処も立たず、そのまま廃村になるという事態にまで及んでいるというのに!」
 一部の関係者しか知らないはずの情報を、知るはずのない人物の口から聞かされたエミリアがわずかに顔を顰める。
 魔族との戦争が過去になって以来、どうも軍全体の規律が緩んでいるような気がしてならない。
「それをどこで聞きつけたのかは問いませんが……どうもこうも」
 目前で顔を真っ赤にし、礼儀も節度も忘れた様子で迫ってくる女性騎士に、エミリアはため息まじりに答えた。
「軍権は領主である父上の管轄ですし、その下で騎士隊や戦士隊を統制している兄二人もそれを是としたのです。経済のことであればともかく、軍事に関することでわたくしに出来ることなどなにもありません」
 当たり前の事実を、当たり前に告げる。言外に話はこれまでだという意図を含めて。
「ですが!」
 だが興奮やまぬ女性騎士は、普段なら気づいたであろうエミリアのサインに気づくこともなく言葉を続ける。
「ローランド閣下もロンバルド閣下も、まるで興味が無いと言いたげな、おざなりな対応しか行っておりません」
 それは事実だった。ここしばらく姿を見ることのなかったオークの集団が人里近くに現れ、あまつさえ略奪まで行われているにも関わらず、領軍の動きは鈍い。
 エミリアの二人の兄がこの件を知らないはずもないが、特に目立った対策を講じようとはしていなかった。
 精々警備兵の数を増やすぐらいで、それですら充分な数であるとは言えない状況だ。
「兄上達の対応に不満があったとしても、わたくしはそれを見守るしかできないでしょう?」
「何をおっしゃいますか!」
 エミリアの言葉に、女騎士が食い気味に顔を近づける。
「お嬢様にだって私を始めとする騎士隊が付いているではないですか! ご命令さえあればいつでも……!」
「レン・ハイロワージ護衛騎士」
「はっ!」
 鋭く名前を呼ばれ、女騎士──レンは本能的に居住まいを正し、右腕を胸の前に当て敬礼の姿勢を取る。
「あなたの忠誠は有り難く、その技量を疑うわけではありませんが」
 言葉とは裏腹に、エミリアがややうんざりしたような表情を浮かべる。
 権謀術数蠢く世界に生きるエミリアにとって、レンのような直情的な生き方は決して不快なものではなかったが、それでもうんざりする時はあるのだ。
「それでも護衛騎士は護衛騎士。畑違いも甚だしい上に、従軍用の装備も満足とは言えないでしょう。それとも」
 直立した姿勢のレンに、エミリアは試すように続けた。
「ろくな準備も無しに、オークの集団に突っ込んでみるとでも?」
「うっ……」
 もっともな正論に、レンは反論の言葉を口にできない。
 護衛騎士はあくまでもエミリアの身辺警護を行う為の部隊であり、もっぱら儀礼的な意味が強い。そのため人数もそう多くなく、本格的な野戦装備もない。
 それに隊員の多くは貴族の子弟であり、泥臭さとは全く無縁な存在だ。
(やる気に溢れているのは結構なことだけど)
 エミリアは軽くため息を漏らす。
「騎士隊の育成には、途方も無いお金がかかるのです。それが必要とあらば仕方ありませんが、無為に消耗して良いものではありません」
 お飾りに近い騎士とはいえ、それを維持するには少なからぬ予算が費やされている。また貴族隊員に犠牲者が出ればそれはそのまま政治問題に直結し、ややこしい問題を引き起こしかねない。
「……はい」
「高潔な騎士であろうとするあなたの心意気は尊いものでしょう。ですが、それも時と場合を弁えていればこその話です」
 ようやく頭が冷えて来たのか、レンが居心地悪そうに身体をもじもじさせる。
「さしあたり自分の任務に戻りなさい。あなたの力が必要になれば、その時は遠慮なく頼りにさせてもらいます」
 話は終わりだとエミリアが右手を振る。それを見たレンは一礼し、部屋から退出した。
「――ふぅ」
 彼女には珍しく、背中を行儀悪く椅子の背もたれに預ける。
「考えがあることは理解しますけど、兄上達にも困ったもの……」
 二人の兄は決して愚鈍ではない――でなければ後継者選定に参加することなどできない――のだが、お互いを牽制し合うことに意識を奪われており、視界が狭くなっているとしか思えない。
「それにしてもオーク、ね……」
 分類上は魔物と呼ばれているが、野蛮ながらもそれなりに高度な知性と文化を有し、身分制度に基づいた国家を形成する一種族。
 魔族と人族が争っていた時代にも積極的な関わり合いを持とうとはせず、半分中立のような立場だったという。
 とはいえ基本的には攻撃的な種族であり、開拓村やキャラバンを襲撃する事件も少なくはない。
(ここ数十年、オーク達は人族と関わるのを避ける方針だったけど)
 だが今回の襲撃は違う。はっきりとした証拠があるわけではないが、どこか組織だった動きが感じられる。少なくとも一部のはぐれものが無計画に略奪を行ったものではないだろう。
(『ザラニド』で、なにか異変でもあったのかしら?)
 西方連山の奥深くにあると言われるオークの王国『ザラニド』。国交が無いその国でなにか起きても知る手段はない。何か大きな方針変更があったとしても、それを知る術はない。
「まぁ、いいでしょう」
 エミリアがつぶやく。
 実のところ、事態をどうにかしようと彼女が思うならば、手段がないわけではなかった。
 息のかかった傭兵団はいくつかあるし、領内には私兵団──レンには教えていないが──も抱えている。
 惜しみなく金とツテを投入したそれは、下手をすれば領軍に匹敵する質と量を兼ね備えているのだ。
 それでも足りなければ、辺境伯領の南方にある『カテナティーオ騎士団』にもツテはある。もっとも、巨大な軍事力と強力な自治権を有する騎士団に借りを作るのは、将来的に見て決して望ましい選択ではないのだが。
 最悪の場合、王宮に工作を行い王国軍の出動を図る選択肢もある。それだけの人脈を彼女は持っていた。
 それに、万が一エミリアを含む兄妹全員が失敗したとしても、あの父親がなんとかするだろう。
 そう思えば、随分と気楽なものだ。わざわざ兄達の不興を買ってまで火中の栗を拾いに行く必要もない。
「はてさて、お兄様方」
 エミリアが薄く笑う。
「この事態をどう切り抜けるのか、じっくり拝見させて頂きましょう」
 兄達が首尾よくこの『見えざる危機』を乗り越えることができるのならば、後継者の座はおとなしく渡してもよい。
 だけど、対応にしくじり大きな被害を出すのであれば──その時は。
「覚悟して、事に臨んでくださいませ」
 言葉と同時に薄く光る瞳。それは間違いなく獲物を狙う猟犬の目だった。


   ††† ††† †††


「今日の仕事はどうします?」
 ギルドのクエストボードを眺めながら、わたしはアイカさんに尋ねた。
 武器新調費用のこともあって、普段ならそれなりに割の良さそうな仕事を見繕うのだけど、今日ばかりはワケが違った。
「うーむ。今日は夕方頃に刀を受け取る約束があるからなぁ」
 そう。アイカさんの刀が今日中にも完成するとの連絡があったから。
 割の良い仕事というのは往々にして遠出が必要で、日帰りするのは難しいことが多い。
 個人的には、別に明日受け取っても良いんじゃ? と思わなくもないのだけど、身体全体でワクワク感をアピールしているアイカさんを見ると、そんな風に言うのも躊躇われる。
「と言っても、日帰り前提だと薬草摘みとか、魔力結晶集めみたいな仕事ばかりになりますよ」
「そんな退屈な仕事はなぁ……」
 アイカさんが表情を曇らせる。最初の頃の薬草集めが、トラウマレベルで苦痛だったらしい。
 わたしにとっては飯のタネだったから、そこまで苦手感は無い……というか、退屈なのはさておき簡単作業な上に、上質な奴を狙うとか上手くやればそこそこの値段になるのだからむしろオイシイ仕事の部類だったりもするのだけど、まぁ、人それぞれ。
「いや、仕事に貴賤をつけるつもりはないのだが、どうもこう」
 特に微妙な表情を浮かべた覚えはなかったけど、なにか察したかのように慌てて弁解を口にするアイカさん。
「その……向き不向きというやつがだな?」
 誰が見てもアイカさんがそんな作業に向いているとは思わないから大丈夫じゃないかな。
「だったら」
 二人で会話している横から、そっと一枚の依頼書が差し出される。
「こんなお仕事はいかが? 私達の実力から言えば、それほど苦労する内容でもないですし、依頼主も領主館。仕事料も悪くないですしね」
「ほぉ」
 出された依頼書を一目見て、アイカさんが好戦的な笑みを浮かべる。
「襲撃を受けた西の開拓村から、領都に向かう街道の途中にオークの一団が発生したと」
 それはギルドでも噂になっていた。最近になってオークの活動が活発化しており探索者の中にも襲撃を受ける者がちょくちょく現れ始めたと。
 ギルド的に見ればまだ被害は少ないので大きな問題にはなっていないけど、それなり以上に強い魔物が人里近くに出没するようなったというのは良い話じゃない。
「それを発見・排除して欲しい……ねぇ」
 仕事として依頼があるということは、つまり領としては一応問題として認識はしているってこと。ただ大掛かりな討伐軍を起こすには、敵の意図や規模がはっきりとしないってことかしら。
 とりあえず、探索者をアテにして事態の推移を観察しているのだと思う。
「まず、目的のオークを見つけ出すのが手間ですけど」
 確かに仕事としては悪くないと思う。わたし一人でオークに立ち向かうなんて問題外だけど、アイカさんがいるのなら、人数にもよるけど可能性はあると思う。
「最後の目撃地点に向かうだけで二~三日かかりそうですよ、コレ」
「あぁ、それについては問題ないわ」
 本当に簡単そうに答える声。
「現場までは私のテレポテーションでひとっ飛びだし、オークを探すのはエリザに任せれば問題ないから」
「それもそうだな……というか、テレポーテーションまで使えるとは大したものだな……それはさておき」
 そこまで言ってから、アイカさんは発言者の顔をまじまじと眺める。
「お主は誰だ?」
 んん? あまりにも自然に会話へ入り込んできたので、うっかり流してしまったけど、やっぱそうなるよね?
「あっと、名乗りがまだでした」
 アイカさんにじろりと見られた発言者さんが苦笑いを浮かべる。
「失礼しました。私、『鉄』級探索者、レティシア・レレイ・アティシアと言います。これから宜しくお願いしますね」
 それはとんでもない有名人だった。
 わたしでも名前ぐらいは聞いたことがある。『静謐なる叡智』の異名を持つ、探索者にして『賢者』の称号を併せ持つ才能人。
「ほぉ? 余らと同じく『鉄』か! とてもそんな器に収まるような実力とは思えぬが……」
 そこはアイカさんの言う通り。噂でしか聞いたことがないけれど、彼女の実力は『銀』どころか『金』でも不思議はないレベル。ただ探索者としての期間が短く、本人も特にランクアップを望まない為そのままでいるらしい……? なにしろ直接の付き合いはもちろん無かったから、どこまでが本当なのはわからないけど。
 特例中の特例として、登録時から『鉄』クラスだったらしいので、ギルドが特に配慮しているのは確か。
「それで、余らに何の用事だ?」
「用事だなんて、他人行儀です」
 アイカさんの問いに、レティシアさんはニッコリと答える。
「仲間の事情に合わせてできることに全力を尽くすのは、パーティー・メンバーとして当然のことでしょう?」
 う、うん? 今なにか妙なことを口走りませんでしたか、この人?
「……お主は何を言っておるのだ?」
 まったく同じ気持ちになったのか、アイカさんの声もどこかかわいそうな人を相手にしているような響きを持っている。
「余らのパーティーはエリザと二人であり、お主のような者を加えた覚えはないぞ?」
 あまりにきっぱりと言い切られるので自信が無いけれど、アイカさんに覚えがないならわたしにだって覚えはない。ましてやパーティー・メンバーって一体何の話っ!? ってところだし。
「まぁ、その話はもういいでしょう。異論がなければこの仕事、受けてしまいましょ」
 しかしレティシアさんの方は、こちらの困惑など一切気にしない。そのまま依頼書を持ってトーマスさんのいるカウンターへと向かってゆく。
「……人族には、なんとも個性が強い者がおるのだな」
 なぜかおいてゆかれる形になったわたしとアイカさんが、お互いの顔を見合わせる。
「えーっと……レティシアさんは人族の中でも特別、じゃないかなぁ……」
 常々頭の良い人が考えることはよくわからないと思っていたけど、それにしたってこれは酷い。
「ともかく、トーマスの奴に話を聞くしかあるまい」
 アイカさんがレティシアさんの後を追う。
 多少なりとも事情を知ってそうなのはトーマスさんしかいないから、話を聞くのも悪くない。


「いや、お前らこそ何を言っているんだ?」
 レティシアさんの件で、トーマスさんにどうなっているのか尋ねたときに返ってきたのは、こちらこそ腑に落ちないという表情と言葉だった。
「きちんとしたパーティー参加用の書類だったから、こちらとしても粛々と受け取っただけだぜ」
「いや、そんなことを言われても、余としてはそんな書類を見た覚えはないのだが?」
 アイカさんが口を尖らせる。当然だけど、わたしだってそんな書類は見ていない。
「知らんと言われても、実際ここに書類はあるわけで――って、アレ?」
 背後の戸棚に背を向けて、書類を取り出そうとしたトーマスさんが戸惑いの表情を浮かべる。
「ん? チッ……どこにしまったっけか?」
 几帳面なトーマスさんには珍しく、書類をしまった場所をど忘れしてしまったらしい。
 頭を掻きながら、再びこちらに顔を向けた。
「ともかく、お前らのパーティーは三人で再登録されたのは間違いない。酔っ払って忘れてたりしたんじゃねぇのか」
「そんなアホな話があるわけなかろう」
 アイカさんが抗議するものの、トーマスさんは相手する様子もない。
 まぁ、アイカさんって暇があれば誰がしかと飲んでいることが多いから、飲んだくれの仲間だと思われていても無理はないかも。
「あん? と言ってもなぁ……名のある賢者サマがお前らのような駆け出し相手に嘘をついても仕方ないし、むしろお前らさんが騙してると言われたほうがしっくり来るぞ」
 それは確かにそう。
 『賢者』というのは誰でも名乗れる名前じゃないし、ましてやわたし達を利用するメリットも思いつかない。
 う、う~ん……覚えてないだけで、パーティーについて話し合ったのかなぁ……いや、今まで面識も無かった相手にそんなことはないよなぁ……。
「さて、これで仕事の受領は完了です」
 わたし達がトーマスさん相手にあーでもないこーでもないと言っている間に、レティシアさんは必要な項目を埋め終わった依頼書を差し出す。
「オーク退治の仕事か、助かるぜ」
 その依頼書を受け取りながらトーマスさんが言う。
「なにしろ危険な任務だから、誰も受けようとしやしねぇ」
 その気持ちはわかる。オークは強い……というか、凄くしぶとい。
 油断厳禁とはいえ、強さそのものは対抗出来ないというほど極端な差はない。体格差はあるのでそれだけ危険なのは確かだけど。
 問題はその体格が生み出す、信じられないほどの耐久力。腕や脚の一本や二本を失っても、胴体の半分が吹き飛ぶようなダメージを受けても、中々死んでくれない。酷い時には、頭を潰しても数分に渡って暴れ回ったという記録まであるぐらいだ。
 だから確実にオークを倒すには、信じられないぐらいの大ダメージを与えるしかない。
「ま、お前らなら心配なんかないだろうがな!」
「えぇ。サクッと片付けて来ます」
 トーマスさんに軽く腕を上げて返事を返すレティシアさん。
 う~ん……遠目でしか知らなかったとはいえ、この人。こんなキャラクターだったかな? なんというか、こう、トーマスさんとも必要最低限の会話しかしない、もっと近寄り難い雰囲気を醸し出していたような気がするのだけど……。
「さて、それではまいりましょう」
 なんとも腑に落ちないまま、わたし達はレティシアさんの後を追った。


   *   *   *


「……うぅ……気持ち悪い」
 生まれて始めて経験したテレポーテーションの魔法は、期待していた素晴らしい体験ではなかった。
 例えるなら二日酔いの頭を両手で掴まれ、激しく前後に振り回されたような感覚だ。
「大丈夫か? とりあえず、水でも飲むが良い」
 アイカさんが差し出してくれた水袋を受け取り一気に飲み干す。
「はぁ……幾分楽になりました」
 完全に良くなったわけではないけれど、気持ちは落ち着く。それだけでもえらい違いだ。
「自分が慣れているからって、うっかりしてました」
 レティシアさんが頭を下げる。
「少距離テレポーテーションを繰り返すべきでした……だけど、こればかりは、いずれ慣れてもらうしか」
「あー」
 確かに移動手段としては凄く便利なのはわかるんだけど、できれば緊急時のみにして欲しいかなぁ……なんというか鈍ってしまいそうで怖い。
 現在の場所はどこかの森の側。街道から少し外れた場所にある開けた空間。
 商隊や探索者が休憩場所として良く使う場所だ。いきなりワープしてやってきたからはっきりとはわからないけれど、多分街から三日程の距離にある所だと思う。
「まぁ、それはおいおいの話としよう」
 アイカさんが腕を組む。
「どのみちエリザの具合が良くならぬと、肝心のオークを探すのも儘ならぬからな」
 う。そこは申し訳ない。
 この状態ではスキルも上手く使えないし、感覚も狂っていてアテにできない。それなりの精度でよければやってやれないこともないけれど、オークのような大物相手におざなりな仕事をしたら、こちらの命に関わる。
「あぁ、気に病む必要は無いぞ」
 わたしの表情を読んだかのように言葉を続けるアイカさん。
「そもそもの話は、そこな女がわけも分からぬまま、余らを巻き込んだことが原因であるからな」
「そんなにキツく言われると、私は少々悲しいです」
 アイカさんの言葉に、レティシアさんが僅かに悲しそうな表情を浮かべる。
「ただ二人のお役に立ちたいだけですのに」
 そんなことを言われると、ますます胡散臭くなったというかなんというか……。
 今までほぼなんの関係も無かった相手から、突然『お役に立ちたい』とか言われても、いかがわしさが増すだけというか、なんというか。
 うん、これはアレだ。詐欺師を疑うときの気分だ。
「おぉ、そうかそうか。それは非常に助かるな」
 にこやかにそう言ってから、目にも留まらぬ速さでレティシアさんの首元を掴む。
「……とでも言うと思うたか、この戯け者め。お主、トーマスに幻惑の魔法を用いたであろう」
 え? 幻惑の魔法を……? 
 それならば話はわかる。わたし達は書類なんか用意した覚えはないし、サインなんてした記憶もない。だけど、完成した書類の『幻』をトーマスさんに見せたのだとすれば、あの反応も納得。
 だけど、幻惑の魔法はその危険性(まさに今のこの状況のような!)から厳しく制限されていて、術者そのものが殆ど存在しない。そんな高度な魔法を使える術者なんて――。
「あっ……!」
 そこまで考えてから、わたしはレティシアさんの方をハッと見る。
 アイカさんに首を掴まれても表情一つ変えずにいるこの女性は、こと魔法にかけては人族の頂点に立つと言っても良い存在『賢者』なのだ。
「あの男が、自分の確認した書類の場所を見失うなどということがあるか。であれば、最初からそんなモノは存在しなかったと考えた方が納得できるというものだ」
 うん。トーマスさんがの仕事っぷりを考えれば、今回は不自然なところが多すぎる。
「ネタバラシには少々早すぎると思うけど」
 アイカさんの手の中で、レティシアの姿が揺らめく。
「まぁ、おっしゃる通り。トーマス氏には悪いことをしたと思いますよ」
 次の瞬間、レティシアさんはアイカさんとわたしの真ん中ぐらいの位置に出現していた。
「だけど最終的な辻褄さえ合えば、誰も不幸にならずにすみますね」
「……この状態で、お主の望む通りの結果が得られると本気で思ってるのか?」
 呆れたようなアイカさんの声。
「まずは、貴様が何を企んでいるのか明らかにせよ、話はそれからだ。ことと次第によっては、斬り捨てられることも覚悟するが良い」
「企むも何も」
 わたしでも一瞬ビクリとしてしまうような殺気を浴びせられても、レティシアさんは小揺るぎもしない。
「私はあなた達の力になりたい。それは本当のことですよ?」
「以前からの知人であるならばその言い草も理解するが、そもそも貴様と余らは初対面にも等しいであろう」
 当然ながらアイカさんはその返事に納得しない。
 そこはわたしも納得できない。接点といえば同じ探索者同士ぐらいしかなくて、しかも今まで一度も会話を交わしたこともない間柄だ。
「う~ん……そうですね」
 レティシアさんが小首をかしげる。
「確かに、つい先日までは大した興味も持てない相手でした。私の中では有象無象の一人だったことは否定しません」
 いやぁ、はっはっは……そうはっきり言われると傷つくなー(泣)
「だけど、あなた方二人の仲睦まじい姿を見ていると、私。ピンと来ちゃったんです」
 えーっと、この人は一体何を言っているのだろう?
「美人と美少女が二人。場所も気にせず、人目も気にせず、仲良くイチャイチャしている姿!」
 ぐっと両手拳に力を込め、目をキラキラさせるレティシアさん。
「これはもう、究極の美の一つ。それを側でじっくりと見たいと思うのは、人として当然です!!」
「へ?」
「は?」
 アイカさんとわたし。思わずハモってしまう。
 イチャイチャって、えー。やっぱり傍から見てたらそう思われてたのか……。
 く……あえて考えないようにしないようにしてたのに! 今後はアイカさんにも少しは人目を気にしてもらうように言おう!
「……お主は何を言っておるのだ?」
 あ、アイカさんが一歩後ずさっている。あの人をドン引きさせるなんて、さすが賢者様は格が違うなー。
「特に、エリザさんの恥ずかしがりよう……もう、最高に良いです! それでいて結局は受け入れちゃうし、アイカさんもアイカさんで強く望みながらも決して無理強いはしない距離感……その後に浮かべるエイザさんとアイカさんの表情と来たら、それだけでパン三斤はいけちゃいますね! あー、この記憶をいつでも具現化できる魔法があれば……というか、作ります絶対に! 絶対に!! それにですね、お風呂でまでいちゃついてるとか聞いたら、もうなんというかこの溢れ出る想いを押し止めるのが難しくなると言うか、いや、あぁ、その場所の湯気になってしまいたいというか、とにかくとにかく」
 身体全体で興奮状態をアピールするレティシアさん。いや、もうこっちとしてはドン引きってレベルじゃなくて。
 やめてー! というかいっそ穴があったらわたしを埋めて!!
「わかるでしょう、この気持ち? というかわかってください!!」
 そんなわたしの気持ちなど知ったことではないとばかりに言葉は続く。
「なんならレポートにして纏めても良いですよ……はっ?! 経典として、アカシックレコードに記すべき?? 今の私ではまだ力足りないけれど、いずれきっと……!!」
「お、おぅ、そうだな……取り敢えず、おぬし、少しは落ち着け」
 更に数歩後ずさるアイカさんに、レティシアさんは不意に表情を改めた。
「……とまぁ、迸る感情の話はさておいて、真面目な理由もあります」
 暴走しているのは認めるのか。賢者さんって、こんなにアレな人だったのかー。
 今までは表情も動かさず、会話も必要最低限、人を寄せ付けない孤高の探索者みたいな感じだったけど。
 人って、本当にわからないものだなー。
「ふん。取り敢えず言ってみよ」
「エリザさん、『エターナル・カッパー』は、奇跡を起こしたんです」
「奇跡、だと?」
 アイカさんがわたしの方を見るが、わたしだってそんな覚えはない。
「誰もが不可能だと思っていたランクアップ、それを達成してみせた――魔族のアナタとパーティーを組んでいることを含め、その全てが奇跡と言ってもよいのですから」
 あぁ、なるほど。
 改めてそう言われるとなんだか凹んでしまうけど、確かにこの一連の出来事は奇跡だと言ってよいと思う。
 アイカさんに出会わなければ、今でもわたしは冴えない探索者として細々と過ごしていたに違いないから。
「私はその奇跡の先を見てみたい。そして」
 どこか空虚な響きの言葉で、レティシアさんは続ける。
「あわよくば、何の意味も無かった私の人生に、奇跡のおすそ分けを期待したい。賢者なんて持て囃されても、所詮はこんな小さな人間なんですよ……私は」
「クククッ」
 アイカさんが喉で笑った。これは相手が気に入った時の癖だ。
「ぶっちゃけるにも程があるだろう、そなた」
 アイカさんの返事もそうとうにぶっちゃけてる気がするけど、いつものことか。
「良い。そなたの愉快さに免じて今回の件は不問にしよう」
 あー、うん。まぁ、そうなるよね。
 基本的にアイカさん。判断基準の多くが『面白いか否か』で決まってるとしか思えないし。
 仮に騙されていたとしても、過程が面白ければ鷹揚に許してしまうだろうなぁ……。
「だが、パーティーメンバーの件についてはこれからだ」
 もっとも、だからといってアイカさんはそこまで甘くもない。
「そなたがどれほど役に立つのか、今回の依頼で見せてみよ。実力ではなく、貢献によってな」
「よろこんで」
 アイカさんの言葉に、レティシアさんは曇りのない満面の笑顔で軽く会釈した。

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最強の凡人――追放され、転生した蘇我頼人。 新たな世界で、彼は『ライト・ガルデス』として再び生を受ける。 ※※※※※ 1億年の試練。 そして、神をもしのぐ力。 それでも俺の望みは――ただのスローライフだった。 すべての試練を終え、創世神にすら認められた俺。 だが、もはや生きることに飽きていた。 『違う選択肢もあるぞ?』 創世神の言葉に乗り気でなかった俺は、 その“策略”にまんまと引っかかる。 ――『神しか飲めぬ最高級のお茶』。 確かに神は嘘をついていない。 けれど、あの流れは勘違いするだろうがっ!! そして俺は、あまりにも非道な仕打ちの末、 神の娘ティアリーナが治める世界へと“追放転生”させられた。 記憶を失い、『ライト・ガルデス』として迎えた新しい日々。 それは、久しく感じたことのない“安心”と“愛”に満ちていた。 だが――5歳の洗礼の儀式を境に、運命は動き出す。 くどいようだが、俺の望みはスローライフ。 ……のはずだったのに。 呪いのような“女難の相”が炸裂し、 気づけば婚約者たちに囲まれる毎日。 どうしてこうなった!?

異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~

松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。 異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。 「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。 だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。 牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。 やがて彼は知らされる。 その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。 金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、 戦闘より掃除が多い異世界ライフ。 ──これは、汚れと戦いながら世界を救う、 笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。

リーマンショックで社会の底辺に落ちたオレが、国王に転生した異世界で、経済の知識を活かして富国強兵する、冒険コメディ

のらねこま(駒田 朗)
ファンタジー
 リーマンショックで会社が倒産し、コンビニのバイトでなんとか今まで生きながらえてきた俺。いつものように眠りについた俺が目覚めた場所は異世界だった。俺は中世時代の若き国王アルフレッドとして目が覚めたのだ。ここは斜陽国家のアルカナ王国。産業は衰退し、国家財政は火の車。国外では敵対国家による侵略の危機にさらされ、国内では政権転覆を企む貴族から命を狙われる。  目覚めてすぐに俺の目の前に現れたのは、金髪美少女の妹姫キャサリン。天使のような姿に反して、実はとんでもなく騒がしいS属性の妹だった。やがて脳筋女戦士のレイラ、エルフ、すけべなドワーフも登場。そんな連中とバカ騒ぎしつつも、俺は魔法を習得し、内政を立て直し、徐々に無双国家への道を突き進むのだった。

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