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第三章 過去に蠢くもの
第四話 エンゲルス・リンカー#1
しおりを挟む「彼女達の反応が、一箇所から微動だにしない」
ツヴァイヘルド商会コンコルディア・ロクス支部長クーリッツの妹――少なくとも対外的にはそう知られている――クーデリアはそっとため息を漏らす。
「正直、あの二人に関わると……自信を喪失してしまいそう」
最初こそ順調だった。
エミリア様から請け負った仕事を果たすため辺境の森へと向かった一行を追跡。その動向を探りつつ、万が一のことがあれば手助けをする。それがクーデリアの任務だった。
辺境のオーク問題はツヴァイヘルド商会にも無視できぬ損害を与えており、エミリア様からの一件が無かったとしても早急に解決すべき問題だ。
それだけに失敗は許されない案件であり、クーデリアは陰ながら彼女たちを支援するべく後をつけていた。
だが一行が辺境の森奥深くまで向かった時、その問題はおきる。
彼女達が森へ踏み込んで行くのを確かに見たにも関わらず、一時間程でその姿を見失ってしまったのだ。
それも文字通り視界から消失するという形で。
慌てて周囲を探るもその姿はおろか気配すら感じることはできない。一時間近い捜索はまったくの無駄骨に終わる。
やむを得ず勘付かれる危険を承知の上で『探知』を行い周囲を探るも、謎は解けるどころか深まるばかりだった。
いや、彼女達の居場所を探知することはできる。できるのだが、それはまったくもってありえない結果を返している。
『探知』結果は、遥か高い空を示していた。
この付近に高い山など存在しないし、伝説にあるような浮遊大陸なんてシロモノが存在するワケもない。
『探知』結果を素直に信じるのならば、彼女達は空でも飛んでいるということになる。
(いやいや、そんな馬鹿な……)
魔族が空を飛べるなんて話は聞いたことはないし、人族はもちろん飛べない。魔法を使って飛ぶことはできるけど、一箇所に留まり続ける意味がわからない。
結局、なんらかの作用で『探知』が阻害されているのだろうと結論づけるしかなかった。
「はぁ……」
ため息一つを漏らし、クーデリアはテレパシー効果を持つ魔道具を起動する。
「問題が発生しました」
こんな失態を報告するのは彼女の望むところでは無かったが、緊急時が起きてしまった以上は報告せざるを得ない。
「話せ」
短いやり取り。余計なことは言わず報告だけを求めるのがクーリッツの流儀だ。
「アイカ様一行が辺境の森の中に踏み込んだのは確かですが、その先の動向がまったく掴めません」
クーデリアにとってせめてもの救いはこれがテレパシーによる会話であり、面と向かっての報告ではないことだ。
報告相手のクーリッツは必要以上に冷酷な人間ではないが、好ましくない報告を笑顔で聞きとげてくれるほど甘い人物でもない。
「ふん……お前が対象を見失うとはな?」
含み笑いを交えながらクーリッツが言う。
「猿も木から落ちるとは言うが、珍しいこともあったものだ」
「私の千里眼スキルも、実は大したものでは無かったようです」
クーデリアは唇を強く噛みしめる。クーリッツを失望させるのは、彼女にとってあまりに不本意なことだ。
「くくく……まぁ、落ち込む必要はない」
しかし、予想していたほどクーリッツの機嫌は悪く無い。
「なにしろ世界は広い。相手と場所が悪かったな」
この男には珍しい労るような口調。どちらかと言えばミスには厳しいことで知られるクーリッツだが、それでも今回ばかりはクーデリアを責める気にはなれなかった。
いかに能力を持っていたとしても、そうそう思い通りに事は運ばない。
クーデリアは、ツヴァイヘルド商会の情報部内でも極めて優秀な諜報員だ。彼女を越える能力を持つ者など、精鋭揃いで有名な『王国』諜報員の中にもほぼ存在しない。
そのクーデリアが失敗したなら他の誰がやっても失敗するだろう。責めるだけ時間の無駄だ。
「特にあのアイカとかいうレディは、魔族であることを差し引いても我々の常識で計れる相手ではないからな」
あれは余程の大物に違いない。クーリッツはそうにらんでいる。魔族領に対する諜報も強化してはいるのだが、いかんせん場所が遠すぎる。魔族の商人は商売に関することであれば何でも喋るが、自分たちの国や組織については必要と感じない限りは一言もしゃべらない。
商売はともかく情報収集するには一筋縄ではゆかない相手だ。無理に情報を引き出そうとすれば商売に差し支えるから強硬手段も取れない。
なにしろ魔族はキレるその瞬間まで笑顔を浮かべて、内々に怒りを溜め込む種族。どこで最後の一線を越えてしまうか予想するのも困難だ。
そのため、アイカが恐るべき実力者であることはわかっていても、その正体まで掴むことができずにいる。
「それに辺境の未開地にはまだまだ謎が多く、何が起きても不思議ではないからな」
辺境領に広がる広大な森林地帯は、人族にとってはまだまだ謎の多い領域だ。
「いかがしましょう?」
「このままウロウロしたところで進展はないだろう……とりあえず手近な拠点まで引き返すといい」
クーリッツの決断は早かった。
「なにか別の動きがあれば、その時に改めて対応すればいいさ」
状況が変化すれば自ずと対応も変化する。商売だろうが探索だろうが戦争だろうが、失われた目的に固執したところで意味はない。
「ですが、アイカ様達が不測の事態に陥り失敗した可能性を考えると……それでは手遅れになる可能性が――」
「クーデリア」
クーリッツはクーデリアの言葉を途中で遮る。
「はっ」
いつにない強い調子に、クーデリアは思わず背をのばしてしまった。
「私は君が不要な危険を犯すのを良しとはしない」
テレパシーでその様子が見えている筈もないのに、クーリッツの言葉に軽い笑みが交じる。
「これ以上は手に負えないと判断したら、すぐに領都へ帰還しろ」
「それはご命令ですか?」
クーデリアにだってプライドはある。半ば任務を放棄するような指示に納得しきれないのは無理もない。
「いいや」
だが、そんな彼女の内心をクーリッツは一顧だにしない。
「これは私から可愛い妹へのお願いさ」
「……わかりました」
そう言われてしまったら、クーデリアは逆らうことなど出来なかった。
* * *
「う~ん……」
どこか別の場所。なんの飾り気もない黒い部屋の中で、行儀悪く椅子の上で足を組んだ格好で少年はポツリと呟いた。
年の頃は十代前半程度に見え、明らかに身体のサイズとあっていないブカブカのローブに着られている。
ギリギリ美少年と呼べる程度の容姿ではあるが、特筆するほどでもない。そんな印象の薄い少年だ。
「これは予想外……ちょっと良くない展開かなぁ」
少年が頭をかく。
「一石二鳥を狙ったつもりが二兎を追う者は一兎をも得ず……に終わっちゃったかぁ」
理想的な計画だったし、実現性も決して低くは無かった。成功率は九〇%以上だと計算していたし、実際途中まで上手く行っていた。
それが、土壇場になって予想もつかない方法でひっくり返されるなんて、流石の少年も予想していない。
「勇者、ねぇ……こんな時に出張ってくるとは予想外だったよ」
力を持たない人族の中で唯一『神の恩恵』を行使できる者、それが『勇者』だ。一点特化とはいえとんでもない力を持っている。
(運も実力のうちってことかな)
計画を立て、罠を張ったところにたまたま『勇者』がやってくる。確率的に言えば考慮するのもバカバカしい程低い可能性。
それを引いてしまうとは、運が良いのか悪いのか。
「あー、もーっ! あれでも作るのには手間が掛かってるんだし。最悪倒されるのは構わないけど、素体は無駄にしたくないしなぁ」
起きてしまったことは起きてしまったのだから、今はその確率について考えても仕方がない。必要なのは原因ではなく対応策だ。
マキナ・ワイバーンの製作には貴重な魔法鉱石や魔法繊維といった希少資源が大量に使われている。それらは少年の力を持ってしても集め直すには骨が折れる品々だ。
その上さらに問題なのは『勇者』だけではない。
散々迷うようにしていた筈なのに何をきっかけにか瞬く間に合流を果たし、出会い頭にマキナ・ワイバーンの首を一刀の下に斬り落とした魔族。
「完全ではなかったとしても、それなりに自信作だったんだけどなぁ」
今の段階でもワイバーン数匹分の戦闘力を持っている。少なくともああまで簡単にあしらえる相手ではない筈。
それだけあの魔族の女性――アイカは危険な存在だった。強力とは言え一発芸に過ぎない『勇者』よりも。
「それに加えてあの子までいるんだから、これは分が悪かったかな」
あの子のことを軽く見ていたわけではない。だけどあの子は探索能力に特化した能力の持ち主で、戦闘力は決して高くない。少なくとも今回の件で実力を発揮できるとは予想していなかった。
「でもまぁ、考えてみればあの子だしね。出番が無いからって大人しくしている筈もなかったか」
あの子は彼女の能力を未だ完全に引き出せてはいない。だけどあの精神性を考えれば、出来ることがないからって傍観者に甘んじている筈がなかった。
つまり、今回ばかりは少年の慢心あるいは油断がこの事態を招いたと言える。
「まぁ、うん。仕方ないか」
だからと言って仕方ないで済ませるわけにもゆかない。マキナ・ワイバーンが敗れるのはもう仕方ないが、今後の改良や発展のためにはその残骸は回収されるべきだ。
だとすれば、打てる手は全て使うべきだろう。
「お疲れのところ申し訳ないんだけどね、もう一度キミに出張ってもらうしかないみたいだ」
心底申し訳なさそうな表情を浮かべつつ、少年は傍らに控える猫耳の少女に言う。
「マキナ・ワイバーンを回収するにはちょっと時間が必要なんだ。そのための時間稼ぎをして欲しい」
「ご命令とあれば喜んで」
猫耳の少女――カットは躊躇いもなく答える。
「雪辱のため、今度こそあの女を叩きのめします!」
「その、非常に言いづらいんだけどね」
そう言いながらドンと胸を叩いて見せたが、それは少年を安心させるどころか逆に不安にさせるだけだった。
「キミの身体では、まだ彼女には勝てないと思うんだ。時間が経てばまた話は変わってくると思うけど」
「……ぐっ。それは、そうかも知れないけど」
言われたことが事実だけに反論もできず、それでもなんとか言い返すカット。
「なんかこう、不思議なことが起きてパワーアップとか」
「これを僕が言ってよいのかどうかは迷うけど……」
カットの返事に半ば呆れ顔を浮かべつつ少年が言葉を続ける。
「世の中って、そうそう都合よく出来てはないと思うんだ」
確かに生まれた時から万能に近い力を持っていた少年が口にするのは嫌味にしかならない。だが、カットはその程度のことは全く気にする様子もなかった。
「信じる者は救われると言うし、気合をいれて粘ればチャンスぐらいあるかも」
「あー、うん。そうカットが信じているなら、神様も気まぐれをおこしてくれるかも知れないね」
良くも悪くも単純明快。物事を深く考えない。それがカットの持ち味だ。
それは利点にも欠点にもなり得るが、完全を目指した結果がどうなるのかを熟知している少年は、カットはこのままで良いと思っている。
「まぁ、それはさておいて……僕の玩具をいくつか出してくるので、それを使って彼女らを足止めしてくれるかな。その間に僕は回収用魔法陣を準備するから」
「了解です!」
ビシッと敬礼のマネごとをするカット。実力はともかく(いや、決して低いわけではないが)、このやる気だけは大きく評価するべき点だろう。
「にしても、ご主人さまをこうも手古摺らせるなんて、魔族というのも油断ならない相手ですね」
「……そうだね」
正直いえば少年も魔族のことについてはあまり詳しくない。『黄色き神』が生み出した種族で、どちらかと言えば自分たちエンゲルス・リンカーに近い能力を持っている。とはいえ身体能力そのものは人族と大差ないし、魔法能力も自分たちよりはるかに劣る。
こんな中途半端な種族を生み出した『黄色き神』の思考はよくわからない。
そもそも創造主である『白き神』自体『黄色き神』に対しては没交渉を貫いており、仲は悪くもないが良くもないという微妙な関係だ。
わざわざ調べる必要も感じず放置していたが、具体的な障害になるのであれば本腰をいれて調べる必要があるかも知れない。
(どちらにせよ、それは今回の件が片付いてからだ)
オークヒーローの排除、マキナ・ワイバーンの実戦テストを目論んだ計画は失敗に終わった。
今はこの失敗を活かして次へと続けることだ。
息があるうちに回収するのはもう無理だろうけど、せめて貴重な素材さえ回収できれば次に繋げることができる。
「それではカット、行ってきます! 朗報を待っててね!」
今後について思考を巡らす少年を横に、カットは意気揚々と部屋を出ていった。
* * *
「さて。煮ても焼いても食えそうには見えぬが……」
刀の刃で肩をトントンと叩きながらアイカさんが言う。
「見ようによって鰻っぽく思えなくもないし、とりあえず三枚におろして蒲焼きにでもしてやろうかの」
蒲焼きってのがなんだか知らないけれど少なくともワイバーン、それも魔法マシマシなシロモノは食べるものじゃないと思う。
だって、絶対お腹壊しそう。
(そっか。これが大切なんだ)
アイカさんが現れてから随分と心が軽くなっている。今までも軽口を叩くことはあったけど、それは自分を奮い立たせるためといった側面が強い。
だけど、アイカさんが側にいれば、無理に自分を鼓舞する必要はなくなる。
彼女のもたらす絶対な安心感が、そんな小細工を不要とするから。
「……Guuu」
マキナ・ワイバーンがわずかに後ずさる。さきほどまで我が物顔に暴れまわっていた姿が嘘のよう。
でも、それも仕方ない。にこやかな表情を浮かべているにも関わらず、わたしですら感じ取れるほど大きな怒りのオーラがアイカさんの身体全体から立ち上っているから。
気の弱い人なら、それだけで意識を失ってしまっても不思議はないぐらい。
「ちょ……アイカさん……脚、早すぎ……」
「いや、本当に……桁違いの体力だ……なっ!」
そうこうしているうちに、ヘロヘロになったレティシアさんと荒い息をついたブラニット氏がやってくる。
どうやらアイカさんの後を追いかけてきたみたい。前衛職のブラニット氏はともかく、後衛職のレティシアさんは完全に息が上がっていて、今にも倒れてしまうんじゃないかと心配になるレベル。
「なんだ、お主ら。体力が足らんな。鍛え方が足りておらぬのではないか?」
「おめぇを基準にしたら、少なくとも人間の中に鍛え方が足りてる奴なんかいねぇよ!」
呆れたようなアイカさんの言葉に、ブーイングを飛ばすブラニット氏。
「はぁ……はぁ……た、たしかに……もう少し……鍛えるように考えた方が……良い……かも」
一方のレティシアさんは息も絶え絶え、足元もおぼつかないレベルでよろよろしている。
えーっと。身体強化系魔法でも使えばよかったのに。素の運動能力でアイカさんに追いつける人なんて、前衛職の人でもそうそういないと思う。
「さて、残るはそいつ一匹だけですが」
残りのワイバーンを片付けたゼム氏もこちらに近づいてくる。
「全員で袋叩きにするというのも、なんというかまるでこちらが弱いもの虐めをしているような錯覚さえ覚えますよ」
それは確かに言えるかもしれない。
先程まであれ程の脅威だったマキナ・ワイバーンは、今や地面でのたうち回る哀れな存在に。
魔法の源を半減され、首を一つ落とされたその姿には哀れみすら感じそう。
「Garurururu……」
それでも周囲に障壁を張り、残った首でこちらを威嚇してくる姿は、流石に強敵の貫禄がある。
「くっくっくっ。拝殿前に住み着いておった野良犬がこんな調子であったな」
しかし、その姿さえもアイカさんか見れば野良犬の虚勢と大差ないものらしい。
「もう少し小さくて愛嬌があればペットの一人にしてやっても良かったがな!」
いや、いくら小さくてもあんなのをペットにするのを無理があるというかなんというか……。
うん。大物さんの考えることは、小市民には中々理解できないってことで。
「いや、お前。それは無理っつか、常識で考えろよ」
あ。ブラニット氏のツッコミ。あまり付き合いが無かったので知らなかったけど、意外と愉快な――えっと、人付き合いの良い性格をしているみたい。
ギルドで見かける時は誰も側に寄せ付けないオーラを発していたけど、まぁ、職場で上司がすぐ側にいる環境ではそうなるのも仕方ないのかもしれない。
(それに考えてみれば、愛妻家でも有名だったしね)
何事につけても『面倒くせぇ』が口癖のブラニット氏だが、奥さんと娘さん家族のことについては途端に態度が変わる。仕事柄毎日家に帰れるとは限らないけど、長期出張の後はお土産らしき荷物を抱えて家へと向かうブラニット氏の姿を見かけることがあった。
そんな姿をからかう連中ももちろんいたけど、大抵は挨拶みたいなものだったし、悪意がある場合は周りの連中がそれとなく『処置』していた。
探索者の大半はならず者もどきと思わてるけど、それだけに『家族』や『仲間』といった存在に対する思い入れは強く、それを馬鹿にする者を許さない。ならず者にはならず者の流儀があるのだ。
「なに、羽が少々邪魔だが、いっそもぎ取ってしまえばトカゲと大差あるまい」
ん、マキナ・ワイバーンが一瞬怯えたような?
「お前……素でヒデェこというなぁ……」
アイカさんの言い分に、さすがのブラニット氏もドン引きしている。
「酷いとは言うがな」
それに対してアイカさんが心外だとばかりに反論。
「彼奴はエリザらの命を狙っておったのだぞ。斬り捨てられて当然のところを愛玩動物になることでせめて命は助けてやろうというのだ。泣いて感謝されこそすれ非難される謂れはない」
「あ……え……そう言われれば、そうなのか?」
そこで丸め込まれないでください、ブラニット氏。もう少し頑張って!
「そうなのだ。お主も出世したいのであればこの手のセンスを鍛えるが良いぞ」
「あ、うん。やっぱ無しだわ」
どうやら我に返ったみたい。アイカさんの話術って気をつけていないと、あっという間に飲み込まれてしまう。
別に洗脳されるわけじゃないから落ち着きさえすれば取り返しはつくのだけど。
もしアイカさんが詐欺師とかだったら……考えるだけで大変なことになりそう。幸いにして彼女は人を丸め込むのは好きでも騙すのは好まない人なので、世の中は当分平穏でいられます。なむなむ。
「ふん……ノリの悪い男は嫌われる――と、お主既婚者であったな。しっかりと嫁の尻に敷かれていると見える」
「なんでそうなるんだよ!」
大声を上げるブラニット氏だが、心なしか言葉尻が震えているような……。愛妻家という噂は聞いても恐妻家だって話は聞いたことないんだけどな?
「それは、お主。余のように魅力溢れる女性を前に食指が動かぬなど、余程嫁に躾けられておるに違いあるまいよ」
そんなことを言いながら無駄に身体をくねらせるアイカさん。場所が場所じゃなければ、じっくりと堪能しておきたかったけど……。
「あの、そろそろマキナ・ワイバーンをどうするか決めませんと」
そうなのだ。弱ったマキナ・ワイバーンは積極的になにかを仕掛けてこようとはしていないけど、その代わり傷を回復させつつある。
事実さっきまで体液を吹き出していた首の傷跡は塞がっているし、身体についた他の部分の傷も大分癒えている。
万全な状態にまで戻ることはないだろうけど、このままではまた暴れだすなり逃げるなりしてしまう。
「ふむ。わざわざ隙を作ってやったが、そこを突けぬとは本当に弱っておるようだな」
刀の切っ先を残ったほうの首に突きつけるアイカさん。
「であれば介錯してやるのが優しさというものであろう……」
にこやかな顔で告げられたそれは、明らかな処刑宣言。哀れなマキナ・ワイバーンは、魔王の一刀の下に斬り捨てられようとしている。
「――離れてください!」
アイカさんが刀を振り上げた瞬間レティシアさんが叫び、同時にマキナ・ワイバーンの周りにそれまでとは違う力場が発生する。ほとんど反射的に、わたし達はその場から後ろに飛び退く。
「……ぬ! まだ小細工を弄するか!」
刀を振り上げた格好で器用に後ろへと下がりながらアイカさんが叫ぶ。
「そんなに大切な玩具であったのなら、おもちゃ箱に鍵を掛けてしまっておけというものだ!」
それはつまり――マキナ・ワイバーンを逃がす、あるいは回収しようと――
「……っ!」
力場が揺らぎ、一瞬で姿を消す。そして、そのあとには二つの影が残っていた。
といっても一つは少女の物だったけど、もう一つの方は人よりも遥かに大きく上から大きなローブを掛けられていてはっきりと姿は見えない。
だけどわたし達はそのシルエットに見覚えがある。あれはおそらくゴーレムだ。
「こっちにも色々と事情ってモンがあるの!」
女性の方がこちらを指差しながら怒鳴る。
「さっきは後れを取ったけど、今回も上手くゆくと思ったら大間違いだからね!」
「おぉ、カットではないか」
どうやらアイカさんはその猫耳少女と面識があるらしい。
「ふむ。思っておったよりも早い再会であったな。情熱的で嬉しいぞ」
なんだか背後でレティシアさんが『浮気はよくない』とか呟いてるけど、一体何のことだろう?
「……その、ポジティブ過ぎる思考はなんだ! それが魔族の平均だって言うなら、心の底から泣くぞ?」
「大丈夫だ! 余は変わり者で通っておる故、そなたが心配するようなことはないぞ!」
「それはそれでどうなのさ……」
一方、アイカさんと猫耳娘――カットさんの会話も絶好調に噛み合っていなかった。というか、あの子。アイカさんの話術に案外ついて行けているような気がする。むむ、ご立派な胸といい、なんとも侮りがたし。
「ともかく、マキナ・ワイバーンはこちらにとっても重要なの! みすみすお前達に渡すワケにはゆかない!」
「ふむ? お主が自分を差し出すなら、こんな爬虫類モドキなどどうでも良いぞ?」
ビシッとポーズを決めつつ言うカットさんに、指をワキワキさせながらジリジリと近づくアイカさん。
いや、だから。なぜにそんな哀れ見るような視線をわたしに向けるんですか、レティシアさん?!
「気持ち悪いこと言いながら近づいてくるな!」
持っていた長い棍の先をアイカさんに向けながら叫ぶカットさん。なんだか微妙に怯えているようにも見えるけど、なにかあったのだろうか?
「そうつれないことを言うでない。お互い全力で身体をぶつけ合った仲ではないか」
「きーもーちーわーるーいーいーいーかーたーをーすーるーなー!」
そんなことを言いつつ、腰のポーチから何かを取り出し地面に投げつける。それは地面に着地した瞬間、光を放ちその中から剣と盾を持った人骨が出現した。ざっと数えて二十体ぐらい?
「ボーン・ウォーリア……」
その姿を目にしたレティシアさんがつぶやく。
ボーン・ウォーリア。文字通り骨で出来た戦士。といっても実際に生物の死骸である骨から作られてるのではなく、そういう見かけをした一種の魔導人形だけど。
呼びだすために用いられるのは『トゥース』と呼ばれる牙状の石で、古代遺跡で発見されるアーティファクト。残念ながら人の手で作り出すことはできない貴重なアイテムでもある。
おそらく神々が雑兵として作り出した物だろうと言われているけど、実際のところは不明。
アーティファクトとしては比較的発見される機会が多いため、貴族の護身用や緊急手段として使われている。
だとしても二十体は大盤振る舞いってものだけど。決して安くはないよ、トゥース。
「そして更に!」
こちらがびっくりしているのかと思ったのか、得意げな表情を浮かべつつカットさんは隣に立つ人型を覆っているローブを引っ張った。
「ミスリルゴーレムも一体! お前達が使い手なのはわかるけど、いつまで相手をしてられるかな!」
「アイカさん!」
そんな自慢を、残念ながらわたし達は聞いている暇は無かった。
「あの! ミスリルゴーレム! 今度は絶対に! 私の獲物! ですからね!」
目をキラキラと輝かせながら食い気味にアイカさんに迫るレティシアさん。
「今度は破壊したりしないでくださいよ!」
「お、おぅ。わかったぞ」
その剣幕にアイカさんの腰が引けている。普段おとなしい人が興奮すると、中々手がつけられない。
「なぁ」
レンさんがクリスさんに尋ねていた。
「どう考えてもこれは一筋縄ではゆかない状況にしか見えないのだが、こんな調子で大丈夫なのか?」
「さぁ?」
それに対するクリスさんの返事も、どこか投げやりな物だった。
「元魔王や賢者の考えることなんて、凡人が理解するのは無理だと思うよ」
「………」
アイカさんとレティシアさんの名誉のためにもなにか言い返したかったけど、残念ながらわたしに反論の言葉は思いつけませんでした。
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リーマンショックで会社が倒産し、コンビニのバイトでなんとか今まで生きながらえてきた俺。いつものように眠りについた俺が目覚めた場所は異世界だった。俺は中世時代の若き国王アルフレッドとして目が覚めたのだ。ここは斜陽国家のアルカナ王国。産業は衰退し、国家財政は火の車。国外では敵対国家による侵略の危機にさらされ、国内では政権転覆を企む貴族から命を狙われる。
目覚めてすぐに俺の目の前に現れたのは、金髪美少女の妹姫キャサリン。天使のような姿に反して、実はとんでもなく騒がしいS属性の妹だった。やがて脳筋女戦士のレイラ、エルフ、すけべなドワーフも登場。そんな連中とバカ騒ぎしつつも、俺は魔法を習得し、内政を立て直し、徐々に無双国家への道を突き進むのだった。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
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