まずはお友達から

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まずはお友達から

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まずはお友達から~Cafe 礎シリーズ1~


それは高級住宅街の一角にある。3階立ての薄い桃色の建物は、周りの景観からすればいささか浮いていると言えないこともないのだが、芳醇な珈琲の香りと季節の食材を使ったオーナー自慢の手料理の評判によって、いつしかすっかり馴染み深い場所となっていた。
Cafe礎。
近隣にあるインテリアデザインの会社で働く田上愼輔(たがみ しんすけ)にとってもまた、ここはかけがえのない癒しの場であった。休憩時間には毎日通い、ブレンド珈琲を嗜む。・・・だが、ここ最近は別の目的もあった。
(今日も可愛いな・・・)
指定席になりつつあるテーブル席に移動しながら、横目でカウンター席を盗み見る。いつもカウンター席の一番端で本を読んでいるショートヘアの彼女。初めてこの店に来た時に一目惚れをしたので、もうすぐ1年ほどの片思いということになる。話したのは愼輔の鞄が彼女の椅子にぶつかってしまった時のたった一度きりだというのに、我ながら見上げたものだ。慌てて謝る愼輔に、目を細めて微笑んで「いいえ、大丈夫ですよ」と言ってくれた彼女の優しい声を、何度脳内でリピートしたか分からない。
(名前も歳もなにやってる人かもしらねーのに、俺もバカみたいだよなぁ・・・)
ため息をつきつつ、どっかりと腰を下ろす。まもなくすると、オーダーしなくても勝手知ったると言うようにオーナーがブレンド珈琲を持ってきてくれる。常連だからこその「いつもの」というやつだ。
彼女に一目惚れをしてから、初めのうちは「また会えるかも」という期待で、毎日会えると分かってからは「そのうち親しくなれるかも」という期待で通っているが、残念ながら進歩の片鱗は見えない。
(いっそオーナーに頼んで・・・いや、ダサすぎるだろ)
珈琲を一口含んでふと思い立つがすぐに改めた。

思春期の学生でもあるまいし、自分の恋愛は自分で切り込んでいかねば。

そう思ってからの愼輔の行動は早かった。
彼女が店を出るのに合わせて自分も会計を済ませ、追いかけた。
「あの、すみません!」
幸い、店から50メートルも離れていないところで追いつくことができた。あまり離れすぎると後を付けてきたストーカーのようだと思われてしまうかもしれないと思っていたので助かった。
「なんでしょう?」
彼女は少し驚いた様子で振り返った。記念すべき二度目の会話だ。そう、たった二度目なのだが・・
「俺、あなたのことが好きです! 一目惚れでした!!」
愼輔は勢いに任せて告白してしまった。
(しまった! 一発目に言うことじゃねぇ!)
少し言葉を交わして、探り探りでできれば告白じみたことを言えれば御の字・・・そう思っていたはずなのに、彼女を前にしたら口が勝手に動いてしまった。
「えっ・・・」
彼女は目を見開き、そして徐々に真っ赤になっていく。
「つ、付き合って下さいっ!!」
もう言ってしまったものは仕方ない。昔のお見合い番組のように、愼輔は勢いよく握手の手を差し出した。断られればCafe礎に行きづらくなる、今後はどこで珈琲を飲もうか、などという考えが頭の中をぐるぐる回っている。
「えっと・・・あの・・・お互いのこと、よく知らないし・・・」
(ですよねっ!)
戸惑いがちに紡がれる彼女の言葉にそれはそうだとうなだれる。フラれた・・・そう思ったが、奇跡は起きた。
「まずはお友達で良ければ・・・」
「っ!?」
そっと指先を握られ、愼輔は自分の手と目の前の彼女とを交互に見た。
「それじゃダメでしょうか?」
恐る恐るという風に問いかける。愼輔は慌てて首を振った。
「ダメじゃないです!全然ダメじゃない! お友達から、よろしくお願いします!!」
力を入れすぎないように気をつけながら彼女の手を握り返し、勢いよく頭を下げる。初めて触れた彼女の手は思っていた以上に華奢だ。恥ずかしそうに微笑むその表情は、心のメモリーに永久保存しようと思う愼輔だった。


それから1週間。
ーーーーーーピロロン
「おっ、きた♪」
携帯が鳴る度、愼輔は周りからツッコミが入るほどのしまりのない顔で飛びついている。画面に出ている名前は勿論、お友達となったばかりの薗川沙利(そのかわ さり)だ。ひとまずお友達として連絡先の交換をし、メッセージのやりとりをしている。
(このスタンプよく使ってるよなぁ。猫好きなのかなぁ。可愛いなぁ)
女子大生(推定)とのメッセージのやりとりは新鮮だ。普段は使っても絵文字程度の愼輔の画面に愛嬌のある猫のキャラクターがお辞儀している。
(猫・・・確か、百貨店かどっかで猫の写真展やってるはずだよな・・・)
ふと思い立って、即検索。愼輔の記憶通り、百貨店の催しで猫の写真展が開催されていることが分かった。となれば、次にやることは一つだ。
(デートに誘う、と。昼間に一緒に出かけるくらい、友達同士でもするだろ)
できるだけさわやかに、いやらしさが出ないようにと心がけつつ、メッセージを送る。
しばらくして、これまた猫のキャラクターのスタンプと共にOKの返事が来た。
「ヨッシャー!」
思わず声を上げてガッツポーズだ。デート確約を喜ばずにはいられない。
まずは友達として親しく、徐々に距離を詰め、そしていずれは・・・
「気張っていくぞ! とりあえずの第一目標、名前で呼ぶ!!」
地道な目標である。


(さてと、沙利ちゃんはどんな格好が好みかなーと)
デートを翌日に控えた愼輔は、気合いを入れ過ぎと感じさせない程度の勝負服を買いに町に出ていた。ちなみに、心の中ではすでに名前にちゃん付け呼びである。
(ん・・・?)
通りすがりのたこ焼き屋に2人の中学生が並んでいた。有名中学の制服だ。ベレー帽に膝丈のチェック柄のズボンが如何にもおぼっちゃまという風情である。
(んんんんん~~~?)
おぼっちゃまでもたこ焼き食べるのか、とぼんやり眺めていたら、とんでもないことに気が付いた。
「あっ、田上さん。こんにちは」
背の高い方の少年がこちらに気づき、にっこりと微笑む。・・・沙利ではないか。
「薗川サン・・・ドウモ。コンニチワ」
脳が追いつかず、思わずカタコトになる。目の前の、この、有名中学校の制服に身を包んだこの子は間違いなく沙利だ。呆然として上から下までじろじろと見つめてしまった。
(中学の制服で、しかもズボンってことは・・・え? え? え?)
沙利は推定女子大生どころか、中学生男子ということだ。
「誰?」
連れの少年が沙利に問う。こちらは実に中学生らしいサイズ感と顔立ちである。この少年と、沙利は同級生・・・正真正銘の中学生男子なのだと、よりいっそう思い知らされる心地がした。
「えっと・・・お友達、の、田上さん」
少しばかり迷いながら、はにかみを含んだ笑顔で沙利が答える。
「ふーん・・・」
連れの少年にじろじろと値踏みされるように見られたが、そんなことはもはやどうでも良かった。
「じ、じゃあ、俺、急いでるから、またね」
あまりのショックにどんな顔をしていいかも分からず、早々に立ち去る。
(中学生・・・男の子・・・中学生・・・・俺・・もう立派な事案なんじゃ・・・)
思いがけず犯罪者になりかけていることに真っ青になった。


そして翌日。
朝になって目が覚めて、気付いた。
(昨日のうちにさっさと適当言ってキャンセルしとけば良かったのに俺の馬鹿ーーーーーー)
今日は中学生男子とのデート当日なのである。昨日は終始頭がフリーズしていて機能しなかったため、すっかりデートのことを忘れていたのだ。
(ドタキャン・・・はないだろ。人として。俺から誘ったんだし)
迷いながらも身支度を整えて待ち合わせ場所に向かう。今日のためにとわざわざ購入した服が空しい。
(流石にデートするわけにもいかないし、正直に話して謝るしかないよな)
まさか中学生だとは思いませんでした。告白はなしにして下さい。・・・・情けないが、そう言うほかないだろう。
「あ、田上さん。こんにちは」
「こ、こんにちはー・・・」
沙利はすでに待ち合わせ場所に来ていた。愼輔を見つけると控えめながらにも手を振ってくれた。
(か、かわいい・・・・)
ブルーグレーのダッフルコートに白のニット帽、濃紺のコーデュロイのハーフパンツにムートンブーツ・・・喫茶店で見るのとは違う、どこかよそ行きめいた格好だ。もしかするともしかして、愼輔のためにおしゃれをしてきてくれたのだろうか。
(いや、いかん。中学生中学生。男の子男の子)
正気に戻れと首を振る。そして口を開いた。
「薗川さんって・・あの、中学生だったんだね・・・。昨日驚いちゃって・・・」
何とか笑顔で話そうと試みるが、かなり顔がひきつっているのが自分でも分かる。
「だから、その・・・」
告白はなかったことに。そう伝える前に、沙利が手のひらで制止した。
「分かりました」
「え・・・?」
思いがけない沙利の行動に戸惑う。沙利は困ったように微笑んで言った。
「中学生だと思ってなかったんですよね。僕がこんな見た目だから・・・勘違いさせちゃったんですよね」
「え・・・えっと・・・」
そのものずばりの図星をつかれ、愼輔は言葉を失う。
「よく、高校生とか大学生とかに見られるんです。女の人だと思われることもあるし」
(うぅ・・すみません)
ぐさぐさと突き刺さってくる。
「今日はもう帰りますか? お友達も・・・なかったことにした方がいいですよね?」
愼輔が考えていたとおりの提案がきた。
願ってもない・・・はずだっただが、
(沙利ちゃん・・・泣きそうじゃん・・・)
言葉よりも、沙利の表情の方が刺さった。沙利は笑顔だが、寂しそうな、切なそうな表情にも見えた。差し出したままの手のひらも震えている。
(くそ・・・やっぱ・・)
愼輔は息をのんだ。
(めちゃくちゃ可愛いんだよな・・・)
「薗川サン!」
意を決して沙利の手を握る。
「なんで帰るんだよ。写真展、行こうよ」
できるだけ自然な笑顔を作って、沙利の提案を蹴った。
「でも・・あの・・・」
いいんですか?と沙利が問う。告白を無かったことにしなくていいのか、という問いだ。
「なんで? いいに決まってるじゃない」
お友達なのだから、なにも問題ないだろうと沙利にも自分にも自分にも言い聞かせる。
「・・・そっか」
沙利がほっとした表情をした。仄かに高揚した頬がまた一段と・・・
(可愛いすぎる・・・)
この瞬間、愼輔は覚悟を決めた。・・・勿論、犯罪者と後ろ指を指される覚悟ではなく、
(お友達から・・・5年でも6年でも待ってやる!!)
気の長ーーーーーい覚悟だった。


そして後日、
「え? オーナーの息子さんなの!?」
「うん。うち父子家庭だから、いつもご飯食べに行ってるの」
沙利がCafe礎にいつも来ている理由が明らかになり、
(オーナーに橋渡しなんて頼まなくってほんっっっっとうによかったーーーー!!)
危うく通報されかねないところだったと、愼輔は九死に一生を得た心地になるのだった。

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