子守唄は夜明けまで続く

sakaki

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子守歌は夜明けまで続く4

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就業時間。残りの仕事は持ち帰りにしてしまおうと、一臣はさっさと片付けを始めた。
昨日、一昨日は長々と残業をしていた所為か、部下達には今日も同じように残るに違いないと思われていたようで、なんだか意外そうな顔をされた。
「お前らも程々にして帰れ。過労で訴えられでもしたら骨だからな」
一臣なりのねぎらいの言葉をかけ、「お疲れさん」とその場を立ち去る。
部下達はあからさまにホッとした面持ちで各々も帰り支度を始めた。
昨日まで別段気に留めていなかったが、上司が長々と残業していたら部下達も残らざるを得ない雰囲気になるのかもしれない。立て込んだ時期でもないのに全員が残っていたのは一臣に気を遣ってのことだったようだ。
いつも以上にピリピリしていて部下に怯えられている、と真壁に言われたのを思い出した。


「みぃ~くぅ~らぁ~ちゃあ~~ん」
駐車場に向かおうと少し早足で歩いていると、遠くから緊張感のない大声に呼びかけられた。
社内で一目も二目も置かれている一臣に、こんなふざけた真似をするのは一人だけだ。
50メートルほど先に見える、黒地に蛍光黄色のラインの入ったジャケットに紫色の細身のパンツ、ギラギラ輝くラインストーンだらけの靴という、なんともトリッキーな服の男。真壁だ。
抱きつかんばかりの勢いで駆け寄ってきた。
「三倉ちゃんたらもう帰り-? ちょーど良かったぁ、キッコさんに買い出し頼まれちゃってぇ、車出してくれると助かるんだけど~」
そんなことを言いながら有無を言わさずに付いてくる。「ざけんな」「来んな」「寄るな」と散々に拒否しても、真壁には堪えない。一臣が根負けするまでグイグイ来るのだ。結局付き合う羽目になる。
駄目押しの一言はこれだ。
「もしかして、3日ぶりに八雲ちゃんに会えるからって早く帰りたくてしょーがないのかしらぁん?」
一臣は断じてそんなことはない、買い物くらい幾らでも付き合ってやると息巻いた。
八雲に早く会いたいなどと、例え軽口であっても認めるのはプライドが許さないのだ。


「あれ八雲ちゃんじゃない?」
ホームセンターで買い物を済ませて真壁宅に向かう途中、真壁が前方を指差した。
タイミング良く信号待ちになったので、一臣も真壁の示す先を見やる。そこには確かに八雲がいた。
車から降りたばかりのようだが、それが八雲には妙に不釣り合いな高級外車だ。高級といっても一臣の愛車の半値にも満たない程度だが。
しかも不釣り合いなのは車だけではない。
(なんだあの男・・・?)
「お連れさんかしらねぇ」
一臣の目元がピクリと動くのと合わせたように真壁が呟く。
スーツ姿の男が車のトランクから荷物を出して八雲に渡しているのだ。如何にも“旅行先から送ってきた”という様子で。
赤に近い茶髪は肩に付くほどの長さで、人好きのする笑みを浮かべている。実に軽薄そうな外見だが、恐らく八雲と同年代か、もしくは少し上くらいと見える。スーツはおそらくバーバリー・・・と、そこまで観察したところで残念ながら信号が変わった。

「随分といい男だったわね。なんだか八雲ちゃんとも親しげだったし」
車が走り出してからも振り返ってまで八雲と見知らぬ男を眺めていた真壁が言う。
「どういう関係なのかしら? 家族や親戚って感じじゃなかったわよねぇ~」
ニヤニヤしつつ一臣の反応を伺ってくるのが腹立たしい。
「も、し、か、し、て、里帰りなんて言いながら、あの人と旅行だったりしてね~」
「叩き出されてぇのか、てめぇ」
調子に乗る真壁に、一臣は凄みを効かせて言った。
「あ、あはは~。あ、そういえばこないだキッコさんがね~」
真壁はホールドアップの姿勢を取り、すぐさま話題を逸らした。一臣を怒らせたい訳ではないらしい。本気で叩き出されかねないと思ったからかもしれないが。
(確かに、血縁者って感じじゃなかったな)
男に笑いかける八雲を思い返し、一臣は眉を顰めた。



「お帰りなさい、三倉さん」
真壁を送り届けてからようやく家に着くと八雲が既に来ていた。あの男とはあの後すぐに別れたのだろうか。
「灰皿小まめに交換しなかったでしょう? テーブルの上灰が零れてましたよ。洗濯物も・・・」
早速とばかりに小言が始まる。
散らかし放題にしていたので無理もないが、どうやら八雲は来た早々に掃除をしていたらしい。
色々と物が積み上がっていたソファも片付いているし、煙草の灰や埃で薄ら汚れていたテーブルもピカピカに磨かれている。
洗濯機の回る音がしていると思ったら、風呂が沸いたと知らせるアラームが鳴った。
いつも通りだ。3日ぶりに、いつも通りの生活が戻ってきた。八雲いる生活が。
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