子守唄は夜明けまで続く

sakaki

文字の大きさ
6 / 12

子守歌は夜明けまで続く6

しおりを挟む
子守歌は夜明けまで続く⑥


弁当箱の蓋を開け、なんとなしに溜息をつく。
いつも通り色鮮やかな、栄養価の高そうな弁当だ。ただ違うのは、煮物が少なく、炒め物中心だということ。それからいつも必ず一つは入っているキャラ弁仕様のおかずがないこと。・・・まぁそれに関しては一臣としても喜ばしいことだが。
今朝弁当を届けにやって来た八雲は、少しばかり息を切らせていたように思う。一臣の出社時間に間に合うように急ぎ足で来たのだろう。
八雲がどうしてわざわざそんなことをしたのか、一臣には分からない。
昨夜は食事が終わり、片付け終わるなりそそくさと帰って行った。自分の家の掃除もしなければ落ち着かないからだとか、翌朝が古紙回収の日だからとか、確かそんな理由を付けていた。
泊まっていくことが常なので少し戸惑いはしたが、その一方で”やっぱりな”とも思った。昨日はずっと、八雲の様子がおかしかったからだ。
おかしいと言っても、明確な何かがあったということではない。何しろ八雲の真意が分からないのは今に始まったことではないから、単なる違和感程度のものだ。
言うなればまるで、一臣と一定の距離を保とうとしているような・・・・そんな感覚。
(あの男が、なんか関係あんのか・・・?)
八雲と一緒にいた長髪の男を思い出し、眉間にしわを寄せる。思い当たるとすればそのくらいだ。
気になることをそのままにしておくのは性分に合わないので、あの男については八雲には早々に尋ねてみた。とはいえ、「あの男はなんなんだ」「どういう関係なんだ」「二人で旅行だったんじゃないのか」などと問い詰めるようなみっともない真似をするのはそれこそ性分ではないので、ただ“見かけたから”とだけ伝えた。
これに対する八雲の答えは極々さらりとしたもので。「昔お世話になった人」だそうだ。帰りがけに偶然会って送って貰ったのだと。
動揺する様子もなく「声をかけてくれれば良かったのに」などと言ってのけたあたり、疚しいことは無さそうなのだが・・・
(「昔世話になった」ってのは、とどのつまり昔の男ってことじゃねぇのか・・・)
そんな考えが浮かべば否応なしに苛立ちが募る。
無意識に手元に力が入ってしまったようで、箸で摘んでいたゆで卵が粉砕されてしまった。
(そうだとしてもなんだってんだ・・・。俺には関係ねぇだろう)
バラバラになった黄身は諦め、白身だけを口に運ぶ。味気のないはずの固まりは、心境の所為か苦く感じた。胃のあたりがムカムカする。
仮に・・八雲とあの男が予想通りの関係だったとしても何を気にする必要があるのか。お互いに過去に何があってもおかしくない歳なのだ。一臣自身、これまで何人かは恋人と呼べるような相手がいたし、体だけの関係なら人数を把握できない程だし、形式だけだが妻だっていた。
だから八雲だとて、昔付き合っていた男がいようが何もおかしくない。至極当然のことだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だが、気になる。
気になるどころか、「ショックを受けている」と言っても過言ではない・・・・かもしれない。
(有り得ねぇ・・・・)
自分の感情ながら信じ難く、思わず頭を抱えた。
こんなことは初めてだ。今までは、相手に現在進行形の恋人がいようが、頻繁に不特定多数と関係を持っていようが、下手をすれば既婚かどうかすら気にしたことはない。ただその時の肉体的欲求が満たされればそれで良いのだ。相手のことになど興味はない。
だというのに、この様だ。こんな女々しく情けない気持ちが自分の内にあるとは知る由もなかった。・・・というか、できれば知りたくなかった。
(クソ・・・らしくねぇ)
八雲が絡むと、一臣はいつも通りの自分では居られない。悩んで、迷って、振り回される。
気分一つとっても八雲次第なのだ。決して認めたくはないが、八雲に依存している。如何に目を背けようとも、一臣の中での八雲の存在は大き過ぎて、自覚せざるを得ない。
一臣は深い溜息を漏らした。すっかり食欲が失せたので、まだ少し残っている弁当に蓋をする。
わざわざ届けに来た弁当を残されたと知れば、八雲は機嫌を損ねるだろうか。
いつもの笑顔で、思い切った嫌味をぶつけてくる八雲の姿が浮かんでくる。
(って、そもそも今日来るかも分からねぇじゃねぇか。知るか、クソが)
即座に八雲の反応を気にしてしまった自分に舌打ちをする。一臣の無意識の中でも八雲が増殖しているらしい。
いつも何も言わなくても、家に帰ると八雲がいて、掃除されていて、洗濯機の中身が消えていて、灰皿もまっさらになっていて、食事の支度が出来ている。
けれど、それが日常で無くなるような、そんな予感がする。昨日八雲に感じた違和感が、不信感になって募っていく。
もしかすると、八雲は一臣と別れるつもりなのだろうか。 別れて、あの男の元へ行くのだろうか。
(何だって俺が・・・こんな面倒臭ぇこと考えなきゃならねぇんだ・・・)
自らのあまりの悩みっぷりにまた苛立つ。自分で自分が鬱陶しい。
弁当箱を些か乱暴に鞄に仕舞い込んでいると、不意に携帯電話のバイブが震えた。八雲からのメールだ。
「『ごめんなさい。今日は遅くなるので、晩ご飯の準備が間に合いそうにありません。もし良ければ食事は済ませて帰って来て下さい』だって。八雲ちゃんってば律儀なのね~」
「!?」
メールの文面を目で追うのと同時に読み上げられ、慌てて振り返る。いつの間にか真壁が背後に立っていた。今日の服装はレインボーカラーのTシャツといつも通り派手だが、タイダイ染めなので幾分か目には優しい気がする。
「当然のように人の携帯覗き込んでんじゃねぇよ」
隠すようにして携帯を机に伏せ、ドスの利いた声で言った。
「早く返信しないの~? 『寂しいから早く帰ってきてね、ハニー』とか、『浮気が心配だから迎えに行くぜ☆』とかぁ」
真壁が悪びれるどころか妙な声色でメールの返事を代弁する。
「阿呆か」
一臣は呆れつつ、真壁の上から下まで色とりどりの刺繍の入ったジーンズに蹴りを入れた。
皮肉にも、“浮気が心配”などと嫌に的を得ているところが腹立たしい。“遅くなる”という文面を見て、咄嗟にあの男に会ってくるのだろうかと勘ぐってしまった。
(本っ当に・・・らしくねぇんだよ)
真壁に悟られない程度に溜息をつき、改めて携帯を手に取る。八雲への返信は一言、『了解』だけにした。
「やだやだ、随分と素っ気ないのねぇ~」
懲りもせず携帯を覗き込んで来た真壁がつまらなそうにぼやく。そうかと思えば、ぱっと明るい顔になり、一臣の袖を引いた。
「ねぇねぇ、八雲ちゃん遅くなるなら、久々にうちに来たらどう? キッコさんと3人で飲みましょうよぉ~」
酒盛りの誘い。酒豪の橘子はいつも良い酒を揃えているので、それも悪くはないのだが・・・
「いや、またにしよう」
一臣は首を振った。
「久々に、一人で店ぶらつくのも悪くねぇからな」
八雲に出会うまではそれが常だった。行きつけの店で食事をしていれば大抵は何人かに声を掛けられ、その中に好みの相手がいれば、それがその夜の相手になる。
後腐れなく、その場しのぎで、お互い深入りはしない。そういうのが丁度良いと感じる、それが嘗ての一臣らしさだ。
「久々に店って・・・ちょっとアンタ、まさか浮気でもするつもりなんじゃないでしょーね!?」
一臣の意図が読めたのか、真壁は些か青ざめた様子で一臣の肩を掴む。
「さぁな」
一臣はその手を払いのけ、冷たく言い放った。
真壁はまだなにか喚いているようだったが、無視して喫煙室に向かう。
(浮気なんぞで気が晴れるなら、幾らでもしてやるんだがな・・・)
自嘲気味に息を吐く。
残念ながら、何をするにも八雲の事ばかりちらついて浮気なんてことすら出来そうにない。何ものにも囚われる事のなかった嘗ての自分は何処に消え失せたのか。
一臣は握りしめていた携帯を鞄の中へ放り込んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結済】「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

人生はままならない

野埜乃のの
BL
「おまえとは番にならない」 結婚して迎えた初夜。彼はそう僕にそう告げた。 異世界オメガバース ツイノベです

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

ラピスラズリの福音

東雲
BL
*異世界ファンタジーBL* 特別な世界観も特殊な設定もありません。壮大な何かもありません。 幼馴染みの二人が遠回りをしながら、相思相愛の果てに結ばれるお話です。 金髪碧眼美形攻め×純朴一途筋肉受け 息をするように体の大きい子受けです。 珍しく年齢制限のないお話ですが、いつもの如く己の『好き』と性癖をたんと詰め込みました!

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

処理中です...