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演劇部活動記録・白雪姫が狙われた4

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いつもの文化祭とは違い、白雪祭では体育館の舞台は演劇部の白雪姫を皮切りに、使用を希望するクラス・部活で埋め尽くされているため、弱小軽音楽部の俺たちでは権利を勝ち取ることができなかった。

演劇部に吸収合併された後での権利争いだったら有利だったんだろうけど、今更そんなことを考えても仕方がない。

それに舞台こそ取れなかったとはいえ、弘大の根回しの甲斐もあって演奏できる場は何とか確保できた。

舞台じゃない分、集客は困難になるかもしれない。

けど、良い演奏をすればきっと大丈夫なはずだ。

そのためにも俺たちは急ピッチで練習をして、一刻も早く完璧に近い演奏に近づけなけらばならない。

だからこそ俺はこうして気合を入れてギターを弾いている訳で、決して一維が見学しているから張り切っているという訳ではない。・・・と思う。



「すごーい! やっぱりみんな本格的なんだね!」

初音合わせの演奏が終わるや否や、一維が感動しきりという風に拍手した。

俺は軽くにじんだ汗を拭いつつ、一維の方を見やる。

一維は目をキラキラさせてこちらを見ていて、目が合うと妙に照れ臭さを感じる。

ちょっとでもいいとこ見せられただろうかと思うと、いつも以上に高揚感を覚えた。

「一維がいるからって張り切っちゃって」

「うわっ!?」

背後からぼそりと弘大が呟き、俺は思わず仰け反る。

「べ、別にそう言うんじゃ・・」

「はいはいはい、精々俺に感謝してねー」

弘大は俺にろくに弁解もさせず、いつもの訳知り顔で俺の肩を叩いた。

そうなんだよな・・・仲直りできた後・・・いや、仲直りさせてもらった後、一維に“せっかくだからちょっと見学していけば?”と提案したのは弘大だ。

“海斗がかっこいいのなんてギター弾いてる時だけなんだから”なんていう失礼なことまで言ってくれたが・・・。

今も一維と楽しそうに話しているが、一体何を吹き込んでるのか・・・。



――――――ガララッ!



「陣野君、大変だよ!!」

勢いよく多目的室の扉が開けられ、血相を変えた演劇部員が飛び込んできた。

そのただ事でない様子に、呼ばれた弘大と一緒に話していた一維、楽譜を眺めながら談笑していたらしい鈴花と淳也も一斉に注目した。

「部室が荒らされてるんだ。誰もいない間に入られたみたいで・・」

演劇部員は青白い顔で状況を伝えてる。

その状況の所為でってのも勿論なんだろうけど、それ以上に弘大がいない間にこんなことになってしまったというのに顔面蒼白になってる気がするのは俺の気の所為ではないだろう。

「大道具とか小道具とかは、持ち出して作業してたから無事なんだけど・・・あの・・皆の荷物が・・」

弘大の眼光が鋭くなるにつれ、演劇部員は言葉に詰まる。

そんな様子を見ながら、弘大は呆れたように溜息を付いた。舌打ちもおまけに。

「現場に行こう。海斗たちも、練習中断して来てくれる?」

ピリピリとしたムードを纏いながら弘大が言う。

俺たちは無条件に頷いた。





演劇部室に戻ると、部員の言う通り、全員の鞄がめちゃくちゃに荒らされていた。

空き巣に入られた後・・・そんな感じだ。

「財布とか貴重品は? 」

俺と同じ感想を抱いたらしい弘大が尋ねる。

一番間近にいた女子生徒がかぶりを振った。

「無事です。ただ・・・」

言いづらそうに俯く。その代わりに、その子の隣にいたがり勉っぽい男子生徒が続けた。

「台本が盗まれてます。全員分」

「台本? なんでわざわざ・・・」

深刻そうな演劇部員の中から一人間抜けな声が響く。淳也だ。

けど確かに・・・俺も密かに同じ感想を抱いてしまった。

「まずいな・・・」

弘大が呟く。口元に手を当て、思い切り眉を顰めている。

俺や弘大がぽかんとしたままでいると、焦れたように説明してくれた。

「各々の台本には持ち主の名前と、役柄が書いてある。つまり、台本を盗んだ奴には誰が何の役なのかがバレるってこと」

「そっか! ってことは、やっぱこれも文化祭の怪人の仕業なんだな」

合点がいったという風に淳也が手を叩く。

「じゃあ、また今までみたいに白雪姫役が狙われるんじゃ・・・」

言ってしまった後で、ハッとして口を塞いでる。淳也は悪気はないんだよな、ちょっと考えなしに喋るってだけで。

淳也の言葉を皮切りに、演劇部員たちが益々ざわつき始めた。

弘大は淳也を一発叩いた後で、珍しく不安そうな表情を向ける。その視線の先を辿ると・・・

「一維・・・?」

俺が思わず呟く。

一維は誰よりも真っ青な顔をしていた。

「まさか・・・一維が白雪姫なのか?」

恐る恐る尋ねてみる。一維は俺の方に顔を向けただけで、頷きはしない。

けど、その震える瞳が何よりの肯定になっているように思えた。







***





翌朝。俺はまたも服飾科の入り口にいた。

“文化祭の怪人”に一維が白雪姫だと知られた以上、一維に危害を加える可能性はあまりにも高い。

だから今朝だって無事に登校して来れるか、心配で心配で溜まらないのは当然のことだろう。

別に他意はなくとも、同じ部活の仲間として当たり前。

昨日の帰りは確か、弘大と一緒に文化祭実行委員顧問である御剣に送り届けてもらったはずだ。だから帰り道は安全だったとして、あとは登校中と学校にいる間が危ない。

まだ来てねぇし・・・大丈夫かな?

いっそ学校を休んでいてくれた方が安心なんだろうけど、そうもいかねぇだろうしな・・・。



「何やってんの、海斗」

「うわっ!?」

突然声をかけられて仰け反る。相も変わらずわざわざ気配を消して忍び寄ってきたのは弘大だ。それと・・・

「おはよう、海斗」

弘大の後ろでニッコリ笑ってる一維。一緒に登校してきたらしい。

良かった・・・無事だったんだな。

とりあえずは元気そうな姿に胸をなで下ろす。

そんな俺の様子を見やり、弘大は片眉を上げた。

「待ち伏せとかしてすっかりストーカーが板についてきたね」

「なっ!? ひ、人聞きの悪い言い方すんなよ」

弘大のあんまりな物言いに愕然とする俺・・・。

「俺はただ、一維のことが・・・」

“心配で”なんて思わず本音を口走りそうにになって、慌てて口をつぐんだ。

幸い一維には聞こえなかったようできょとんとした顔をしてる。

「そんなに心配なら海斗が登下校の送り迎えまでしてあげればいいのに」

弘大が呆れたように“素直じゃないんだから”などと溜息をもらす。



そんなことできならとっくにやってるっつーの。

ナイーブな俺には自分からそんな提案するなんて出来ないんだよ。

俺がブツブツ聞こえない程度の文句を言っていると、弘大はふいっと顔を背けた。

・・・というより、一維の様子を伺った。

一維は靴箱を空けたまま、微動だにしていない。

「一維? どうしたの?」

弘大が一維の顔を覗き込む。

俺も弘大に続いて一維のすぐ後ろまで行ってみると、すぐに靴箱の中の惨状に気付いた。

一維の上履きが切り裂かれていた。衣装の時と同じようにボロボロだ。

そしてさらに、犯人からの置手紙まであった。

“シラユキヒメ ハ キミ ジャナイ。 シラユキヒメ ハ タダヒトリ。 ボク ノ シラユキヒメ ダケ。”

真っ白な紙に、ただその一行だけが書かれている。

「一維、大丈夫?」

弘大が少しだけ焦ったような声で呼ぶ。一維は昨日見た顔と同じように、真っ青になっていた。

「弘大く~ん、海ちゃ~ん、どうしたの~?」

場の空気を壊すような間延びした声が響く。たった今登校してきたばかりらしい鈴花だ。

「鈴花、丁度良かった。一維と一緒に購買行って来てくれる? この有様だから、とりあえず上履き新調しないと」

弘大が未だ状況も読み込めていない鈴花にテキパキと指示する。放心状態の一維に来客用スリッパまで履かせて。

そして二人を見送ると、打って変ったピリピリした雰囲気を纏ってから俺の方を振り返った。

「職員室行くから付き合って。せっかく犯人からご丁寧な手がかり貰ったんだから、上の指示を仰ごうじゃないの」

言いながら、犯人からの手紙を握り潰してボロボロの上履きだったものをゴミ箱に叩き付ける。

怒りを露わにするのはわかるけど、そこまで殺気立たれると俺まで怖いって・・・。

とはいえ、確かにここまで一維を不安にさせる犯人は俺としても許せない。俺は素直に弘大に従うことにした。





職員室に行ってみると、丁度いいところに文化祭実行委員顧問が二人、雁首揃えて話しているところだった。

一人は御剣、もう一人は社会科担当の宇佐美だ。神経質そうに眼鏡を押し上げる顔も、何かにつけて俺や淳也を目の敵にしてる感じもどうにも苦手なんだけど・・・今はそんなこと言ってる場合じゃねーしな。

弘大には勿論苦手意識や畏怖などは微塵もないようで、ズカズカと二人の前まで歩み寄ると件の手紙を目前に押し付けた。

少し面食らった様子だった御剣も、その文面を見て状況を理解したようだ。

弘大が簡潔にさっきの事件を説明し、そして眼鏡の奥の瞳をギラリと光らせた。

「この手紙見て、何か思い当たることないですか? 例えば白雪姫候補に名前が挙がってたけどなれなかった人とか、もしくはその熱烈な支援者とか」

真剣な声色で問いかける。

なるほど、手紙の文面は『白雪姫は君じゃない。白雪姫はただ一人。僕の白雪姫だけ』

ってことは、犯人は一維や今まで白雪姫に選ばれてた奴らじゃなくて自分の推してる奴じゃなきゃダメだって言いたいってことだもんな。

確か白雪姫は自薦・他薦で、選んでたのは文化祭実行委員のはずだ。

それなら犯人が一気にわかるんじゃ・・・

「残念だけど・・・思い当たるような奴はいねぇな」

俺の期待むなしく、御剣が眉を顰めて言った。

「熱烈な支援者がいるっていやあ有栖川くらいだ。けど、被害に合ってるとこから見るとそうじゃねぇ」

「落選した者も多いとはいえ、実際のところどの候補者もミスコン代わりに立候補していただけで、白雪姫に執着がある訳ではなかった。騒ぎが起きてからは寧ろなりたがらない者ばかりだったしな」

宇佐美も御剣の意見に同意するように続けた。

仕方ないといえば仕方ないんだろうけど、思った以上の収穫のなさに弘大は俯く。俺も所在なく髪をかき上げた。

「今年に限ったことでなければ・・・こんな真似をしそうな輩は山のようにいたがな」

ポツリと、宇佐美が言う。

その言葉に、弘大も俺もこれでもかというほど反応を示した。

「どういうことだ・・・ですか、宇佐美先生」

弘大に代わり俺が尋ねる。

宇佐美は眉を顰め―――といってもいつもとは少し違った、困ったような顔だ―――続けた。

「先代の白雪姫の時は、支援者がただ事じゃなかったからな」

「ありゃ支援者じゃなくて単なるストーカーっつーんだよ」

間髪入れずに御剣が苦々しく言う。

先代の白雪姫ってことは、6年前の白雪祭の時ってことだ。御剣も宇佐美も、その時は生徒として白雪祭に参加していたらしい。

「そんなにすごかったの? 先代の白雪姫って」

弘大が眉を顰めたままで尋ねる。

宇佐美と御剣はいったん顔を見合わせて、お互いに“お前が言え”と言っているような表情をした後で、結局宇佐美が答えた。

「綾華先生だ」

「「えっ?」」

思いがけないほど身近な人物に、今度は俺と弘大が顔を見合わせることになった。





職員室を出て弘大と別れた俺は、遅刻確実だと思いながらものんびりとした足取りで教室へ向かっていた。

途中には保健室がある。俺は宇佐美や御剣の言っていた先代の白雪姫について考えていた。

綾華先生といえば、二学期からの新任早々何かと話題に上っているから、保健室にはとんと縁のない俺ですらよく知ってる。

綾華先生に告って完膚なきまでにフラれた男はこのわずか数か月の間に数知れず・・・“難攻不落”なんだそうだ。

「・・あ・・」

噂をすればというべきか、丁度保健室から綾華先生が出てきた。

「おはようございます。三島君」

目を細めてふわりと微笑む。

「お、おはようゴザイマス・・」

なるほど確かに白雪姫の恰好は似合いそうだ・・・なんて想像してしまい、俺はばつの悪い心地がしながら頭を下げた。

視線を下げると、保健室の扉の前に置かれている植木鉢が目に入った。なんでこんなところに? 

「これ・・・誰かがプレゼントしてくれているみたいなんですけど、毎週のように置いてあるからどんどん増えてきちゃって・・・」

俺の疑問に答えるように綾華先生が呟く。

保健室の中を覗いてみると、その言葉通り揃いの白い鉢植えが幾つか並べられていた。

植えてあるのは全部同じ青い花だ。

「なんて花なんスか?」

なんとなくの興味本位で聞いてみる。花の名前なんかヒマワリくらいしか知らねーし。

「これはりんどうですよ」

綾華先生はまたゆっくりと微笑む。

タイミングよくチャイムが鳴って、遅刻決定。俺は慌てて走り出した。





***



のんびりしている担任のじーさんのおかげで何とか遅刻にならなかった俺とは違い、隣の席の淳也が登校してきたのは午前中の授業が終わった後だった。

しかも何やらその手には新聞紙に包まったいっぱいの草が持たれている。

「おい、なんだよ? その雑草」

「雑草じゃねーし! なずなっつーんだよ。なずな!!」

怪訝な顔で俺が尋ねると、淳也はかなり憮然として答えた。そしていそいそと包装紙で花束めいたものを作り始める。

「今日からアリスが学校出てくるらしいからよ、花束土産に会いに行くんだぜ!」

意外にも器用に手先を動かしながら、気合十分に理由を述べる。

俺は改めて首をひねった。

「花束って、どう見ても雑草じゃん。どうせならもっとちゃんとした花の方が・・」

そんなに金がねーのかよ。そう思っていると淳也はふふんっと得意げに鼻を鳴らした。

「これだからロマンのねー奴は困るぜ」

大げさに肩を竦め、めいっぱい勿体ぶった後で言う。

「なずなの花言葉はなぁ、『あなたにすべてを捧げます』なんだよ」

“参ったか”とでも言いたげに胸を張る淳也。

「カンッペキに俺の気持ちを表してるだろ?」

「お、お前って意外とロマンチストなんだな・・・」

はっきり言ってキモい。・・・が、俺は気遣いのできる奴なので、本音を飲み込んでやった。

弘大なら臆面もなくきっぱりと“馬鹿じゃないの?”と言っているところだろう。



「花言葉・・か」

そのフレーズを聞いて、俺はふと思いついたことがあった。

綾華先生のあの植木鉢。もしかして花言葉になんか深い意味があったりして。

「えーっと・・・」

たしか、りんどうの花だって言ってたよな。

スマホを取り出し、『りんどう 花言葉』で検索。

真っ先に出てきたのはまったくもってピンと来ない、『正義』という言葉だった。

「やっぱ考えすぎなのか・・・」

独り言をぽつぽつと呟きながら、さらに画面の文字を読み進めていく。どうやら花言葉というのは一つの花に一つだけというわけではないらしい。

俺がそうしている間にも、淳也の花束はちゃくちゃくと完成に近づいているようだ。

今は何とも乙女チックなピンク色のリボンを結んでいる。しかもそれでもまだ足りないというように、薄透明のリボンやラメの入ったリボンなども準備している。

どんどん乙女度が高くなっていくそれと普段の淳也とのイメージ格差に思わず噴き出した。

「お・・」

視線をスマホに戻すと、一番それらしいのが見つかった。



『悲しい愛情』『悲しみに暮れるあなたが好き』



朝話したばかりの綾華先生を思い返す。

別段悲しげな印象は感じられない。“難攻不落”なんて噂されるくらいだから、どっちかといえば強いイメージがあって儚げって感じもしねーし・・・。

やっぱり花言葉なんて関係ないのだろうか。

花言葉なんて乙女チックなもん気にするのは淳也くらいか・・・。

空振りに肩を落とし、再び淳也に目をやる。

透明にレース柄の包装紙に包まれ、少しずつ色合いの違うピンクのリボンに飾られたなかなか御大層な花束が出来上がっていた。

参考までに『なずな』も検索してみると、別名ぺんぺん草。

やっぱ雑草なんじゃねーか・・・。





購買にパンを買いに行った帰り道、俺は商業科の校舎に来ていた。

愛しのアリスに花束を渡すんだと息巻いているくせに、一人じゃ心細いなんて弱気なことをいう淳也の付き添いだ。

アリスの人気は流石なようで、淳也みたいな輩がかなりの数群がってる。廊下からじゃその姿もよく見えないくらいだ。

「よ、よし! じゃあ行ってくるぜ!!」

喧嘩を始める時のように気合を入れてから、満を持して淳也は人混みの中へ入っていった。

“行って来る”と言われた俺は、どうやらここで待たなければならないらしい。

入試が終わるまで控室で待たされてる保護者みたいな気分だ。・・・もっとも、俺にそこまでの思い入れはないが。



あの大群をかき分けて花束一つ渡すのも結構大変だろう。

多少の時間が掛かることを覚悟した俺は、さっき買ったばかりのメロンパンを取り出した。

淳也に付き合わされたおかげで昼飯を食いっぱぐれるのは冗談じゃねーし。

うちの学校にしては比較的女子の多い(とはいえ共学の割にはやはり少ないんだけど)、商業科の見慣れない風景を見ながらパンを頬張る。

不意に、通り過ぎていった奴らの中でとてもじゃないが無視できない会話が聞こえた。

―――また白雪姫が怪我したらしいよ。―――

―――今保健室だって。やっぱ白雪姫の呪いじゃん。怖いよね―――

咄嗟に振り返ったが、どのグループの話だったのかは今更分からない。

けど確かに聞こえた。また白雪姫が・・・一維が怪我したって。

俺は自分でもサッと血の気が引くのを感じながら、一目散に保健室へと走りだした。





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