41 / 88
そのとき、ヒューゴは
しおりを挟む
ヒューゴは確かに、一連の事件についてニコライに報告をした。
文書での報せは、専ら伝書鳩である。何故なら、その方が早いからだ。
そう、早い。
だが、しかし――――
「お帰りが早すぎませんか」
夜が明けて、まだ間もない頃。ヒューゴは、玄関に立つ己の主、ニコライを呆れを含んだ眼差しで見つめていた。
昨日の今朝である。ニコライは魔法騎士団の制服のままだ。報せを受け、そのまま夜通し早馬を走らせたとみえる。
「フィオラ嬢はぴんぴんしているとお伝えしたつもりだったのですが?」
「そういう問題じゃない」
明らかに不機嫌なニコライは、外套を脱ぐとヒューゴに押し付けた。
ニコライは、そのままキンバリーのところへ向かうつもりなのか、何も言わずにずんずん歩いて行ってしまう。
じゃあ、どういう問題なんだ。と、言いたい気持ちを抑え、ヒューゴは外套を受け取りながらニコライを追い掛けた。
「夜中に馬を走らせるなど……危険ですからお止め下さい」
それでも、言うことは言わなければならない。
ニコライに合わせ早足で歩くヒューゴは、目の前を歩く主人に向かって苦言を呈した。
「常に明かりを灯していたから問題はない。馬も休ませながらだったしな」
ヒューゴにしてみたら、それこそ「そういう問題じゃない」なのだが、きっと何を言ったとしても、今は右から左なのだろう。ヒューゴは黙った。
「キンバリーは今、何をしている?」
「何って……寝ているのではないですか」
留置しているとはいえ、拷問しているわけでもなんでもない。それは普通に寝ているだろうと思われる。
そう。普通であれば、まだ寝ていてもおかしくない時間なのだ。
「俺の人選が間違っていたのか……?」
無意識なのか、ニコライが誰に言うでもなく呟いている。特に返事は求めていないのだろうが、ヒューゴは溜め息と共に口を開いた。
「聴き取りによると、キンバリーは『団長の為』を繰り返しているようです」
伝えたのは報告書に書いたそのままだったが、ニコライは立ち止まり振り返った。その眉間には深く皺が寄せられている。
「……どの辺りが『俺の為』なんだ」
「そう、言われましても」
「キンバリーの背後に、誰かいると思うか?」
「………」
フィオラを迎えるに当たって、人選はかなり精査したはずだった。偏見を持たず、尚且つ忠義に厚い者。
傍目からすると、キンバリーはその中でも群を抜いてニコライに心酔していたように見えていたが、キンバリーの心の内までは分からない。
「フィオラ嬢に害なすよう、キンバリーを唆した者がいるとお考えですか?」
「……分からん」
「それは……誰得なんです?」
「………」
ニコライは難しい顔で押し黙った。
「単純に考えれば、公爵家の夫人の座を狙っている者。と、なりますが……」
前公爵の不正の件でボレアス家は社交界では遠巻きにされている。
実際には、ニコライが宰相補佐を辞した時点で令嬢たちからは遠巻きにされていた気がする。
それは、そうだ。見目は良いが、将来の有望株が突然の転職。 そんな、先がどうなるか分からない者に娘を嫁がせようという家門は少ない。
それでも、最近の旦那様の活躍を見れば、可能性としては無くはないのか……?
何と言っても、公爵家である。
しかし今のところ、ニコライへの婚約の打診などはなかった。現時点で、フィオラを傷つけて得をするような家門に思い当たる節はない。
「とにかく。直接キンバリーに問い質すしかないな」
ニコライは、再び歩き出した。
どうあっても、今すぐ問い質したいらしい。
誰が聴取しようと、同じな気がするのですが……。
それにしても、ここまでニコライを突き動かすものは何なのか。
遠い目をしたヒューゴの脳裏にフィオラの顔が過る。
いや、いや、いや……
ヒューゴは瞬時に頭を振り、脳裏に過ぎったフィオラの姿を打ち消すと、休息を挟む気のない主の背中を追った。
文書での報せは、専ら伝書鳩である。何故なら、その方が早いからだ。
そう、早い。
だが、しかし――――
「お帰りが早すぎませんか」
夜が明けて、まだ間もない頃。ヒューゴは、玄関に立つ己の主、ニコライを呆れを含んだ眼差しで見つめていた。
昨日の今朝である。ニコライは魔法騎士団の制服のままだ。報せを受け、そのまま夜通し早馬を走らせたとみえる。
「フィオラ嬢はぴんぴんしているとお伝えしたつもりだったのですが?」
「そういう問題じゃない」
明らかに不機嫌なニコライは、外套を脱ぐとヒューゴに押し付けた。
ニコライは、そのままキンバリーのところへ向かうつもりなのか、何も言わずにずんずん歩いて行ってしまう。
じゃあ、どういう問題なんだ。と、言いたい気持ちを抑え、ヒューゴは外套を受け取りながらニコライを追い掛けた。
「夜中に馬を走らせるなど……危険ですからお止め下さい」
それでも、言うことは言わなければならない。
ニコライに合わせ早足で歩くヒューゴは、目の前を歩く主人に向かって苦言を呈した。
「常に明かりを灯していたから問題はない。馬も休ませながらだったしな」
ヒューゴにしてみたら、それこそ「そういう問題じゃない」なのだが、きっと何を言ったとしても、今は右から左なのだろう。ヒューゴは黙った。
「キンバリーは今、何をしている?」
「何って……寝ているのではないですか」
留置しているとはいえ、拷問しているわけでもなんでもない。それは普通に寝ているだろうと思われる。
そう。普通であれば、まだ寝ていてもおかしくない時間なのだ。
「俺の人選が間違っていたのか……?」
無意識なのか、ニコライが誰に言うでもなく呟いている。特に返事は求めていないのだろうが、ヒューゴは溜め息と共に口を開いた。
「聴き取りによると、キンバリーは『団長の為』を繰り返しているようです」
伝えたのは報告書に書いたそのままだったが、ニコライは立ち止まり振り返った。その眉間には深く皺が寄せられている。
「……どの辺りが『俺の為』なんだ」
「そう、言われましても」
「キンバリーの背後に、誰かいると思うか?」
「………」
フィオラを迎えるに当たって、人選はかなり精査したはずだった。偏見を持たず、尚且つ忠義に厚い者。
傍目からすると、キンバリーはその中でも群を抜いてニコライに心酔していたように見えていたが、キンバリーの心の内までは分からない。
「フィオラ嬢に害なすよう、キンバリーを唆した者がいるとお考えですか?」
「……分からん」
「それは……誰得なんです?」
「………」
ニコライは難しい顔で押し黙った。
「単純に考えれば、公爵家の夫人の座を狙っている者。と、なりますが……」
前公爵の不正の件でボレアス家は社交界では遠巻きにされている。
実際には、ニコライが宰相補佐を辞した時点で令嬢たちからは遠巻きにされていた気がする。
それは、そうだ。見目は良いが、将来の有望株が突然の転職。 そんな、先がどうなるか分からない者に娘を嫁がせようという家門は少ない。
それでも、最近の旦那様の活躍を見れば、可能性としては無くはないのか……?
何と言っても、公爵家である。
しかし今のところ、ニコライへの婚約の打診などはなかった。現時点で、フィオラを傷つけて得をするような家門に思い当たる節はない。
「とにかく。直接キンバリーに問い質すしかないな」
ニコライは、再び歩き出した。
どうあっても、今すぐ問い質したいらしい。
誰が聴取しようと、同じな気がするのですが……。
それにしても、ここまでニコライを突き動かすものは何なのか。
遠い目をしたヒューゴの脳裏にフィオラの顔が過る。
いや、いや、いや……
ヒューゴは瞬時に頭を振り、脳裏に過ぎったフィオラの姿を打ち消すと、休息を挟む気のない主の背中を追った。
10
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
底無しポーターは端倪すべからざる
さいわ りゅう
ファンタジー
運び屋(ポーター)のルカ・ブライオンは、冒険者パーティーを追放された。ーーが、正直痛くも痒くもなかった。何故なら仕方なく同行していただけだから。
ルカの魔法適正は、運び屋(ポーター)に適した収納系魔法のみ。
攻撃系魔法の適正は皆無だけれど、なんなら独りで魔窟(ダンジョン)にだって潜れる、ちょっと底無しで少し底知れない運び屋(ポーター)。
そんなルカの日常と、ときどき魔窟(ダンジョン)と周囲の人達のお話。
※タグの「恋愛要素あり」は年の差恋愛です。
※ごくまれに残酷描写を含みます。
※【小説家になろう】様にも掲載しています。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
【短編】婚約破棄?「喜んで!」食い気味に答えたら陛下に泣きつかれたけど、知らんがな
みねバイヤーン
恋愛
「タリーシャ・オーデリンド、そなたとの婚約を破棄す」「喜んで!」
タリーシャが食い気味で答えると、あと一歩で間に合わなかった陛下が、会場の入口で「ああー」と言いながら膝から崩れ落ちた。田舎領地で育ったタリーシャ子爵令嬢が、ヴィシャール第一王子殿下の婚約者に決まったとき、王国は揺れた。王子は荒ぶった。あんな少年のように色気のない体の女はいやだと。タリーシャは密かに陛下と約束を交わした。卒業式までに王子が婚約破棄を望めば、婚約は白紙に戻すと。田舎でのびのび暮らしたいタリーシャと、タリーシャをどうしても王妃にしたい陛下との熾烈を極めた攻防が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる