まさかのヒロイン!? 本当に私でいいんですか?

つつ

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Ⅰ ここはどこ? 私は誰?

5. とりあえず記憶喪失ってことで

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 馬車で一ヶ月近く。王都のベルネーゼ侯爵家に到着した。

 私――というかミュリエルは八歳まで領地のお屋敷にいて、それから十四歳で家出をするまでの六年間、この王都のお屋敷で暮らしていたらしい。
 王都のお屋敷はやや規模が小さいと聞かされていたのだけれど、とんでもない。まるでお城と言っても差し支えないほどの豪邸だった。

 馬車を降りれば室内へと迎え入れられる。
 象牙色っぽい石張りの床のロビー。ライン状に敷かれた絨毯は落ち着きのある瑠璃紺。
 そこに、まるでオペラの舞台であるかのように立ち並ぶお仕着せ姿の使用人と、主役の舞台俳優――にしか見えない、銀の長髪を束ねた長身の男性。その隣りに並ぶのは、これまた舞台女優がごとき美しさの女性。かなり色素の薄いプラチナブロンドの髪を持ち、シンプルだけどたぶん質がいいだろうドレスを着て、優雅な足取りで近づいてくる。

「お帰りなさい、ミュリエル。待っていたわ」
「よく、帰ってきた」

 両手を広げる侯爵様(たぶん)と期待の眼差しで見つめる侯爵夫人(たぶん)。

 動けずにいると、気まずい沈黙が落ちた。本来であれば感動の再会だったはずだ。侯爵様の胸に飛び込み、無事を喜び合ったに違いない、けれど。
 視線を伏せている使用人たちの意識もこちらに向けられているようだった。期待を裏切って申し訳ないけれど、まだ、自分がミュリエルであることを受け入れきれていない。仕方ないと思ってもらうしかなかった。

「冗談はよしてくれ、ミュリエル! まさか、本当に、この父がわからないと申すのか」
「まあ、ミュリエル。困った子。お母様のこともわかりませんの?」

 ええ、わかりませんとも。
 心の中で一人ツッコみ、視線をそらす。

 どうやらお二人が、ミュリエルの――私の両親で間違いないようだった。


 現在の私は十五歳(になったところ)。
 移動中に聞いた話によると、どうやらミュリエルは丸一年、侯爵家の捜索から逃げきっていたようだ。
 となると、がぜん、ミュリエルという少女がどんな少女だったのか気になった。
 お嬢様であるから最初は自分のこともできなかっただろう。それを思えば、相当な根性と行動力があっただろうことは想像に難くなかった。

 けれど、そういった話を聞いてもなお、何も思い出せなかったので、今は記憶喪失ということになっている。
 侯爵様たちにも先に連絡がいっていたはずだ。ただ、聞いていても信じられなくて、わずかな可能性にすがって今を迎えた、ということなのだろうけれど――結果はこのとおりだった。



「――しかし参ったな」

 場所を移しての談話室。ふっかふかのソファーに腰を下ろして、紅茶と甘いお菓子をいただき始めると、侯爵様が深いため息をつかれた。
 ついさっきまで食べろ食べろ攻撃をしていたというのに、一転、かなり苦悩に満ちた表情になっている。そんな侯爵様を見て、夫人も眉をハの字にした。

「そうですわね。もう時間もあまりないといいますのに。どういたしましょう」
「あぁ、本当に。まったくどうしたものか……」

 何度も繰り返される二人の悩ましげな言葉。私はだんだんと顔を引きつらせていった。

 これはわざと? わざとなの? いや、わざとでしょう!

 私はぴくぴくする口の端を必死に抑えながら、二人が望んでいるだろう言葉を口にする。

「え、ええと……どうかしたのですか? 侯…いえ、お父様、お母様」

 うぅ、聞いてしまった……。聞いてしまったよ。どう考えても厄介事でしかないだろうに。
 というか、口! 口がもげる!
 お父様、お母様って何!? 生まれてこのかた二十四年、一度たりとも親をそんなふうに呼んだことなんてないのに。
 だいたい、お父様っていうより侯爵様って感じなんだよね。キツイなぁ。でもこれ、やっぱり慣れなきゃだよね……?

 などと盛大に脱線しているうちに、侯爵様の話は始まっていた。

「ミュリエル、お前はもう十五だろう?」
「えぇ、そうみたいですね」
「……つまりはそういうことだ」

 いやいやいや、だからわからないってば。
 十五歳だから何だっていうの? もったいぶらずに言ってほしい。

「ええと?」

 ちょこんと首を傾げて見せれば、侯爵様はさらに意気消沈した様子になる。

「それも覚えていないのか……。十五といえば、社交界デビューの歳だろう? つまり、お前の社交界デビューが来月にあるのだ」
「しゃ……」

 社交界デビュー!?

 
 
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