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あすかがスーツの力を借りてものすごい勢いで駆け出し、時には華麗な腹滑りをも駆使して移動すること、約三十分。探し求めていたペンギンたちの生息地は、思いの外簡単に見つかった。
出発地である船からは高い丘陵でちょうど遮られて見えなかったのだが、少し回り込むだけでそこには見渡す限りのペンギンの一大コロニーがあったのだ。
眼前に広がるは、周りを小高い丘に囲まれた広い盆地。他に遮るものがないため、その楽園の光景の隅々までもが視覚を占領する。
一面真っ白の雪原ゆえに細かい起伏はわかりにくいが、彼らがよく通るであろう場所は丹念に踏み慣らされてまるで『街道』のよう。
道に接するようにずらりと並んでいるのは、雪塊を積み上げてやんわりと形作られた、無数の『区画』。建物こそないが、それぞれの分けられた場所でペンギンたち各々の様々な生活模様がはっきりと見てとれる。
あるモノは『家族』と共に賑やかな食事を楽しみ。
あるモノは嘴を突き合わせて何かを真剣に話し合い。
あるモノは翼と翼を重ねて仲睦まじく身を寄せ合い――
確かにペンギンの中には巣作りをする種もいるが、それとは全く次元が違う。人間であるあすかから見ても、これはもう十分『町』のように感じた。
本来ならばあすかを興奮させ再びの突撃に誘うはずであろうが、想像以上の景色が彼女から言葉を失わせ、凍り付いたかのようにピタリと足を止まらせた。
そしてすぐさま、かつてないほどの感動がこみ上げてきた。
「すごい……すごいすごいすごい、すっごーい!なにこれやばっ、もう町じゃん!」
震える足でゆっくりと近づきおそらく町の入り口であろう場所に立つと、さらに臨場感を持って町の空気を感じることが出来た。そこら中から聞こえてくる楽し気なペンギンたちの声、無数のすり足が雪を踏み均し氷を割る音、時折吹く風で舞い上がる雪煙と混じる微かな魚と潮の匂い。どれもこれもが新鮮で、五感いっぱいで至福を感じさせられた。
やはりと言うべきか文字の文化は無いようで、案内のようなものはどこにも見当たらない。住民であれば案内をする必要が無いとか、ペンギンならではの方法で識別しているとか、色々と想像はできるが正解を知る術はない。
となれば、よそ者のあすかとしては、あてずっぽうに歩いてみる他ない。
お上りさんよろしく「ほへー」と間抜けな声を漏らしながら、キョロキョロと左右を見ながら歩いていると――
「うがっ!」
「クエッ⁉」
ドンと衝撃を受けて、あすかは尻餅をついてしまう。
慌てて前を見ると、そこには同じように転んだ様子の1羽のコウテイペンギン。周りに比べると少々小柄の個体に見えた。
どうやら、あすかがよそ見歩きをしていたせいでぶつかってしまったようだ。
「あの……大丈夫?というか、言葉通じる、かな?」
あすかが恐る恐る声をかけ、翼を差し出す。その様子をしばし不審げに見つめてから、相手のペンギンはするりと立ち上がる。
「えーっと、別のところから来た子、かな?」
「あ、えっとうん。そうなんだよね!ごめんなさい、ついよそ見をしてしまって」
「見たことない顔だし、聞き慣れない訛りがあるから……でもそっか。ううん、ボクもぼーっとしてたから、大丈夫だよ」
ペンギン語翻訳は見事に機能しているようで、問題なくコミュニケーションが取れていることに一安心するあすか。
日下教授にも訛りを指摘されたことを思い出し、次からはアドバイス通り伸ばし気味に喋ろうと心に決めて、嘴をさする目の前のペンギンにぐいっと顔を寄せて迫る。
思い立ったが吉日。何においても、あすかは心に決めたら即行動が信条なのだ。
「あのねっ!これも何かの縁だと思うからあなたにお願いしちゃうんだけど、もし良かったら今からココを案内して貰えないかな?」
「えぇっ?!と、唐突だなぁ。って、か、顔近いからっ!」
目の前のペンギンの初々しい反応に、あすかはむしろ飛びついて撫でまわしたくなる衝動を何とか必死で抑えて、一歩下がった。今のところ、多少は困惑はしていそうなものの、少なくとも悪印象は与えていなさそうである。
雰囲気でも笑顔は伝えられると思っているあすかは、スーツの内側で心からの満面の笑みを広げ明るいトーンで話しかけていく。
「あっごめん。でもなんか分からないけど、仲良くなれそうな気がして嬉しくて、ね!」
「ボクが?そんなこと、初めて言われたよ。キミはえっと……『ハグレ』さんなのかな?理由は聞かないけどさ」
「ハグレ?」
覚えのない言葉にあすかが首を傾げると、ペンギンは嫌がる様子もなく教えてくれる。あえて理由を聞かないと加えるあたり優しく親切な性格がにじみ出ていて、あすかとしてはますます好感が持てる人鳥物だと感じた。
「ソッチだと何て言うのか知らないけど、群れから離れて生活している子のことだよ。連れがいるようにも見えないし、そうなのかなって」
生活様式こそすでに想定と違っていそうだが、事前の学習通りに群れ単位での営みが基本のようだ。
ここは話を合わせたほうが良さそうだと考え、あすかは頷きを返す。
「実はそうなんだよね。でも、やましい理由じゃないからね!単純に、いろんな所に行ってみたいなって思って」
「すごい……キミって勇気があるんだね。ボクにはできそうにないよ」
「え、そうかな?それで……どうかな?」
あすか今一度、腰を落とし背の低いペンギンと目線を合わせるようにして問いかける。
するとペンギンはしばし天を仰いで何かを考えて、小刻みに尻を震わせながら小声で答えてくれた。
「……う、うん。その、ボクなんかでよかったら」
「本当?!ありがとう!!えへへ、嬉しいなぁ」
「グィゲヘヘへ。それじゃあ、行こうか。えっと、どこから案内すればいいのかな?」
「テキトーに?ぐるーっと、全体的にー、くまなくー?」
「本当に適当だなぁ。まぁ、コッチから行こう」
「うふふ、わぁい!楽しみだなっ!」
翻訳が上手く出来なかったのか、やけに気持ち悪い声で変換された笑い声でピョコピョコと先導して歩き出すペンギンに、あすかも隣に並んで歩き出す。幸運で素敵な出会いとこれから触れるであろう様々な未知へのワクワクに、ペンギンではないあすかの尻も期待にプリプリ揺れる。
もしここが本当に『街』なのだとしたら、あるいは出店や路面店なども存在するかもしれない。そしたら食べ歩きなんていうこともできてしまうかもしれないな、などと愉快な創造を無限に広げながら。
――周りのペンギンからチラリチラリと見られていることには、全く気が付かないままに。
出発地である船からは高い丘陵でちょうど遮られて見えなかったのだが、少し回り込むだけでそこには見渡す限りのペンギンの一大コロニーがあったのだ。
眼前に広がるは、周りを小高い丘に囲まれた広い盆地。他に遮るものがないため、その楽園の光景の隅々までもが視覚を占領する。
一面真っ白の雪原ゆえに細かい起伏はわかりにくいが、彼らがよく通るであろう場所は丹念に踏み慣らされてまるで『街道』のよう。
道に接するようにずらりと並んでいるのは、雪塊を積み上げてやんわりと形作られた、無数の『区画』。建物こそないが、それぞれの分けられた場所でペンギンたち各々の様々な生活模様がはっきりと見てとれる。
あるモノは『家族』と共に賑やかな食事を楽しみ。
あるモノは嘴を突き合わせて何かを真剣に話し合い。
あるモノは翼と翼を重ねて仲睦まじく身を寄せ合い――
確かにペンギンの中には巣作りをする種もいるが、それとは全く次元が違う。人間であるあすかから見ても、これはもう十分『町』のように感じた。
本来ならばあすかを興奮させ再びの突撃に誘うはずであろうが、想像以上の景色が彼女から言葉を失わせ、凍り付いたかのようにピタリと足を止まらせた。
そしてすぐさま、かつてないほどの感動がこみ上げてきた。
「すごい……すごいすごいすごい、すっごーい!なにこれやばっ、もう町じゃん!」
震える足でゆっくりと近づきおそらく町の入り口であろう場所に立つと、さらに臨場感を持って町の空気を感じることが出来た。そこら中から聞こえてくる楽し気なペンギンたちの声、無数のすり足が雪を踏み均し氷を割る音、時折吹く風で舞い上がる雪煙と混じる微かな魚と潮の匂い。どれもこれもが新鮮で、五感いっぱいで至福を感じさせられた。
やはりと言うべきか文字の文化は無いようで、案内のようなものはどこにも見当たらない。住民であれば案内をする必要が無いとか、ペンギンならではの方法で識別しているとか、色々と想像はできるが正解を知る術はない。
となれば、よそ者のあすかとしては、あてずっぽうに歩いてみる他ない。
お上りさんよろしく「ほへー」と間抜けな声を漏らしながら、キョロキョロと左右を見ながら歩いていると――
「うがっ!」
「クエッ⁉」
ドンと衝撃を受けて、あすかは尻餅をついてしまう。
慌てて前を見ると、そこには同じように転んだ様子の1羽のコウテイペンギン。周りに比べると少々小柄の個体に見えた。
どうやら、あすかがよそ見歩きをしていたせいでぶつかってしまったようだ。
「あの……大丈夫?というか、言葉通じる、かな?」
あすかが恐る恐る声をかけ、翼を差し出す。その様子をしばし不審げに見つめてから、相手のペンギンはするりと立ち上がる。
「えーっと、別のところから来た子、かな?」
「あ、えっとうん。そうなんだよね!ごめんなさい、ついよそ見をしてしまって」
「見たことない顔だし、聞き慣れない訛りがあるから……でもそっか。ううん、ボクもぼーっとしてたから、大丈夫だよ」
ペンギン語翻訳は見事に機能しているようで、問題なくコミュニケーションが取れていることに一安心するあすか。
日下教授にも訛りを指摘されたことを思い出し、次からはアドバイス通り伸ばし気味に喋ろうと心に決めて、嘴をさする目の前のペンギンにぐいっと顔を寄せて迫る。
思い立ったが吉日。何においても、あすかは心に決めたら即行動が信条なのだ。
「あのねっ!これも何かの縁だと思うからあなたにお願いしちゃうんだけど、もし良かったら今からココを案内して貰えないかな?」
「えぇっ?!と、唐突だなぁ。って、か、顔近いからっ!」
目の前のペンギンの初々しい反応に、あすかはむしろ飛びついて撫でまわしたくなる衝動を何とか必死で抑えて、一歩下がった。今のところ、多少は困惑はしていそうなものの、少なくとも悪印象は与えていなさそうである。
雰囲気でも笑顔は伝えられると思っているあすかは、スーツの内側で心からの満面の笑みを広げ明るいトーンで話しかけていく。
「あっごめん。でもなんか分からないけど、仲良くなれそうな気がして嬉しくて、ね!」
「ボクが?そんなこと、初めて言われたよ。キミはえっと……『ハグレ』さんなのかな?理由は聞かないけどさ」
「ハグレ?」
覚えのない言葉にあすかが首を傾げると、ペンギンは嫌がる様子もなく教えてくれる。あえて理由を聞かないと加えるあたり優しく親切な性格がにじみ出ていて、あすかとしてはますます好感が持てる人鳥物だと感じた。
「ソッチだと何て言うのか知らないけど、群れから離れて生活している子のことだよ。連れがいるようにも見えないし、そうなのかなって」
生活様式こそすでに想定と違っていそうだが、事前の学習通りに群れ単位での営みが基本のようだ。
ここは話を合わせたほうが良さそうだと考え、あすかは頷きを返す。
「実はそうなんだよね。でも、やましい理由じゃないからね!単純に、いろんな所に行ってみたいなって思って」
「すごい……キミって勇気があるんだね。ボクにはできそうにないよ」
「え、そうかな?それで……どうかな?」
あすか今一度、腰を落とし背の低いペンギンと目線を合わせるようにして問いかける。
するとペンギンはしばし天を仰いで何かを考えて、小刻みに尻を震わせながら小声で答えてくれた。
「……う、うん。その、ボクなんかでよかったら」
「本当?!ありがとう!!えへへ、嬉しいなぁ」
「グィゲヘヘへ。それじゃあ、行こうか。えっと、どこから案内すればいいのかな?」
「テキトーに?ぐるーっと、全体的にー、くまなくー?」
「本当に適当だなぁ。まぁ、コッチから行こう」
「うふふ、わぁい!楽しみだなっ!」
翻訳が上手く出来なかったのか、やけに気持ち悪い声で変換された笑い声でピョコピョコと先導して歩き出すペンギンに、あすかも隣に並んで歩き出す。幸運で素敵な出会いとこれから触れるであろう様々な未知へのワクワクに、ペンギンではないあすかの尻も期待にプリプリ揺れる。
もしここが本当に『街』なのだとしたら、あるいは出店や路面店なども存在するかもしれない。そしたら食べ歩きなんていうこともできてしまうかもしれないな、などと愉快な創造を無限に広げながら。
――周りのペンギンからチラリチラリと見られていることには、全く気が付かないままに。
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