桜稜学園野球部記

神崎洸一

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栃木県1位、宇都宮実業。
夏から中軸を担う現4番、左翼の山下。
関東地方の秋季県大会で最も評価を得た1年生エースの近江屋とその同級生で女房役の長尾の3人は注目株、プロ入りも十分にあり得る逸材たちであった。
ちなみに最も評価を上げた1年生が南や一条といった桜稜学園の面々でないのは性格面がお世辞にも良いとなど言えやしないのでそこで評価をすこぶる落としたものと思える。
もっとも一条にしてみればプロに志願するつもりなど全くないのでどうでも良いのだが。


そしてこちらは三塁側。
ただのひたすらに「準決勝」を反芻する男がひとり。
桜稜学園の、田村飛鳥の黒星はいずれもこの準決勝の場で起こった話であり、「三度目の正直」となるか「二度あることは三度ある」となるのかは田村にしてみれば死活問題なのである。
意地でも勝たねばならん━━━そう決意し初回の攻撃の行方を見守る。

1番センター長宗我部
から始まる初回の攻撃は三者凡退。
宇都宮実業の攻撃も1番杉原2番千野3番長尾と内野ゴロに打ち取り抑える。
 2回も両チームともに安打はなく、3回の表、二死で田村の打順が回ってくる。
アナウンス。立てたバットを右腕に持ち、2度程バックスクリーンに向ける何の変哲もないルーティーンの後打席に入る。
相手は右の近江屋。左打者の僕には打てる、打たなくては。そう言い聞かせ投球を待つ。
摺り足からのスイングは直球をコンパクトに捉え、右翼手の五月女の前へ行く。五月女はフェアで捕球してランナー一塁。
長宗我部。彼はまたしても惜しい当たりを放ちこそすれど結果ファーストへの弱いゴロ。三者連続三振の流れは断ち切れただけまだマシ、そうして田村はベンチへ戻る。

3回ウラ
あの五月女にはじめて外野まで運ばれるも古野と土肥はまたもや内野ゴロ。打者は一回り。

4回の表
一条は手も足も出ずに三振し橋本もまたあっさり凡退を喫する。
そんな場面で打者、中之島。
欠伸をしてから打席の土を踏む。
「また会ったな虫けら」
そう長尾にのみ聞こえる小声で呟く。
それから近江屋には微笑みをしてみせ第一球が投じられる。
その刹那!
打球はライトスタンド方面のポールの大きく右に飛んでいきこのハマスタならではの場外へそれは突き刺さる。
ストレートを打たれた。それなら…
カーブを投げる。中之島はまたもそれを捉えて。
レフト山下が懸命に追うもののこんどは逆側のポールの左にスタンドイン。あと数センチでホームランだ。
決め球のスプリットを投じる。
打球は彼方へ飛び中之島は瞬間歩き始める。
バックスクリーンに見事的中して外野へ落ちるそれを傍目に中之島はダイアモンドを一周した。
そして続く鶴岡も出塁するものの追加点には至らず。
しかしチームにとって実りのあるイニングだった…
そう思い杉原、千野と打ち取ったその時である。
3番の長尾に初安打を許し主砲山下。
これに逆転弾を浴び1-2となる。5番の近江屋は打ち取ったがしかし、相当な痛手である。
5回の表を迎えたのは7番江島。
江島はホームラン性のファールを放つも三振、神崎も見送り三振。田村もあの失点が尾を引いたのか三振に倒れてしまう。
そしてその田村の投球が宇都宮に捉えられるのはすぐだった。
「うおっ!」
6番呼野。
「だあっ!」
7番五月女と連打を浴びて一塁手の古野。
「この試合もらった」とばかりにニヤケ面で打席に向かう彼。
その顔とは異なり、送りバントの構えをする古野。
ネクストには通常なら打席に立つ土肥ではない誰かが立っていた。ああ、一打席で交代かあの野郎━━━中之島がそう同情かどうか怪しい同情をしていたそのときである。
鶴岡はインハイにスライダーを指示、田村もそれに応える。
右打席の古野には食い込むような球である。バットの根元付近に当たったそれは鶴岡の左後方。
鶴岡は焦りからあまり進めず転倒したが運良くミットに収まる。さて、ワンナウト。鶴岡が異変に気づいたのは顔を上げたその瞬間であった。
バットが先か、左手が先かはわからないがどうやら古野の左手へ直撃したらしい。左手を押さえたままバッターボックスに踞り、やがてベンチ裏へ消えていく彼を見送る傍ら、もし後者なら無死満塁かと考えてプレー再開を待つ。
「やれやれ」
一条が呟く。一死一二塁で予定通り代打の池内。
田村は先程のアクシデントを含めてプレー中断の隙に立ち直っていた。そうとは知らない哀れな池内。
セカンド足元への鋭い打球を一条は華麗にショートバウンドで処理する。普通なら捕れはしない打球であろうそれをいとも容易く4-6-3の併殺に仕留めたのだ。
代打池内はそのまま中堅に入り1番の長宗我部。
フルカウントに粘るも空振り三振して2打席連続三振の一条。打ったのはストレート、内野への小さなフライに長尾、三塁の杉原そして交代したばかりの一塁高田の三人で膠着する。
結局ワンバウンドしてから落下点の1番近くにいた近江屋が捕球してランナー一塁。
ぽつりぽつりと雨の降りだす中、橋本が打席に立つ。6球目を捉えてライト前。
一三塁の場面で先程ホームランの中之島に打順が回ってくる。段々とボールの割合が多くなる近江屋に対して中之島は際どい球は全て弾き返す打撃をしており14球目にしてようやくセンター前方のフライに倒れる。
そして打者は鶴岡。どうしてでも出塁して満塁を狙いたい場面ではあり、そうするのが正解なのだと鶴岡も思っていた。しかしノースリーからの4球目のスローカーブはどう考えても甘い球であり、それを逃すわけにはいかなかった。
強い引っ張り打ちはレフトスタンドの遥か彼方にそれを運んだ。
財前は凡退してスリーアウト。
6回を迎えて宇都宮実業の攻撃はトップバッター杉原からであったがしかし、どうしても彼らは田村との相性は悪いらしく中之島の好守に助けられた場面もあったものの三人に抑えて中盤は終了。

2点差で終盤7回に差し掛かる。
桜稜学園は下位打線からの攻撃であり、3人のうち江島田村と外野にまで運びはしたが三者凡退。
宇都宮は先頭山下に長打が出るものの近江屋、呼野と抑えて一死二塁とする。7番五月女が粘り打ちの末フォアボールで歩くとここで途中出場の高田。
ボール先行のカウントを取り戻そうとしてのシンカーを痛打され失点。代打で出場の池内も結果はアウトになっただけであり、風とレフトを守る江島の好プレーがなければ同点、最悪負け越しを許しかねない当たりであった。

8回、投手交代。
近江屋が降板して2年の狭山がマウンドへ向かう。
スライダーとシュートで空振りを稼ぐタイプの狭山は一条に外角逃げる球をホームランにされた以外は空振りを多く稼ぎ自分の投球ができていたと言える。
そして8回ウラ。一塁側から大きなどよめきの声。
7回3失点という可もなく不可もなくな内容で田村は一条にマウンドを譲る。
あの気色の悪いフォームが前ではそれに対応できない限りそこまで速くない直球でもさほど曲がりはしないシュートでもタイミングが合わせられない。
事故といえば3番の長尾にぶつけたくらいで山下も自慢のスライダーで空振り三振に抑え込むことに成功した。
最後の攻撃は財前の残塁があったのみで3番手として登板した加治本の前に四人で終了。
そのウラも一条は続投。代打の前側、6番呼野で始まる打線を前にして与四球2かつ無安打に抑えてゲームセット。
5対3。
桜稜学園高校野球部は初の決勝進出を遂げる。
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