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本編
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「……」
「……」
しん、と静まり返った馬車の中でフランチェスカは視線を彷徨わせた。ロレンツォの提案にやや戸惑った様子のアーネストだったが、すぐに「私で良ければ」と頷いた。
そんな空気の中でまさか断れる筈もなく、フランチェスカは流されるように馬車に乗るしかなかった。
「あの、殿下」
「……何だ?」
息苦しい空気に耐えきれずフランチェスカは口を開いた。アーネストは一度瞬きをした後でフランチェスカを見つめた。
「サラのことです……お咎め無しで本当に良かったのですか?」
「……構わない」
サラはフランチェスカにとって大切な侍女なのだからお咎めが無いことを本来ならば喜ぶべきだろう。だが、サラが大切な人間であることと、王族に対し不敬な態度を取ったことはまた別の話だ。
「……サラが怒るのももっともだ」
「……殿下」
「フランチェスカ。君がこちらに来てから本当はずっと謝りたかった……言い訳になるが君と過ごしたこれまでのことを考えていたらなかなか言葉で表せなくて、こんなにも時間が掛かってしまった」
「……」
哀しそうに言葉を紡いでいく想い人をフランチェスカはじっと見つめていた。
「私はこれまでずっと君に失礼な態度を取ってきた。本当に申し訳ない。許して欲しいとは言えないが謝らせて欲しい」
アーネストは深く頭を下げた。
「殿下。どうか頭をお上げください」
「だが……」
「わたくしこそ、側近候補として殿下にお世話になっていたのに断りもなくお傍を離れてしまい申し訳ありませんでした」
フランチェスカもまた深く頭を下げた。ずっと謝らなければならないと思っていたのはフランチェスカも同じだった。タイミングを掴めず、ずるずると先延ばしになってしまっていた。
「いや、フランチェスカは私にも伝えてから出発しようと考えていたんだろう?」
マルコから聞いた、とアーネストは続けた。そう、フランチェスカはアーネストにも話を通してから側近候補を辞そうと考えていた。だが父であるサルヴァトーリ公爵が「礼を欠く人間に義理を通す必要はない」と猛反対し、細かな手続きは自分がやるからと言ってフランチェスカからアーネストへ説明することを許さなかった。
そうして、マルコやミゲル、王妃殿下、周りの文官達に慌てて挨拶を終え、アーネストと国王陛下にだけは何も言わずに領地へ向かうこととなった。
「それでも黙って離れたことと変わりありませんわ」
「そうされても仕方ないことを私はしていた」
どちらも引かず平行線となってしまった。フランチェスカは小さく息を吸ってから微笑んだ。
「殿下、謝罪は受け取りました。ですのでもう謝らないでくださいませ」
「フランチェスカ……」
「わたくしに申し訳なく思う必要もありませんし、多忙の中こちらに足を運ぶ必要もありませんわ」
アーネストが頻繁にサルヴァトーリ公爵領へ来訪するのは何か話があるのだろうと察しはついていた。もう謝罪は終えたのだから、今後は来る必要も無いだろう。漸く本来の目的である心の傷を癒す穏やかな生活を送ることができる。フランチェスカは緊張の糸が弛むのを感じた。
だが、アーネストはむっと眉間に皺を寄せ「いやだ」と低い声で言った。
「で、殿下……?」
まるで子どもが拗ねたような顔をされフランチェスカは戸惑った。
「ですが殿下もお忙しいでしょうし」
「ここに来るくらいの時間は確保できる」
「そのお時間があるなら休みを取っていただきたいですわ」
「フランチェスカは……」
アーネストの言葉が途切れ、フランチェスカは彼を見つめた。彼の瞳が哀しげに揺れている。
「私がここに来たら嫌か……?」
アーネストはやっぱり狡い人だとフランチェスカは想う。縋るようにそう言われて断ることなんてできないのだから。
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