甘くて、苦い

ryon*

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恵方に、願いを。

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2月3日...今日は節分。

会社で『恵方巻き』を付き合いで買わされたから、今年も一緒に食べようと、昨日彼から連絡があった。

だから私は一人、彼の部屋で愛しい恋人の帰りを待っている。

ガチャガチャと鍵を開ける音を聞きつけ、私は玄関へ飛び出した。

「お帰りなさいっ!」

彼はそんな私を見て、笑った。

「うぉっ、ビックリしたっ!...ただいま。
 なんかご主人様の帰りを待つ、犬みたいやな。」

「...ワンっ!」

ふざけて犬の真似をしてそう答えると、彼は呆れた感じで苦笑した。

それから彼は、手に持っていた買い物袋を私に手渡した。

「今年の恵方は、東北東やって!」

彼は今年もやはり、願掛けをするつもりらしい。
…性懲りもなく。

私はその言葉を聞き、ニヤリと笑った。
それを見た彼は、慌てた様子で言った。

「今年は絶対、邪魔すんなよっ!
 最後まで無言で食べな、意味無いんやからっ!」

それから二人、食卓についた。

「頂きまーす。」

彼はそう言うと東北東の方向を向き、無言で食べ始めた。

私は昨年同様、彼に色々と話し掛けた。

なのにそれを全て無視して、目を閉じたまま、無言で恵方巻を食べ続ける、彼。

関西生まれ、関西育ちの私の恋人は、節分になると毎年、『恵方巻き』という名の巻き寿司を食べる。

そしてそれを食する際には、ふたつの鉄の掟があるのだという。

ひとつは、その年の『恵方』と呼ばれる方向を向いて食べる事。

もうひとつは、食べている間、決して喋ってはいけないという事。

この二つの掟を守れば、大変縁起がよい…らしい。

25歳にもなって、そんな事に真剣にこだわるこの人の事が、とても可愛いと思うし愛しい。

だから私は、黙々と食べ続ける彼の耳元で囁いた。

「…大好き。」

私は彼に対して、好きだと言った事は殆どない。

だってなんだか恥ずかしいし、言葉にしなくてもきっと、伝わっていると思うから。

だからその気持ちをちゃんと口にした回数は、それこそこれまでの全て合わせても、片手に満たない程だと思う。

その言葉を聞いた彼は、盛大に咳き込んだ。

それから彼は私の事を軽く睨みつけ、涙目のまま言った。

「このタイミングでそれ、言うかーっ!?
 うわぁ...、くそっ、喋ってもたやんかっ!
 どないしてくれんねん…ホンマ、信じられへん。」

だから私は、笑って答えた。

「大丈夫!私はまだ、食べてないから。
 一緒にいたらきっと、貴方にとっても縁起がいいんじゃない?....たぶん。
 だから、話しかけないでね。」

そして私は、無言で恵方巻きを食べ始めた。
その間も彼はずーっと、ぶつぶつと文句を言い続けていたけれど。

それを食べ終わると、彼は恨みがましい目を私に向け、言った。

「…来年は絶対、お前に邪魔はさせへんからな。」

私はそんな彼を見て、また笑った。

来年もまたこの人と、一緒に恵方巻きを食べられたらいいなぁ、と思いながら。

                 【...fin 】
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