ダブル・スタンダード〜亀を助けたら、若返りの魔法を手に入れました〜

ryon*

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怪し過ぎる薬

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「お疲れ様でした、田中さん。じゃあ僕は、ここで失礼しますね」

 明るい笑みを浮かべ、後輩社員の柳瀬君がふたりで駅の改札口を抜けたところで言った。

「うん、柳瀬君もお疲れ様! また明日」

 ペコリと小さく礼をして、そのまま彼は僕とは違う路線へと向かいスタスタと歩き始めた。
 その後姿を見送りながら、名残惜しい気持ちを抱いているのはおそらく自分だけだろう。
 
 はぁ……。あと10歳若ければ、確実に口説いてたんだけどな。

 職場の上司で、年だってひとまわり近く違うのだ。
 うっかりこの後飲みにでも行こうなんて誘おうものなら、パワハラになりかねない。
 それに彼はおそらく、ノンケだと思うし。

 僕が自分がこちら側の人間だと気付いたのは、中学生の頃。
 それまでただの親友だと思っていた男にカノジョが出来て、はじめて失恋を経験した時だった。

 それ以降も好きになるのは男性ばかりだし、女性と付き合った経験もない。

 そもそもの話最近は恋愛自体から遠ざかっており、マッチングアプリで知り合った男と、適当に遊んでやり過ごしてきた。

 なのによりにもよって、なんであんな見るからにモテそうな男に……。

 忌々しい気持ちで、彼とは異なる電車に乗り込んだ。
 遊び相手を探すため、スマホに手を伸ばす。
 幸い見た目は悪くないため、あっさり今夜もお相手は見つかった。
 こうして今日もまた僕は、本当の名前も知らない男に抱かれるのだった。 

***

 土曜日の夕方。ランニング中に地面に転がったまま、ジタバタともがく緑の何かを見かけた。
 不思議に思い、そのまま少しだけルートを変えてそちらに向かい走る。

 亀……? こんな都会のド真ん中に!?

 あまりにも場違いなその存在に困惑したけれど、もしかしたら誰かが飼っていた亀が何かの折に脱走してしまっただけなのかもしれない。

 素手で触ることに少しだけ抵抗はあったものの、このままにしておくのはさすがに可哀想過ぎるだろう。
 そう思ったから、亀の体を表に向けてやった。

 すると亀はノタノタと手足を動かし、それから2本の後ろ足で・・・・・・・立ち上がった。
 それに驚き、反射的に後ずさる僕。しかし驚くべきことは、それだけじゃなかった。

 というのも亀が僕に向かい、無駄にダンディな声で語りかけてきたからだ。

「ありがとうございます、太郎様。あなたは私の、命の恩人です。なのでお礼に、竜宮城に連れて行って差し上げましょう!」

 それにギョッとしたものの、元々僕はダウナー系だのなんだのと言われるタイプの人間だ。
 そのため表情の変化も、ほとんど出ない。

 しかしそこで、はたと気付く。……もしかしてこれ、ただの夢なのでは?

 そう思ったら、少しだけ気持ちに余裕が出てきた。
 そういえば僕は子どもの頃、疑問に思っていたのだ。
 浦島太郎の物語。……あれって完全に、恩を仇で返されてるよな?
 
「絶対に、行かないから。遊び呆けて帰ってきたら、じいさん確定じゃないか! 僕はどちらかというと、若返りたいの! ……っていうか僕、太郎じゃないし」

 すると亀は、少しだけ考えるような素振りを見せた。それから、予想外な言葉を口にしたのだ。

「失礼しました。男性だったので、つい太郎様と。ですが、そうですね。……その願い、叶えられますよ」

「は……?」

「いえ、ですから。その願い、私なら叶えられると言っているのです」

 それから亀は大きく口を開き、怪しい瓶をひとつ吐き出した。

「はい、どうぞ。では、失礼します」

 それを向かい差し出し、僕が受け取ると礼儀正しくお辞儀をして、二足歩行のままサッサと立ち去ろうとする亀。そのため、あわてて引き留めた。

「ちょ、待ってよ。こんな怪しい薬、もらっても困るから!」

 瓶は亀の胃液だか唾液だかでヌメヌメと光っていて、胡散臭さを倍増させている。
 不満そうに、眉間にシワを寄せる亀。とはいえ彼に眉毛なんて、生えてはいないわけだが。

「えー……、あなたが欲しいと言ったのに?」
 
「使用方法とか副作用もよく分からないのに、こんなの僕は絶対に飲まないよ!?」

「使用方法としては、ひと粒飲むごとに干支一周分。つまり、12歳若返ります。一度につき、効果は12時間続きます。中身が少なくなってたら、瓶を振ってもらえたら増えますよ。ただし完全に空になってしまったらもう増やせないので、ご注意を。副作用は、ありません。……依存性がちょっと高いから、ある程度満足したところで使用を停止することをおすすめしますがね」

 唖然とする僕の手元に怪しい薬を残して、そのままもう一度大きくお辞儀をしてから亀はスタスタと歩いて行ってしまった。

***

 帰宅後。怪しい瓶を、手洗いのついでにハンドソープを使ってゴシゴシと洗う。だけどそれだけではなんとなく気持ちが悪かったから、除菌タイプのウェットシートを使って拭いた。

 おそるおそる蓋を開けると、中には小粒の真珠みたいな錠剤がたっぷり入っていた。
 クンクンと臭いを確認してみたが、どうやら無臭のようだ。

 一応助けてやったわけだし、これを飲んだせいで一発であの世行きなどということはさすがにないはずだ。
 幸か不幸か、今日は土曜日。この後の予定も、特にない。
 
 胡散臭いなとは思うものの好奇心に負け、覚悟を決めてひと粒ゴクリと飲み込んだ。
 一瞬だけ喉が焼けるように熱くなり、ヤバい薬だったのだろうかと動揺したが、それもすぐに治まった。

 ペタペタと、顔に触れてみる。その感触はいつもとは異なり、みずみずしくハリがある。
 そのためあわてて洗面台に向かい、鏡で自身の姿を確認した。
 するとそこには20代前半と思われる、若い頃と同じ姿の自分がうつっていた。

「ハハ……、嘘だろ。まさか、本当に?」

 様々な角度から、容姿を確認する。
 だけどどこからどう見ても、それは若い頃の自分自身だった。

 しかしそこで、はたと気付く。……せっかく若返ったところで、柳瀬君はノンケだ。
 それにこんな姿で、彼と接触を図ることなど出来ない。……絶対にこんなの、頭がおかしいやつだと思われてしまう。

 そういえば薬の効果は、たしか12時間とあの亀は話していたはずだ。
 だったらその間、好きに遊んでしまおうか?

 そう考えてマッチングアプリを立ち上げたが、登録してある個人情報と今の僕の見た目では、明らかに異なる。
 だからアプリは、使わない方がいいだろう。

 それなら普段はあまり行かない、ゲイバーにでも行った方がいいかもしれない。
 今の自分がどの程度モテるのかも、ちょっと確認してみたいし。

 ……そんな軽い気持ちで出かけたバーで、僕は思わぬ人物と遭遇することとなる。
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