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寵を賭けた一夜の支度
董卓様との顔合わせを終えると、わたくしは霜華とともに董卓様のお屋敷の一角へと案内されました。そこに今宵のための部屋が用意されていたのです。
まだ日は高く、西から射す陽が廊下を金色に染めています。董卓様がお越しになるのは、日が落ちて月が昇る頃と告げられておりました。
「今夜は月が大きく出ます。窓を開け、月明かりを取り入れましょう。寝台に射す光を見定めて灯を置けば、貂蝉様のお顔とお姿がよりいっそう美しく映えますわ」
――さすがは桃房塾の師範
月のめぐりさえも味方にする霜華に、心から感嘆いたしました。
支度は順調に進み、天井から帳を垂らし、虫除けに菖蒲と蓬を焚きしめます。
さらに殿方の心を惑わす麝香を香炉に落とし、わたくしの身には桃の香をまとわせました。
「香りが混ざらぬようにしませんとね」
霜華が笑い、わたくしも頷きます。
寝衣は透けるような薄絹。身を隠したつもりなのに、かえって裸をさらしているみたい。恥ずかしさで胸がどきどきしました。
「……本当に、これでよろしいのかしら」
「ええ。殿方には、すべてを見せぬほうが、かえって色を誘うのです。――ほら、桃房塾でも習ったでしょう?」
霜華はわたくしの頬をのぞき込み、やさしく微笑みました。
「それに、今の貂蝉様のように恥じらっている姿こそ、殿方には何より魅力的に映るのですよ」
やがて髪を梳かれながら、今日の顔合わせを思い出し口を開きました。
「初めて董卓様のお顔を拝しました。大きな御体に、鋭いお目――まるで疑いそのものを映しているようで……」
言葉にするだけで背筋が粟立ちます。
けれども、その威を前にしてこそ、女として磨いた技を試す意味があるのかもしれません。
「そう思える貂蝉様なら大丈夫ですわ」
霜華はわたくしの変化を見逃さなかったようで、そっと笑みを浮かべました。
霜華に励まされながらも、ふと心によぎったのは、先ほどの王允様のお言葉でした。
「けれど……王允様は、あまりにも酷うございました。わたくしを妻と仰せられながら、実際には慰み者として差し出したのですよ」
わだかまりを吐き出すように言うと、胸の奥がしめつけられるように痛みます。
霜華は目を伏せ、やがて頷きました。
「たしかに、それはひどいことですね……ですが、今は怒りよりも大切なことがございます」
「大切なこと?」
わたくしが問い返すと、霜華は静かに続けました。
「董卓様のお屋敷には、すでに百人を超える女たちが集められているのです。みな妻や妃となることを願い、董卓様の訪れを待っているのでしょう」
「そんなに……」
思わず息が漏れました。
「しかも今後は、皇帝の後宮からも女を連れてくると聞きます。――となれば、待っているだけでは、いつ貂蝉様にお声がかかるか分かりません」
わたくしは無意識に衣の裾を握りしめていました。
選ばれない不安が心を黒く染めていく中、霜華がわたくしの手にそっと触れました。
「だからこそ、王允様のお取次ぎで今夜すぐにお訪ねいただけることになったのは幸いなのです。これは千載一遇の機会。前を向きましょう」
霜華の言葉にも、不安は胸に残っておりました。けれど、ここで退くわけにはいきません。
この機をものにしなければ。そう思うと、自然に唇が開きました。
「わかっています。これは剣や槍ではなく、女の技で挑む戦いですもの」
自らの声でそう言い切ると、胸の奥に揺るぎないものが芽生えました。
胸に湧いた熱を抑えきれず、わたくしはさらに言葉を重ねたのです。
「桃房塾で学んだことを全て注ぎ込み、董卓様を必ずや虜にしてご覧に入れます」
凛と告げると、霜華は誇らしげに微笑みました。
決意の言葉が部屋に溶け、静けさが戻ったそのとき――ふと、後宮でのしきたりを思い出しました。
「そういえば……後宮に入るときは必ず処女性を確かめられるはず。それが、この邸では何もございません。宦官の姿も見かけませんし……」
「たしかに。ですが王允様が純潔の娘を差し出したと信じ、確認を省かれたのかもしれませんよ」
霜華は軽く言いましたが、言葉の響きがどこか頼りなく聞こえました。
胸に小さな棘のような違和感が残り、ざわめきは消えません。
(……董卓様が王允様を信じているようには、とても思えませんでしたのに)
霜華は気を取り直すように言葉を継ぎました。
「それよりも、大切なのは――陽の杖の大きさです」
「……大きさ、ですか?」
意味を測りかねて、思わず問い返してしまいました。
「はい。これまでの教育は、年若い皇子さまを相手に想定されたもの。ですが董卓様の御体格を見れば、想像できますでしょう?」
そこでようやく、言葉の意図が胸に落ちました。董卓様のあの巨躯――縦にも横にもはみ出すほどの体つき。想像が胸に焼きついた途端、恥ずかしさで喉が固まり、言葉が音になりません。
「初めてを守るため、鞘に納めることはありませんでしたから……わたくし、大きさの違いがわからなくて……」
口にした瞬間、頬が熱くなりました。
霜華は真顔で頷きます。
「大きければ、そのぶん痛みも強くなります。それはもう、耐えがたいほどに」
閉じたままの陰の鞘へ、大きな杖が押し込まれる――。
下腹の奥に焼け付くような衝撃が走る錯覚に、背筋がぞくりと震えました。
「少し……怖いですわ」
桃房塾では「受け入れる術」を幾度も習いました。しかしそれは、年下の皇子を想定した所作にすぎません。
あの巨躯を前にして、果たしてわたくしの身は耐えられるのでしょうか。体の芯がきゅっと縮み、息が止まりました。
「大丈夫。麻沸散を少し飲んでおきましょう」
痛みをやわらげる薬酒――麻沸散。まさか初夜のために口にすることになろうとは、夢にも思いませんでした。
霜華の落ち着いた声音に、張り詰めていた胸の緊張がようやく解けてゆきました。
背にそっと添えられた手の温もりが、不安を押し流すように広がっていきます。
その余韻のまま、わたくしは寝台へと腰を下ろしました。
帳の向こうにゆらめく灯を見つめ、薄絹の影をたなびかせながら――董卓様の訪れを待ち受けます。
――これが妻となるための第一歩。董卓様の寵愛を、必ずこの手で掴みます。
そう胸に誓ったとき、鼓動が静かな夜にひとつ、確かに響きました。
まだ日は高く、西から射す陽が廊下を金色に染めています。董卓様がお越しになるのは、日が落ちて月が昇る頃と告げられておりました。
「今夜は月が大きく出ます。窓を開け、月明かりを取り入れましょう。寝台に射す光を見定めて灯を置けば、貂蝉様のお顔とお姿がよりいっそう美しく映えますわ」
――さすがは桃房塾の師範
月のめぐりさえも味方にする霜華に、心から感嘆いたしました。
支度は順調に進み、天井から帳を垂らし、虫除けに菖蒲と蓬を焚きしめます。
さらに殿方の心を惑わす麝香を香炉に落とし、わたくしの身には桃の香をまとわせました。
「香りが混ざらぬようにしませんとね」
霜華が笑い、わたくしも頷きます。
寝衣は透けるような薄絹。身を隠したつもりなのに、かえって裸をさらしているみたい。恥ずかしさで胸がどきどきしました。
「……本当に、これでよろしいのかしら」
「ええ。殿方には、すべてを見せぬほうが、かえって色を誘うのです。――ほら、桃房塾でも習ったでしょう?」
霜華はわたくしの頬をのぞき込み、やさしく微笑みました。
「それに、今の貂蝉様のように恥じらっている姿こそ、殿方には何より魅力的に映るのですよ」
やがて髪を梳かれながら、今日の顔合わせを思い出し口を開きました。
「初めて董卓様のお顔を拝しました。大きな御体に、鋭いお目――まるで疑いそのものを映しているようで……」
言葉にするだけで背筋が粟立ちます。
けれども、その威を前にしてこそ、女として磨いた技を試す意味があるのかもしれません。
「そう思える貂蝉様なら大丈夫ですわ」
霜華はわたくしの変化を見逃さなかったようで、そっと笑みを浮かべました。
霜華に励まされながらも、ふと心によぎったのは、先ほどの王允様のお言葉でした。
「けれど……王允様は、あまりにも酷うございました。わたくしを妻と仰せられながら、実際には慰み者として差し出したのですよ」
わだかまりを吐き出すように言うと、胸の奥がしめつけられるように痛みます。
霜華は目を伏せ、やがて頷きました。
「たしかに、それはひどいことですね……ですが、今は怒りよりも大切なことがございます」
「大切なこと?」
わたくしが問い返すと、霜華は静かに続けました。
「董卓様のお屋敷には、すでに百人を超える女たちが集められているのです。みな妻や妃となることを願い、董卓様の訪れを待っているのでしょう」
「そんなに……」
思わず息が漏れました。
「しかも今後は、皇帝の後宮からも女を連れてくると聞きます。――となれば、待っているだけでは、いつ貂蝉様にお声がかかるか分かりません」
わたくしは無意識に衣の裾を握りしめていました。
選ばれない不安が心を黒く染めていく中、霜華がわたくしの手にそっと触れました。
「だからこそ、王允様のお取次ぎで今夜すぐにお訪ねいただけることになったのは幸いなのです。これは千載一遇の機会。前を向きましょう」
霜華の言葉にも、不安は胸に残っておりました。けれど、ここで退くわけにはいきません。
この機をものにしなければ。そう思うと、自然に唇が開きました。
「わかっています。これは剣や槍ではなく、女の技で挑む戦いですもの」
自らの声でそう言い切ると、胸の奥に揺るぎないものが芽生えました。
胸に湧いた熱を抑えきれず、わたくしはさらに言葉を重ねたのです。
「桃房塾で学んだことを全て注ぎ込み、董卓様を必ずや虜にしてご覧に入れます」
凛と告げると、霜華は誇らしげに微笑みました。
決意の言葉が部屋に溶け、静けさが戻ったそのとき――ふと、後宮でのしきたりを思い出しました。
「そういえば……後宮に入るときは必ず処女性を確かめられるはず。それが、この邸では何もございません。宦官の姿も見かけませんし……」
「たしかに。ですが王允様が純潔の娘を差し出したと信じ、確認を省かれたのかもしれませんよ」
霜華は軽く言いましたが、言葉の響きがどこか頼りなく聞こえました。
胸に小さな棘のような違和感が残り、ざわめきは消えません。
(……董卓様が王允様を信じているようには、とても思えませんでしたのに)
霜華は気を取り直すように言葉を継ぎました。
「それよりも、大切なのは――陽の杖の大きさです」
「……大きさ、ですか?」
意味を測りかねて、思わず問い返してしまいました。
「はい。これまでの教育は、年若い皇子さまを相手に想定されたもの。ですが董卓様の御体格を見れば、想像できますでしょう?」
そこでようやく、言葉の意図が胸に落ちました。董卓様のあの巨躯――縦にも横にもはみ出すほどの体つき。想像が胸に焼きついた途端、恥ずかしさで喉が固まり、言葉が音になりません。
「初めてを守るため、鞘に納めることはありませんでしたから……わたくし、大きさの違いがわからなくて……」
口にした瞬間、頬が熱くなりました。
霜華は真顔で頷きます。
「大きければ、そのぶん痛みも強くなります。それはもう、耐えがたいほどに」
閉じたままの陰の鞘へ、大きな杖が押し込まれる――。
下腹の奥に焼け付くような衝撃が走る錯覚に、背筋がぞくりと震えました。
「少し……怖いですわ」
桃房塾では「受け入れる術」を幾度も習いました。しかしそれは、年下の皇子を想定した所作にすぎません。
あの巨躯を前にして、果たしてわたくしの身は耐えられるのでしょうか。体の芯がきゅっと縮み、息が止まりました。
「大丈夫。麻沸散を少し飲んでおきましょう」
痛みをやわらげる薬酒――麻沸散。まさか初夜のために口にすることになろうとは、夢にも思いませんでした。
霜華の落ち着いた声音に、張り詰めていた胸の緊張がようやく解けてゆきました。
背にそっと添えられた手の温もりが、不安を押し流すように広がっていきます。
その余韻のまま、わたくしは寝台へと腰を下ろしました。
帳の向こうにゆらめく灯を見つめ、薄絹の影をたなびかせながら――董卓様の訪れを待ち受けます。
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