満ちる月に

八郎

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第一章夢からの目覚め

揃い始めた役者達

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蓮が目覚めると、そこは見慣れない天井だった。
初めは靄がかかり記憶が曖昧だった脳が覚醒し状況を理解するのに時間は掛からなかった。

「……光希……そうだ、早く助けなければ!…………って、この様じゃあな。……情けない…………よな……くそ!!」

一気に一連の出来事を思い出した蓮は自分の不甲斐なさに苛立った。
蓮は拳を思いっきり寝ているベットの布団に殴り付けると項垂れた様に頭を下げた。

すると自分の情けない愚痴に有る筈のない答えが返ってきたのだ。
まるで、昔話の神様からの返答の様で驚きから、蓮は無表情になってしまった程だ。

「そんな貴女も素敵ですけどね」

「!!!」

今度こそ、蓮は驚きを隠せなかった。
人成らざるものならまだ気配に気づけなかったとしても解るが……、相手は生身の人間なれば話は別だ。
かなり疲れているとはいえ、八雲の気配に気が付かない何て事は今までではあり得ない事だった。

「……八雲、………お前、その言動気持ち悪い」

驚きを隠す様に蓮は悪態をついた。

「心外ですね。本心を言っただけなのですが」

通常使用の八雲の存在は、今の蓮には救いだった。
そうでなければ、後悔に押し潰されそうだったから。
否が応でも昔を思い出す。
霧がかり、鮮明では無い記憶だが……あの日、あの時に守れなかった大切な存在、茨木童子の事を。
そして、自分の情けない最後を…。

「なあ、八雲。……私は……俺はお前に斬られて死んだんだよな?」

怨みで聞いた言葉じゃない。
そこだけは断じて違うのだが、ふと不鮮明な記憶を思い出そうと確認しただけだったが、八雲の予想以上の動揺にそれ以上聞くことは出来なかった。
 
きっと、罪悪感からだろう、その時蓮はそう、納得した。
なら、無理に聞くべきではない。……自分は今の八雲を恨んでいる訳ではないのだから。

そんな、この時の自分の選択を後に蓮は後悔することになる。
あの時聞いておけば!……と。

「……すみません」

とても辛く痛そうな顔をした八雲。
それを肯定と受け取ったが、その八雲の言葉は、否定でも肯定でもないことに気付けなかった。

「……謝るなよ。今の私を助けてくれたのは八雲なんだからさ」

ちょっと照れた美人の破壊力を蓮は知らなかった。
八雲はこめかみを押さえた後、上を向き大きく息を吐いてからこちらを向いた。
八雲が自分を立て直した儀式だった、何て蓮は気付く筈もなかった。

「……役得だと思ってます。……貴女が辛いとき側にいれて良かった。……出来れば光希さんを助けたかったけれど、力不足ですみません」

「光希は私が助け出す……お前にはもう迷惑はかけない。……ここも直ぐに出ていく」

安倍静夜に出会ったせいで否が応でも力を無理やり引きずり出された蓮は、体がついていかずに大きなダメージをおってしまったのだ。
それなのに、このままではきっとすぐ気でもここを出ていくつもりだろう。

「安倍静夜は力も強大ならまだ現世での経済的な力もある………今のままでは敵陣にすらたどり着けないでしょう」

「………解っているさ…私だってこのままでいるつもりはない。……利用できる物は何でも利用して力をつけてやる!!」

きっとそのなかに八雲はいない。
今も昔も、この方は優しすぎるのだ。
だから、尚更悪役は自分が引き受けるべきだろう。

「なら、俺のことも利用なさい。……そこまでの覚悟が有るなら、躊躇ってはいけません……俺は貴女のしもべなのだから」

「だから、!!…お前は!」

そう言うが早いか、八雲は素早く連に口づけた。

「俺への対価ならこれが良いです」

八雲は先ほどまで蓮と一ミリも離れていなかった自分の唇を指で大切な物を触るかのようにそっとなぞった。

「………お前………,私といれば命をかけなきゃいけないんだぜ?………対価がそれだけってバカかよ」

「それだけ貴女には価値が有るんですよ。……でも、そうですね、そこまで言っていただけるのなら、その唇に触れる事が許されるのは俺だけにしといてください」

「何だよ、それ」

蓮は笑ってしまった。
命すら危うくなるのに、その対価が自分のキスひとつとは、どう考えても対価としては不釣り合いだった。
それで、八雲に何の特が有ると言うのか?

「俺にとってはそれだけ価値が有るのですよ」

「いいぜ?……約束してやるよ。お前だけにしかしない」

その時、何故か八雲は悲しい顔をした。

「約束ですよ?」

直ぐに表情がいつもの八雲のものに戻ったから、蓮はそれ以上追求しようとは思わなかった。

八雲は…今度はしっかりと、蓮の唇の柔らかさを確かめた。
それだけで、これから先の地獄に耐えられる。
それだけで、この先に必ず起こるであろう別れにもきっと耐えられるだろう。

「随分、長いことするんだな」

「俺とじゃ、嫌でしたか?」

「不思議に嫌じゃない、って言ってもお前としかしたこと無いから解らないけど」

「もしかして、ファーストキス、だったんですか?」

「悪いかよ?……今まで、したいとも、する相手も、機会も無かったから」

照れたその表情が、年頃の女の子そのもので、八雲は内心悶絶ものだった。
蓮は整った顔をしているだけに冷たい印象が強いが、そのぶん表情が崩れた時が破壊力抜群に可愛い。

「……俺が、始めて?」

「だからそう言ってるだろ?」

何度も言わせるなよとばかりの蓮の表情。

「だって、嬉しいじゃないですか」

なぜ嬉しいのか?何て、多分今の蓮に理解する事なんて出来ないだろう。
でも、それを少しずつ教えていけるのもまた、一興なのかも知れない。

「変な奴…」

訳も解らないと言った感じの蓮が八雲には愛しいかった。

「俺は、貴女限定でおかしくなるようです」

「俺のせいにするなよな」

蓮は、呆れながらそう返してきた。
八雲は心の中で、(いや、確かに貴女だからですよ)と呟いた。

◇◇◇

体調が戻ったのを見計らって、現源家の当主である、八雲の祖父に蓮は呼ばれた。
ずっと私から離れようとしなかった八雲だが、外せない用事があると今日は出掛けている。
その段階での呼び出しだ。
それに気づけない程、蓮は鈍くはなかった。
彼女が鈍いのは、自分に向けられる愛情だけで、悪意や、その他の感情には鋭すぎる程に鋭い。

だが、逃げる必要もない。
何故なら、情報が入りやすいからここに居るだけであって、元々長居するつもりも無かったからだ。
今まで置いて貰えただけでも御の字だろう。

蓮は案内されるままにとある部屋までやって来た。
どこも金持ちは同じらしく、この屋敷も無駄に広い。
促されるままに部屋に入るとそこには、到底お年寄りには見えない、ガタイのよい白髪の男の人が立っていた。
目は鋭く、なかなかに美丈夫だ。
これは若いときは、相当モテたであろう事が蓮にも伺えた。
八雲が年齢を重ねたらこんな感じか?……そんな事が頭を過ったが、蓮は気付かない降りをする。
それが、何を意味するか、何て知る必要も無いからだ。

「お嬢さんが、蓮さんだね?」

鋭い目はそのままに、此方を見透かす様な視線を向けてくる翁。

「はい、鬼頭蓮と申します。…この度は、この屋敷への滞在を許可して頂き、有難うございます」

「なぜ、許可したと思ったのかね?」

「この屋敷の主が貴方だと伺いました。…なら、貴女の許可が下りないうちに、敷居を跨ぐ事は出来ないと思ったからです」

「……うむ、頭の回転は良さそうだ。…して貴女は八雲の何なのかな?」

やはり、害虫駆除が目的の今回の面談か。
最悪、裏の情報の為かとも危惧していたが、それに比べれば此方の方がずっと良い。  

「因縁の相手……でしょうか」

「此方をからかっている風でもない…か。それの意味を聞いても?」

あくまでも訪ねる様に、主導権は翁の方に有るだろうに、小娘をたててくれるこの人の器はデカイ様だ。

「私自身、なぜ彼が私を構うのかが解らないのです。何も得する事はないと思うのですが」

黙って聞いていた翁は、考えを巡らすと私を見た。

「孫の片思いか……。蓮さん、あれはなかなかに良い男に成るぞ?……いっそ、うちの嫁に来んかね」

「は?…」

一瞬、何を言われているのかが、解らなかった。

「もちろん、蓮さんさえ良ければ、だがな」

「待ってください!…私は、親の顔さえ解らない、裏家業の人間ですよ!?」
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