運が良い男

黒鉦サクヤ

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「あなたと初めて会った日に、その……自分の運を信じてみたくて初めて引いたんですよ」
「へー、なんで? 今まで引いてなかったのに、なんかそういう心境になったってこと?」

 これは聞かないと。っていうか、おみくじ引いたから人間界と繋がったとか言わないよね。

「ノーコメントで」
「却下する。なんか俺が関係してそうだから聞きたい」
「だから嫌だって言ってるんじゃないですかぁ」
「俺、知る権利あると思うので駄目です」

 飄々としてる人物の狼狽える姿が、なかなか良いものだということに気づいてしまった。ちょっと見える耳が赤いのも、嗜虐心をくすぐられる。

「あぁ、もう! あなたに嫌われるのが嫌なんですよ」
「へ?」

 俺に嫌われたくないの? 暗に嫌われるようなことをしたと自白してるんだけど、そんなことあったっけ。まぁ、説明をしてくれれば二年も一緒に暮らしてて情が湧いたし、決別するとこまではいかないような気がするけれども。

「分かった。聞いても嫌いにならないと約束するから話して」
「本当に?」

 何度も念押しで聞いてくる男に頷きながら、ここまで必死になるくらい俺に嫌われたくないのかと不思議に思う。だって、今までそんな素振り見せたことないし。のほほんと縁側でお茶を飲む、茶飲み友達がいなくなるのが嫌なのか?
 とにかく大丈夫だからと宥め先を促すと、男はとんでもないことを言い出した。

「そろそろ伴侶を探せと言われてたんですがね、面倒くさいなと放置してたんですよ。でもたまたま繋がった人間界でやってきたあなたが、その、とても良かったので、えぇいとおみくじを引いたら大吉を引き当てたので、これは運が良いと」
「最初のもすごく気になるけど、ちょっと置いておいて。もしかして、俺に会ったときに言った、運が良いって言葉は自分がおみくじ引いて出た言葉?」
「あぁ、はい。そうですね」

 あれは俺に言ったんだと思った。

「なるほど。俺の運が良かったわけじゃないんだな。よし。次に行こう。それで、俺がとても良かったの意味は?」

 説明しないと駄目なんですか、と狼狽える男に頷く。もう、ぜんぶ聞くから早く言ってくれ。

「あなたの発する気というか雰囲気がとても私に馴染むので、絶対に連れて帰ろうと思いまして通行券が発券されたということに」
「え、まさか異界移住強制参加って誘拐?」
「あー……申し訳ない。説明しても頷いてくれる方が少ないので、わりとみんな強引な手段で、その……」

 まさかの誘拐だった。すごい、一目惚れからの誘拐ってなかなか無い。異界に誘拐されて、ほぼ監禁されてるってことだよね? いや、これは飼い慣らされている。でも、それを知ってもなんか怒りとか湧いてこないのは、絆されたからなのか、ここでの生活が気に入ってるからなのか。
 というか、この男。今までそれを黙ってたこともすごいけど、そんなにまでして連れてきたかったのに、手も出さないってどういうこと。
 なんかもう可笑しくなってしまって、笑ってしまった。それを見た男は、ぽかんと口を開けて俺を見つめている。

「マヌケ顔だなぁ」
「いやぁ、だって嫌われるだろうと思っていたのに、あなたはそんなに穏やかで」
「最初に約束しただろ。嫌いにならないって。ここに強制的につれて来られたときは運が悪いって思ってたし、さっきも思ったけど、よくよく考えてみると特に悪いこともなかったよなと思ってさ」

 ブラック企業に務めていてどうやって辞めようかと考えていたところだったし、人間関係だるいなと思っていたし、家族は他界済みだったし。あっちの世界に未練はさほどなかった。あるとすれば、冷蔵庫に十五連勤のご褒美としてブランド牛の肉の塊入れてたことくらい。随分と小さな心残りだなって思ってしまうから、やっぱり未練は無いのかも。
 こちらでの生活の方が充実している。連れてきてもらって良かったんじゃないか、そんな気がしてきた。

「やっぱり、俺は運が良かったんだな」

 でも、俺は一つ不思議に思っていることがある。俺を連れていきたいと選んだのがこの男だとして、神様が発行する券はどこからきたのか。

「本当に運が良かったって思います?」

 不安そうにしながら尋ねる男に頷き、最後の疑問を口にする。

「なあ、俺に異界移住強制参加の発券した神様ってあんた?」
「あ。それは」

 男は見事に固まり、聞かなくても答えが分かってしまう。
 先程のおみくじに対する自信満々な態度は、自分がこの神社の神様だからだったのか。神主にも見えなかったけど、神様がこんなラフな格好で縁側で茶を啜ってるのを誰が信じるというのだろう。神様だと見破れる奴はいないだろうな。

「重ね重ね申し訳ない。えぇっとですね、一応話そうとは思ったんですよ。ただ、何も言わなくてもあなたは優しいし、自分勝手なことにこのままでも良いかなって思ってしまってですね」
「ほぅ。それで?」
「伴侶には真名を教えるんですがね、なんの説明もなしに教えるのは気が引けるし、教えるとなるとすべて話さないといけなくて。話して嫌われたらと怖くなってしまい黙ってました」

 これで全部話しましたよぉ、と怒られると思って項垂れてる男の頭を撫でる。思ったより触り心地が良くて、さらさらと指の間を髪が滑り落ちる感触を楽しむ。
 俺は異界の神様に気に入られてしまった。今後、何が起きても驚かない精神でいかないと疲れてしまう。

「良いよ。ぜんぶ聞けてスッキリしたから」

 これは本当。訳が分からないままに強制移住させられたから不満だったのもあるし。誘拐なのがいただけないけど、この男のことは嫌いじゃないからなぁ。好きかと聞かれると、それはこれから考えるって感じだけど。だって、俺はまだ告白されてないし、なんてったって、俺に起きたすべてを今聞いたし。

「とりあえず、その真名ってのを教えてよ。あと、連れてくる前に俺に言わなきゃならないことがあるだろ」

 異界に攫う前に告白をしろ。俺は何も聞かないまま二年も悶々と過ごしたんだぞ。酷い話だ。
 頭を撫でられ戸惑いの表情を浮かべていた男は、俺の言葉に笑みをこぼす。
 花が綻ぶように笑う男が自分の真名を、俺の耳元で囁く。さらりと揺れた髪の間から見えた男の瞳は、空のように青く澄んでいた。
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