余所者のいない町

黒鉦サクヤ

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余所者のいない町

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「あぁ、そうだったわ。あなた、他所から来たから知らないわね」

 不意に突きつけられる疎外感。
 確かに私は他所からこの町に引っ越してきた。隣の家に住む彼女も悪気があって言ったわけではないのだろうが、その言葉が余所者だと言われているようで悲しくなる。少しでもこの町に溶け込みたい、と努力してきたのが無駄だったのではと苦しくなるではないか。
 都会は良くも悪くも新しく来た者に無関心で、一般的な常識さえ持っていれば好きなように生きていくことができる。しかし、田舎はそうもいかない。だからこそ、溶け込む努力を怠らなかったのだが、今度町で行う神事のせいでまだまだ余所者扱いされていることがあらわになってしまった。

「神事はね、この辺りで三百年ほど前から行われているの。その頃、ここはもちろん深い山の中で生きるのも大変だったと聞くわ。そこで、神に自分たちの暮らしが良くなるように祈りを捧げたそうよ」

 豊作を願う祭り、雨乞いなど様々な理由から、人々は神に感謝し祈りを捧げてきた。ここでの神事もそういった類のものなのだろう。

「この神事に参加することで、あなた達も皆から受け入れられると思うわ。頑張ってね」
「え、あの……なにか私たちがすることってあるんですか? あるなら教えてください」
「そうねぇ。私が教えるより、神主さんから聞いたほうがいいわ。ほら、又聞きだと正確じゃなかったりするでしょう?」

 たしかに、と私は頷く。先に教えてくれただけでもありがたい。私は感謝を伝え、明日聞きにいくことにする。

「あまり心配しないで。そんなに難しいことじゃないから。それじゃあ、またね」

 にこやかに微笑み去っていく彼女の背を見つめ、私も家へと戻る。
 庭に差し込む夕日を浴びて、縁側でネコのごまめが寝ていた。その幸せそうな寝顔を見て、私の口元が緩む。前のところでは庭先に出るのが好きだった子だけれど、ここに来てからは警戒してか家の中から出たことがない。たまに外に向かって威嚇をしているのは、おそらく他からやってきた猫や見知らぬ人が見えるせいだろう。
 のどかでゆったりとした時間が過ぎるこの町は、良いところだと思う。ほんの少しの疎外感はあっても、町の人たちは親切だ。たまに鋭い視線を感じることがあるけれど、見知らぬ人を見かけてのものに違いない。
 この辺りは町と言っても、五つの村が寄せ集められて町になったばかりなのだそうだ。だから、町の人たちの結束も昔の村ごとにまとまっている。見知らぬ者が現れただけで大事件となり、異質なものを見る目で見られても仕方がない。けれど、どうやら余所者かどうかなど、子どもたちには関係ないようだ。

「ただいまー!」
「おかえり。今日はどうだった?」
「今日はねー、校庭でみんなと鬼ごっこした」
「あら、良かったわね。怪我しなかった?」

 満面の笑みを浮かべて話す我が子に、私も笑みを返す。

「大丈夫だよ。怪我しても、神様に祈れば治るんだって」
「えー、本当?」
「本当だよ! ボク見たもん」

 怪我をしたのに祈っただけで治るのを?
 私は背筋がすうっと寒くなるのを感じる。そんなインチキまがいのことが起こるはずがない。なにかタネがあるに違いない。そう思ったけれど、本人が見たと言っているのに強く否定するのもどうだろう。私は曖昧に笑って、夕飯の支度に取り掛かる。

「ねぇ、信じてないんでしょ。ボク、嘘つきじゃないよ!」
 追いかけてきて、自分は嘘をついてないと言う。嘘をつくような子じゃないのは分かっているから、本当にそう見えたのだろう。

「あなたを疑ってないわ。本当よ」
「……それならいいけど」

 何か言いたそうにしながら、縁側に戻っていく。夕飯までは少し時間がある。きっと、ごまめと一緒に昼寝でもするのだろう。
 私は小さなため息を吐きながら、軽やかに包丁の音を響かせた。

 翌日、私は神社を訪れていた。田舎の神社にしては立派で、鳥居も大きく社殿も見事なものだった。昔から近くの村総出で通っていたというのだから、とても慕われている神社なのだろう。
 まずはどなたが祀られているのだろうと調べようとしたところで、神主さんに声をかけられた。

「おや、あなたは……」
「初めまして。先日越してきたクヌギと申します」

 穏やかそうに見える神主さんは境内の花に水をあげていたのか、水桶を持ち近づいてくる。

「あぁ、うちの子が息子さんの話をしてましたよ。元気で明るい子だって」
「そうでしたか。一緒に鬼ごっこをしたりして遊んだって話を聞いたんですが、神主さんのお子さんも一緒だったんですね」

 同世代くらいかなと思ったけれど、子どもも同じくらいの年齢だったのか。

「仲良く遊んでいるようでなによりです。ところで、今日はお参りに?」
「あ、それもあるんですが、今度行われる神事について聞いてきたらと言われたもので」

 なるほど、と頷いて神主さんは私を社務所へ促す。

「では、お茶でも飲みながら当日のことについてお話しましょうか」

 温かいお茶をいただきながら、この神社と五つの村の話を聞く。

「この町が五つの村を寄せ集めてできたのはご存知で?」
「えぇ。皆さん、こちらの神社にお参りされてたと。神事も三百年ほど続いていると教えてもらいました」
「ちょうど五つの村の中心がこの神社なんですよ。どの村からも通いやすかったからでしょうね。村同士の交流にも一役買っていたというわけです」

 にこりと笑いながら、神主さんは私に二枚の紙を差し出した。

「神事はなにも難しいことをいたしません。この紙を身につけて来ていただくだけです」
「それだけですか?」

 私は拍子抜けしてそんな言葉を呟いてしまう。けれど、気分を害した様子もなく、神主さんは続ける。

「そうです。新しく氏子になったという目印をつけ、しっかりと神様に見つけてもらうためのものです」

 はぁ、と返事をしつつ手にした紙を眺める。複雑な文様と読めないけれど文字のようなものが書かれていた。

「これで神様に見つけてもらうんですね。そして、私たちはようやくこの町に認められる」
「そうです。本当はすんなり新しく来た方をお迎えできればいいんですが、こういったところでは昔ながらの行事やしきたりが重要視されるものですから」

 苦笑気味に告げる姿に、私も釣られて笑った。

「いえいえ、郷に入っては郷に従えと言いますし。神事のあとは皆さんと仲良くなれたら良いなぁと思います」
「大丈夫。少し融通がきかないだけで、皆さん優しいですから」

 神主さんに断言されて、少し心が軽くなる。人付き合いは苦手ではないが、敵意のようなものを向けられるのは身の危険を感じてしまうから嫌なのだ。仲良くなるに越したことはない。

「私、この町に来てよかったと思ってるんですよ。前にいたところは息が詰まって仕方がなかった」

 ポツリと心に溜め込んでいたものが漏れてしまう。神主さんは否定も肯定もせず、そうでしたか、とだけ告げる。

「だから、早くこの町に溶け込んで、私たち家族にとって本当の居場所ができればいいと思ってるんです」
「そうですね。神事まであと数日ですから。あなたの願いが叶うことを私も祈っております」

 ありがとうございます、と告げて私は社務所をあとにする。家に帰ってから、神社にどなたが祀られているのか確認するのを忘れたことに気がついた。けれど、神様なんてどこも同じだろう。私はそんなに信心深くもないし、当日確認しても問題ない。知りたかったのは、氏子となるにあたって知らないままなのもどうかと思ったからだった。

 そして、ついに神事の行われる日となった。盛大なものではないと聞かされていたけれど、とんでもない。田舎での規模でいったら、最大級のものではないか。
 神社までの道のりに色とりどりの屋台が立ち並び、子どもたちの笑い声が響く。

「すごいね。もっと静かにやるんだと思ってた」
「そうね。そうだ、神主さんからもらった紙は持ってきた?」
「持ってきた! 皆に言ったら、ようやく俺たちと一緒だね、って言われたよ」

 仲良く遊んでいたようだったけど、子どもたちの中にも大人と同じような括りがあったのだろうか。

「ねぇ、この町に来てよかった?」
「うん」

 笑顔で頷くのを見て、ここへ来たのは間違いだったのではないか、という考えを捨てる。私は救われたような気がしたけれど、この子には酷なことをしたような気がしていたから。でも、すべてを捨ててここへ来たのは間違いではなかったのだとようやく思うことができた。

「ねぇ、遊んできていい?」

 手招く子どもに向かって手を振り返しながら尋ねる子に、私は頷く。

「遠くまで行かないようにね。あと、お祈りが始まる前に戻ってきなさい」
「分かった!」

 待ちきれないと走り出すのを見つめ、私はのんびりとした日常に笑みを浮かべた。

 どうしよう。あの子が戻ってこない。
 幻想的な揺らめきを放つ篝火の中で神楽を舞う巫女を横目に、私は我が子を探していた。近くにいた子どもたちの集団に聞いてみたけれど、今日は遊んでいないという。ならば、先程の子どもたちは一体誰だったのか。
 こういった場では、人間以外のものが現れることもあると聞く。神隠し、という言葉が脳裏に浮かぶ。全身の血が下がっていくのを感じ、目の前が真っ白になり座り込む寸前で誰かに支えられた。

「大丈夫ですか。あちらで休みましょう」
「え、あの、でも……うちの子がいなくて」

 引きずられるようにしながら、人混みから連れ出される。途中でいなくなった我が子のことを訴えると、安心するよう言われた。血が足りないのか頭が回らず、どうすればいいのか分からない。

「うちの子が……あの……」
「大丈夫ですから落ち着いて。先程、遊んでいるのを見かけて、そろそろ時間だからと声をかけて端にいてもらったんですよ。うちの子にあなたに伝えるよう頼んだんですが、行き違いになってしまったのかな」

 私を人混みから連れ出したのは神主さんだった。そして神主さんが手招きしていたのは、先程見かけた子どもだ。

「ごめんなさい、見失っちゃって」
「いえ、無事ならいいんです。伝えに来てくれてありがとう」

 はにかんだ笑みを浮かべた少年は、父である神主さんとよく似ていた。取り乱して悪いことをしてしまった。今日を過ぎれば皆とうまくやれるようになるという想いが、私を焦らせたのだろう。

「本当にすみません」
「お気になさらず。何事もなかったんですから」

 えぇ、と頷きながら、私は顔の前で手を振って顔の熱を冷ます。何事だと集まってきた人たちも、神主さんがなんでもないよと告げると散っていった。

「さて、そろそろですね」

 巫女の舞が終わったようだ。パニックになり背を向けていて最後まで見ていなかったけれど、来年は見てみたいと思う。
 神主さんの案内で我が子と合流し、神事に備える。結局、祀られている神様のことを調べなかった。祈るときに謝罪しようと思いながら、整えられていく舞台を眺める。
 しばらくすると、全身を映すことができる大きさの鏡が運ばれてきた。随分と大きい。これが古いものだとしたら、とても丁寧に手入れがされているし貴重なものだろう。曇りがないほど輝いている。

「随分大きいですね」
「はい。あちらが御神体なんですよ」
「えっ、あの鏡ですか?」

 古いかもしれないと思ったけれど、三百年も前から存在している鏡にしては大きすぎやしないだろうか。まだ技術も発達していない時代に、あれほどまで精巧に作れるのかという疑問が湧く。

「鏡……まぁ、同じようなものです」

 同じようなものとは一体どういうことだろう。鏡といったら天照大御神を思い浮かべるけれど、似たようなものということはおそらく違う。それにどこか違和感があるのだ。
 考え込んでいるうちに時間がきたようだ。

「では、お二人は御神体の前へ行ってください」
「えっ、あそこに?」
「神様にご挨拶をして、はじめて皆に受け入れられるようになるのです」

 はぁ、と私たちは顔を見合わせつつも言われたとおり舞台に上がる。皆の視線が私たちに集まっているのを感じる。

「なんか、こわいよ」
「大丈夫よ。さぁ、ご挨拶をして帰りましょう」

 手を繋ぎ、大きな御神体の目の前に立って視線を向ける。その瞬間、体が何かに固められたように動かなくなる。視線すら逸らすことができず、我が子がどうなっているのかも分からない。

「新たに我らの仲間になるお二人です。生まれ変わったらもう仲間ですから、どうぞ仲良くお願いしますね」

 遠くで神主さんの声が聞こえる。生まれ変わったらとはどういうことだろうか。私は私でなくなるのだろうか。
 鏡面が波打ち、艶やかな笑い声が聞こえる。それは鏡の向こうから響いている。
 鏡のようなものは鏡ではなかった。目の前に立つ私たちが映っていない。先程感じた違和感もそれだった。
 笑い声が近づいてくる。ゆっくりと波打つ鏡面が静まり返った。その瞬間、とぷん、と二本の腕が現れ我が子を鏡の向こう側へと連れ去る。声をあげることも逃げることもできず、あの子は何かに捕まった。目印となる符が、あの子の存在をを何かに教えてしまったのだ。
 なんということだろう。なぜ、私は神様の存在をしっかり調べなかったのか。何を祀り、何に感謝しているのかを知るべきだったのに。
 きっと、皆が信じているのは神様なんかじゃないのだ。古からここにいる、何ものかに支配されている。この土地は生きるのに過酷な土地だったと言っていた。普通の人間が生きるのには適さない土地。だから、適す体にされたのだとしたら。
 生まれ変わったら、の意味はそういうことではないのだろうか。
 とんでもないところへ来てしまったと、今更後悔しても遅い。我が子はもう連れて行かれてしまった。きっと、戻ってきたあの子はあの子じゃない。私の大切な子は消えてしまう。
 しばらくして消えたときと同じように、とぷんとあの子が戻ってきた。夢を見ているようなとろんとした表情で、ただいま、と言う。

「お母さんも早く行ってきて。すごく気持ちよかったんだ。僕、生まれ変わったんだよ」

 違う、あなたはあの子じゃないわ、と言いたいけれど声が出ない。あの子は『僕』とは言わないの。
 異界で作り変えられて戻された体は、きっとこの世のものではない。そういえば、ここには病院が一つもなかった。これだけ人がいれば耳鼻科や内科もあちこちにありそうなものなのに、どこにもない。それは、祈れば傷が治り病気にかからない体だからなのではないか。あの子が見たのは夢でも幻でもなかった。
 やめて、私を連れて行かないで。
 そう願うけれど、無情にも鏡面から腕が伸び、私を優しく抱きしめる。
 あぁ、温かい。心地よい感情が私の中にあふれてきて、私は一瞬でそれに身を委ねてしまう。
 皆の言う神様に抱きしめられながら、私と神様の体が一つに溶け合っていく。二人の中身が皮だけを残してアメーバのように崩れ、私たちはただの液体になる。そして、そこから新たに体を構築していくのだ。
 体を弄り作り変えられていくのが気持ち良い。溶けた体に脳があるのか分からないけれど、火花が飛ぶように快感が何度も押し寄せる。神様を、新しい肉体になるのを拒んだのは間違いだった。こんなにも気持ち良く、そして神様は慈愛の心に満ちている。

「ここで生きるのに最適な体。私たちに必要な体」

 与えられるのは過酷な環境下でも苦しむことのない体だ。代わりに神様に私たちが差し出すのは、人間の体と畏敬の念、そして神への愛。この地で暮らしていくのに必要なことだ。
 神と溶け合い一つになった私たちは、神の一部を宿し生まれ変わる。この地域は皆、神の一部を宿している神の子なのだ。
 生まれ変わった私は、目の前の美しい姿をした神に祈りを捧げる。私たちの神はこんなにも優しい。余所者の私たちも受け入れてくれた。口にくわえているのが、血の滴る私の心臓でも構わない。そんなものはいくらでも捧げよう。
 私は神に見送られながら、皆のもとへと帰った。
 異界から戻った私は、体の力が入らずそのまま座り込んでしまう。慌てて駆け寄ってきた我が子に大丈夫だと微笑む。さっきは私の子ではないと思ってしまってごめんなさい、と胸の内で詫ながら、ともに生まれ変わったことを嬉しく思う。

「新たに仲間が生まれたことを、皆で喜びましょう」

 神主さんの言葉に歓声があがる。
 今なら分かる。なぜ、私たちが余所者だったのか。皆と感じる一体感は言葉だけではなく、体そのものが繋がっているのを感じるからだ。
 ただ、ほんの少し脳裏をよぎるのはネコのごまめだ。もしかしたらあの子はこの町の秘密に気づいていたのかもしれない。家に帰って、威嚇されたらどうしよう。あぁ、一緒に連れてくるんだった。一緒にあの子も同じものになれば良かった。
 ごまめのことは気になるけれど、私たちはようやくこの町の住人になることができた。そのことに心から感謝し、私たちの居場所ができたことを喜んだのだった。
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