シンデレラの物語

柚月 明莉

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第1話

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皆様は『シンデレラ』のお話をご存知でしょうか?

カボチャの馬車、ガラスの靴といったキーワードを聞けば、ぼんやりと思い起こされるでしょうか?



これは、皆様がご存知の『シンデレラ』とは少し違った、1つの物語です。

不幸な主人公が最後にはハッピーエンドを迎える、素敵なお話。

しばし、お付き合いください。



さて、それでは。

はじまり、はじまり。







◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇







昔むかし。

とある小さな王国に、それはそれは評判の美人が居りました。

波打つ金の髪はきらきらと輝き。

その瞳は、青空を切り取ったかのように、澄んだ水色。

白い頬はふっくらと柔らかく。

瑞々しいサクランボを思わせる唇は、ぷっくりつややか。

誰もが見入り、ほぅ、と知らず息を吐く程の美しさ。

名前を、シンデレラと言いました。



シンデレラは自身の美しさを驕ること無く、慎ましやかで穏やかな性格でした。

父親は仕事で家を空けることが多かったのですが、帰って来た時には両手に一杯のお土産を抱えてくれました。

母親はそんな父に替わってシンデレラの面倒をよく見て、美味しい料理や、清潔な衣服を与えてくれました。

特別裕福でもないけれど、充実した毎日を送ることが出来て、シンデレラは幸せでした。

──ところが。



ある日突然、それが崩れ落ちてしまいました。

母親が、亡くなってしまったのです。



流行り病に罹り、母親はあっという間に帰らぬ人となってしまいました。

シンデレラの嘆き様は、それは悲痛なものでした。

あんなに楽しく幸せだった日々が嘘のようで、来る日も来る日も泣き暮れておりました。



しかし、シンデレラの不幸はそれだけではなかったのです。

父親が新たに連れて来た、再婚相手の女性。

彼女には連れ子が居り、その少女はシンデレラと1歳違いでした。

シンデレラの世話と、悲しみを少しでも癒してくれることを望んで、父親は再婚を決意したのでした。

けれど、その父親が仕事で家を空けるや否や、彼女達はシンデレラにきつく当たったのです。

食事の準備や後片付け、衣類やシーツの洗濯、屋敷中の掃除……。

ありとあらゆる雑用を、シンデレラに押し付けました。

まるで召使いのように、こき使ったのです。

可哀想に、シンデレラは誰にも助けてもらえないまま、毎日くたくたになるまで働かされました。







「……──母様かあさま……」



小さな唇が、はぁ、と小さく溜め息をつきます。

かつてあんなに瑞々しかったそれは、ストレスのせいか、やや艶を失っております。

毎日綺麗にブラシを通してもらっていた金の髪も、最近は手入れが行き届いていません。



シンデレラは狭い屋根裏部屋に押し込められ、粗末な服に身を包んでおります。

持っていたドレスもアクセサリーも、全て継母と姉に取り上げられてしまいました。

部屋にあるのはボロボロのベッドと、壊れる寸前の小さなテーブル。

そして必死に隠して唯一守り抜いた、家族写真。

かつて母が居た頃に3人で撮ったそれが、シンデレラの心の支えでした。



「……母様……」



じっと写真の母を見つめるシンデレラ。

水色の瞳に、じわじわと涙が溢れて来ます。



「……もう、どうしたら……」



段々とぼやける視界。

涙を拭おうと手を持ち上げ、ふと目に入った自分のそれに、シンデレラは悲しい顔をしました。

慣れない水仕事で、その手はすっかり傷んでいます。



今日も今日とて、散々こき使われました。

どうやら今晩、お城で舞踏会があるそうなのです。

その為に、継母と姉に言われて、朝から大忙しでした。

ドレスや靴、アクセサリーの準備。

化粧や髪の結い上げ。

ああでもない、こうでもないと文句を言われながら、何とか仕上げて、彼女達を見送ったのはつい先程。

くたくたに疲れ果て、今日はこのまま寝てしまおうとしておりました。

……そうです。

シンデレラは、連れて行ってもらえなかったのです。

何でも今夜の舞踏会は王子様の結婚相手を探す為のものであるそうなので、国中に居る年頃の娘は必ず参加するように、とのお達しだったのですが──。



「お前のような者を連れて行けば、私達が笑い者になってしまうわ」



意地悪くそう言って、彼女達は自分達だけで行ってしまったのです。

でもシンデレラは、それを妬むこともありませんでした。今すぐに望むのは、休養を取ることだったからです。

ちっぽけなベッドに横たわり、もう1度息を吐きました。

今夜、継母達がすぐに帰って来るとは思えません。

今しばらく、少しの休養を──……。



「……──舞踏会に、行きたくないのかい?」



……取れませんでした。

狭い部屋に、ぽつりと落とされた声。

継母でも姉でもないそれに、シンデレラは億劫そうに目を開けました。



「…………誰……?」



日没を迎え、薄暗くなった部屋の中。

灯りなど勿論与えてもらえませんでしたから、じっと目を凝らすしかありません。

薄い暗闇に目が慣れて来ると、室内に誰かが立っていることが分かりました。

でも一体、いつの間に──?



その人は、この王国では珍しい風貌でした。

夜空を彷彿とさせる、漆黒の髪。

対して肌は白磁のように真っ白で。

すっと通った鼻筋も、髪と同じの黒い瞳も、彼を凛々しく見せています。

所謂イケメンというやつです。



「…………?」



現れた彼に見覚えも心当たりも無く、シンデレラは小首を傾げました。その動きで、未だ輝きを失っていない金の髪がさらりと零れます。

警戒の「け」の字も無いその様子に、漆黒の青年がくすりと苦笑しました。



「……珍しいね。俺を見て、悲鳴も上げないなんて」



「え?  そうですか?」



「うん。大抵の奴は俺を見たら、怖がるんだけど。だってこんな外見だし?」



確かに。

彼の姿は、この王国では滅多に見られないものです。

おまけにその身を灰色のローブが包み、怪しさ満点です。

けれど、シンデレラはそうは思いませんでした。再び小首を傾げ、不思議そうに返します。



「そうですか?  お肌も白いですし、そのおぐしも癖が無くて真っ直ぐで、綺麗だと思いますけど……」



一体何処に、怖がる要素が?

口からの出任せではなく、本心でそう言うシンデレラ。

その様子に、青年は呆気に取られました。そんなことを言われたのは、初めてだったのです。



「…………君って、変わった子だね」



「?  え、 そうですか……?」



「……まぁいいや。うん、俺のことはいいんだよ。今は君のことだ」



「えっ、私ですか?」



「そ、君のこと。君だって1度ぐらい、お城の舞踏会に行ってみたいだろう?」



「………………」



青年に問われた途端、シンデレラは押し黙りました。言葉を失ったかのように、その美しい唇を閉じています。

返事をしないのではなく、出来ないのだということは、黒の青年にもすぐに分かりました。

何故ならシンデレラには、お城へ行く為の準備が出来ないのですから。



「もしかして、ドレスが無いのを心配してる?  全部、あの性悪女達に取られたんだろ?」



「…………」



「それなら大丈夫だよ。だって俺は、魔法使いだからね」



「──えっ?」



何でもないことのように。

さらりと言ってのけて、青年がにっこり微笑みます。それから腕を上げて、ぱちりと指を鳴らしました。



「ちょっ、待っ……!」



青年の言葉に呆けていたシンデレラでしたが、我に返った途端、何故だか焦ったように叫びました。

けれども、それよりも、黒の魔法使いの方があっという間でした。

シンデレラの身を光が包み込み──。



次の瞬間には、お姫様の姿に変身していました。



輝くばかりの金髪は、まとめて結い上げられ。

其処に淡い桃色の生花が飾られて。

現れた項は、雪のように真っ白です。

そして元々の素材が良いのでしょう、薄化粧にも関わらず、より美しい顔かんばせになり。

ふっくらぷっくりの唇は、甘い蜜を彷彿とさせます。

更に細身は、やはり淡い桃色のドレスが包み。

コルセットなどしていないのに、腰の細さを露にして。

まるで天使が舞い降りたような、魅力的な美しさです。



「………………」

「………………」



煌めく宝石のような美貌に対し、言葉を失う2人。

薄暗さを取り戻した屋根裏部屋に、奇妙な沈黙が落ちます。



「………………」

「………………」



………………幾ら何でも、黙りすぎではないでしょうか?

あまりの美しさに目を丸くしていましたが、黒の魔法使いはようやっと我に返ったようです。

首を傾げながら、胸中を溢しました。



「……えぇと……あれ、俺、魔法間違えたっけ……?」



「………………」



「……いや、俺に限ってそんな筈…………」



「………………」



「……ってことは……えーと……」



「………………」



言いにくそうに、言葉を探す魔法使い。

先程までの自信たっぷりな態度は何処へやら。

目はうろうろと彷徨い、目の前のシンデレラを伺っています。



「……えーと……君って……」



普段なら不躾だと、じろじろ見ない彼ですが、この時ばかりは違いました。

自分の見ているものが信じられずに、闇色の瞳で、じっと見ています。



──シンデレラの、真ッ平らな胸を。







「…………──男の子、だったっけ?」




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