1 / 1
アンジェリカ令嬢の斜め奮闘記
しおりを挟むそれはまるで、異国の言葉のようだった。
「──はい?」
私は目をぱちくりと瞬かせ、目の前の男性──お父様を、眺めた。
ロマンスグレーの髪は幾筋かほつれ、頬はげっそり痩けている。目の下にははっきりとした隈があり、お父様の疲労具合が手に取るように分かった。
「……お父様……今、何と……?」
「……すまない、アンジェリカ……すまない……」
項垂れながら、続けられた言葉。
力無い父を、許してくれ。
まるで、懇願するようなお父様。
隣に寄り添うお母様は、目を真っ赤にさせて泣いている。
こんな両親の姿は、初めて見たわ。
「………………」
泣き崩れ、絶望に打ちひしがれる2人を前に、私は持っていた扇子を床に落とした。
その動きと同じように、私の中で、1つの可能性がすとんと落ちてきた。
「…………──まさか、そんな……確認は、何度もされたの……ですよね…………?」
途端、お母様がわっと声を上げて泣き崩れる。普段であれば、ドレスが汚れると、淑女にあるまじき行為だと、あれだけ怒ってみせる、あの母が。
お父様はぐったりしたまま、すまない、と、そればかり繰り返した。力不足で申し訳ない、と。
異様な2人から聞かされた言葉は、聞き慣れた母国語である筈なのに。
けれど私にはまるで、異国の言葉のようだった。
* * * * * * * * * *
突然だが、実は我が領は貧乏である。
包み隠さず言えば、極貧である。
小さな領地で皆慎ましやかに生きてきたけれど、この夏にやって来た干ばつ、冬にやって来た寒波には勝てなかった。
作物は全然育たないし、水も充分に確保できないし。
お父様は領主として、お母様も領主婦人として資金繰りや作物の購入を頑張ってきたけれど、財政が先に悲鳴を上げた。
つまり、お金が底を突いた。
領民達を助ける為に、我が家は奔走した。
売れる家財は全てお金に換え、食糧や水の代金に充てた。宝飾品やドレスなんて、我が家には何処にも無い。
私のお気に入りだった物も、泣く泣く全て手放した。
けれども、自前で出来ることなんて所詮は限界があって。
もうどうしようもない状況に陥ってしまった。
明日も生きられるかと心を苦しめていた、その時。
何と、資金援助を申し出てくれた人が居たのだ!
何という奇特な方!
ありがとうございます!
両親はその方と契約を結び、沢山の資金や物資の援助を受けた。
お陰で我が領は何とか冬を越せる目処が立ち、更には来春に向けて作物の種や良質の土なども貰え、灌漑事業も計画・実行できた為に良質の水がたっぷり確保できた。
その方は我が領の土壌に合った作物を提案してくださったり、溜め池を作ること、井戸を掘ることなど指示してくださったり。
もう、感謝してもしきれない!
領民諸手を挙げて大感謝だ!
──が。
「いいえ、どうかお気になさらず。我が主は、契約を履行さえしてくだされば満足ですから」
契約者代理人の執事さん。
彼に爽やかににこやかに言われて、ん?と気が付いた。
契約?
履行?
当たり前だけど、まさかまさか善意だけでこれだけのことをしてくれた訳が無い。
両親は、大事に仕舞い込んでいた契約書を慌てて引っ張り出した。
目を皿のようにして、端から端まで読む。
読む。
読む。
そして。
「…………──ぇ…………」
真っ青になった。
契約書の最後に書かれた1文。
達筆で流麗な文字が、静かに並んでいた。
──『尚、此度の資金、物資、進言等の見返りとして、貴家御息女・アンジェリカ=ユーステス嬢を貰い受けること』。
──だからあれ程人の話は最後まで聞きましょうと言っているでしょうが!!!
* * * * * * * * * *
さて。
突然だが、実は我が両親は非常に危なっかしい。
お父様はお人好し。
お母様は天然。
ぼけぼけ夫婦な2人は、これまで幾度となく他人の口車に乗せられそうになってきた。
壺とか。
絵画とか。
宝石とか。
せめて本物であればまだ救いもあるけれど、大抵が贋作で。
素人の私でも分かるぐらい。
私や使用人一同で、何度止めたことか。
だから。
今回の援助も、当然『その手』の類かと疑った。
使用人一同で。
けれど、書状を携えてやって来た執事さんは、まるで紳士のようで。
その書状も、きちんとした時節の挨拶から始まり、お手本みたいに綺麗な文字で書かれ。
我が領の土壌、気候などを鑑みて、こういった対策をしては如何かといったふうに、懇切丁寧に助力を申し出てくださった。
何て良い人なんでしょう……!!
この冬を無事に越せるかと危惧していたから、私達は有難く申し出を受けることにした。
ただいつも代理人しか姿を見せないのが気になったけれど、きっと謙虚な方なのだろうと皆あまり大して気にしなかった。
両親が契約書にサインし、事業も順調に進み。
やっとのことで、来春に向けての希望が見えてきた矢先に。
契約書にあった1文が発覚。
ばっちりきっちりサイン済みだ。
おほほほほ。
全く笑えない。
みし。と手元の扇子が嫌な音を立てた。
「……──お嬢様。どうか、お気を楽になさってください」
え?
掛けられた言葉に、私はようやく我に返った。
ふと顔を上げると、向かいの席に座るマリー。私の侍女だ。
馬車という狭い空間の中で、私達は時折揺られながらも、大人しく座っている。
……この馬車も、恥ずかしながら契約のお相手が準備してくださった物で、もう本当頭が上がらない。
窓の外を呆然と眺める私を、マリーは心配そうに見つめていた。
「……その、確かに、かのお方につきましては、あまり良いお噂を聞きませんが……」
──ん?
「……えぇと……あまり愛想が無いとか、登城もあまりなさらず領地のお屋敷に引きこもっていらっしゃるとか、夜会にも全然出席されないとか、随分厳しい物言いをなさるとか、あとそれから」
「…………」
すらすらと並べ立てる彼女に、私はただただ驚き、ぽかーんとした。
立て板に水って、こういうことかしら。
「…………随分、詳しいわね。マリー……」
「割と有名な噂なんですよ、お嬢様」
「……そ、そうなの……」
し……知らなかった……。
付き添いのマリーですら知っていることを、当の本人である私は欠片も知らなかった……。
い、いいえ!
でも、それも仕方ないのよ!
だって領地のことで頭が一杯で、それどころじゃなかったのよ!
「…………あっ……も、申し訳ありません。お嬢様を不安にさせるなんて……」
黙り込んだ私に気付いて、急いでマリーが付け加える。
いいのよ……。
無知な主で、ごめんなさいね……。
「大丈夫よ、マリー。私、精一杯頑張るわ!」
「お、お嬢様……!」
「私だって、家事は一通り出来るわ! お料理もお洗濯も、マリー達と一緒にやっていたもの!」
「おじょ…………え…………?」
「だから大丈夫! 安心して頂戴、私は逃げたりしないわ!」
「す、素晴らしい決意ですが……お嬢様、あの、何か勘違いされてませんか……?」
「私、頑張るわー!」
「いえ、あの、待っ……お嬢様!?」
* * * * * * * * * *
──それから、しばらくして。
私達の馬車は、無事にお屋敷に到着しました。
えぇ、出資者の──エドワード=ティセウス=ハーグバース様の、お屋敷よ。
余談だけど、この国でミドルネームがあるのは由緒正しい家系である証拠。
代々続く貴族である証なの。
……うちはただの貧乏貴族ですけどね!
「……………………」
「……………………」
馬車の扉が開く。
のと同時に、私とマリーはぴしりと固まった。
降り口の先で、手を差し伸べて待っていらっしゃったのは──。
絶世の。
美丈夫でした。
「……………………」
「……………………」
きらきらと光を放つのは、眩い金髪。
新緑の葉を思わせる明るい緑色の瞳が、その御髪とよく似合っている。
日焼けなんて知りませんと言いたげな肌が心底羨ましい。
思わず見惚れそうになって、私ははっと我に返る。
私はそんなことをして良い立場ではありませんもの。
「……──ご機嫌よう。ハーグバース様、で宜しいでしょうか?」
出来るだけ愛想良く。
にっこり微笑んで見せる。
最初が肝心ですからね!
「……えぇ。私が、エドワード=ティセウス=ハーグバースです……」
表情を変えないまま、目の前の男性が頷いた。
やっぱり、この方がそうなのね。
……ちょっと戸惑っていらしたようにお見受けしたのは、気のせいかしら?
お手を。
そう言われて、私はご厚意に甘える。
力仕事を知らなさそうな細い指に支えられて、馬車から降りた。
「ハーグバース様御自ら、お出迎えくださり、ありがとうございます」
「……いえ、そんな……当然です……」
さり気なく目を逸らされながら、返される。
……あら?
…………。
…………あ、そう言えば。
さっきマリーが、人嫌いだと言っていたっけ。
初対面なら尚更ですわね。
私は気にしないことにして、あくまでも愛想良く、を心掛けた。
「不束者ではございますが、今日から何卒よろしくお願い申し上げます」
ドレスを緩く掴んで、出来るだけ優雅に一礼する。
余談ですけれど、このドレスもハーグバース様が用意してくださった物ですわ……。
「……あっ、いえ、こちらこそ……」
何処かぎこちない動きで、ハーグバース様が頷く。
緊張されているのかしら?
荘厳な屋敷の玄関ホールで、しっかりと握手を交わす2人。
だが彼らは、行き違いがあることに気が付いていなかった。
屋敷に準備された、数多くのもの。
例えば。
様々なデザインのドレス。
それらを収めた衣装部屋。
色とりどりのアクセサリー。
王都で有名なデザイナーの手掛けたそれらは、そう簡単に入手できるものではない。
そして。
夫婦の寝室。
──そう。
アンジェリカは、決定的な勘違いをしていた。
契約書にあった『貴家御息女・アンジェリカ=ユーステス嬢を貰い受ける』とされた文言の意味。
それは、女中や侍女といった、雇用関係などではなく。
エドワード=ティセウス=ハーグバースが、以前見かけた彼女に一目惚れし、妻にと望んだ結果のことであった。
アンジェリカの両親も、付き添いのマリーも、エドワード側の使用人達も。
全て、その認識である。
ただ。
アンジェリカだけが、盛大に意味を履き違えていた。
(──よし! 私の家事スキルを見せて差し上げましょう!)
借金返済のあてに、奉公に来たと。
そう勘違いしていた。
(頑張りますわよー!!)
そして、それを訂正する者は、生憎この場には居なかった。
アンジェリカ=ユーステス嬢。
エドワード=ティセウス=ハーグバース公。
彼らに幸多からんことを。
0
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
あなたにおすすめの小説
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
私ではありませんから
三木谷夜宵
ファンタジー
とある王立学園の卒業パーティーで、カスティージョ公爵令嬢が第一王子から婚約破棄を言い渡される。理由は、王子が懇意にしている男爵令嬢への嫌がらせだった。カスティージョ公爵令嬢は冷静な態度で言った。「お話は判りました。婚約破棄の件、父と妹に報告させていただきます」「待て。父親は判るが、なぜ妹にも報告する必要があるのだ?」「だって、陛下の婚約者は私ではありませんから」
はじめて書いた婚約破棄もの。
カクヨムでも公開しています。
婚約破棄から50年後
あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。
そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
思いを込めてあなたに贈る
あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。
『伯爵令嬢 爆死する』
三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。
その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。
カクヨムでも公開しています。
本当に、貴女は彼と王妃の座が欲しいのですか?
もにゃむ
ファンタジー
侯爵令嬢のオリビアは、生まれた瞬間から第一王子である王太子の婚約者だった。
政略ではあったが、二人の間には信頼と親愛があり、お互いを大切にしている、とオリビアは信じていた。
王子妃教育を終えたオリビアは、王城に移り住んで王妃教育を受け始めた。
王妃教育で用意された大量の教材の中のある一冊の教本を読んだオリビアは、婚約者である第一王子との関係に疑問を抱き始める。
オリビアの心が揺れ始めたとき、異世界から聖女が召喚された。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
びっくりするくらいに面白かったです!!
勘違い令嬢が無事に幸せな結婚を迎えられますように。
拙作をお読み頂きまして、また感想も投稿してくださいまして、ありがとうございます!
まだまだ文章力が無く、拙い作品ですが、お楽しみ頂けましたら幸いです(^^)
続き求む(笑)
1話完結で可(笑)
きっと、
ただ1人勘違いした令嬢の
家事見て暴走ε≡(*ノ`>ω<´)ノの後に、
旦那様のいろいろ見てみて
( ⸝⸝⸝•_•⸝⸝⸝ )♡︎♡︎ってなって
でも、私は侍女だし、、、とか
((っ•ω•⊂))ウジウジとかあって
まわりの使用人は
o(≧∇≦o)ヤキモキして
旦那様はヾ(・ω・`;)ノオロオロして、
横槍入りかけて(ここでざまぁ入ります)
( ゚皿゚)キ─︎─︎ッ!!ってなって
旦那様に心中告白して
(*´﹃`*)デレデレ
な、2人の出来上がりになるんだろーなー(笑)
ドタバタ具合がグッジョブ(*^ー゚)b
なシリーズになりそう(笑)
『令嬢はNo.1侍女をめざします!』
とか
『令嬢は恋をしたようです!』
とか
『ある使用人の愚痴と云う名の独り言』
とか
『令嬢は玉砕覚悟で突っ走ります』
とか
『令嬢は溺愛されるのも斜めってます』
とか
『ホッとするも胸焼けしますby使用人一同』
とか
『とある旦那様の夢見がちなフィルターかかった思い出』
とか、、、( *゚∀゚)・∵ブハッ
拙作をお読み頂きまして、また感想も投稿してくださいまして、ありがとうございます!
続きをと仰ってくださり、嬉しいです!(^^)
お言葉に甘えて(笑)続きを考えてみます♪