そのホラーは諸説あり

赤衣 桃

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嫌いなほうとはかぎらない

第8話

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 登校中、妙な快適さがあるのと同時に軽く頭痛がした。なにか思い出したくないことでもあるのか。
 一ヶ月ほどの一部の記憶がすっぽりとなくなったような感覚もある。女の子との記憶だとは思うが、またマイ先輩が新しい作品をつくってくれたのかもしれないな。
 教室に到着し、なんとなく一人の女子生徒の姿を見てしまう。確か……鹿児島さんだったはず。
 友達であろう他の女子生徒たちに自分の席に座る鹿児島さんが囲まれていた。
 周りにいた女子生徒の一人に肩を叩かれて彼女がこちらに身体の正面を向ける。
「あっ。おはよう……岩手くん」
「どうも、おはようございます」
 鹿児島さんはさらになにか言いたそうにしていたが結局それ以上の会話はなかった。周りの女子生徒たちが励ましているような台詞を口にしていたけどその中の一人だけ目が笑っている気がする。
 女の子に対する、ほめ言葉として正しいか分からないが工事現場にあるつるはしが似合いそうな見た目だった。
 つるはしが似合いそうな女の子と目が合う。にこやかな表情をつくり、二人だけの秘密だよと言わんばかりにこちらに手を小さく振る。
 無視をするわけにもいかないので会釈をして自分の席についた。机の中にマイ先輩からのいつもの呼びだしのメモが入っている。
 記憶にはないが鹿児島さんとつるはしが似合いそうな女の子が今回の作品に関わっていると確信をしていた。



「最近は飛びだす絵本に魅了されていてね。今回はそれを参考に作品をつくってみたんだ」
 第二図書室のいつもの特等席に座るのとほとんど同時にテーブルの向かいに立つマイ先輩が目を輝かせつつその唇を開いたり閉じたりをくり返している。
 まだマイ先輩が作品の解説をしてくれていたがぼくが退屈そうな顔をしていたためか途中でやめてしまった。
「飛びだす絵本を参考にした作品を見てほしくて呼びだしたんですね」
「ざっくりまとめるとね。今度からはテンションが高くなっても作品の解説はやめておくよ」
 なんだか悪いことをしてしまったな。一応、ぼくの中でマイ先輩も女の子として認識しているようでへこたれている姿は見てられない。
「すみません」
「謝る必要ない。作品は楽しんでもらってこそだ。解説をするべきものじゃなかったとあらためて思い出させてもらったよ」
「人の死にかたを力説しているようなものですし。悪趣味にもほどがありますからね」
 ユウマくん、反省をしてないよね。とマイ先輩に人差し指で頬をつつかれた。
「ぼくも悪趣味仲間ですけどね……自分の失くした記憶を思い出すためとはいえ」
「いつも言っているけどさ、作品の制作を手伝ってくれれば忘れないでいいのに」
「マイ先輩の作品が意外と好きなんですよ」
「いきなりデレるのやめてくれない」
 冷静な口調とは裏腹にマイ先輩の動きは軽やかな気がする。ストーカーに愛されすぎたカップルというタイトルの絵本を彼女から渡された。
「絵本ですか」
「正確には飛びだす絵本だね。いきなりつるはしで刺されることはないから安心して」
 マイ先輩なりのジョークだと思うのだが元ネタがまだ分からないので笑えなかった。



 マイ先輩の作品にしては珍しく今回はポップな絵柄のキャラクターが描かれていた。飛びだす絵本という新しい発想が良い方向に彼女の創作意欲などを刺激してくれたのだろう。
 表向きのストーリーは高校生同士の甘酸っぱいであろう恋愛がメインだった。
 交際をするきっかけが実在しないストーカーをでっちあげて男が本能的にもっているらしい。かよわい女の子を守ってあげたいという気持ちなどを利用するものなのだが。
 結果的に幸せなカップルにはなっているので個人的には他人から責められる理由はないと思う。
 それに本当にストーカーは実在したんだから。
 ヒロインには元カレがいたようで、主人公に一目惚れをした時に円満に別れられたと一方的に考えていたらしい。
 元カレもといストーカーになってしまった彼は、現在ヒロインが付き合っている主人公さえこの世界からいなくなれば全ては上手くいくとシンプルに間違えてしまう。
 金槌で主人公の後頭部を叩き。警告だ! と人間を殺せなかった理由をでっちあげ……とりあえずは自分を納得させる。
 あれほどまでにヒロインを奪い返したいと願っていた激しい感情は犯罪者にはなりたくないという冷静な選択でいとも簡単にブレーキがかかった。
「そこでブレーキをかけるていどの愛情だからこそ彼女に振られたんだろうね、彼は」
 マイ先輩は彼の判断にはご立腹なようでまだ読み終わってないのに自分の感想を口にする。
「普通の判断では?」
「中途半端な選択をするからこそ嫌われるんだよ。主人公を殺したいほどの愛情を、人が死ぬかもしれないという当たり前のことで冷静になられてもね」
「そんなのは前提での選択だからですか?」
「そう。誰にでも分かる当たり前の話を分かった上でのヒロインへの愛情だったはずだ、そんな矛盾をしているやつに男も女もなびかない」
 マイ先輩のポリシーのようなものはさておき、絵本の続きを読ませてもらう。
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