そのホラーは諸説あり

赤衣 桃

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ルールどおりのエゴイスト

妹のあとしまつはお兄ちゃんの役目

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「やっぱり語り部はユウマくんが一番だよねギャンブラーちゃんやサチちゃんはイカれすぎていてなんだか気持ちが落ち着かなくなるからさ」
 いつもと同じように第二図書室でマイ先輩の作品を読ませてもらっているとそんなことを言う。
 ちなみに今、読んでいるのは新作の百合ころっとシスターズという小説で。さらっとしたあらすじは単純で百合を楽しんでいるカップルが殺されたのをセメ側の女子生徒の妹が勘違いで復讐していくだけの物語。
「なんの話ですか?」
「あらためてわたしがユウマくんを好きなんだなーと認識している話だよわたしはユウマくんが大好きすぎて女の子にしたい気分なのさ」
「できればやめてください」
「女の子になるのは嫌なのかい?」
「そうですね。単純に周りの人間に一人ずつ女の子になったことを知らせないといけなくなるので」
 それだよそれそれユウマくんと言いたそうな顔でマイ先輩がこちらを見ている気がした。
「ところでユウマくんは自分の妹であるサチちゃんのことをどう思っている? かわいいとか美しいやきれいだなーとかイカれているなーやら」
「普通の妹ですよ。というかなんでぼくの妹の名前を知っているんですか教えてないような」
 と聞くのもムダな話なんだろう、読んでいる新作の妹の名前もサチという時点でぼくの妹とからんでいるだけなんだから。
「具体的なサチちゃんとの普通エピソードを一つ」
「サチは低血圧で起きるのが苦手なので毎日、声をかけたりするんですが今朝はぼくが起こす前にすでにリビングのソファーに座っていたんですよね」
「ほう」
「それでえらいなーと、普通のお兄ちゃんみたいにほめようとしたんですが妹がぼくと同い年になっていたりしましたね」
「どのへんが普通エピソードなのかな? 普通の妹はとつぜんお兄ちゃんと年齢が同じにならないよ」
「そもそも妹のほうが年上だったので同い年ぐらいになってくれたので普通レベルになったとマイ先輩に言いたかったんです」
「そうなんだね」
 マイ先輩がくつくつと笑う。サチがそもそもぼくよりも年上の妹だったことに関して興味はないようでそれ以上はなにも聞いてこなかった。
 ぼくもそのことに関しては答えられないから聞かれたとしても結果は同じだったけれど。
「ユウマくんのいいところはさどんな事実もまともに受けとめてくれるところだと思うんだよね」
「普通なのでは?」
「生きものによるんじゃないかなわたしの知り合いの女の子なんかはお兄ちゃんが死んだという事実をなんとかねじ曲げようとしたこともあったよ」
「かなしいからでは」
「そうだねお兄ちゃんが死んじゃってかなしくて、その事実をねじまげたけれどそのねじまげたことも彼女は受けとめきれなかったどうしてだと思う?」
「そもそもその女の子はどんな出来事もはじめから受けとめるつもりがなかったですかね」
 正解だったらしくマイ先輩の顔がゆがむ。
「ユウマくんの言うとおり事実をいくらねじまげたとしてもその出来事を受けとめられるだけの気持ちの余裕がなければどうにもならない逃避をするのはいいが逃げた先にもなんらかの問題があるのも事実なんだからね」
「そこまでは言ってませんよ」
「まあ、自分が受けとめられる出来事の範囲ないで生きものはがんばるべきだということだよ」
「宝くじでとんでもないお金がもらえたりしたら」
「んー、サチちゃんだったらそんなことがあるわけないと思って宝くじを捨てちゃうんじゃない」
 もったいな、と思わず言ってしまっていた。



「ただいま」
「おかえりお兄ちゃん」
「あいよ」
 そういえば、マイ先輩にうそをついたのはこれがはじめてだったかな。サチの話によれば家族が一人増えたのも一枚かんでいるっぽいし……ぼくが事実を曲げたことも分かってそう。
「おかえりお兄ちゃん」
 ともう一人のサチがもともといたサチと同じようにあいさつをしている。同じ妹のコピーのはずなのに顔の造形がかなり違うような。
 それはおいといても両親も二人の妹に同じ名前をつけたことに違和感はないらしいが、ごちゃごちゃと言ったところでどうにもならないか。
「お兄ちゃんどうかしたの?」
「お兄ちゃんどうかしたの?」
 年上の妹と同い年の妹が同じように言いつつ互いに全く違う動作をしていた。同じとはいえ血がつながってないようなものだからかね。
「なんでもないよ」
 半ば自分を納得させるようにそう言う。三人目の妹が現れないことを祈ることだけしか今のぼくにはできそうになかった。
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