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操っている女に報酬を与えております

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「ほしいものがあるのなら手に入れればいいんじゃないのか?」
 着流しを身につけたシュウジがそう言った。
「強引にですか。選択肢としてはアリだと思いますがその願いの叶えかたでは本末転倒になるような」
「相手に金を渡しているんだろう」
「シュウジのいた世界のホストクラブとは違って、貢ぐというよりは報酬ですかね」
 身も蓋もない言いかたをすると立場的にわたくしのほうが上なので、強引すぎると辞められかねないので……リンネが表情を変えずに続ける。
「報酬を目当てにされているだけの関係か」
「大なり小なり打算的な部分はあると思いますが」
「別に悪いとは言わないが。立場が上なんだと相手も認識しているのであれば女神さまみたいに」
「わたくしとメグミさまは別の生きものなので」
「まあ、おれも女神さまよりはリンネの考えかたのほうが共感はできそうだ」
「自分よりも立場が弱く、扱いやすいから?」
 相変わらずリンネの表情は変わらない。シュウジも彼女にそう思われることが分かっていたのか全く取り繕おうとはしなかった。
 ベッドの上に座るシュウジがリンネの幼気な顔を見上げる。
「そのとおりだ」
「はっきり言うんですね」
「これから仲良くしようと考えている相手に下手なうそはつきたくない」
「メグミさまを殺すつもりですか?」
「下剋上を狙っているだけだな。殺さなくていいのならその方法を選ぶ……封印とかな」
 リンネは唇を真一文字にしたままで黙っていた。
「自分よりも上の立場の生きものに弓を引くようなことはやりたくないか」
「それもありますが。わたくしがメグミさま側ではないと証明しようがないのでは?」
「そんなのは証明する必要がない。リンネはおれの超能力で操られていただけなんだから本心で女神さまに弓を引いていたとしても罰せられない」
 女神さま本人にもおれの超能力でリンネを操れるのは確認してあるしな、とシュウジが説明をする。
「つまり、わたくしの分の泥さえもシュウジが全てかぶるということですか」
「悪くない話だと思うがな」
「選択肢を与えてくれているような提案ですけど。どちらにしてもシュウジは超能力でわたくしを自由に操れるのですから」
「こんな提案自体する意味がない……か」
 こくりとリンネが小さくうなずいた。思い描いたとおりの反応だったからか彼女に気づかれないようにシュウジがほんの一瞬だけにやつく。
「このいざこざはおれと女神さまの話だしな。関係ないリンネを巻きこむのが嫌なだけだよ」
「そこまで思ってくれているのであれば、超能力で操るのもやめてほしいと願います」
「悪いな。そこまでの善人でもない」
「メグミさまの態度や考えかたがとてもほめられたものでないのは理解できますが、シュウジに危害をくわえるつもりがないことは事実」
「分かっているよ。けど……おれ的には豪勢な食事のできる牢屋と変わらない。それは不自由なんだ」
 シュウジの説得はムダだと判断したようでリンネが口を閉じてしまった。
「それに超能力で操るまでもなくリンネは手伝ってくれると思っている」
「ケンカは嫌いです」
「なおさら適役だ。中立というか、おれと女神さまの審判のような立場をやってもらいたいんだよ」
「審判ですか」
「ワイロや裏金、なんでもありのな」
 ぴんときてないのかリンネが首をかしげる。
「それは……メグミさまの味方をしてもシュウジはとがめるつもりがないということで?」
「ああ。脳みそのある生きもの同士の関係はとても複雑だからな」
「ほう」
「例えば、おれがリンネを超能力で操る報酬としてこの身を捧げるとか」
「超能力で操っている相手に身体を売るんですか」
 ベッドに座ったままでいるシュウジから顔をそらしながらリンネが確認するように口にした。
「というよりはそういう設定の関係なんだとおれの超能力でリンネはだまされているだな。ムリヤリに報酬を受け取らされているでもかまわない」
「よく……分かりました」
 リンネがシュウジのととのった顔を見る。先ほどのスーツのイタズラよりも邪悪な想像でもしているらしく彼女の頬が赤くなっていく。
「その、細かい設定などは」
「そのときのリンネの気分に合わせて変える予定。今なら女神さまに仕える男女の秘密の関係とかか」
「個人的にはシュウジにメグミさまの情報をリークしろとおどされて、じっくりといたぶるように身も心も調教をされてしまいムリヤリに少しずつ主人の秘密を」
「あー、うん。分かった……それでオッケー」
 顔をひきつらせるシュウジの姿が見えてないのか今までと同じでリンネの表情は変わらなかった。



「悪い男だな。女心を利用するなんて」
 自室を出ると同時にシュウジは天井にぶらさがる女神に声をかけられた。
「あれは女心と呼べるものなのか?」
「シュウジとは違う性別の生きものの気持ちなんだから女心で間違いないだろう」
 ブランコのように身体を動かしながらシュウジの頭上で女神が笑っている。
「あらかじめ封殺にでも来たんですか」
「まさか、事前にリンネを操ることは聞いていたんだし邪魔するつもりもない。むしろ率先してわたしの退屈しのぎを手伝ってくれているんだと感謝しておるぐらいだよ」
「その結果で殺されたとしても?」
「人には殺せないからこそ神と呼ばれているんだ」
「そうですか。そんなことより、なにか用事でも」
 天井から落ちてきた女神が床に着地し、シュウジの顔を見つめた。
「この真っ白なところにばかりいるのも退屈だろうから違う世界に送ってやろうと思ってな」
「こんな不死身人間を送りこんで大丈夫なのかよ」
「心配しなくても不死身ていどでは絶対に生き残れない世界をいくつか厳選してある。生き地獄になるかもしれないが……どうする?」
「リンネを連れていかなくてもいいのなら、喜んで行かせてもらうつもりだ」
「お優しいことで」
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