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蠱毒の国の誕生

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「なにも間違っていませんね」
 フミダインのホテルの一室でシュウジが少し遅めの朝食をとっていると向かいに座るメイがとつぜんそう言った。
「なにがだ?」
「すみません……久しぶりにこういうきちんとしたテーブルの食事だったのでうっかり神の声を聞いてしまいました」
「神の声がねえ」
「はい」
 その話題について聞いてやるべきかどうか迷っているのかシュウジの食べるペースが落ちる。メイは食べ終わったようで彼の顔をじっと見つめていた。
「もういいのかよ。また干し肉だけだったろう」
「お水もいただきました」
「断食みたいなことをしているのか」
「というよりは燃費が良いですかね。今日の干し肉と水だけでも一年ぐらいは動けますので」
 全くのうそでもないらしく、メイの表情はとても満足とでも言いたそうなものだった。
「神の声が聞こえるほどになれればそこまで燃費が良くなったりするんだな」
「シスターに」
「なるつもりはさらさらない」
「でも、神の声については興味がありそうで」
「まあな」
 シュウジの返事を聞きメイが普段よりも楽しそうな笑顔をつくる。
「お優しいことはいいのですが、それほどわたしに気をつかう必要はありませんよ」
「そんなことよりも神の声の内容を教えてくれ」
「えっとですね……フミダインという国はどこかで間違ったかもしれないと聞こえました」
「ずいぶんと具体的だな」
「フミダインにいる方々の不安のようなものが声になった可能性もありますね。かなしいことに」
 あらためて確認するほど面白い内容ではなかったからかなにもないところにシュウジが顔を向けた。
 メイもなにも言わないでコップの水を飲む。
「それにしてもたった一日でフミダインのほとんど全てを掌握するとはやりますね。シュウジさん」
 シュウジがゆっくりとメイのにこやかな顔に視線を動かしている。
「なんのことだ」
「隠す必要なんてありませんよ。そもそもさっきのホテルの方の対応で大抵の人はなんとなく分かってしまうかと」
 シュウジさんも本当のところはわたしに気づいてほしかったのではありませんか? 腕に巻きつけたガントこそ隠すべきなのに、とメイが今回の戦利品を指さした。
「別のアクセサリーだよ」
「まあ、そういうことにしておきましょう。ところでフミダインの長年の悩みのようなものを解決してあげるとは悪人らしくないのでは」
「悪人にも諸事情はある。そもそも悪事を率先してやりたいわけじゃない、たまたま結果的に悪いことだと判断される場合が多いだけ」
「苦労してきたようで」
 なんとか涙をながそうとしたようで目もとを指先でぬぐう動作をしたメイが大きくあくびをする。
「今さらだがシスター的に以前のフミダインのことをどう思っていたんだ?」
「そうですね。リーダーが女性ということもあってか男性よりもそれなりに幅を利かせていた印象ですが上手くガス抜きもできていたとは思います」
「そのガス抜きがきちんとできてなかったからこそ今回みたいになったんじゃないのか」
「それはただの建前でしょう。たまたま今回は虐げられている側が男性で、リーダーが女性だったからそういうことになった」
 のどが渇いたらしくメイが水を口にふくんだ。
「人間特有の考えかたの一つかもしれませんけど、なにかを実行するためにそれなりの理由を用意する場合が多いですかね。今回はリーダーが女性という部分」
「リーダーが男だったら?」
「別の理由で同じ出来事が起こっていましたかと。心の底から相手を崇拝しても、ほんのちょっぴりの疑念で全てが壊れてしまう」
 自我があり、さまざまな考えかたをする生きものを集めることはできても。一枚岩と呼ぶような統一はどうやっても不可能なんでしょうね……そうメイがまとめている。
「シスター的には、今のフミダインのほうがとても人間らしいかたちだと」
「ある意味では、ですけど。地位や性別に関係なく単純に強いやつが皇帝になれるというのは誰にでも平等にチャンスがありますし」
「あの弱者たちが納得するかどうかはさておきな」
「シュウジさんは皇帝になりたくないんですか?」
「ここでの目的はすでに達成した。あとは運まかせだし、おれの想像を絶するほどの化けものが誕生をしてくれればいいが。そいつを手に入れられるかは今は分からない」
 シュウジのわけの分からないセリフを聞いたからかメイが首をかしげた。
「シュウジさんのここでの目的は……ガントを手に入れることだけでは?」
「最初はそのつもりだったよ。だけど実際のフミダインにいる人間の種類を見させてもらって、面白いことを思いついたんだよ」
「蠱毒ですか」
「正解」
「シュウジさんはえげつないことを考えますね」
 そんなえげつないことをすぐにひらめいたメイも似たような種類の人間だろう、と言いたそうな表情でシュウジが彼女を見つめる。
「ですが、結果的にとてつもない強さの善人さんが誕生をすればこれからフミダインで犠牲になる弱い人間たちも報われることでしょう」
 そんな踏み台にされる大量の人間たちのためにかメイは目をつぶり、祈っている。ホテルの従業員にはごちそうさまの合図だと思われたらしくテーブルの上のからっぽの皿をさげられていた。
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