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失恋
しおりを挟むアクセルが飛鳥に告白した次の日。
彼は、珍しく自宅のバーにいた。
過去に思いを馳せる時、彼は必ずここに来る。
しかし今は少しだけ未来のことを考えていた。
飛鳥との未来を。
その時、バーのベルが鳴った。
扉の方を向けば、ギンがそこに佇んでいる。
「なんだよ、お前が飛鳥のいねぇこの家に来るなんて珍しいじゃねぇか。」
ニヤリといつもの笑みでギンを見るアクセル。
「お前に話があってきた。」
「話?」
ギンはバーの中へ入ると、まだそのままになっているカウンターの席へと座る。
そしてカウンターの中に突っ立っているアクセルをチラリと見て言った。
「お前、飛鳥に気持ち伝えたの?」
アクセルは驚いたようにギンを見る。
「なんだよ、気付いてたのか?」
「まぁ、お前の気持ちは知ってた。見てればわかる。それで? もう伝えたのか?」
「おう。ちょうど昨日言ってきた。……で? 話はそれに関する事か? 修羅場ろうってんなら、受けて立つぜ。」
アクセルがわざと明るい声色で言う。
「別にそんなんじゃない。ただ……飛鳥は僕に気を使うだろうから。」
「なんだ、ずいぶん自信あんじゃねぇか。」
ギンの言葉に、自分の声が低く乗るのを抑えられないアクセル。
「だってそうだろ? お前よりずっと先に、僕が飛鳥と約束してた。」
「約束?」
「僕と飛鳥、子供の頃に会ったことがあるんだよ。」
「……へぇ…。」
「その時飛鳥が約束してくれた。ずっと一緒にいてくれるって。」
アクセルは自分の立場が悪くなっていることを感じ取っていた。
心臓を潰されるような感覚を覚え、自身でもやや驚く。
表情が険しくなっていくのを感じるが、しかし口元に携えた笑みだけは崩さないよう振る舞う。
ギンが彼の心情を知ってか知らずか、ゆっくりと間を空ける。
アクセルにはその間がとても長く感じられた。
「……でも、そんな子供の頃の話を今更持ち出す気はない。」
「……!……お前……。」
「お前がちゃんと飛鳥を守ってくれるなら、それで良いと思ってる。」
アクセルは、ギンの言葉を聞きながら心臓の違和感が薄れていくのを感じていた。
「そりゃあ守るが、正直お前はもう飛鳥がいねぇと生きていけねぇ体になってんじゃねぇのか?」
「言い方……。」
ギンが呆れたようにアクセルを見る。
「……いいのかよ。俺はお前に遠慮なんかしねぇぞ?」
「……。いいんだよ。飛鳥が幸せなら。」
それを聞いてアクセルは少々拍子抜けする。
そしてやや思考する素振りを見せた後、盛大にため息を吐いた。
「はぁーー。そうかよ、なるほどなぁ。」
そうしてカウンターに肘をつき、体を脱力させた。
「何だよ。」
「いや。こう言っちゃなんだが、お前って連合の中でもちと浮いてたろ? 長期調査の俺でも知ってる噂があるくらいだし。いっつもツンケンして、目が合ったやつ殴り出しそうな雰囲気でよ。」
ギンは黙って話を聞いている。
それを見て、話を続けるアクセル。
「俺はてっきりアレが素なのかと思ってたが……。なんだよ、お前はそっちをずっと隠してたんだな。初恋の相手を忘れられねぇ、ただのガキじゃねぇか。」
「別に隠してたわけじゃないし、ガキでもない。自分の素を出せるやつなんて、ほんの一握りだろ。少なくとも僕はそうだった。ずっと。」
「……そうかよ。なんだかなぁ、生きづれぇ性格してんな、お前も。」
アクセルが困ったような笑みでギンを見た。
「余計なお世話ってやつだ。」
「はっ、そうかもな。」
「……話はそれだけだから。飛鳥が僕に遠慮する素振りがあっても、ガンガン行けよ。じゃあ。」
ギンは初めてアクセルに向かって微笑んだ。
それが強がりであることくらい、アクセルにも理解できる。
彼はギンにかける言葉が見つからないでいた。
ギンは席から立ち上がるとバーの扉へと歩いて行く。そしてそのままベルが鳴り、ギンはバーを出て行くのだった。
カウンターに立ち尽くすアクセル。
彼は自分がどうすべきなのかを考える。
まだ若いギンが身を引き、散々夢見たであろう"飛鳥の隣"を大人のアクセルに譲ったのだ。
アクセルは思った。
「(アイツ……、すげぇなぁ。)」
自分が彼の立場なら到底そんな選択はできない。
それと同時に気になることがあった。
「(それにしても、何であんなに自信なさげなんだろうな。)」
自信家のアクセルから見ても、ギンは良い男の素質を備えていた。
浮気は絶対にしないタイプだし、戦闘力も高い。
それなのに、飛鳥の幸せのこととなるとどことなく弱気になる気がしていた。
「(あの噂が、足を引っ張ってんのかねぇ。)」
アクセルは1人、ギンの苦しみに思いを馳せるのだった。
アクセルの家を出たその足で、ギンは飛鳥の病室へ向かっていた。
アクセルの家とセントラル病院は近く、すぐに到着した。
病院の受付で面会の旨を伝え、病室に入って行く。
「飛鳥。」
彼女を呼ぶその声は多分に愛しさを孕んでいた。
飛鳥はその声に、胸の高鳴りと安心を覚える。
「ギン。今日も来てくれたんだ。」
彼は飛鳥のいるベッドまで行き、備え付けの椅子に腰掛けた。
「飛鳥、昨日アクセルに告白されたんだってね。本人から聞いた。」
「……あ……うん。」
途端に飛鳥はギンに申し訳ない気持ちになる。
「飛鳥、僕に遠慮しなくていいからね。」
「え?」
「ずっと一緒にいるっていう、昔の約束。僕はあの一言でもう充分救われた。」
「ギン……。」
「2回目に公園で会った時のこと覚えてる?」
「うん。ギンがアクセルに小刀振り回してた。」
「はは、うん。……飛鳥はあの時、今までの意味のない人生、こんなしょうもない自分、って言ってたけど、俺にとって飛鳥がそうだったことなんて一度もない。初めて会った時から今までもずっと、飛鳥は俺を救ってくれてる。」
ギンは真っ直ぐ飛鳥を見つめ、話し続ける。
「だから、飛鳥。今度は君がアクセルに守ってもらいなよ。どんな結果になろうと飛鳥の選ぶ答えが、僕は正解だと思ってるよ。」
その言葉に、飛鳥はちくりと胸が痛むのを感じた。
「今日はそれだけ言いに来たんだ。じゃあ。」
待って。その言葉を言おうとして、彼女は口を噤む。
「(この腕を掴む資格が、私にあるの…? アクセルの気持ちに喜んだ、私に……。)」
彼の着物の袂が飛鳥の手をすり抜けた。
ギンはそのまま病室を出ていく。
病院の受付を過ぎて、出口をくぐり、道を数歩歩いたところで立ち止まる。
そしてポツリと呟いた。
「引き止めて……くれなかったな……。」
夕陽が悲しげに彼を照らす。
ギンは自分の視界がやや潤むのを感じた。
しかしそれに気づかないふりをして再び歩き出すのだった。
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