女、獣人の国へ。

安藤

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「ん、ちょっとま……んんっ……もう来ちゃうって……ふっ……!」

「来るまでこうしてりゃ良いだろ?」

「ダメだよ……んっ……!」

飛鳥とアクセルは今彼の家のキッチンにいた。
そして絶賛キスの嵐である。

しかし飛鳥はそれをやんわり拒んでいる。ーーもちろん、本気で嫌なわけではない。ーー
なぜならもうすぐここに客人が来るからだ。

しかしアクセルは止まらない。

それはだんだんと深いものに変わっていく。
飛鳥が強めの力でアクセルを突き放そうとした、その時。

「おい、何やってんだ。」

扉を開けたギンが2人を見ていた。
その目は青白く光り、今にも"夢"を発動しそうだ。

「ギン!」

「何だよ。邪魔すんな、ギン。」

そしてもう一度飛鳥に体を寄せた彼を見るギンの目つきが氷点下に達する。

「殺すぞ。」

「おっと、そりゃ勘弁だ。」

それを察したアクセルが、へへっと笑いながら飛鳥から距離をとる。

「もう、最初からそれぐらい素直に離れてよね。」

飛鳥が頬をやや紅潮させて言う。

「あん? 何だよ、でも嫌じゃなかったろ?」

「そういう問題じゃないの!」

「ふーん。ところでギン、お前何しに来たんだよ?」

「昨日ここに忘れ物したからとりに来ただけだ。」

「あ、そう。」

ギンはそう言うと、テーブルの上に置いてあった彼の財布を掴み、そうそうにアクセル宅を出て行った。

「わっ、もうこんな時間! ビオラとアレックスが来ちゃう!」

そう、客人とは彼女達のことだ。

今日はゲンジロウが用事があるため午後の特訓はお休みだった。
それを知ったビオラが急遽女子会を開催したのだ。

護衛をつけて生活しなければならない飛鳥のために、アクセル宅でお茶をすることになり、その間アクセルは自室にいる約束だ。

程なくして彼女達がやってきた。
バーのベルが鳴る。

「おじゃましまーす!」

「おじゃまします。」

そしてそのままダイニングの扉を2人が開いた。

「おう、ゆっくりしてけよ。」

そう言うと、アクセルは階段を上がって自室へ向かった。

飛鳥がキッチンで彼女達の紅茶を淹れる。
アレックスがそれ手伝いながら彼女に問いかけた。

「リハビリは順調?」

「結構良いペースで出来てるみたい。まだあんまり上手に動かせないけど。」

「でも凄いよ! 本当に2か月で終わっちゃったりして!」

ビオラが買ってきたケーキをテーブルに並べながら言った。

「そうなるよう頑張るよ。」

「でも無理はしないでね。」

「ありがとう、アレックス。そういえば、3人で住む新しい家は決まったの?」

「何それ! 凄い素敵!」

「ふふ、まだ決まってないの。どこか良い所知らない?」

「私はあんまり詳しくないからなぁ。ビオラは?」

「私のアパートはオススメだけど、一人暮らし用だからなぁ。」

「やっぱり間取りは、リビングダイニングに3部屋ついてる感じ?」

飛鳥の問いかけにアレックスが答える。

「一応それくらいで考えてるの。でもその分家賃も上がるから、私もこっちで働き先探さなきゃ。」

「そっか~。そうだ、ウチのパン屋で働きなよ!」

「ビオラのご両親がやってるパン屋さんのサンドイッチは絶品だよね。」

「でしょ~! でも休みあんまりくれないのだけが不満!」

ビオラは頬をむくれさせて言った。

「あら、そうなんだ。」

それを見て微笑むアレックス。

「そうだよ~! 違う仕事でも探そうかなぁ…。」

そう言いながら椅子に腰掛けるビオラ。
飛鳥がティーポットにお湯を注ぎ、アレックスがテーブルへ運ぶ。

「良い香り~!」

「わ、ケーキがある! ありがとう。」

そう言いながら腰掛ける飛鳥。

「どういたしまして。」

アレックスも、それに続いた。

ビオラが紅茶を注ぎながら思い出したように言う。

「そういえばさぁ、日本からこっちに移住することになった人って、ルタルガ王国の国民ってことになるのかな?」

「ルタルガ国民になるにはいろいろ書類を提出しなきゃいけないの。今はその審査中なんだけど、ダメになることはほぼないって役所の人が言ってたから、特に心配はしてないんだけどね。」

「へぇ~、やっぱ審査とかあるんだ!」

紅茶の注がれたティーカップをそれぞれが受け取った。
アレックスは飛鳥の方を見て問いかける。

「飛鳥は? 奴隷の解放が終わったらこっちに住むことにするの? それとも日本に帰っちゃう?」

「え~! 帰ってほしくなぁ~い! それに! 帰っちゃったらギンとアクセルとも遠距離恋愛になっちゃうよ!?」

「そうなの、だからここに残る方向で考えてるよ。」

「良かった~!」

「私も嬉しい。これからもこうやってお茶できるわね。」

アレックスが微笑みながら言う。

「うん。奴隷達の解放が終わったら、ここのバーを3人で開くかもしれないの。そしたら来てね。」

「え~! 行く行く! 何それ超楽しみ!」

ビオラは尻尾をパタパタと動かしている。

「それは本当に楽しみね。料理はどんなのが出てくるのかしら。」

「料理はアクセルが担当なの。アクセルの料理美味しいから。」

「たしかに! でも意外だよね! あの見た目で料理上手とか!」

「あはは、ギャップはあるよね。」

笑いながら言う飛鳥。
ビオラが紅茶を口に含み、そしてアレックスに問いかける。

「私! アレックスに聞きたかったんだけど、ロアって付き合っててもああなの? ぶっきらぼうってゆーか、そっけないってゆーかさぁ!」

「ロアは、まぁ、そんな感じだけど、ちゃんと優しいわよ。」

「え~! 想像できなぁい!」

「そうかな? 私は意外に想像できるかも……。」

「ふふふ。アクセルはどうなの? ちゃんと優しくしてくれる?」

「たしかに、ギンはいっつも飛鳥飛鳥だから想像できるけど、アクセルって2人きりだとどんな感じ?」

「う~ん、普段とそんなに変わらないよ? 自信家で余裕がある感じ。だけどちゃんと優しいよ。」

その時、アレックスが顔の前で手を組みながら爆弾発言をする。

「アクセルって……激しそうよね。」

「きゃー!! やだやだアレックスってば、直球ー!!」

「は、はげ、……いや、どう、だろう……。」

まだ飛鳥達はそこまで行為を進めたことがないため断言はできない彼女。
しかし顔を赤らめながら言うその様に、ビオラは悲鳴のような声を上げる。

「いやー!! 照れる! なんかこっちが照れる!!」

「そ、それで言ったらジャックさんだって……!」

「ジャックは絶倫よ……。」

「あぁぁあぁあ!! これからどんな顔でジャックさんと顔合わせればいいの!?!?」

「あっははは! ビオラ狼狽えすぎよ!」

ビオラのあまりの狼狽っぷりに、声を上げて笑うアレックス。

「だってぇ~!!」

少々下品な話題にもなりながら、3人はガールストークに花を咲かせるのだった。

その頃アクセルの部屋ではビオラの悲鳴やアレックスの笑い声などが僅かに漏れていた。

「あいつら何の話してんだ……。」

その騒がしさに少々呆れるアクセルだった。



❇︎




飛鳥達のプルーラル生活が始まって、飛鳥の腕もかなり動くようになってきた頃。

飛鳥にはここ最近少し気になることがあった。

それはギンが彼女になかなか触れようとしないことだ。

アクセルは積極的にボディータッチなどをするタイプだが、どうやらギンは真逆らしい。

飛鳥としては彼が大切にしれている実感があったが、同時に少しもどかしくもあった。
彼女はもっとギンに触れて、近くにいることを実感したかったからだ。

夕食が終わったあとアクセルが風呂に入り、ダイニングにはギンと飛鳥の2人きりになった。

2人で食器を洗い終わり、ギンがタオルで手を拭く。

「じゃあ、僕はそろそろ帰ろーー」

「待って。あの……。」

飛鳥は気になっていた事を聞くことにした。

「どうしたの?」

「その、ギンは、したいって思わない?」

「ん? 何を?」

「……キス……とか……。」

「なっ……! そ、それはっ、……お、おいおいとは思ってるけど……、急いですることでも……ないかと思って……。」

予想外の話題にギンは狼狽えた。
目を泳がせ、声を上擦らせる。

「そっか……。」

「……うん。……あ、飛鳥は……したいの? キス。」

いつもの八の字眉毛が、さらに八の字を描く。

「……私は……、したい、かな。」

「……そっ、か。」

妙な雰囲気の沈黙が2人を包む。
ギンは頬を紅潮させながら掠れた声で飛鳥に問いかけた。

「じゃあ……する?」

「……うん。」

そうして、ゆっくりと2つの影が重なった。

唇を離した時、飛鳥は恥じらいながらも満足そうに微笑む。
それを見てホッと胸を撫で下ろすギン。

「……も、もう一回……いい?」

「うん、いいよ。」

囁くように言うギンに、頷く飛鳥。

「んっ。」

再び重ねられた唇は先ほどよりも熱を孕んでいる。

最初は遠慮がちだったギンも、だんだんと大胆に、けれど優しく飛鳥の唇を啄むようになった。
彼はせき止めていたものが溢れるかのように、夢中で口付ける。

「ちゅ……はぁ……。」

そして一旦顔を離すと、ギンは熱い吐息を漏らした。
その顔はうっとりと、しかしどこか切なげな表情をしている。

その顔を見た飛鳥が、もう一度彼の唇に自身のそれを近づける。
しかしギンがそれを制止した。

「ま、待って……。……これ以上は……ちょっと……。」

ギンは困ったような、申し訳ないような表情をしている。
飛鳥は彼の言いたいことが何となく理解できた。

「……ん。分かった。」

そして大人しくギンから離れる。
彼女は名残惜しさを感じながらも、満足げに微笑んだ。

ギンも口元を緩める。
そうして少々見つめあって、軽いハグをする。

「大好きだよ、ギン。」

「うん、僕も。」

こうして2人は今までより距離が縮まるのだった。
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