その付喪神、鑑定します!

陽炎氷柱

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第六章 新一年生オリエンテーション

60.落ち込む桜二くん

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 私の視線に気づいたのか、桜二くんがふと顔を上げる。


「……あ、ごめん。オレに話しかけてた?」
「ううん、話しかけてないけど……すごく難しい顔をしてたから」


 桜二くんは一瞬だけ目を細めて、それからいつもの調子を装うように口元を緩めた。


「あー、ちょっと立て込んでてね。個人的のコトだから、気にしないで」


 さらりとこれ以上踏み込むな、と線を引かれたと思った。
 何かを隠しているのは明らかだったけど、はっきりと桜二くんに尋ねる勇気は持てない。今までろくに他人と関わったことのない私に、相手に嫌な思いをさせずに話をうまく引き出す術がない。
 仲間だと言いながら少しも力に慣れないことが悔しくて、思わず唇を噛む。


(見るからに大丈夫じゃなさそうだし、無理しないで……も、事情が分からないから言いにくいな)


 何てに返せばいいか分からずに黙り込んでいると、ふいにアキくんが静かな声で口を開いた。


「それって、一条が言っていた『事情』と関係ある?」


 一拍を置いて、アキくんが助け舟を出してくれたのだと気づく。
 悩む必要なんてないと言わんばかりのストレートな言葉に、全員がアキくんを見つめた。そんな視線を気にも留めず、アキくんはただまっすぐ颯馬くんの返事を待っている。
 おそらく口が回る桜二くんよりも、隠し事に向いていない颯馬くんの隙を狙っているのだろう。
 そして案の定、颯馬くんは焦ったように目を泳がせた。


「い、いや……まあ、関係ないとは言えないかもしれないが……」
「ソウ、いくらなんでもそれはない」
 

 だんだんと挙動不審になっていく颯馬くんに、アキくんは目を細める。
 桜二くんにも呆れたような反応をされ、さすがにかわいそうになって私は黙っておくことにした。


「正直なヤツ。だいたい、大した用事もないのに、ぼくたちを呼び出したってところがまず怪しいよね。作戦会議っていう理由も後付けっぽいし」
「それは、お前たちに断われるって思わなくて……」
「じゃあ、関係ないとは言えないってなに」


 アキくんのジトっとした視線を受けて、颯馬くんががっくりと項垂れた。
 同時に、それは何かあると認めるという意味でもある。


「いつから気づいたんだ……?」
「うーん、部屋に入った時から?」
「つまり最初からじゃないか……」
「それから……」
「まだあるのか!?」
「いや、これは白鳥に聞きたいんだけど」


 アキくんの言葉に、桜二くんが何だと首を傾げる。
 分かりやすく態度に出ていた颯馬くんと違って、自分のことなのにとても落ち着いている様子だ。


「ラウンジでメッセージを送ってきたとき、結構乗り気だったよね? 今、どう見てもぼくたちと一緒に回りたいって感じじゃないんだけど」
「あー……それはソウから詳しい話を聞いてなかったってだけ。先に話したら、オレが反対するって思ったんじゃない?」


 含みのある言葉に、颯馬くんがいつもきりっとしている眉を下げる。


「桜二」
「いいよ、ソウ。これは別にユキたちに隠すようなことじゃないし」


 仕方なさそうに肩をすくめる桜二くんに、私は思わず背筋を正した。
 たとえ空気を悪くしないためのお世辞だとしても、そう言って貰えるのは嬉しい。


「大っぴらに言ってないけど、うち――白鳥グループが、今回の林間学校のメインスポンサーをやってるんだ」
「め、メインスポンサー?」
「町施設との連帯とか、スタンプラリーの景品とか、そういうのに協力してるんだ。まあ、この林間学校の裏方みたいなものだと思って」


 メインスポンサーという言葉に疑問を覚えたわけではないけど、詳しい内容を聞かされて圧倒されてしまった。
 そういえばスタンプラリーの景品がやたらと豪華だったことを思い出して、ハッと繋がりに気付く。
 確か一等賞が最新型のノートパソコンで、二等賞でもワイヤレスイヤホンなどの電子機器だったはず。学校行事の景品とは思えないラインナップに、最初に知った時すごく驚いたものだ。


(桜二くんのお父さんって、超有名なIT企業のCEOなんだっけ)


 こうして身近でその力を感じると、改めて住んでいる世界が違うことを思い知る。
 ただポカンと口を開けて固まるしかない私に、桜二くんが困ったように笑った。


「家が勝手にやってるだけで、オレは関係ないよ。事前に聞かされてもなし、むしろ後から知って驚いた側だし」


 桜二くんは気だるげに首を回して冗談めかして言ったけど、どこか諦めが滲んでいるように感じた。


(後から知って、って……そんな大事なこと、普通なら真っ先に知らされる立場じゃ……)


 何かと一条家を大事に思っているのが伝わってくる颯馬くんとは違って、桜二くんはずいぶん自分と白鳥グループを切り離している感覚がある。
 ふとした違和感が思い浮かぶが、さすがに口にするのはためらわれた。
 私も付喪神が見えるという秘密をずっと抱えてきたから、自分のことを簡単に話したくない気持ちもよく分かる。
 悪い意味で距離を取られたわけではないと分かっただけでも十分だから、桜二くんが話してくれる時まで待とう。

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