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第三章
56.病に伏す王
国王が寝かされている部屋は清潔に保たれているが、空気が随分と淀んでいる気がした。
エダが治療に当たっていたからか、部屋にはポーションの甘い香りに混じって薬草の香りが漂っている。そしてメイドやクロヴィスの言う通り、室内には他に人影はなかった。
(国王もクロヴィスと同じ、自分のことは後回しにするタイプなのかしら)
クロヴィスの後に続いて、寝室の奥まで進む。大きな天蓋付きベッドに寝かされているのが、グロスモント国王その人なのだろう。
金色の髪や顔の雰囲気がクロヴィスにそっくりだ。
「父上……!」
国王の姿を視界に収めた途端、クロヴィスが顔色を失って駆け付ける。
丸薬の無敵効果が残っているから良かったが、あまり推奨されない行動だ。
「あれだけ上級ポーションを使ったのに、こんなに進んでいるなんて……」
国王は予想以上に衰弱しており、体の三分の一を黒い斑点が覆っていた。
私はすぐに治療を始めることを決意し、クロヴィスやジェラルドと共に王の傍らに立った。
「……クロヴィス」
「ああ、分かっている。父上を頼むよ」
クロヴィスが真剣な表情でそう言うと、深く頭を下げた。ジェラルドもそれに倣って、悲痛な表情で臣下の礼を取った。
「集中するので、クロヴィスとジェラルドは少し離れてください。助手はミハイルさんにお願いしますから」
治癒魔法を使いたいからクロヴィスたちに距離を取らせたが、意外にもすんなりと受け入れられた。信用というより、少しでも成功する確率を上げたいのだろう。
緊張感のある空気の中で、私は鞄から丸薬を取り出す。
サイドチェストに置いてあった杯に水を注ぎ、丸薬を中に放り込む。薬局でも行ったように、魔力を流しながら丸薬を混ぜていく。
(う……本当に酷い匂い……フブキが良かったわ)
心なしか部屋の隅まで下がっているクロヴィスたちを視界の端に収めつつ、彼らと同じく匂いに顔を歪めるミハイルに国王の体を起こしてもらう。
それから杯を口元にそっと運び、零さないように薬湯を飲ませる。この瞬間も鑑定魔法を使いながら、こっそりと治癒魔法を国王にかけた。
気絶しているせいでなかなか減らない杯の中身に焦ることなく、辛抱強く飲ませること数分。
弱くてもしっかりと魔法をかけているおかげか、目視できるほど黒い斑点が少しずつ薄れていった。
固唾をのんで見守っていたクロヴィスやジェラルドも安堵の表情を浮かべ、私は鑑定魔法に赤いマーカーが映らなくなるまでじっくりと魔法をかけた。
やがて、王の体中を覆っていた黒い斑点が完全に消えた瞬間――。
――バリンッ
何かが砕けるような乾いた音が響いた。
「今、何か割れたような音が――」
言葉を遮るように、突然黒い靄のようなものが国王の体から噴き出してきた。
壊れた蛇口から噴出する水の如くとんでもない勢いに、思わず顔をかばうように後ろに仰け反る。
「っ、何事だ!?」
黒い靄が見えているのは私だけではなかったようで、異変を察知したジェラルドはクロヴィスを守るように剣を構えて周りを警戒する。
それとほぼ同時に、ミハイルが私たちの周りに防御魔法の結界を張った。
「魔力の気配――魔道具だ!」
今も国王の体からあふれる黒い靄を見据えて、ミハイルが険しい表情をする。
その言葉を聞いたクロヴィスが、信じられないといった様子で目を見開く。
「こんなおぞましい魔道具が存在するのか!?」
「あるとも! 王宮暮らしの王子様には刺激が強かったかな?」
軽口を叩いている間も、ミハイルは黒い靄から目を離さない。慌てて国王から距離をとる私を背にかばいながら、防御魔法を重ね掛けする。
(気持ち悪い……!まるで生きているみたいだわ)
普通の霧であればそのまま広がっていくはずなのに、国王から噴き出た黒い霧はまるで意思を持っているようにうごめいている。
何かに吸い寄せられるように空中の一点を中心に集まっていく光景には、本能的に不快を覚える。
その黒い霧は凄まじい速度でその質量を増していき、やがて人間ほど巨大な蝿のような形になった。光を全部吸収していると言わんばかりの黒い虫だ。
目や口すら見えないそれは、見ているだけで不安な気持ちになる。
その威圧感にジェラルドは剣を構え直し、クロヴィスが一歩後ろに下がった。
「こんなものが、父上の体の中にあったのか……?」
「治癒――は間違いなく成功したわ! 強めの丸薬を使ったから、黒い死は完治していたはずよ」
治癒魔法と口に仕掛けて、慌てて言い直す。幸いにも、この状況でわずかな間を気に留める人はいなかった。
「逆だよ。黒い死が完治したから、その魔道具が発動したんだ」
「そこまで分かるのかい?」
「この状況で他に考えられる発動のトリガーがないからね。どんな効果かまでは分からないけどね!」
クロヴィスは険しい表情で歯を食いしばる。その苦しげな態度をあざ笑うかのように、巨大な蝿は羽を強く震わせる。
「っ! 殿下、危ない!」
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