聖女だけど、偽物にされたので隣国を栄えさせて見返します

陽炎氷柱

文字の大きさ
64 / 65
第三章

57.黒霧の蝿

 不規則に蠢きながら、突然猛スピードで突進してくる蝿。

 ジェラルドはとっさに剣を振るって切り裂こうとするが、霧でできている蝿の体を何の手ごたえもなくすり抜けた。剣が薙ぎ払った部分に一閃の隙間ができるが、瞬きの間には何事もなかったように復元されている。
 当然ダメージになっているはずもなく、蝿はスピードを落とさず真っ直ぐクロヴィスに向かっていく。
 クロヴィスはとっさに剣を構えて防御態勢を取るが、先ほどの光景を見るにおそらく意味はない。

「〈防御〉」

 蝿がクロヴィスにぶつかる直前、とっさにミハイルが防御魔法を重ね掛けする。
 幸いにも蝿の体当たりは魔法に弾かれて霧散し、クロヴィスには傷ひとつついていない。しかし相当強い突進だったようで、たった一撃で防御魔法にひびが入っただけではなくクロヴィスもよろけた。

「っ、助かったよ、ミハイル殿」
「朝から魔力の消耗が激しくて、悪いけど張り直す余裕はないよ。病み上がりでも、頑張って避けてね」
「私も魔法が使えるから、ミハイル殿はコハクを守ってくれ。あの虫、魔法攻撃ならまだ効くみたいだ」


 クロヴィスの言葉を証明するように、防御魔法と正面衝突し霧散したはずの蝿は再び形を取り戻して苦しそうに身を震わせていた。
 威嚇するように羽を震わせているが、警戒態勢に入ったのかすぐに攻撃を仕掛けてくる様子はない。


(少し知性はあるみたいだけど、行動自体は普通の虫とそう変わらないようね)


 ミハイルは朝から色んな魔法を使ってきたから、私が攻撃した方がいいだろう。
 それに、こういう闇属性っぽい敵は聖女の方が有利に戦えるはず。無視に嫌悪感を抱きつつ、私は魔力を練り上げた。


「ファイア!」
「ギィィィ!」


 虫だからという安直な理由で、私は火魔法を虫にぶつける。予想通り効果はてきめんで、耳障りな羽音を立てて蝿が藻掻いた。
 蝿の反応を見るや否や、クロヴィスも火魔法を立て続けに蝿にぶつける。


「効いてるぞ!」


 蝿の苦しむ様子に、わずかに緊張が緩んだのも束の間。全身を燃やされながらも、蝿は大きくその身を震わせた。途端、その口があると思わしき場所からブレスのように黒い靄が吐き出される。


「攻撃が来るぞ!」


 ジェラルドが叫ぶと同時に、その黒い靄は一気に襲いかかってきた。まるで意思を持っているかのようにうねり、私たちの周りを取り囲む。
 戦闘経験のない私でも分かる。先ほどの突撃と比べものにもならないほどの大技だ。


「ギギ、ギ」


 部屋を埋め尽くさんばかりの霧で視界が悪い中、私に狙いを定めた蝿が鋭い動きでこちらに向かって突進してきた。


「っ……!」


 明確な殺意を前に、思わず足がすくむ。その一瞬の遅れが致命的な隙となる。


(まずい、避けられない!)


 慌てて防御魔法を唱えるも、たぶん間に合わない。
 しかし痛みを覚悟して体に力を入れた瞬間、目の前にミハイルが飛び出してきた。


「ミハイルさん!?」


 覆い隠すように私を抱きしめた直後、蝿の体当たりがミハイルに直撃する。その衝撃は尋常ではなく、ミハイルの体が大きく揺れて私にも振動が伝わる。
 先ほどよりも強い一撃は容赦なく防御魔法を割り、ミハイルの肩に蝿の足が突き刺さる。


「ぐっ……はは、魔法は計画的に使わないとダメだね」


 痛みに顔を歪めながらも、ミハイルは私を離さなかった。
 右肩の傷が無防備に晒され、そこに蝿の霧がまとわりつき、じわじわと黒い痕が広がっていく。そんな状況でも、ミハイルはいつも通りの笑みを浮かべた。


「コハクちゃん、怪我してない?」
「ミハイルさんがかばってくれたので、私はなんともありません! それよりも、今すぐに治療を――」
「聖女だってバレるからだめ。ぼくは大丈夫だから、先にあの化け物を倒して。これ以上放っておいたら全員危険だよ」


 荒い呼吸を繰り返すミハイルの姿に、胸の中で怒りが沸き上がる。
 ただ逃げるしかできない自分をやめたくて魔法を頑張って勉強したのに、これじゃ意味がない。
 深呼吸を一つして、全身の魔力を指先に集中させる。ただ全力の魔法じゃ、蝿の足が刺さったミハイルにまでダメージが飛んでいく。しかし触れられない以上、その足を抜くこともできない。


(あの霧は、治癒魔法によって国王の体から追い出された。なら、この蝿も苦手としているはずよね)


 ちらりとクロヴィスたちに目を向ければ、黒い霧に苦戦しているのが視える。二人とも死にかけていたから、まだ本調子ではないのだろう。
 今ならこっそり治癒魔法を使っても、気付かれないはずだ。


「え、コハクちゃん?」


 戸惑ったような声をあげるミハイルを無視して、その肩に突き刺さっている蝿の足に手をかざす。本音を言えばものすごく気持ち悪かったが、今はそんなことを言っている場合じゃない。
 金色の魔力が見えないように、細心の注意を払って治癒魔法を使う。すると予想が当たっていたようで、蝿の足は一瞬大きく揺らいだ。


「っ」


 痛みにミハイルが呻くも、ここで手を緩めるわけにはいかない。心を鬼にして魔力を流せば、蝿の足は少しずつ形を保てなくなっていった。そして溶けるように霧散したかと思えば、鼓膜が破れんばかりの悲鳴を上げる。


「ギギァァァ!」


 足がミハイルから抜けたことで、蝿は再び宙に逃れた。

感想 9

あなたにおすすめの小説

ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!

沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。 それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。 失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。 アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。 帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。 そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。 再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。 なんと、皇子は三つ子だった! アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。 しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。 アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。 一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。

宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです

ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」 宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。 聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。 しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。 冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。

偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】 ※ヒロインがアンハッピーエンドです。  痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。  爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。  執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。  だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。  ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。  広場を埋め尽くす、人。  ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。  この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。  そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。  わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。  国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。  今日は、二人の婚姻の日だったはず。  婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。  王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。 『ごめんなさい』  歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。  無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。

「女のくせに強すぎて可愛げがない」と言われ婚約破棄された追放聖女は薬師にジョブチェンジします

紅城えりす☆VTuber
恋愛
*毎日投稿・完結保証・ハッピーエンド  どこにでも居る普通の令嬢レージュ。  冷気を放つ魔法を使えば、部屋一帯がや雪山に。  風魔法を使えば、山が吹っ飛び。  水魔法を使えば大洪水。  レージュの正体は無尽蔵の魔力を持つ、チート令嬢であり、力の強さゆえに聖女となったのだ。  聖女として国のために魔力を捧げてきたレージュ。しかし、義妹イゼルマの策略により、国からは追放され、婚約者からは「お前みたいな可愛げがないやつと結婚するつもりはない」と婚約者破棄されてしまう。  一人で泥道を歩くレージュの前に一人の男が現れた。 「その命。要らないなら俺にくれないか?」  彼はダーレン。理不尽な理由で魔界から追放された皇子であった。  もうこれ以上、どんな苦難が訪れようとも私はめげない!  ダーレンの助けもあって、自信を取り戻したレージュは、聖女としての最強魔力を駆使しながら薬師としてのセカンドライフを始める。  レージュの噂は隣国までも伝わり、評判はうなぎ登り。  一方、レージュを追放した帝国は……。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

追放聖女の再就職 〜長年仕えた王家からニセモノと追い出されたわたしですが頑張りますね、魔王さま!〜

三崎ちさ
恋愛
メリアは王宮に勤める聖女、だった。 「真なる聖女はこの世に一人、エミリーのみ! お前はニセモノだ!」 ある日突然いきりたった王子から国外追放、そして婚約破棄もオマケのように言い渡される。 「困ったわ、追放されても生きてはいけるけど、どうやってお金を稼ごうかしら」 メリアには病気の両親がいる。王宮で聖女として働いていたのも両親の治療費のためだった。国の外には魔物がウロウロ、しかし聖女として活躍してきたメリアには魔物は大した脅威ではない。ただ心配なことは『お金の稼ぎ方』だけである。 そんな中、メリアはひょんなことから封印されていたはずの魔族と出会い、魔王のもとで働くことになる。 「頑張りますね、魔王さま!」 「……」(かわいい……) 一方、メリアを独断で追放した王子は父の激昂を招いていた。 「メリアを魔族と引き合わせるわけにはいかん!」 国王はメリアと魔族について、何か秘密があるようで……? 即オチ真面目魔王さまと両親のためにお金を稼ぎたい!ニセモノ疑惑聖女のラブコメです。 ※小説家になろうさんにも掲載

聖女じゃないと追い出されたので、敵対国で錬金術師として生きていきます!

ぽっちゃりおっさん
恋愛
『お前は聖女ではない』と家族共々追い出された私達一家。 ほうほうの体で追い出され、逃げるようにして敵対していた国家に辿り着いた。 そこで私は重要な事に気が付いた。 私は聖女ではなく、錬金術師であった。 悔しさにまみれた、私は敵対国で力をつけ、私を追い出した国家に復讐を誓う!

聖女解任ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はマリア、職業は大聖女。ダグラス王国の聖女のトップだ。そんな私にある日災難(婚約者)が災難(難癖を付け)を呼び、聖女を解任された。やった〜っ!悩み事が全て無くなったから、2度と聖女の職には戻らないわよっ!? 元聖女がやっと手に入れた自由を満喫するお話しです。