カテキミ ~if 家庭教師は正義と君の味方~

つきの麻友

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第二章 此が有れば彼が有り、此が無ければ彼が無い

28 駅前

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「昨日の犯人は強盗、恐喝の前科持ちだったみたいだ。自首したけどな」

 曜子のカバンを狙った犯人はその後自首をしたが今までの前科が悪質だったので俺が戦った“W”も比例して強力だったようだ。

「初日の研修からあんな“W”と遭遇するなんてウタルもツイてなかったな。まぁ結果的に退治できたしお前の経験値も上がってかえって良かったかもな」

 所長は笑いながら言うけど、初っ端から死にそうになってこっちは笑ってられないですよ。

「しかしその程度の罪であれほどの“W”が出てくるのは今までに無かったような気がしますね」

「確かにな……」

 梓さんの見解で一瞬にして重苦しい空気に包まれた。やはりあの“W”は犯人が前科持ちだったと考慮しても強力だったのか。でなければ初めてであんなのが出る恐れがあるならいくら研修でもいきなりはないだろう。

「ま、いっか。なんとかなるさ」

 何もわからない新入社員が真剣に考えたのに所長は呑気だった。

「じゃあ、もっと凶悪な犯罪者や例えば殺人犯とかだったら」

「まぁ昨日の“W”より手強いだろうな」

 俺は唾を飲み込んだ。昨日のがまぐれだったとしてもあれより手強い“W”相手に戦えるのだろうか。かなり不安になってきた。

「まぁこれからだよ。火傘車程じゃないけど、訓練してウタルも強くなればいいんだよ」

「訓練で強くなる前や強くなった以上に強い“W”が現れあたら?」

「死ぬ」

 梓さんはいつもの口調で過激な発言をしてくれる。

「そんな考えでは死ぬという意味だ。お前はいちいち電車に乗る時に事故したら死ぬとか明日地震が来たらとか餅を食べる時に喉につまらせたら死ぬとか死ぬことばかり考えて生きているのか」

「そういうわけではないですけど」

「人間死ぬ時は死ぬ。予測してなくても死ぬのだ。ただ死なないように事前に回避する術を考えるのも人間だ。強い“W”よりもより強くなる信念で取り組めば自ずと結果はついてくるのだ」

 梓さんの言う通りだ。始めてもないのにマイナスの事を考えていては前に進まない。ネガティブな思考になったのはニート時代に染みついたのだろうか。そもそもなんでもニート時代のせいにすること自体がネガティブ思考なのかもしれない。俺はニートを卒業して確実に一歩踏み出しているのだから。過去の自分は払拭する。そう強く自分に言い聞かせた。

「梓ちゃん、たまには良いこと言うねぇ」

「たまには余計です」

「まぁそういうことだ。死ぬ時は死ぬ、そんな職業だ。ただ簡単に死ぬわけにはいかないから最善の努力をしようってことだ。ウタルにその気持ちがあるなら何時でも訓練に付き合うぜ」

「ありがとうございます」

 心から感謝の気持ちを言ったのを久しく思った。

 この日から俺は所長に空いた時間で訓練を頼んだ。早めに出勤して地下の部屋で自主トレも始めた。所長の訓練は時に厳しい時もあったが自分の体力不足と認め自主トレに励むよう逆境に耐えれる精神も少し成長したような気がした。

 辛い時は逃げ出せばいい。勝てないと思った“W”が出たら逃げて所長に頼めばいいじゃないか。昔の俺だったらこう言って訓練から逃げ出していただろう。いや最初から訓練なんかしないで適当に仕事をしていたかもしれないな。無理なら辞めればいいとか安易な考えだったかもしれない。一歩踏み出すということがどんなに簡単でどんなに人生に大切なことなのか昔の自分に言い聞かせたいくらいだ。

 今日、この一歩を踏み出す選択をしなかったら、あの時よりもっと早くに死んでいただろうなとはこの時の俺は知る由もなかった。
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