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第三章 嘘の幸せと真実の絶望と
57 カルアミルク02
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この店に来るのは今日で三回目だったかなと「BAR PRELUDE」と書かれた電飾看板を見ながら思い出していた。
初回は梓さんと三人で、二回目は所長と二人だけで来たのだが、その時も店内はガランとしていた。
廃れた商店街から少し歩き、繁華街から身を潜めるような場所にあるそのバーはマスター一人で切り盛りしていたが、充分と言える程しかお客はいつも少なかった。
今日は見渡しても他の客はいなかった。奥に年季の入ったテーブル席が四つあるが開店前のように静かだった。壁に貼ってあるポスターなどが時代を感じさせてくれる。
奥の角に置かれ店内をジッと見つめてきたような観葉植物、モンステラの大きさがこのバーの歴史の長さを物語っているようだった。
「いらっしゃいませ」
カランカランとレトロな喫茶店を想像するような鐘の音が鳴り、新たな客が入ってきたのがわかるがおおよその予想通りそれは所長だった。
「まだ注文してないのか?今着いた?歩き方忘れたか?マスター、俺はいつものとカツサンド。ウタルはマスターのお任せで」
畏《かしこ》まりましたと言ったマスターはカウンターに座る俺たちを残して裏のキッチンに消えていった。
「どうした?渡せなかったのか?」
小さく頷きながら俺は何から言えば自分の感情を抑え気味に説明できるのだろうかと、考えながら言葉は浮かばず頷くしかなかった。
「違うんですよ、違うんです」
自分を落ち着かせるために言葉を発し、事実を受け止めれず拒否しようとする自分を否定する。違うんですとしか言えない俺が落ち着くまで所長は黙って頷きながら聞いてくれていた。
「ジンです。こちらはカルアミルクです」
お疲れ、とだけ言って所長はジンを飲み、俺はグラスを握り揺らしながら呼吸を整えていた。
コーヒーリキュールを多めにしたカルアミルクは俺の喉を通り適度な甘さで落ち着かせてくれた。
「……曜子、家に行っても居なくて」
事の成り行きを話してから曜子の病気と寿命の事を伝えた。
言葉にするだけで現実を目の当たりにするようで苦しくなる。父親もあの時こんな苦しい気持ちだったのだろうと考えただけで現実逃避したくなる。
「俺達のやってる事は無意味なのでしょうか?悪事を働く奴らを成敗しても、病気や事故で命を落とす人は絶えないんですよ」
事実を聞いてから無気力になった自分を蔑《さげす》む気持ちで出た言葉だった。
「大切な人が目の前で病んでいくのに無力だからと言って何もしなければ一生後悔するぞ。無力でも何かできるはずだ、それを探して全力でするんだ。お前が今から医者にでもなるのか?違うだろ?お前にしかできないことをするんだ。懈怠《けたい》の心を払拭しろよ」
いつもと違う真剣な所長の言葉に俺は考えさせられた。今の俺にできること……。こないだまで順調と思っていた日々の生活が一変して地獄に落とされた気分だった。その俺にできること。簡単な答えがパッ出てこない時のもどかしい気分だった。
「殺人を犯す奴が事前に分かり成敗できれば良いがそうも上手くいかない。だが、今俺達がしてる事を続けることで救われる人がいる。その人がどこかで誰かを救ってくれるかもしれない。それがいつか回り回ってお前の大切な人を救ってくれるかもしれない、と信じて行動するんだ。」
世の中は数珠つなぎで動いている輪廻なんだと所長は言った。世の中は繋がっていて、誰かの為でも世の中の為でも間接的に誰かを救っていずれ自分に返ってくるのだと言う。
誰かの悲しみがいつか自分の悲しみになり
誰かの幸せがいつか自分の幸せになる。
飲み終えたグラスを置いて同じものを注文する所長はカツサンドに手を伸ばしながら言った。
「人は死ぬまで生きなければならない。食べなきゃ死ぬしな。自ら命を絶ってはいけないんだよ。神に与えられた命は大切に育てていかなければならない。しかし、どんな良い人でも死は突然やって来るし、どんなに悪い人でも長生きすることもあるだろ」
認めたくはないがそれが現実なのだから仕方なかった。グラスの中で混ざり合うリキュールとミルクを見ながら話しの続きに耳を傾けた。
「神が意地悪で人を殺しているんじゃないんだ。神は万能だからサイコロの一を永遠に出すことだってできる。だが、その事だけに神経費やすわけにはいかないんだ。神でもほんの一瞬気が逸れた時に一以外の数字になる。それが人間界の突然の死なんだ。だからと言って誰も恨んではいけない。常に我々は神の掌の上で生かされているだけなんだよ。その事に納得出来なければ、神に反逆するしかないさ」
出てきたジンを半分まで一気に飲んでカツサンドを平らげた所長はいつもの笑顔に戻っていた。
初回は梓さんと三人で、二回目は所長と二人だけで来たのだが、その時も店内はガランとしていた。
廃れた商店街から少し歩き、繁華街から身を潜めるような場所にあるそのバーはマスター一人で切り盛りしていたが、充分と言える程しかお客はいつも少なかった。
今日は見渡しても他の客はいなかった。奥に年季の入ったテーブル席が四つあるが開店前のように静かだった。壁に貼ってあるポスターなどが時代を感じさせてくれる。
奥の角に置かれ店内をジッと見つめてきたような観葉植物、モンステラの大きさがこのバーの歴史の長さを物語っているようだった。
「いらっしゃいませ」
カランカランとレトロな喫茶店を想像するような鐘の音が鳴り、新たな客が入ってきたのがわかるがおおよその予想通りそれは所長だった。
「まだ注文してないのか?今着いた?歩き方忘れたか?マスター、俺はいつものとカツサンド。ウタルはマスターのお任せで」
畏《かしこ》まりましたと言ったマスターはカウンターに座る俺たちを残して裏のキッチンに消えていった。
「どうした?渡せなかったのか?」
小さく頷きながら俺は何から言えば自分の感情を抑え気味に説明できるのだろうかと、考えながら言葉は浮かばず頷くしかなかった。
「違うんですよ、違うんです」
自分を落ち着かせるために言葉を発し、事実を受け止めれず拒否しようとする自分を否定する。違うんですとしか言えない俺が落ち着くまで所長は黙って頷きながら聞いてくれていた。
「ジンです。こちらはカルアミルクです」
お疲れ、とだけ言って所長はジンを飲み、俺はグラスを握り揺らしながら呼吸を整えていた。
コーヒーリキュールを多めにしたカルアミルクは俺の喉を通り適度な甘さで落ち着かせてくれた。
「……曜子、家に行っても居なくて」
事の成り行きを話してから曜子の病気と寿命の事を伝えた。
言葉にするだけで現実を目の当たりにするようで苦しくなる。父親もあの時こんな苦しい気持ちだったのだろうと考えただけで現実逃避したくなる。
「俺達のやってる事は無意味なのでしょうか?悪事を働く奴らを成敗しても、病気や事故で命を落とす人は絶えないんですよ」
事実を聞いてから無気力になった自分を蔑《さげす》む気持ちで出た言葉だった。
「大切な人が目の前で病んでいくのに無力だからと言って何もしなければ一生後悔するぞ。無力でも何かできるはずだ、それを探して全力でするんだ。お前が今から医者にでもなるのか?違うだろ?お前にしかできないことをするんだ。懈怠《けたい》の心を払拭しろよ」
いつもと違う真剣な所長の言葉に俺は考えさせられた。今の俺にできること……。こないだまで順調と思っていた日々の生活が一変して地獄に落とされた気分だった。その俺にできること。簡単な答えがパッ出てこない時のもどかしい気分だった。
「殺人を犯す奴が事前に分かり成敗できれば良いがそうも上手くいかない。だが、今俺達がしてる事を続けることで救われる人がいる。その人がどこかで誰かを救ってくれるかもしれない。それがいつか回り回ってお前の大切な人を救ってくれるかもしれない、と信じて行動するんだ。」
世の中は数珠つなぎで動いている輪廻なんだと所長は言った。世の中は繋がっていて、誰かの為でも世の中の為でも間接的に誰かを救っていずれ自分に返ってくるのだと言う。
誰かの悲しみがいつか自分の悲しみになり
誰かの幸せがいつか自分の幸せになる。
飲み終えたグラスを置いて同じものを注文する所長はカツサンドに手を伸ばしながら言った。
「人は死ぬまで生きなければならない。食べなきゃ死ぬしな。自ら命を絶ってはいけないんだよ。神に与えられた命は大切に育てていかなければならない。しかし、どんな良い人でも死は突然やって来るし、どんなに悪い人でも長生きすることもあるだろ」
認めたくはないがそれが現実なのだから仕方なかった。グラスの中で混ざり合うリキュールとミルクを見ながら話しの続きに耳を傾けた。
「神が意地悪で人を殺しているんじゃないんだ。神は万能だからサイコロの一を永遠に出すことだってできる。だが、その事だけに神経費やすわけにはいかないんだ。神でもほんの一瞬気が逸れた時に一以外の数字になる。それが人間界の突然の死なんだ。だからと言って誰も恨んではいけない。常に我々は神の掌の上で生かされているだけなんだよ。その事に納得出来なければ、神に反逆するしかないさ」
出てきたジンを半分まで一気に飲んでカツサンドを平らげた所長はいつもの笑顔に戻っていた。
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