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第四章 ようこそ、ここがヲタクの部屋です

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「本題じゃないのに散々バカにされていたような気がするんだが」

「それは気のせいじゃなく本当にバカにされていたのよ」

 バカにしていた本人が言うのだから間違いないのだろう。

「お兄ちゃん、天野さんのこと好きなんでしょ?」

「おぉ、良くわかったな」

「あれ? 変に誤魔化すかと思ったけど意外」

 自分でも素直に認めたことを後から思って恥ずかしくなったが、相手があやかしの雪実だからなにも隠さず言えたのだろうか。社内はおろか唯一の友達にも言ってない。

 その後は天野さんを好きになった経緯を聞かれてもいないのに言い出したら止まらなかった。

 雪実が部屋に入って眺めていたポスターの映画、これに出てくる準ヒロインの声と天野さんの声が似ているということに気付いたのが始まりだった。

「このヒロイン、マジ天使なんだよ! それに声も良くてさぁ」

「マジ最低、きっかけが不純すぎ!」

 俺は真剣に語ったのだが、雪実は聞く耳持たない様子だったが。

 自分の心の奥に潜めていた気持ちを誰かに教えるのって、開放と不安が入り混じるんだと初めて経験した。

 願わくばこの気持ちを伝えるのはあやかしではなく人であった方が良かったのかもしれないが。

 雪実は見た目も人みたいなものだから、半分良しということにしておこう。

「今日のお兄ちゃん、前半はカッコ良かったよ」

 つまり後半はカッコ良くなかったってことである。

「女の勘だけど天野さん、脈が全くないわけではなさそうよ」

「なに? 本気で言ってんのか?」

「わらわが本気じゃないこと言った事ある? どれだけお兄ちゃんの妹してると思っているのよ」

「まだ、一日も経ってないんだけど……」

 それなのにこの慣れってなんなんだろうか。息が合うってわけではないが全く気を使わないというのは間違いない。こんな事ってあるのか? 少なくとも人間の男女では無いと思うがそれは俺の経験不足と言うものなのだろうか。よく運命の人に出会うと聞くがそれは恋愛感情であって俺の場合はそれじゃないのだが。

「お前には全く気を使わないで喋れるのにな。まぁあやかしに気なんて微塵も使う筈ないんだけどな」

「それよ!」

 今度は両手でバンッと机を叩き、起き上がらせた上半身を前かがみにして俺を見つめる。

「ど、どれだよ」

「お兄ちゃんはあやかし相手にはなぁんにも躊躇が無いの。それはわかってるでしょ? だからヒーヒ猿を退治するまでは天野さんに対しても普通に喋れてたの。気付いてる?」

「いやぁ、意識してないし電車の中でも変わらず喋れてたと思ってたし」

「あぁ、ダメダメ。全然別人だったよ」

 手を振り、苦虫を噛み潰したような顔で否定する。そんなに違うかったのかとその都度気持ちが落ち込みそうになる。

「結果的に天野さんはあやかしとは気付いていないけど、悪い男に騙されずに済んだって感謝してると思ってるの。これって、社内はおろか親しい知人でも中々踏み入れられない事情だと思わない?」

「そうなのかな? アニメじゃ良くある設定だと思うけど」

「一旦二次元を忘れなさい」

 いつも現実逃避で二次元に思想を移してしまうのだが、今回は雪実の言う通りにしてみることに。
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