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第四章 ようこそ、ここがヲタクの部屋です

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 確かに可愛いのは間違いない。ただそれを認めてしまう自分が腑に落ちないだけなのだ。人間である俺が、あやかしを可愛く思うなんて。それに、雪実は調子に乗せると幾らでも乗りそうなので、可愛いことを自覚させないようにする方が大人しくするだろう。

「わかったよ、ゴメンゴメン。それで?  そこまで応援してくれるからには何かご褒美が目当てなんだろ?」

「酷い、酷いわお兄ちゃんったら。わらわがそんな悪女に見えるの?」

 両手を目に当てて泣き真似をする。今日びそんな泣き真似も見なくなったものだ。

「はいはい、見えませんよ」

「良かった!  でね、交換条件があるの!」

 泣き真似を止めたかと思うと四つん這いの格好で顔を近づけてきた。目がキラキラと輝いていそうな程の雰囲気を醸し出している。どうやら聞かないわけにはいかない感じだ。

「お兄ちゃんと天野さんが付き合うまで、わらわをここに住ませてほしいの!」

 恐らく何か物品のご褒美を要求された方が無難だったかもしれない。

「雪実、正気か?」

 両手を雪実の肩にやり、目を覚ますように説得を試みてみる。

「だってぇ……」

 雪実の言い分としては仕事以外の空いた時間、つまり私生活に入り込んでイチから俺の性格を変えたいと言うのだが。

「本音は?」

「えぇっとぉ、お兄ちゃんといると安全だし、わらわには帰る家も無いから。また何処かをさ迷ってたら女の子好きなあやかしに追いかけ回されるし……」

 あやかしの事情など知ったことではない。

 雪実が何処をさ迷い何処のあやかしに無理矢理連れて行かれようが何をされようが、人間である俺の人生には何ら影響も関係もないことだ。

 と、どうして俺はこんな簡単な事が言えないのだろう。

 あやかしを成敗するのは蚊を殺す程度にしか思っていない、殺さなきゃこっちが刺されて迷惑。それくらいにしか思っていないのに、何故邪険にでも言えないのだろうか。

 俺を変えてくれる?  天野さんと付き合える?  確証もない口約束が魅力的だからか?

 色んな事が脳内を急ぎ足で駆け巡るが何も解決はしない。

 キラキラと輝いていた目は少し悲しい雰囲気に変わっていた。相変わらず四つん這いのままで俺の返事を待っているようだ。

 これが天野さんだったら即答だし、先の事等考えずに抱き締めてしまいそうだ。

 雪実のお陰でそれも現実になる可能性も?

 そうだ、そうなんだ。こんな俺でも最初から諦めていた天野さんと付き合える可能性が出てくるかもしれない。その為だったらなんでもしよう。

 自分の為に雪実をここに住ませる。それで雪実も助かるなら人助け……いや、あやかし助けになるのか……。

「……期間限定だぞ」

「えへ……頑張ろうね、お兄ちゃん」

 俺が頑張ればこの部屋を出ていくのが早くなるというのに……。仕方のないやつだ。
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