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第四章 ようこそ、ここがヲタクの部屋です

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「昨日のジャージ姿の方がよっぽどイケてたわ」

「この部屋にある服の中で一番高いのが昨日のジャージだからな」

「はぁ?」

 雪実は情けない顔をして洗面所に向かった。自分の準備がまだなのだろう。

 唯一の友達に、ジャージだけはきちんとしたのを買うことを勧められたことがあった。メーカーなんて気にせず、スポーツなんてする筈もないのだからスーパーの洋服売り場にあるジャージでよかったのだが断固拒否された。

 温泉でのんびりする時は帰りもラフなのが良いと思いジャージを買おうという話をたまたま友達としていた時に助言を貰った。

 最近はランニングしたりジムも流行っているので男女共にお洒落なスポーツウェアもあるというのだ。

 揃ってスポーツ店へ行き、それらしきウェアを一式購入することに。

「俺達みたいにスポーツ全くしなくても、体型がデブじゃないからお洒落なスポーツウェア来てれば周りから見られても誤魔化しが効くもんなんだよ」

 そう、唯一の友達も同じアニオタである。生憎その友達は背が高く、それだけでもアニオタらしからぬ身なりなのだが服の趣味は俺と遜色がない筈だ。

 その友達が行き着いたのが、まるでスポーツ大好きっ子風のジャージである。互いにアニオタを公表しないで影を潜めて生活していくのに苦労を重ねているのだった。

 ただ、その隠れアニオタから一人抜け駆けしようとしていることをまだ友達は知らない。友よ、例え俺にリアルの彼女が出来てもアニオタを止めるわけではない。つまり、俺達の友情が途絶えるんじゃないことだけはわかってくれ。

 心の中で勝ち誇った気持ちになり一人で喜んでいた。

「おまたせ」

 昨日買った服を纏った雪実はとても嬉しそうに見えた。女の子というのはお気に入りや新しい洋服を着ると世界が明るくなるというのを全うに表現しているようであった。

「似合うね」

「ありがとう。素直で宜しい」

 自然と出た言葉だった。そのことを雪実に言われて少し恥ずかしくなったがなんかわかった気がした。

 今までは女の人を褒めるなんて機会が無かったし、あっても意識して言わないといけなかっただろう。それは心からではなく不自然な言葉として相手に伝わる。それを受け止めて本気で喜ぶ人は少ないだろう。

 雪実をあやかしと意識せず、一人の女の子として自然に喋っていくことで他の女性とも自然に話ができるようになれるということかもしれない。
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