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第五章 ヲタク、新しい人生への再出発です

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「パスタは音を立てて食べちゃダメなんだぞ」

「え? イタリアンな蕎麦じゃないの?」

 フォークを絡めて見せてやる。こんなオシャレな店には来たことないけど食べ方位は知っているのでここは優位に立って教える側になった。

「美味しい!」

 確かに美味しい。雰囲気も良いし、周りはカップルが多くデートコースに抜擢されそうな感じだ。

 ピザやサラダ等、食べきれるのか心配をしたがどれも美味しく、雪実の胃袋も満足をしたようだった。それにしても良く食べるなと感心する。

 食後のコーヒーも美味しく戴き、少し寛いでから店を後にする。

 最初入る時はオシャレな雰囲気に少したじろんだが、入って普通にできたのは身なりを変えたことによる心境の変化もあったのかもしれない。

 その後、雑貨店を巡って雪実の生活必需品を揃えていった。

「あぁ同棲するってこんな感じなんだろうな。相手が天野さんだったらって想像しただけでご飯三杯はいけるな」

「相手がわらわですまんのぉ。天野さんと同棲できるまでになれば良いのぉ」

「流石にそこまでは無理なんじゃないのかなぁハハハ」

「ふーん」

 笑いながらもまんざら可能性がゼロでは無くなった気がしたのは今日一日で随分己惚れてしまった証拠である。

 ただ、自己判断ながらも可能性がゼロではいつまでもゼロだが、一パーセントでも増えるならそれは凄い進歩であると思っている。

 ゴールに向かうには必ず最初の一歩が無ければ始まらないのだから。

 天野さんと付き合うというゴール、その前に親しく喋れるような仲になる。その為の今日は一歩を踏み出したのだから、身なりと同じく心機一転で気持ちも前進して行こう。

 今日出かける時に昨日買った服を着た雪実が嬉しそうな顔をしていたのが少しわかったような気がした。

 自分じゃ似合わないと思っていた今時の髪型にして、オシャレな服を着て新しい靴を履いて踏み出した一歩。

 自然と笑顔がこぼれてしまうことで、良い運気も近寄ってきそうな予感になる。今朝、新しい服を着た雪実の笑顔の意味もこれだったんだな。

 なんでも気持ちの持ち方次第で未来は明るくも暗くもなるのだと、教えてくれたのは雪実なのかもしれないな。本人は無意識かもしれないけど。

 色んな雑貨屋を巡っていると、近くに来た時にいつも寄っているアニメショップがあるビルの前まできてしまった。

「ちょっと寄りたい……けどなぁ」

「ん?」

 アニオタを卒業するつもりはさらさらない。ただ今日は三次元へ少しだけ近寄れた日でもあるのに初日から二次元のショップに足を踏み入れるのは少し躊躇してしまう。

 気持ちの持ちよう、気持ちの切り替え。まさか目の前まで来てアニメショップに入るのを躊躇する日が来るなんて想像もしてなかった。

「あぁ、あそこに行きたいんでしょ?」

 雪実はビルに入っている店舗の看板を指さした。まさに俺が行こうとしていたショップである。
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